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まるで、私は招き猫

作者: みなみ 陽

 ある日、私は学校帰りに近所の廃れた商店街を彷徨いていた。いや、正式には、学校終わって部活無所属の女が一人で午後4時から午後7時まで、只々彷徨いていたという方が正しいかもしれない。

 午後7時は、母さんが、そろそろ料理を作り始める時間だ。さっさと帰らないと「洗濯が――」とか「弁当箱が――」とか、またごちゃごちゃ言われる。それが分かっているのに、私は家に帰るという気にはならなかった。

 もしかしたら、これは私が反抗期であるという事なのかもしれない。自分で言うのもアレだが。現在高校3年生の私がそういう時期にあっても、全く可笑しくない。


 ごちゃごちゃ言われるから帰りたくない。

 言われたくなければ急いで帰ればいい。

 分かっていても、なんか嫌。

 そういう年頃だから、母さんには諦めて貰おう。

 大丈夫、大人になればちゃんと親孝行するもん。

 私はまだ子供だ。こういう時だけ、子供になる。


 さてさて、数時間彷徨いたが特に何もしてない。いい感じの店が無い。しかし、これでは、なんか虚しい。折角だから何か買いたい。


 私は、通学リュックから財布を取り出して、中身を確認する。1、2、3……3千円ある。これが、諭吉だったらなぁ。後は、100円と10円玉があるくらい。

 何に使った?自分。

 いつ財布を鞄から取り出したか、考えてみたけど、残念ながら記憶に無い。記憶にあるのは今月の初め、母さんから1万円を貰った事くらい。それから1週間、このざまである。

 このざまになってしまっているのは、私の無性に何か買いたくなる癖という奴のせいだと自覚もしている。しかし、こういう癖は中々治らない。現に今、何かを適当に買おうとしているのだから。

 もし何か買うなら……何が良いかな?

 私は、シャッターの閉まっているのが殆どの周囲の店を見る。

 宝石店、制服店、八百屋、肉屋、花屋、自転車屋…この辺は私には用が無いし、買える額でも無い。駄菓子屋、服屋、アクセサリーショップ、喫茶店、雑貨屋…精々私のお財布に優しいのは、この辺だろう。

 しかし、喫茶店と駄菓子屋と服屋は既に閉まっていた。となると、消去法でアクセサリーショップと雑貨屋のみになる。

 どちらにしようかな天の神様の言う通り……と心の中でやってみた。


 天の神様は、雑貨屋を選んだ。この店は、通り過ぎた事はあっても、中に入った事は無い。最近出来たみたいだが、普段から人がいる気配が無い。

 雑貨屋のショーウィンドウから中を覗いてみる。やはり、閑古鳥が鳴いていて、正直入るのが嫌になった。

 でも、1度決めた事だし、良い機会になるかもしれない。


「よしっ」


 そう小さく呟いて、雑貨屋へと入った。カランカラーンと客が来た事を伝える音が響く。


それと同時に若い女性の「いらっしゃいませー」という声がした。先程外から覗いた通り店はガラガラ、客は私だけようだ。

 何かあるかなーと雑貨屋を彷徨いてみる。すると、案外自分好みの雑貨がある事を発見した。こんな事なら、もっと早く来るべきだったと悔やんだ。

 欲しい物を沢山見つけたが、如何せん、このざまであるので、取捨選択をしなければならない。


 私は色々悩んだ末、カラフルな水玉の手帳を買う事に決めた。値段も税別だが950円、ちゃんと買える額だ。

 この時期だし、色々使うだろう。と、私がレジへと向かおうとしたら誰かにぶつかった。


「きゃぁ!?」

「ちっ……」


 ぶつかった相手は、明らかにやばそうな中年の男性。クローバーのシャーペンを手に持ったまま、こちらを睨む。


「すいません!」


 私は、頭を下げてやばい人の前から立ち去ろうとした。しかし、今度は、ユニフォーム姿の野球部っぽい男子達に行く手を阻まれる。


「やべぇ! この消しゴムやばくねぇ!?」

「苺の良い匂いしますよ! 先輩!」

「俺これ買うわー」


 彼らだけでは無い、気付けば周りに沢山の客が来ていた。いつの間に!?あの音したっけ!?

