天才子役タクミ君の超絶お料理テクニック
理美堂テレビ。
それはかつて高視聴率を連発していた、お色気専門のテレビ放送局である。
お色気と言うと成人男性向けのイメージが強いかもしれないが、この局は専門なだけあって男女問わず様々なニーズに応えてきた。
要はエッチでセクシーでちょっと下品な内容ばかりを取り扱ってきたわけだ。
当然これを嫌煙するものも一定数いたが、それでも高視聴率をキープしていたのは、かつての世の中がお色気を求めていたからだろう。
しかし、その時代もとうに過ぎた。
放送内容の規制が強化され、お色気は世の中から排除されていった。
表現の自由は保障されているらしいが、理美堂テレビにとってはお色気がすべてで、表現といえばお色気だった。
ゆえに当然のごとく視聴率は暴落し、それを追いかけるように株価も暴落した。
世の中はもうお色気を必要としていないのか?
ただ倒産を待つだけの局員達――――。
そんな絶望の中、立ち上がる者が少なからずいるのだった。
「調子はどうだい? 鬼熊D」
スーツを着た長身の眼鏡男が、調整室の椅子にだらりと座る髭面の男に話しかける。
「うい~っす、天馬P。いつも通りっすよ」
「ああ……そのようだね」
鬼熊Dと天馬P。
理美堂テレビが全盛の頃、最強コンビと謳われたディレクターとプロデューサーだ。
「金さえあれば、もうちょいやり様があるんすけどね。経営難で、しかも会長のじいさん病気で倒れたんでしょ」
「ああ、かなりひどいらしい」
「まじすか。こっちは視聴率どころか放送枠すら確保できない状況だし、本当にどうなるんすかね、うちの局」
「本当にひどい有様だな」
そう言って天馬Pは煙草に火をつけると、一服した。
「ここ禁煙っすよ」
「ああっ、そうだった!」
慌てて煙草を携帯用の灰皿にしまう天馬P。
「それにしても、こっちのスタジオに来るなんて珍しいっすね。なんか用すか」
鬼熊Dが問いかけると、天馬Pはこう答えた。
「なあ、鬼熊。もう一度、俺とコンビ組まないか?」
この誘いには普段ひょうひょうとしている鬼熊Dも少し驚く。
「鬼才の鬼熊、天才の天馬と呼ばれた最強コンビっすか……。あの頃は楽しかったっすね。俺らが番組打てば高視聴率間違いなしって感じで。でもね、天馬P。今の状況分かってるっすか?」
金も需要もないテレビ局。
優秀なDとPが奮闘したところでどうにかできる状況ではない。
「分かっているつもりだよ。だけど……こういう時だからこそ、もう一度だけ勝負に出てみたいんだ!」
「天馬P……気持ちは嬉しいっす。でも放送の枠もなければキャストも台本も無いんじゃ……」
弱気になる鬼熊Dに天馬Pが眼鏡に指を添えて言う。
「問題ない。放送枠は用意しておいた。キャストも台本もOKだ」
「本気っすか? 金は? 金はどうしたんすか? 放送枠取ったり、キャスト用意したりするのにいるっしょ!」
「問題ないよ、鬼熊D。問題ないんだ……」
天馬Pの返答に異変を感じる鬼熊D。
「天馬P? まさか借金したんじゃないっすよね? ね?」
「も、問題ない。君は気にしなくていいんだ。本当に……何とかなってるから」
天馬Pはそう言うが、長い間ともに働いてきた仲間だ。
鬼熊Dには分かっていた。
「あちゃ~、まじで、え~~。天馬Pそこまでしますか?」
「するさ! こうなったらとことんな。ほら一人だけだけどキャストも呼んだし」
するといつからいたのか、天馬Pの後ろからひょこっと小柄な少年が現れた。
「おはようございます、ディレクターさん」
可愛らしく挨拶する少年を見て、鬼熊Dがあろうことか震え出した。
「タ…………タクミ……君!!」
説明しよう。
晴家匠君、通称タクミ君は演技からバラエティまで何でもこなす天才子役である。
「今現在、芸能界で一番忙しいタレント呼んじゃったんすか。彼のギャラ知ってます?」
「ああ、知っている。この前契約したからな。鬼熊Dが驚くのも無理はないか。だがこうでもしないとこの局は終わりだ」
「その前に天馬Pの人生終わったりしません? 大丈夫っすか?」
「この新番組が成功すれば問題ない」
「それ前提なんっすね。で、番組内容どうするんすか。やっぱりここは天才の天馬Pの本領発揮っすか?」
「ん? ああ、脚本はアドリブだ」
「え、どこら辺が?」
「すべてだ」
鬼熊Dは以前から天才の天馬Pの考えることはよく分からないと思っていたが、今回が今までで一番意味不明だった。
