26.ジュンちゃんの就職が決まる
「敬子ちゃん、あのね」
ある朝のこと、ジュンちゃんが静かに話しかけてきた。
「私、ここを辞めることにしたの。前に勤めていた会社の社長にこの前会って、辞める前と同じ給料にするから戻らないかって言われて。それで、前の会社でまた働くことにしたの」
「え、どういう事? 」
ジュンちゃんは済まなそうに言った。
「先に決めちゃってごめんね、でもウチはローンがあって、これ以上給料が出ない状態だと、もうやっていかれないの」
止める理由はどこにもない。
ここにいたって、このままうまくいく可能性は万に一つもあり得ない。ジュンちゃんが多額のローンを抱えて大変なのは、前から分かっていた。
「そう、働く場所が決まって良かったね」
私はそれだけ言って黙ってしまった。
戻れる場所がある人はいい。
戻れる場所がある人がそこへ戻り、頑張っていく。何もとがめる理由などある訳がない。
だが、最初にここへ来ないかと誘ったのはジュンちゃんではなかったのか。
経営が危ないらしいと分かった時、
「ダンナがいるから頑張らなくちゃ」
と、踏みとどまるように言ったのはジュンちゃんではなかったのか。
そのジュンちゃんが、火だるまの職場を放り出して自分だけ先に就職してしまった。
裏切られた!
その思いを外に出さないために、その日一日はほとんど話をしなかった。




