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ほほえみ社長  作者: とみた伊那
15/54

15.少しずつ反乱していく

薬局と同時に始めた、ジュンちゃんのダンナ日出夫のやっている夢野整体院。

これが初日はものすごい賑わいだった。前日からFAXで予約が殺到し、食事を食べる時間も無く、ほぼ一日フル稼働だった。


そして翌日から。

まったくお客さんが来なくなった。

理由は簡単である。初日は日出夫の知り合い、前に勤めていた会社の元同僚がお祝いとしてお客さんになって来院して、整体を受けてくれた。そしてご祝儀が終わると、新しいお客さんは二、三日に一度くらいしか来ることはなかった。


「こういうのは焦っちゃダメなんだ。じっと我慢して待たないと」

日出夫は少しも慌てる様子がない。整体院の中のお客さん用のソファーに座り、ほぼ一日中ほほえみ社長と二人で、三宅島のリゾートマンションをこう変えたいとか、夢の話ばかりしていた。


経営がうまくいかなければ、自然と人間関係もぎくしゃくしてくる。

私が最初に怒りをぶつけたのは社長ではなく日出夫のほうだった。


ある日、私はジュンちゃんに向かって言った。

「もう、整体院には行かない」

こういうことだ。

整体院にはそれなりの体裁を整えるため、受付を置くことにした。日出夫が治療した後、自分で

「いくらです」

とやるより、受付で

「ありがとうございました。会計はいくらでございます」

とやったほうが、それなりに恰好がつくからである。しかし専門の受付など雇うゆとりは無い。整体院にお客さんが来たら薬局に連絡してもらい、治療が終わる頃に私かジュンちゃんのどちらかが二階に上がり、受付として

「ありがとうございました」

とやるのである。


これを何回かやっているうち、私はイヤになってきた。

忙しくはないけれど、それでも自分の仕事を置いて整体院の受付の手伝いに行っている。それが済むと私は「薬局に戻ります」と挨拶して帰る。その時、一度もありがとうと言われたことが無い。

「もともと薬局と整体院は別の会社。私は薬局の仕事だけをやる契約になっている。それを手伝いに行っているのだから。ジュンちゃんにとってはダンナでも私には赤の他人。最低限の挨拶があってもいいはず。それなのに、せっかく行ってもあまりに当然のように思われて全然感謝されないのなら、もう行かない」

それを聞いてジュンちゃんは悲しそうに言った。

「分かった。それでいい。でも私がここの仕事を中断して整体院に手伝いに行ってもいい? 」

「うん、それは別に構わない」


それからはジュンちゃんだけが受付をやるため、時々二階に上がっていった。

私は受付の仕事が苦痛だったのではなく、日出夫がもう少し通常の挨拶をするようになれば、また手伝いに行くつもりだった。その程度のことだったが、ジュンちゃんはダンナには何も言わなかったようだ。


夫婦はどこまで話し合えて、どこまで言えないものなのだろう。

夫婦の距離というものはいまだによく分からない。


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