「全部アドリブは無茶っしょ」
「いや、もはや俺達が考えたところで大した番組にはならない。だからすべてタクミ君に託すことにした」
「え? タクミ君」
「そうだ、彼はアドリブの天才だからな。業界関係者の話によると、タクミ君のアドリブは……まじやべぇらしい」
「天馬Pが『まじやべぇ』とか言うくらいっすから、まじでやべぇなんでしょうね。分かりました、やりましょう」
なんだかんだ言ってはいたが、鬼熊Dも納得したようだ。
「では頼めるね、タクミ君」
「お任せください、プロデューサーさん」
「ところでタクミ君、どんな番組やる予定なの?」
鬼熊Dはよほど気になるのかタクミ君に問いかける。
「料理番組をやろうと思ってるんですけど……」
「料理番組? うちの特色分かってる? お色気路線なんだけど。タクミ君まだ十六でしょ? そういうのいける?」
「まあまあ、鬼熊D。タクミ君困ってるよ。大丈夫、思春期の真只中だし、そういうの興味津々なお年頃だから」
そんな中、DとPはスタジオ内が慌ただしくなっているのに気づかずにいた。
「はい! それでは本番五秒前~」
「え、ちょっ! 放送枠って今?」
「あ、もう時間か」
「――三、二、一」
とうとう、理美堂テレビの生き残りを賭けた新番組が始まった。
「それでは始まりました、僕と一緒にレッツ・クッキング! アシスタントのお姉さんです」
若いお姉さんが軽快に話し始めた。
「始まっちゃいましたね。それで天馬P、あのチャンネー誰っすか?」
「彼女はうちの新人の子」
「へー、悪くないっすね」
新人とはいえ上手く進行をこなす姿に鬼熊Dは感心していた。
「そして、一緒に料理を作ってくれるのは、この方! タクミ君です」
周辺スタッフの拍手と共にタクミ君が急いで登場する。
「よろしくお願いします」
元気よく挨拶するタクミ君。
「こちらこそ、よろしくお願いします。今日はタクミ君の得意料理を教えてくれるそうですね。ずばり、何でしょうか?」
「今日作るのは、マッシュポテトのタルタルソースがけです」
「意外にシンプルな料理ですね」
「はい。でもタルタルソースを秘密のレシピで作ると、とてもおいしくなるんです」
「そうなんですか! では、早速調理に移りましょう」
特にディレクションをすることもなく、モニターを見つめる鬼熊Dと天馬P。
それもそのはず、内容も知らず、打ち合わせもしていない。
しかもアドリブで勝手にやるというのだから。
「天馬P、これただの料理番組じゃん」
「今はまだね。大丈夫、きっとそのうちやらかすから」
「やらかす? やってくれるじゃなくて?」
「ああ、タクミ君のやらかしようはすごいんだ!」
「え~、なんかちょっと不安になってきたっすよ」
そわそわし始める鬼熊D。
しかし、番組は勝手に進行していく。
「まず、ジャガイモを茹でます。これは面倒なので電子レンジでチンです。専用の容器に水とジャガイモを入れてラップをして加熱しましょう。火の通りは竹串なんかでチェックしてください」
「なるほど、簡単ですね」
「はい! そして加熱している間に、秘密のタルタルソースを作ります。材料はこれです」
タクミ君が両手で材料を並べたテーブルを指し示す。
「材料は、一般的なものばかりですね」
「はい! でも作り方に秘密があるんです」
「おお、それでは今回はその秘密を教えてくれるんですね」
お姉さんがテンション高めに問いかける。
しかし、ここにきてタクミ君は予想外な返答をするのだった。
「秘密は秘密だから~、教えないよっ!」
可愛く答えるも、周りはざわめき始める。
しかし、お姉さんも簡単には諦めない。
「え~、教えてくれないんですか? そこを何とか、お願い! ね?」
「秘密なんだけどな~。教えたら秘密になんないじゃん」
手を後ろに回して首を傾げ、不満げにお姉さんを見つめるタクミ君。
「どうしても……だめ?」
可愛らしさを全面に出す狡猾なタクミ君だが、お姉さんもまだ若い(二十四才)。
可能な限り可愛らしく要求する。
するとどうだろう。
タクミ君は少し顔を赤くしながらこう言った。
「みんなには秘密だけど、お姉さんになら……教えてもいいかな?」
俯き加減で恥ずかしそうに言うタクミ君を見て、お姉さんもキュンキュンしていた。
「本当に? じゃあ……優しく教えてね?」
スタジオ中のスタッフが固唾を飲んで見守っていた。
これから始まるのは、本当に料理なのだろうか?
