案の定の展開ですよね。
3~5話程度で終わる予定です。
よろしくお願い致します。
仄暗い城の天井が崩れ、一筋の光が魔王を照らす。膝をついて天を見上げる男は眩しそうに目を細め、血に塗れた瞳を濡らした。
「…あぁ、やっと楽になれる。感謝するぞ、勇者」
異形と恐れられた背に生える黒い翼、頭より突き出ていた凶悪な角は粒子となり消えていく。望みもしない装飾から解き放たれた魔王は平凡な人間の姿へと戻っていた。
「魔王!!」
力無く前のめりに倒れる男へと聖剣を投げ捨て駆け寄る勇者。支えた男の命はもう僅かだった。
「くそっ、なんで、どうして…他に方法は無かったのかよ!!」
「悪の魔王を救えるなんて、そんな結末が許されるのは御伽噺の中だけだ。そう…言っただろう」
「だからって諦められるかよ!人間に戻った今なら光魔法も大丈夫なんじゃないか!?」
「…闇に身を置いた時が長すぎる。姿が戻ったところで性質は染み付いているさ」
涙が流れる勇者の頬を冷たい手がなぞる。
「…こんな最期も悪くない。…じゃあな」
力の抜けた手が音も無く落ちる。
魔王へとその身を堕とされた一人の男の最期に、勇者は己の無力さを咽び叫ぶことしかできなかった。
「このルートが噂のホモエンドだったのかよ」
コントローラーを放してグラスの紅茶を飲んで一息ついた。五回目のクリアを達成したゲームはちょっと流行っているRPGだ。
世界の負をその身に背負い魔王へと堕とされた不幸な男と、魔王を討つべく召喚された勇者の物語。ゲーム中の選択肢によってエンディングが変わる仕様で、やりこみ癖のある俺はコンプリートを目標に周回していた。
ちなみに今回は魔王を擁護するような選択ばかりしていると見られる魔王救済ルート。救済と言っても心安らかに死ねるというだけで生き延びるわけではないのは、たった今見たとおりだ。別名ホモエンド。
他のルートでは仲間達と一緒にラストバトルとなるのだが、このルートは魔王と一騎打ちがしたいと勇者が我侭を言って仲間達は魔王城の外で待機だ。スタッフロールの背景に流れるイラストで魔王戦後仲間と合流し王都へと帰還する姿が描かれている。王との謁見後、ヒロインである王女との結婚を断り一人旅に出る勇者。最後は魔王のものと見られる墓に突き立てられた聖剣の一枚絵で終わった。
「魔王城を最初から一人で攻略して魔王と一騎打ちとかステータス引継ぎがなきゃ絶対無理だわ。それでもギリギリしんどいバトルは楽しかったけどな」
ホモはどうでもいい。
全部で七つあるエンディングコンプリートまであと二つだ。コントローラーを持ち直し、ぽちぽちボタンを押していくとニューゲーム方法の選択画面になる。
「もちろんデータを引き継いでニューゲームっと。…あれ、誤植か?」
強くてニューゲーム。毎回そう表示されていたと思ったのだが、よくよく見てみるとニャーゲームとなっている。なんて間抜けな。それともバグったか?文字化けの一種だろうか。
「本当に猫になってニューゲームだったらウケるんだけどな」
鼻で笑い飛ばして何も考えずに決定ボタンを押す。バツンっとブレーカーが落ちるような音を最後に、俺は意識を失った。
* * *
目を覚まして最初に認識したのはでかい目玉だった。俺が目を開いたことに驚いたのか息を呑み、やがてキラキラとその大きな瞳を輝かせ始める。大きく空気を吸った幼女に嫌な予感を感じて俺は咄嗟に耳を伏せた。
「ママぁー!ねこちゃん起きたよー!!」
叫ぶようにして発せられた大声は容赦なく俺の鼓膜を揺らしてくれた。勘弁してくれ。親を呼びに行ったのか部屋を飛び出していった幼女を見送り、俺は体を起こした。
異変にはすぐ気付いた。極端に低い視線、四本足で体を支えた動作、やたらと良くなった聴力。そして幼女の発した言葉。姿見なんて見なくても想像はつく。溜息と共に首を動かして自身の体を見れば、艶やかな黒い毛並みと揺れる尻尾が自己主張していた。
どうやらあれは誤植でもバグでもなかったらしい。まさか画面の中ではなく、現実に体験することになるとは思っていなかったが。そこまで考えて思い出す。これがゲームの選択通りなら強くてニャーゲームのはずだ。勇者としてのステータスを引き継いでいることになる。残念ながらステータス画面を視認できるようなシステムはないようなので何かで試してみるしかない。簡単に試せるのは魔法か。
「守護の光」
呪文なんて長ったらしい台詞は覚えていないので術の名前だけを呟く。発動するか心配だったが杞憂だったようだ。猫となった俺の足元に魔法陣が展開され淡い青の光が降り注ぐ。中級魔法ホーリーライト。対象の防御力を上げる魔法だ。なんてことはない補助魔法だが、ゲーム開始時には覚えていない技。なるほど、確かに強くてニューゲームのようだ。
しかし通常のゲームスタートなら城にある儀式の間で召喚されたところから始まるはずだ。それなのに俺がいるのはどうみたって民家の一室。まずは現状把握しなきゃどうにもならないな。
そう思ったところへ足音が近付いてきた。先ほどの幼女と母親だろう。俺はその場に伏せておく。
「ほら、ねこちゃん起きてるでしょう?ママ、触っていい?」
「あら、本当。ミーシャ、もうちょっと待ってね」
うずうずと俺を触りたくて仕方ない様子の幼女を制して、母親が俺を覗き込む。そっと伸ばされた手を俺は大人しく受け入れた。体を探るように撫でる手の平はとても温かく、どうやら微かに魔力が込められているようだ。不快なものではないので抵抗しない。俺を傷つけるものならさっき使った守護魔法が弾くはずだ。
「どうやら怪我はないようね。あなた、お城の中から衛兵に摘み出されたんですって?それを見たミーシャがここに連れてきたの。まったく、困った猫ちゃんね」
うりうりと顎を撫でて母親が立ち上がる。
「大人しい子みたいだから触って大丈夫よ。でも構いすぎないようにね。猫は気まぐれだから」
「はぁーい!」
去っていく母親と入れ替わりミーシャと呼ばれた幼女が俺を抱き上げた。
「ねこちゃん、ミーシャと同じ金色のおめめね。かわいー」
子供特有の少し乱暴な手つきで撫でられながら俺は目を閉じた。
城から出てきたということは俺は儀式の間に召喚されたのだろう。しかし意識のない猫。失敗だと思われて衛兵に外へと捨てられた。そこをミーシャに拾われたと。それなら辻褄は合う。
勇者という枷も無く俺は自由気侭な猫として召喚された。これから一体どうしようか。
薄目を開けてミーシャを見上げる。俺と同じと言った金色の瞳が楽しげに見下ろしてきている。力加減を覚えたのか背を滑る手はいつの間にか心地よくなっていた。脳裏に過ぎるのはゲームで見た魔王と魔族に脅かされる王都。
ふん、と鼻を鳴らす。
世界を救う猫になる気は無いが、俺を拾ったミーシャを守るくらいはしてやろう。猫の恩返しは規格外なのだ。命を救った女子高生を猫の花嫁にしようとするより、ずっと良心的だろう。
「仕方ないな」
呟いた言葉はニャーと空気を震わせて、ミーシャを笑顔にさせた。