09
「体の具合はどうだ?」
ブリーフィングルームに入ると、管を巻いていたジョゼフが声を掛けてきた。気楽そうに天井を蹴り、壁に触れながら、ヨクトの前で器用に静止する。
「おかげさまで。何ともない」
「そりゃ何よりだ。自爆特攻なんてお前らしくもない」
「いや、特攻じゃないから。たまたま位置的に、俺しか動けるやつがいなかっただけだよ」
「細かいことを言うなって。ナナリーちゃん、心配しまくってたぜ。帰ってくるなり泣きそうな顔でさ、私のせいでヨクトがって――」
「ち、ちょっとっ!」
背後から悲鳴のような声が上がった。ヨクトが振り返ると、入り口でこちらの様子を伺っていたナナリーと目があった。
ジョゼフはからかうようににやりと笑う。ナナリーは本気で怒ったように秀麗な顔を鋭くし、それからヨクトを見て表情を白黒させた。
「あ、あの……」
「無事でよかったよ。間に合わなかったらどうしようかと思った」
「えうっ」
「作戦も成功したし、言うことなしだよな」
「な、なしじゃないっ。私は一杯言いたいことあるっ」
ナナリーが掴みかかるようにヨクトに身を寄せた。
「ま、守るのは私の仕事だったんだからっ。ヨクトは後ろで待っててくれてよかったのに!」
「や、それは、そういうわけにも行かなかっただろ。結果的に丸く収まったんだから」
「丸くないっ。ヨクトがっ……」
ナナリーは叫びかけて、自制するように深く息をついた。澄み切った空のような瞳が、ヨクト一人に焦点を結んだ。
「……怖かった。あの一瞬、ヨクトが死んじゃったって思った」
「お、大げさだな。俺たちはオーバーマンで――」
「でもっ、粉々になって、見えなくなって、声かけても返事なくてっ、だから……」
ナナリーは感情のうねりに翻弄されるように表情を変え、顔を隠すように俯いた。
「……もう、やめてね。あんなこと。待たせるより、待ってるほうが、ずっと辛いんだから」
「あ、ああ……」
ヨクトは上手い返事もできず、間の抜けた声を発した。
「失われた青春ね」
「俺ら年寄りだよな。やっぱ。五年の差はでかいわ」
「もう一人くらい素敵な男性が乗っていても良かった」
「隣にいるナイスガイが目に入らないのか?」
部屋の隅のほうで、ジョゼフとセリスが見物しながら言っていた。それを聞きつけたナナリーが、両手を振り下ろして肩を震わせた。普段おどおどしている彼女にはかなり珍しい反応だ。
「な、ナナリー、落ち着いて……」
「っ、ご、ごめん……」
ナナリーはようやく我に返ったように息をついた。心なしか体がしぼんだような気がした。
「ヨクトさん。初めまして」
扉が開き、ミーティアが入ってきた。ヨクトは苦笑した。
「ブラックジョークだよ、それ」
「無事なようで安心しました。ヨクトさんが守って下さったおかげで、オケアノスのデータをエトナさんとエトラさんに渡すことができました」
「ああ。さっき聞いたよ。ミーティアも、苦労を掛けた」
「オーナーの皆さんの役に立つことが、私の一番の幸せですから」
ミーティアは透き通るような微笑みを浮かべた。
「これからの予定を、ヨクトさんは聞いていますか?」
「ああ。さっきエトナとエトラから説明を受けた。なんか面倒くさい依頼も付いてきた……っと、そうだ。ナナリー」
「なに?」
「これから宇宙海賊と会談をするらしいんだけど、ナナリー、付いてきてくれるか?」
「……へっ?」
ナナリーは少し慌てた。
「な、何で私?」
「ええと、消去法っていうか……」
「なんかすごく失礼なことを言われた気がする」
「同感だ。珍しくな」
ジョゼフとセリスが半眼になってヨクトを睨む。
「じゃあ、二人ともやってくれるのか?」
「お断り。面倒くさい。禁煙席には同席しない主義」
「禁煙も何も、どうせサイバースペースでだろうが。タバコも電子麻薬もないっての。あ、俺は当然パス。見目麗しい後輩に譲るぜ」
「何だか当て付けられてるような気がするのだけど」
「被害妄想だ。見目麗しい先輩殿」
完全に外野の軽口に、ヨクトは脱力した。ナナリーも【消去法】という意味を理解したのか、押し黙った。ヨクトも仏頂面になっている。
「でも、ヨクト。私専門的なこと、何も分からないよ?」
「俺が変なこと言わないか見張っててくれればいいんだ。そりゃ、意見を求められたりは、多少はするかもしれないけど。向こうが秘書を連れてくるらしくて、こっちが一人って言うのも、何だか格好が付かないからさ。それに、ナナリーがいてくれれば、俺も安心だし」
「ど、どういう意味で……?」
「俺の見張り役、というか、変なこと言っても訂正してくれるっていう、安心感かな」
「う、ううん」
ナナリーは微妙な表情で言葉を濁した。ジョゼフとセリスの視線がやや温度を下げた。ミーティアでさえ何か言いたそうな視線をヨクトに向けていた。だがヨクトは気付かなかった。
ナナリーはしばらく考えていたが、やがて決意したように顔を上げた。
「私でよければ、付いてくよ」
「そういってくれるとありがたいよ。正直、俺一人じゃ手に余るんだ。船の代表とか言われても、困るしな」
「ううん。適任だと思うよ」
「なんでさ。俺、歳からいったら真ん中って、すごく中途半端な立ち居地だ。実績もみんなに比べてあるってわけでもないしさ」
「そんなことないよ。……消去法で」
「うぐっ、胸に突き刺さるぜ」
「後輩の糾弾は厳しい。て言うか、ナナリー厳しい……」
「これが【日頃の行い】というものですね」
船の年長者二人は他人事のように大げさな身振りをして、ミーティアがそれを見て感心したように頷いていた。ナナリーは慌てて、そんな真面目に言ったわけじゃないですよとフォローなのかそうではないのか微妙な言葉を投げている。
ヨクトもつられて笑いながら。
――ああ、いいな。
と素直に思った。
ヨクトたちは地球を追われた身だ。生まれ育った土地も、所属する国もない。だが、こうして仲間たちがいる。帰る場所がある。それはとても幸運なことだと思った。特に、ヨクトたちのような、無法者の立場であるなら、なおさらに。
「じゃ、ナナリー、一回エトナとエトラのところに行こう。何か準備することあるかもしれないし、その辺、聞いとかないとな」
「う、うん。分かった」
ナナリーはこほんと咳払いしてジョゼフとセリスから視線を切り、率先して部屋を出て行った。
「あー、ヨクト君」
「なに、急に……」
「実直な君の性格は美点だと思うがね、少しは身近な愛情に目を向けてみてはいかがかな」
ヨクトは吹き出した。
「いきなりどうしたのさ、ジョゼフ。言われなくても、みんなには感謝してるさ。心配掛けて悪かったよ」
「……はあ」
「ジョゼフ。あんたは顔も頭も悪いけど、察しがいいところは評価する」
「ありがとよ。褒めてないだろ」
「ヨクトさんも集合知による分析的思考を導入してはいかがでしょう。人とhIEの、双方向のモデルケースになりそうです」
「ミーティアちゃん、そんなことしたら、相手の方は一発だ。人の情けってやつだ」
「なるほど」
なにやらよく分からない会話を続けている三人に、ヨクトは複雑な表情を浮かべ、結局よく分からないまま部屋を後にした。