みんなドキドキしていた。
「本当にやりやがったな、タクミ君」
「ね、なんかすごいよね」
「これはこれで、結構エロいっすよ」
「というか鬼熊D、見てよこれ!」
「ええ! 数字めっちゃ伸びてるじゃないっすか。32パーって」
「きっとまだ伸びるよ。あっ、暗幕下りてきた」
スタジオ内のキッチンテーブルを囲むように暗幕が下りる。
これで二人だけでタルタルソースを作るということなのだろう。
「二人きりだね、お姉さん」
「そうだね、タクミ……君」
中の様子はまったく見えないが、タクミ君とお姉さんの甘い声がマイクを通して聞こえてくる。
今更だが、この番組は生放送であり、正午過ぎからスタートしている。
お茶の間の人々は昼間からこれを見て、どう思うのだろうか。
少なくとも困惑するだろう。
しかし、現時点で高い視聴率を叩きだしているのである。
もしかすると、こういうものを世間は欲していたのかもしれない。
「じゃあ、タルタルソースを一緒に作ろうか、お姉さん」
「はい」
「タルタルソースって、なんかエロいよね」
「もうっ、タクミ君ったら! エッチ!」
「あはは。材料は、玉ねぎ、ピクルス、ゆで卵、マヨネーズだよ」
「これを細かくして混ぜるんだね」
「そう! じゃあ、刻むのはお姉さんにしてもらおうかな」
「分かりました、では刻みますね」
リズミカルに食材が刻まれる音がスタジオに響く。
「できました、タクミ君」
「そしたら、あとはマヨネーズを入れて混ぜるだけ。これもお姉さんできるよね」
「できるかな~? 結構重量ありますね」
「大丈夫、胸を張って。ほら、お姉さんには立派なおっぱいが付いてる。おっぱいには無限の可能性があるんだよ!」
「もう……分かったわ。頑張る!」
お姉さんはそう言うと、タルタルソースを混ぜ始めた。
「よいしょ、よいしょ。タクミ君、やっぱりこのピクルスとか硬くて混ぜにくいわ」
「も~、仕方ないな~。じゃっ、一緒に混ぜようか」
どうやら硬い具材が多く、混ぜるのに力がいるようだ。
「やんっ、タクミ君。近いよぅ……」
「いいじゃんかぁ」
「混ぜるとき、当たってるよぅ……」
どうやら一つの容器に材料を入れ、二人で混ぜているようだ。
何なんだろうか、これは。
視聴者を差し置いて、完全に二人の世界に入っているようだ。
料理番組とは到底言えない何かであるのは明白である。
「ねえ、天馬P。そういえばこの枠って何分?」
「十五分だけど」
「短けぇ! それって、ジャガイモ茹でたら終わるじゃん」
「そうなんだよね、あと一分で終了なんだよ」
このままでは時間内に料理が完成しない。
「仕方ないっすね、ここいらでちょっとディレクションしますよ。あー、お二人さん聞こえてる? 番組終了近いから、タルタルソースだけでも完成させちゃって」
番組終了間際になって、やっと初めてディレクションした鬼熊D。
その指令を聞いた二人は急いで材料をかき混ぜ始めた。
「僕がこの硬い玉ねぎとピクルスを中心に混ぜるから、お姉さんは卵の方中心に混ぜて!」
「分かったわ、タクミ君!」
そして、ここから謎の掛け合いが始まる。
「お姉さん!」
「タクミ君!」
「お姉……さん!」
「タクミ……くんっ!」
「お姉さ~ん」
「タクミく~ん」
「お姉さぁん」
「すごい、たくみ……くぅん。激しいよぅ~」
「跳ねちゃうよ、お姉さ~ん!」
「いいよ、来て! たくみく~ん!」
「あぁ~、すごいよ! 飛んじゃう! 僕のピクルスからマヨネーズがスプラッシュしてお姉さんの柔らかいゆで卵にピ――――ッ(自主規制)」
『チ~ン!』
こうして、ジャガイモを茹で終えた電子レンジの音と共に、この番組の初回放送は終了したのだった。
確かにタクミ君はすごかった。
料理番組史上、例を見ないとんでもない番組となった。
初回放送で視聴率45.6パーセントを記録。
こうして理美堂テレビは復活したのだ。
そして、この番組は奇跡を起こした。
まず、理美堂テレビ会長の回復。
意識不明の重体だった会長。
しかし、会長が眠っている病室のテレビで例の番組を流したところ、徐々に心拍が安定し、とうとう目覚めたのだ!
