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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

「たまご」

作者: はねひ

世界の初めに、ひとつの卵がありました。

まあるく白く、真っ暗な闇の中にひとつだけ浮かんでいました。


それを一人の妖精さんがつつきに来ました。

妖精さんはとても退屈だったのです。


「ねえ、たまご君」

妖精さんは一人でお話を始めました。

「キミの中には何が入っているの」

「とってもつるつる、ひんやりして気持ちいや、まくらにしていい?」

「うん、とってもいい気持ち。なんだか眠たくなっちゃったな」


妖精さんはふわああ、とあくびをしました。


長い長い間、妖精さんは眠っていました。

ふわふわと浮かぶ闇の中、妖精さんはいつの間にか卵に抱きついていました。

卵はときどき嬉しそうに、小刻みに揺れました。


「たまご君、たまご君、だれが生まれるのかなぁ……」

妖精さんはときどきそんな寝言を口にしながら眠り続けます。



なにしろ広い広い真っ暗やみの中。眠るぐらいしかすることがなかったのです。

――でもそう言えば、いつからこの卵あったっけ。

夢の中で妖精さんは思いました。

夢の中で一生懸命考えましたが、答えは出ません。


そのうちに妖精さんは夢の中で身体が溶けて、たまごと一緒になりました。

「ぼくがたまごで、たまごがぼくで」

妖精さんはふしをつけてそんな風に歌いました。




「たすけて」

ふと、そんな声と、バンバン、ガシガシ、という奇妙な音がしました。

見ると、小さなとさかの生えた黄色い鳥が真っ白な壁に頭を打ち付けていました。とさかはボロボロで禿げていて、くちばしは傷だらけで毛ずれた後が細かく白くなっていました。


「どうしたの」

妖精さんです。妖精さんはきがついたらこの白い部屋の中に居ました。

声をかけても、黄色い鳥はただただ涙にくれるばかり。

ひとしきり泣くと、また狂ったように頭を、身体を、くちばしを白い壁に打ち付けるのです。

壁はとても硬質なものでできているのか、びくともしません。

やがて力尽きて、黄色い鳥はうずくまって泣きました。

しかししばらくすると起き上がってまたあの痛々しい音を立てるのです。



「ねえ、どうしてそんなことするの。きみボロボロじゃないか」

黄色い鳥は、息も絶え絶えで、やっと妖精さんの方を見ました。

「……」

黄色いの瞳は、深い深い青緑色のガラスのようでした。

どこまでも吸い込まれそう。一瞬そう思いながらも妖精さんはその目をじっと見つめます。

すると瞳の向こう側にすうっと意識が吸いこまれ足元がグラグラしました。



ここは、どこ。

ああ、たぶんあのガラスのような瞳の中だ。

緑の木が見えます。それから枯れた木も沢山見えます。


赤い血が、見えます。


人間が無数に群がって、その中の一人を串刺しにし、まつりあげ、他の人は歓声をあげます。


猛獣が檻の中に閉じ込められて、飢えて地べたにはいつくばり、今にも目を閉じようとしています。


元々は青かったはずの海が茶色く濁り、中から尽きることのない腐臭と紫色のガスが広がります。


場面が変わりました。

冷たい金属でできた瓦礫の山の上で、子供が一人、泣いています。

瓦礫の下からは無数の腕や、脚や、血まみれの頭が飛び出しています。

空からブン、という大きな音を立てて、一瞬で、小さい飛行機のようなものが通りすがります。

機体にぶら下がった刃物のようなもので少年の首を、すっぱり跳ね飛ばしました。

飛行機が飛び去った跡には音もなく、少年の頭は美しい鮮血を散らし、少し離れたところにぽとん、と落ちました。



そこまでみると、妖精さんはわずかに意識を取り戻します。

いやだ、もう。なんでこんな光景―――


しかし映像は止まりません。

あとは大体同じような感じでした。

美しかった森が、海が、里が枯れ、瓦礫と、血しぶきと、腐臭と――そういった「悪意」に満ちた世界に変貌していきました。

その光景を延々と見せつけられたのです。


最後の方になると、妖精さんはもう、抗う気力を失って、ただただ目の前を通り過ぎる悪夢を受け流していました。



しかしあるとき、真っ白な光に包まれました。

妖精さんは、ほぼ眠りそうになっていた意識を起こしました。


ふしぎとあたたかい気持ちのする、白い光です。

桃色のやらわかなシャボン玉のようなものがふわふわと漂って、甘いような、懐かしいような香りを漂わせています。

花の香りにも似ている気がします。



「ここは?」

妖精さんはその不思議な、床もない空間を進んで行きました。

そうして、一番奥に、とても柔らかいものを見つけました。

小さな小さな美しい赤ちゃんが、ふっくらとした母親の豊満な胸に包まれて眠っていました。

母親もそっと目を閉じて、ゆらゆらと揺れる籐の椅子に座って赤ちゃんを抱き締めていました。

その胸の谷間のあたりからふわふわと虹色をした粒子がたちのぼり、やがてあつまると、さっきのシャボン玉になって漂っていたのです。


母親のとじた瞼から、一粒の涙が流れ出ました。


そしてそれを見つめていた妖精さんの上にぽとり、と落ちました。



その瞬間、ピシ、パリッ、バリッ、ガラガラ……と大きな音がして、白い世界が壊れてゆきました。

白い破片は土砂崩れのようにあたり一面に舞い、その中から真上に飛び出てゆくものがありました。


とさかのついた、黄色い鳥でした。



「あ」

妖精さんがふと気がつくと、また黒い空間に戻っていました。

でも今度は、目の前に美しい青い星がありました。周囲には無数の星も浮かんでいます。

もうこの世界は孤独でも退屈でもないんだ、と妖精さんは察しました。



「ありがとう」

どこからか声がします。

「あなたが悪夢をすべて受け取ってくれたから、もう一度産まれることができました

 同じ悲劇が繰り返されないよう、あなたも祈っていてください――」

声はどこからともなく聴こえて、余韻を残して消えてゆきました。



もう退屈でなくなった妖精さんは、それからずっと青い星を見ています。

最後に見た母親のぬくもりと涙の色を思い出しながら。




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