 私は夢中になりすぎていたせいか、客が来た事を告げるあの音にも気づいていなかったようだ。少なくとも、私が店内を彷徨いている間は、まだこんな事にはなってなかった。

 となると、私が手帳かレターセットどちらにするか悩んでいる間に、こうなったという事だろう。10分程度、棚の前で悩んだとは言え、それだけの時間でこうなるものだろうか?

 そんな疑問を抱えながら、私は「すみません、すみません」と人と人の間を通り抜ける。レジには行列が出来ていた。

 こんな可愛らしい感じの雑貨しか売っていないのに、老若男女問わず居る。最後尾に並んで、私の番になるのを待った。


やっと、私の番になって、やっと購入する事が出来た。腕時計を確認すると、もう8時になろうとしていた。

 やばい! 怒られる!

 私は人と人の間を通りながら、急いで店を出て家へと向かった。


 ちなみに、家に帰ったらめちゃくちゃ怒られた。

***

 あれから数週間後、私は再びあの雑貨屋の前に来た。今度は、友達と一緒に。

「この店、最近話題の奴じゃーん!」


 彼女が言うように、この雑貨屋はテレビや雑誌などで、紹介され連日大賑わいだ。少し前まで、閑古鳥が鳴いていたとは思えない程。


「でも、多過ぎるから入れないね、どうするの?」


 選択肢的には、駄菓子屋、服屋、アクセサリーショップ……前よりは多い。

 私は再び心の中で、どちらにしようかな天の神様の言う通り…と唱える。すると、今度は駄菓子屋になった。


「駄菓子屋! 駄菓子屋行こう!」

「雑貨屋から駄菓子屋!? 何で!?」

「いいじゃん! 行こ行こ!」


 私は友達の手を引っ張って、無理矢理駄菓子屋へと連れて行く。この駄菓子屋も、また、閑古鳥が鳴いていた。

 お爺ちゃんがウトウトと眠たそうだ。


「こんにちはー」


 私達が挨拶すると、お爺ちゃんはハッとしたように立ち上がる。


「おぅおぅ、いらっしゃい」


 初めて来たけど、中々好きなお菓子がある。やはり、1度来てみないとわからないものだ。


「ねぇ、なんかめっちゃ人来てるけど」


 友達が私の耳元でそう囁く様に言った。外を見ると、確かにぞろぞろと人がこの店に集まって来ている。


「何で!?」

「知らないよ……」

「おやおや、お客様が……こんなのいつぶりかのぉ?」


 お爺ちゃんが、嬉しそうに笑う。


「めっちゃこの店いい感じじゃね!?」

「わかるーめっちゃ好きー」

「こんな店あったんだー」


 駄菓子屋に来る人数じゃない。


「お嬢さん達のお陰かの?」


 お爺ちゃんは、そう言うと、私達にアイスをくれた。


「ありがとうございます…」

「おぉ! アイス! ありがとお爺さん」


 友達は、ウキウキとしているが、私は何だか怖くなった。結局、私は何も買わずに駄菓子屋を出た。


「なぁんだ、結局何も買わないの」

「ちょっと気になって入ってみただけだし……」

「ふぅ〜ん、ま、アイス貰えてラッキーってね!」


 私達は、その後喫茶店に入った。その喫茶店は、私達が来てもずっとスカスカだった。

***

 再び数日後、私は1人で喫茶店に来た。しかし、この時もまたずっとスカスカだった。

***

 次の日、また喫茶店の前に来た。

 私の中である仮説が出来た。神様の言う通りをやって選ばれた店に入ると、どんな店でも沢山人が来る。今までやった事が無かった事を、特に何も考えもせず、あの雑貨屋の時にやった。駄菓子屋には、実験的にやってみた。