担当医が言うには、体内に眠っていたリビドーが番組の音声により引き出され、自然治癒力を異常なまでに上昇させたのが原因らしい。
この会長の回復により、病院に通い詰めていた社長も会社経営に専念。
理美堂テレビはさらに活気づいていったのだ。
そしてこの理美堂テレビの躍進が、ある人物を救っていた。
ボインわらびもち株式会社、社長。
竹日常男である。
ボインわらびもち株式会社は、かつて下ネタお菓子業界のトップに君臨していたお菓子会社である。
常男は下ネタへのこだわりから、理美堂テレビの株を大量に購入しており、筆頭株主でもあった。
理美堂テレビの経営が赤字続きになっても投資し続けていたが、破産寸前まで追い込まれ苦しんでいた。
しかし、それも今となってはいい経験といったところだ。
苦しかった経験を本にしたところ瞬く間に大ベストセラー。
理美堂テレビの株価高騰もあって、今では長者番付に載るほどの資産家だ。
ちなみに、彼の娘、竹日撫子は、タクミ君とあの料理番組に出ていたお姉さんである。
その他に、世界の失業率の低下、紛争の減少、温室効果ガスの排出量減少、少子化の抑制……等々。
こんな感じで、影響を与えた事例をいちいち挙げていてはきりがないが、とにかく理美堂テレビの……いや、タクミ君の活躍は世界中に社会現象を巻き起こしたのである。
何もかもがうまくいっていたわけではないが。
しかし、世界は以前よりも格段に浮かれていた。
概ねハッピーだった。
でもね。
世界がどうであろうと関係なく、隕石は降ってきたりするんだよ。
それは大人気番組、『僕と一緒にレッツ・クッキング』が放送を開始してから二か月ほど経ったある日のことだった。
あらゆる情報媒体を通して、国際航空宇宙研究所はこう発表した。
地球の遥か外側を通過するはずだった隕石が、急に地球に引き込まれるように進行方向を変えたというのだ。
その大きさ、推定数万キロメートル。
シミュレートするまでもなく、直撃すれば地球は滅亡もしくはそれとほぼ同等の被害を受けるだろうと。
続いて各国が軍を緊急配備するなどの報告があったが、いかなる兵器を使っても空中での破壊は困難であり、たとえ破壊しても破片が巨大なため甚大な被害は免れないらしい。
ましてや核兵器など使おうものなら世界の均衡は崩れ、自滅の一途を辿るのみだ。
世界中がパニック。
もちろん理美堂テレビの中も同様だった。
逃げ惑う者、悲観する者、ただただ立ち尽くす者。
三者三様だ。
「天馬P、今までありがとうございました。最後にいい夢見させてもらったっす。でも……こんな形でぇっ……」
あの鬼熊Dが涙していた。
「鬼熊……。ああ、俺のわがままに付き合ってくれてありがとう。本当にぃ……どうしてぇ!」
天馬Pも両手で顔を覆い、泣き叫んだ。
ガ、ガガガガ……ガガ――――ッ!
すると急に国際航空宇宙研究所の緊急放送にノイズが走った。
しばらくして歪んだ映像がはっきりすると、そこには長髪で白衣の優男が映っていた。
「いきなり電波をジャックしてすまない。しかし、これはどうしても伝えなくてはならない」
映像の異変を察知し、みんなが画面を注視する。
そして鬼熊Dや天馬Pと一緒にいたタクミ君がこう呟く。
「ドクター前立?」
「知っているのかい、タクミ君?」
天馬Pが尋ねる。
「はい」
タクミ君は肯定すると、じっと画面を見つめた。
「宇宙工学の権威に異議を唱えるのは気が引けるけど、君達は間違っている。あれは隕石じゃない! 淫石なんだっ!」
「こちら国際航空宇宙研究所。君の発言の意味が理解できない。解説を求む」
映像の男に対し、国際航空宇宙研究所から要求が音声のみで流れる。
電波をジャックしたとはいえ、通信回線は確保しているようだ。
「僕はハレンチメディカルリサーチ、通称HMRの主任研究員、前立茂樹だ。あれは構造上隕石だが、いやらしいエネルギー、すなわち淫力に引き込まれて進行方向を変える淫石なんだ。急に進路を変えたのはそのせいだ」
「そんなもの我々は聞いたこともない!」
「そうだろう。こんな分野を研究しているのは、僕みたいな変態くらいだ。以前はオカルトだ、疑似科学だと言われ続けた。だがそんなのはどうでもいい。問題は今だ! この状況において、正確に物事を判断できるのは僕しかいない」
「うむ、正直君の言っていることは科学と呼んでいいのか分からない。しかし、我々にこの現象を分析する手段がないのも事実。だから、地球を滅亡させないために何が必要か教えてくれ」
「ああ、もちろんだ。ありがとう! しかし残念なことに完璧な策と言えるものは提示できない。ざっくりとした作戦ならあるが」
ドクター前立は少し困った表情を浮かべた。
「そうか、しかし時間がない! 話したまえ!」
「そうだね。まず、あの淫石は淫力により引き込まれるため、大気圏を抜けても速度は落ちないし、破片が分散することもない。つまり塊を維持したまま落ちてくるわけだ。よって隕石が落ちるポイントは一点のみだ。ならばそのポイントで待ち構えて跳ね返せばいい」
「ドクター、簡単に言ってくれるがターゲットの墜落ポイントはどうやって探す? それにもっと問題なのは跳ね返す手段だ。そんな方法あるのか?」
国際航空宇宙研究所の指摘は的確だった。
「そう、その通りなんだ。破壊するのでなく跳ね返して宇宙空間へ戻す方法は、まだ思いつかない。しかし、墜落ポイントなら分かっている」
「なに! 一体どこだというのだ?」
ドクターは一息ついてからこう言った。
「日本の首都、東京。その中にある理美堂テレビ本社ビルだ」
『「ええぇぇ~~~~!!」』
映像を見ていた理美堂テレビ関係者一同がみんな驚愕した。
「世界中に新しいお色気の娯楽を供給し続けているその根源。その理美堂に淫石は引かれているんだ」
それを聞いて国際航空宇宙研究所が返答する。
「なるほど、その理論が真実だと仮定するなら納得がいく」
「ただ、跳ね返す方法だけがどうも……」
「そうだな。強く、速く、硬く、しかし衝撃を吸収する弾力のある材料……う~ん」
「仮にそんな材料があったとしても、今から集めて加工する時間なんてないんだよね」
一時は事態が好転するかに思えたが、難問を前に立ち止まってしまった。
そう、これは誰も想定していなかったことだ。
世界中どこを探しても、これを解決する台本はない。
今、世界はとんでもないアドリブを要求されている。
「タクミ君の知人の博士も、お手上げみたいだね」
何か悟ったように天馬Pがタクミ君に話しかける。
しかし、タクミ君は途中から何も話を聞いていなかった。
「タクミ君?」
天馬Pが心配する中、タクミ君は頭に右手を添えて考え込んでいた。
誰もがどうしようもない状況下において、タクミ君だけは諦めていなかったのだ。
なぜかって。
この事案が究極のアドリブを要求するのであれば、この世界でそれに答えられるのは彼だけ。
アドリブの天才子役、晴家匠君だけなのだから。
ぶつぶつと呟くタクミ君。
「伸縮強度……加速、反発係数……エネルギー吸収、硬度……考えろ! 何か……何かあるはずなんだ!」
恐らくタクミ君はとんでもなく高度な思考をめぐらせているのだろう。
博士と知り合いというだけあって、それなりに知識があるのだろうか。
しかし、考え続けるタクミ君の表情はなかなか晴れない。
「なあ、タクミ君」
見かねた鬼熊Dが言う。
「俺には難しいことはわかんねぇ。だけど、どうにもいかない時ってのはあるもんよ。余計なお世話かもしんねえが、君の体一つで巨大な塊を跳ね返せるわけじゃないんだからよ」
「鬼熊、それは酷だよ」
「いや、諦めることも必要っすよ。諦めない若さってのは綺麗っすけどね」
頭を抱えつつも鬼熊Dの話を聞いていたタクミ君は、とうとう考えるのをやめたようだ。
頭に添えていた手を下ろし、ポケットに手を突っ込む。
「残念だけど、ここまでだ」
天馬Pがそっと呟いた。
「違う」
しかし、タクミ君の様子が何かおかしい。
「僕が考えるのをやめたのは、諦めたからじゃない。すでに結論に達したからだよ。……そうなんだよ、鬼熊ディレクター! 体一つで跳ね返せるわけじゃ……でも、あれを使えば!」
タクミ君は顔をあげるとポケットからスマートフォンを取り出して電話をかけ始めた。
そして、数秒後テレビから電話の呼び出し音が鳴り響く。
「参ったなぁ、どうしたものかって……あれ? こんな時に電話? 一体誰が……もしもし」
理美堂テレビ本社ビル内の人達は、タクミ君とテレビ画面のドクターを交互に見つめていた。
「あっ! ドクター? タクミだけどあの新薬ってまだある?」
「あの新薬って、副産物として偶然生成したヤバイやつ?」
「そう、それ! お願いだから超特急で理美堂テレビ本社ビルまで持ってきて!」
「一体どうする気って、まさか!」
「とにかくお願い! うまくやるから、僕を信じて!」
「わ、分かったよ。君がそこまで言うなら超特急でいくよ!」
こうして通話が終わり、ドクターは画面から消え、タクミ君はビルの屋上に続く階段へと全力疾走していった。
みんな呆気に取られていたが、鬼熊Dと天馬Pは我に返りタクミ君を追いかけるように屋上へと向かった。
――理美堂テレビ本社ビル屋上。
鬼熊Dと天馬Pが屋上に着いて一分もしないうちに、一台のヘリが到着した。
ヘリから降りてきたのは、もちろんドクターだった。
ドクターが所属するHMRという会社は割と近くにあったようだ。
ドクターは早速手に持ったジュラルミンケースから液体が充填された注射器を取り出した。