 何もせずに入ると、何も変化は無く、やはり、神様の言う通りをしなければ、人が沢山来る事は無かった。

 今回は、喫茶店か花屋でやってみようと思う。どちらもスカスカだ。しかし、今回は故意的に喫茶店になるように調節しよう。

 どちらにしようかな天の神様の言う通り……心の中で唱えて、天の神様に喫茶店を選ばせた。私は、意を決して喫茶店の中に入る。


「いらっしゃいませー」


 何人か居るが、やはり、少ないと思う。


「1名様ですか?」

「はい」

「ご案内致します」

 

 男性のアルバイト店員に案内されたのは、一人座席で、外が良く見える場所。

 さて一体どうなるか……。


「あ、レモンティー下さい」

「かしこまりました」


 私は、席に座って、何か起こるか起こらないのかじっと構えた。すると、数分後、目の前で変化が表れる。

 人が、駄菓子屋の時と同じ様にぞろぞろと集まって来ているのだ。

 丁度、レモンティーを運びに来た男性アルバイト店員が「えっ?」と言う様な表情を浮かべている。

 やっぱり、絶対に偶然なんかじゃない。必然だ。必然的に、皆此処に来てるんだ。

***

 それから、私は毎日選択肢を作って、商店街の、どの店に行くか天の神様に決めさせた。この甲斐あってか、全体的に廃れていた商店街は活気を取り戻した。

 雑貨屋も服屋も宝石店も自転車屋も、アクセサリーショップも喫茶店も花屋も、駄菓子屋も八百屋も、肉屋も制服店も…全てのお店が活気を取り戻した。そこには、笑顔があって、会話があって、人が居る。

初めて見る商店街。シャッター商店街と言われていた頃の見る影もない。新しい店も出来た、新しい人もやって来た。

 まるで、私は招き猫みたいだ。

***

 それから30年。商店街は、かつての影も形も感じないものになった。 小さい商店街は大きい商店街となり、街自体も大きくなった。有名ブランドの店が出来て、デパートも出来た。映画館も出来て、ゲームセンターもカラオケもボーリング場も出来た。暮らせて楽しめる街として、人口も爆発的に増加。

 もう、私のやるべき事は全てやったのではないかと思う。これ以上の発展は無いし、栄光は無いだろう。

 それに、今この光景を見て、嬉しいと思う反面、寂しいとも思っている自分が居る。変わってしまったこの商店街……あの頃の商店街は無い。あの頃の店は、全てちゃんとある。皆楽しそうだし、輝いてる。

これが、商店街のあるべき形だし、理想だろう。

 でも、私はあの時の様な……穏やかな商店街が街が……好きだった。失って、ここまで来てやっと気付いたのだ。

 最近、噂で聞いた。 周辺の街は、この街が発展して廃れたと。私が秩序をめちゃくちゃにしてしまった。今更戻す事は難しいだろう。


 変わってしまったのではない、私が変え過ぎてしまったのだ。周囲の街を廃れさせたのは、この街では無い。

 私だ。

 自身の出来る事の恐ろしい面を見ていなかった。自然の成り行きに人は加わるべきでは無いのだ。

 もう、何もしないでおこう。

 私は1人、そう決意した。

***

 さらに、60年後。


「この街も変わりましたねぇ」

「ですねぇ」

「あの人が亡くなる前までは、ほんとに凄かったんだけどねぇ」

「ですねぇ」

「静かになったもんだ」

「ですねぇ」


 杖を付いた老人が2人、人気の無い街を歩いてどこかへと向かった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] お話の冒頭からは想像もつかなかった結末で、面白かったです! タイトルからは薄々想像していたのですが、おお、そこまで来たか!って感じで、良い意味で驚かされました。 [一言] 初めまして。 R…
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