「はぁ……はぁ……、タクミ君。新薬は全部で三本あるけど、使うのは一本だけだ。臨床試験も何もパスしてないものだからね」
「はい、そのつもりです」
「ドクター、横やりを入れるようですまないが、その薬は一体」
「あはは……、こればっかりは、すまない。教えることはできないよ」
「安全なんでしょうね?」
険しい顔で天馬Pが問う。
「ノーコメントだ。たぶん、正直に言うとみんな反対するでしょうから」
「おい! それはどういう……」
「待って!」
珍しく怒る天馬Pをタクミ君が抑える。
「これは僕の意思なんだ。お願いします! これから起こることを、何の手出しもせずに見守っていてください」
「タクミ君……。どうしてもなのか?」
「すみません。でもこれは、譲れません」
真っすぐに強い意志をこめた目をした少年の頼みを、天馬Pは断れなかった。
「まったく、とんでもない十六才がいたもんだ。やるんなら、しっかりやれよ」
「はい! ありがとうございます。それに鬼熊ディレクターも、心配してくれてありがとうございました」
「おう。かっこいいとこ見せてくれよ」
「はい。今まで……お世話になりました」
タクミ君は深々と、しかし素早くお辞儀をすると、ドクターから注射器を受け取り屋上の角へと走っていった。
「なあ、天馬P。今までお世話になりました、だとよ」
「やっぱり、そういうことなのかな。これが彼の意思なのか……」
「ちくしょう、お別れする気満々じゃねえっすか」
位置取りを完了したタクミ君。
「タクミ君、悪いが時間がない! 早速始めてくれ!」
「分かりました、それでは始めます!」
タクミ君はドクターの声に答えると、注射器のキャップを外し、それを全力で股間に突き刺した。
「う、うぅああぁぁぁ~!」
雄叫びを上げながら容赦なくピストンを押し込み注入していく。
「股間に刺したぞ!」
「ドクター、あれはっ?」
もうどうしようもないからだろう。
ドクターは新薬の真実を語り始めた。
「実は僕はタクミ君と共同で、ちょっとエロい薬を開発していたんです。しかし、その過程でエロいエネルギーを極限まで増幅する薬を生成してしまったのです」
「それがあの薬っすか」
「ええ。グランデEXです。それを身体のエロい部分に注入すると……」
「注入するとどうなるのですか?」
「百聞は一見に如かず、ご覧ください。変化が始まりますよ」
新薬を全て注入し終えると、タクミ君の股間にぶら下がる二つのゴールデンボールが激しくうごめき始めた。
そして瞬く間にそれぞれ直径二メートルほどの球体となり、金色に輝き始めた。
さらに変化は続く。
ゴールデンボールが動きを安定化させた後、今度は股間中心部のスティックが直径約十メートルまで太くなり、その後約八十メートルの長さまで伸びていった。
黄金の玉と巨大な棒。
壮観であった。
そして、タクミ君は叫ぶ。
「うおぉぉ~! 輝けぇ~! 俺のゴールデンビッグマグナ~ム!!」
その叫びに呼応するように、タクミ君のアレは輝きを増した。
だがその直後、アレは不規則な挙動を示し始めた。
「てぃむ……ぽぅ、てぃ……む……ぽうぅぅ~!」
暴れっぱなしのゴールデンビッグマグナム。
謎の言葉を繰り返すタクミ君。
「おい、ドクター。なんか様子がおかしいじゃねえか」
「まずい、これは!」
「どうしたというのだい?」
「グランデEXの副作用です。興奮し過ぎてティムポ振動の周波数が乱れているのです。このままではゴールデンビッグマグナムの神経伝達……いや陰茎伝達異常に阻害され、狙撃ができない!」
聞いてはみたものの、聞きなれない専門用語が出てくるのでDもPもよく分からなかった。
「とにかく問題が起きているんだね。それで、解決方法はあるのかい?」
「癒し効果を与えればティムポ振動は安定するのですが、それだけでは性的興奮も低減し、GBM(GoldenBigMagnum)がしなしなになってしまします。癒しを与えつつも、性的興奮をキープしなくては。しかし、そんな局所的興奮を維持する鎮静剤など一体どこにあるというのだ!」
破廉恥の専門家もお手上げだった。
その時だった。
悩み続けるドクター前立の前に一人の女性が駆け寄ってきた。
その女性はドクターの前に置かれたジュラルミンケースから予備の新薬を二つとも手に取ると、タクミ君のもとへ全力疾走していった。
「ちょっと君!」
ドクターは呼びかけたが、女性が立ち止まることはなかった。
「なあ、天馬P。あれうちのチャンネーじゃなかった?」
「ああ、間違いない。うちのアシスタント、竹日撫子だ。一体何をするつもりなんだろうか?」
お姉さんはタクミ君の所にたどり着くと、理性を失いかけているタクミ君を後ろから抱きしめた。
するとタクミ君に変化が起きた。
「てぃむ……、てぃむ…………。……お、お姉さん?」
なんと正気に戻ったのだ!
「よかった! タクミ君!」
「お姉さん。そ、その……おっぱいが当たってるよぅ。ムラムラしちゃうじゃん」
「いいの! 当ててるんだからぁ」
「素晴らしい! 精神を安定化させつつもGBMへのいやらしいエネルギー供給はキープ、いや増幅させている!?」
タクミ君の股間でそびえ立つGBMは完全に安定化し、上空に向けて角度を上げると、さらにプラス二十メートル伸びた。
「ありがとう、お姉さん。でも、ここにいては危険だよ。すぐに離れて!」
しかし、お姉さんは離れようとしなかった。
「嫌よ、離れないわ! たった二か月かもしれないけど、一緒に番組をやってきたじゃない。タクミ君を一人で戦わせるなんてできないわ! 私にも……できることはあるんだからっ!」
「お姉さん」
タクミ君はお姉さんの言葉に心打たれた。
そしてGBMを手で支えつつも、少しだけお姉さんの方を振り向いた。
そこでやっとタクミ君は気づいてしまった。
お姉さんがHMRのロゴのついた注射器を二本も手にしていることに。
「お姉さん! その薬はダメだよ!」
タクミ君は止めさせようと思ったが、GBMを展開した状態では動けない。
お姉さんはタクミ君に言う。
「心配してくれてありがとう。でもね、一緒に戦いたいんだ」
そしてお姉さんはタクミ君の背後で膝をつくと、キャップを外した注射器を両手に持ち、構えた。
「タクミ君は教えてくれた。私のおっぱいには無限の可能性があるってことを。だからきっと大丈夫。痛いのは最初だけよっ!」
全力で両方のおっぱいに突き刺し、注入した。
「くぅ……、入って……くるぅ~」
悶えるお姉さん。
するとどうだろう。
お姉さんのおっぱいはどんどん膨らんでいった。
そしておっぱいの直径はおよそ三十メートルとなった。
前にいるタクミ君は完全に挟み込まれている。
そこでお姉さんはさらにこう言うのだった。
「包み込め! おっぱいカタパルト~!」
その呼び声に呼応するように、おっぱいは形状を変えて平べったくなると、GBMに沿うようにして伸びていった。
「まさか、こんなことが可能になるなんて!」
ドクターは目の前で起こったことが信じられなかった。
しかし、これは現実に起こったことなのである。
ガ、ガガガガ――。
ここで、ドクターの所持していた無線から声が聞こえだす。
「こちら国際航空宇宙研究所。状況説明を求む」
「こちらドクター前立だ」
応答するドクター。
「通信が途絶えてから何があったか報告願いたい」
するとドクターは興奮気味にこう答えた。
「我々は実に幸運だった! まさにこれは、神すらも想像しえなかっただろう。人類の神秘の終着点。いや、まだまだ人類には秘められた力があるのかもしれない!」
「ドクター、一体何があったというのだ。冷静な報告を求む、時間がないのだ」
「ああ、すまない。とにかく、我々は幸運に巡り合えた。そうだな……恐らく今から五分以内に、淫石は大気圏を抜ける。そちらから実況を願いたい」
「ドクター。申し訳ないがこちらの計算だと淫石が大気圏を抜けるまで三分もないと出ている」
「そうではないんだ。淫石は一度大気圏に突入した後、跳ね返されて再度大気圏を地球の外に向かって抜けていく。それまでが五分以内……いやあと四分か」
「跳ね返すだと? 一体どうやって」
「説明している時間はない。とにかく衛星を使って監視、実況を頼んだ!」
ドクターは吐き捨てるように言うと、無線を口元から離し、腰のベルトに装着した。
そしてドクターはタクミ君達に向かって叫んだ。
「二人とも~! 発射するなら今しかない! 幸運を祈る!」
それを聞いて、タクミ君とお姉さんは発射準備に入った。
「お姉さん、行くよ!」
「全力で飛ばして、タクミ君。衝撃はお姉さんが受け止めるから!」
「分かったよ、お姉さん! それじゃあ、カウントダウン行くよ!」
「ゴー!」
『ヨン!』
「サン!」
『ニー!』
「イチ!」
『「ゼロ~~~~!」』
「いっけぇ~! ゴールデンビッグマグナ~~ム!!」
するとタクミ君のGBMと下腹部の連結が外れ、勢いよく白煙を上げながら発射した。
おっぱいカタパルトに沿ってぐんぐん進んでいくGBM。
何物よりも硬く、何物よりも速く、何物よりも卑猥に。
そしてGBMはあっという間に上空の雲を引き裂いていった。
その後しばらくすると、また無線からノイズが聞こえだした。
「……ガガガー。こちら国際航空宇宙研究所。淫石が大気圏を通過、しかし謎の飛行物体が淫石に向かっている模様。これは一体? 追加報告、謎の飛行物体と淫石が衝突! 淫石の動きが止まりました。双方のエネルギーが均衡状態にあるようです。しかし、謎の飛行物体は先端部を押しつぶされている模様」
「こちらドクター。その謎物体は押しつぶされても元に戻るはずだ。引き続き実況を頼む」
「了解した。ん、これは! 驚いた、そちらの言う通り、謎の物体が押し返している」
「こちらドクター、その謎物体は呼称をGBMという」
「了解した、以降GBMと呼称する。現在、GBMは物凄い勢いで淫石を押し返している。まもなく大気圏に突入……突入した。大気圏突入後も勢いは止まらない。何ということだ!」
国際航空宇宙研究所側も興奮を抑えられなくなってきていた。
そしてしばらくして、国際航空宇宙研究所はこう報告した。
「報告を……報告をする。淫石は…………地球の遥か外側まで移動。完全に安全圏……淫石衝突は回避されました!」
「ありがとう、了解した」
ドクターはそう言うと無線を切り、一息ついた。
「なあドクター、どうなったんだ?」
鬼熊Dに問われたドクターは、周りのみんなに聞こえるよう大声で言った。
「みんな喜べ! 淫石衝突は完全に回避された。もう恐れることはない。我々は、打ち勝ったんだ!」
多くの者がそれを聞いて目を丸くし、しばし静寂が流れた。
そしてその後、今度はうるさいくらいの叫びが空気を振動させる。
『「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」』
みんな恐怖から解放され、地球が守られたことを喜び合った。
そして誰もが、あの二人を盛大に称えたのだった。
ありがとう、タクミ君。
ありがとう、お姉さん。
こうして地球は史上稀にみる危機を乗り越えたのでした。
おしまい。
――――――――――――――――。
「どうじゃ。これが我々神の世界でも有名な地球の出来事の一つじゃよ」
立派な白髭をたくわえた老人が、目の前にいる少年と少女に言った。
「素敵だわ。二人の愛が地球っていう星を守ったのね」
目を輝かせながら少女が言う。
「人間ってすごいんだね。びっくりしちゃった」
少年が興奮気味に言う。
「そうじゃろう、そうじゃろう。神の世界では人間のことをちっぽけだなどと言う者もおるが、素晴らしい力を持っておるのじゃ」
「ええ、勉強になったわ。それでお爺様、その後二人はどうなったのかしら?」
すると老人は少し残念そうな顔をして言った。
「その……二人はじゃのう。淫石を撃退するために全生命力を使い切ってしまい、亡くなってしまったのじゃ」
それを聞いて少女も少年もしょんぼりする。
「そうなの。それはちょっと……ううん、すごく悲しい事ね」
「僕も……そう思う」
その様子を見た老人も少し悲しくなってしまった。
目の前にいるのは老人の孫達。
自分の孫が悲しむ顔を見るのは辛いのだ。
「おほんっ! ああ、確かに悲しい出来事であるわけじゃが。よくお聞きなさい、我が孫達よ。この話には続きがあるのじゃ」
すると孫二人は顔を上げた。
『「続き?」』
「そうじゃ! 実はこんな噂がある。地球を救った二人は、その功績を神の長に認められ、この神の世界に転生することを認められたらしい。そして神として転生した二人は、この世界でようやく結ばれ、幸せに暮らしているということじゃ」
「すごいわ! なんて素敵な話なの! うっとりしちゃう」
「ねえねえ、ということは僕達と同じようにこの世界のどこかにいるの?」
孫達は元気を取り戻した。
「ああ、そうじゃのう。もしかすると、我々はもうすでに転生した二人に会っているのかもしれんのう」
座り込み、わいわいと談笑する老人とその孫達。
実にほほえましい光景である。
しかし、そこに水を差すような声が投げかけられた。
「ちょっとお父さん! またそんな卑猥な話をしているの。子供達の教育に良くないから止めてって言ったでしょ」
「おお、我が娘よ。これは素晴らしい話なのじゃが、いつになっても理解してはもらえんようじゃのう」
「私は理解しているわ、お爺様」
「僕も~!」
「おうおう、嬉しいのう。ではまた話してあげよう」
そう言うと老人は立派な巨体を持ち上げて立ち上がった。
「お爺様もう帰っちゃうの?」
「もう少しいてくれてもいいのに~」
「すまんのう。わしもそうしたいのじゃが、そろそろ帰らんとお姉……おばあさんに怒られてしまうからのう」
「お婆様に? あんな優しいお婆様も怒ったりするの?」
「そうじゃよ。おばあさんは色々すごいんじゃから、ふぉふぉふぉ」
そう言うと老人は白く大きいマントを翻しながら背を向け、ゆっくりと歩き出した。
そして振り向くことなく右手を挙げて振るのだった。
「帰っちゃったわね」
「そうだね」
孫達は名残惜しそうに老人の背中を見つめる。
「いつ見てもお爺様のマントの紋章はかっこいいわね」
「うん、かっこいいよね。神の世界では使われていない文字みたいだけど、何て書いてあるんだろう?」
「前に尋ねたら、地球の『KANJI』という種類の文字だとおっしゃっていたわ。どういう意味かまでは教えてもらえなかったけど」
「ふーん。おじいさんって地球にすごく詳しいよね。惑星なんて他にもたくさんあるのにね」
「そういえばそうね。……地球マニアなのかしら?」
孫達が見つめる老人の背中のマントには、金色の円の中に金色の文字で一文字の漢字が書かれているのだった。
――――――――『匠』。