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DAYTRANSER  作者: 流川真一
第三章 MEETING
8/23

08

 ヨクトは自分の意識が戻るのを感じた。

 自動的に自己診断プログラムが走り、義体の状態をチェックする。問題ないと判断したところで、ヨクトは瞳を開いた。

 薄暗い空間だった。目の前には半透明のシールドが被さっている。義体の調整槽に入れられているのだと分かった。

 と思うと、目の前でシールドが持ち上がる。体を起こすと、インビジブルの技術室だということが分かった。ヨクトたちは食べ物や睡眠を必要としない代わりに、定期的に義体のメンテナンスを行う必要があった。それを行う部屋がここだ。精密機器を置いている関係で、部屋はおよそ1Gに整えられている。体に掛かる重力の感覚が地球を思い起こさせた。


『やっとお目覚めね』『気分はどう?』


 ヨクトの視界に、金髪のツインテールの少女が二人、音もなく映し出された。インビジブルを管制するエトナとエトラのアバターだ。


「……悪くはないかな」


 ヨクトはそう言って立ち上がろうとした。かと思うと、突然体が動かなくなり、勝手に拳を作った右手が、ヨクトの鼻先を強かに殴りつけた。


「ぶっ!?」

『何が悪くない、よ』『お馬鹿の極み』


 エトナとエトラは容赦なくヨクトの義体を操った。三度ほど殴ったところで満足したのか、義体の制御を戻してくれた。


「な、何する――」

『何でもよ』『自己犠牲の発露とか、そういうヒロイズム、いらないわ』


 エトナとエトラは本気で怒っているようだった


「ま、待ってくれ。何の話だ」

『記憶の定着はちゃんとしてる?』『自分が死ぬことになった原因、言ってみなさい』


 エトナとエトラの言葉に、ヨクトは定着したばかりの記憶を掘り起こした。

 ヨクトたちは仲間との間にネットワークを形成し、互いの記憶を電脳にバックアップしていた。全滅しない限り、こうして誰かが記憶を持ち帰り、義体に定着させる。だからヨクトは、自分がしたことと、その結末を知っていた。


「俺が、ナナリーとミーティアを、モノリスの攻撃から庇った――て言うか、みんなは無事なのか?」

『……無事』『ちゃんとデータを持って帰ってきた。あなた以外は』


 ヨクトが思わず力を抜くと、エトナとエトラは責めるような視線を向けてきた。ヨクトは慌てて言い訳した。


「あの状況じゃ、俺が囮になるしかなかった――」

『だとしても、生身の人間であれば死んでいた』『自分が死ぬことに慣れるのは避けるべきだって、あなたも知っているはず』『いずれ人間に戻るのだから』『自分が抱えている命の重さを、忘れてはならないと知っているはず』

「でも――」

『言い訳なんて聞きたくない』『結果的に目的を達成したとしても』『人としての最低限の尊厳を失えば、それは死と同じ』『あんたはちゃんと、自分が死ぬ覚悟で死んだ?』


 ヨクトは何も言い返せなかった。

 実際、死ぬことはさほど問題ではないと思っていた。ヨクトたちオーバーマンは、記憶を複製された、事実上の不死者だからだ。

 だが、エトナとエトラはそれを戒めた。


『……本当は、あなたのやったことは正しいって分かってる』『みんなも知ってる』『でも、いずれ人として生きるのなら、死ぬことを恐れるべきだと、私たちは思う』『死ぬことに躊躇するのが自然な反応。あなたはどうだった?』

「……何も感じなかった、かもしれない」

『礼は言うわ』『ナナリーとミーティアを守ってくれてありがとう。作戦は成功』『でも、絶対に忘れないで』『私たちがこうしてがんばっているのは、人として生きる場所を作るため』『そして、人に戻るため』『人は死ぬものよ』『命を忘れた人間は、完全に物になるわ』


 エトナとエトラは視線を伏せた。

 二人は、ヨクトがナナリーとミーティアを助けたことを怒っているのではない。ヨクトが全く躊躇せず、自分の死を選択したことを怒っているのだ。

 確かにオーバーマンは、義体が滅びても、新しい義体に記憶データを定着させることで蘇ることができる。

 だが、人間は命を抱えている存在だ。そして、ヨクトたちは、そうした人間として生きる場所を作り、人間に戻るために戦っているのだ。例え蘇られるとしても、自分の命を虚構のものとして受け取るようになれば、それはもはやただの物体だ。


「……悪い。気をつける」

『本当よ』『これ以上物忘れが激しいメンバーは要らないわ』


 エトナとエトラは鏡に映したような笑みを浮かべた。

 ヨクトは立ち上がって体の状態を確認した。以前までの義体と、感覚的な差はほとんどなかった。すぐに馴染むだろう。


「俺の機体は、やっぱ消し炭か?」

『蒸発したわ』『一から作り直しだから、少し時間が掛かるわね』

「……悪い」

『それはもういいわ』『現状を説明したいのだけど、いい?』

「頼む」


 ヨクトが言うと、ヨクトの視界に情報が投影された。


『作戦が終了してから二十時間が経ったわ』『メンバーの損害はあなただけ』


 ヨクトは微妙な顔になった。エトナとエトラは構わず続けた。


『オケアノスの主要連結情報から、構成を復元中』『今のところ問題なく進んでいるわ』『超高度AI……便宜上、オケアノスβと呼ぶけれど、完成するのは今から百二十時間前後』『それに伴って、予定通り、宇宙海賊との合同会談を行うわ』

「会談、か。……情報提供はしたのか?」

『現在のプランと、こちらの技術レベルを証明する幾つかのデータを送信したわ』『具体的なプランは、かなりぼかしてあるけど、別の惑星に移住する計画だということは伝えてあるわ』


 ヨクトたちの計画は、オケアノスのコピーを、惑星での生活環境制御AIとして活用することだった。多くの宇宙海賊を伴い、別の惑星に新しい生活圏を作るのだ。


『今はどの船も回答保留中だけど、無視できるわけがない』『やむを得ず海賊を行っている宇宙住民にとって、自分たちの人権は悲願だから』


 エトナとエトラの言葉に、ヨクトも頷いた。

 宇宙海賊にも大きく分けて二種類がいる。一つは完全に私利私欲のために破壊活動を行う者達。大部分の宇宙海賊がここに属する。そして二つ目が、人間社会の枠組みから排斥され、生きるために仕方なく海賊行為に及んでいる者達だ。

 むろん後者も犯罪であることに違いはない。だが目的には明確に違いがある。

 後者の海賊が見据えているのは、自分たちの安全。人権。そして、人類の次のステージを夢見ていることだ。

 オーバーマンでなくとも、義体換装をしているというだけで、世間の風当たりはかなり強くなる。それが戦闘目的であればなおさらだ。一度社会から有害だと判定されれば、後は処分されるか、隔離されるか、あるいは逃げるしかない。

 そうした人間社会の枠組みから弾き出された人間たちは、この広大な宇宙に少数ながらも存在している。ヨクトたちは彼らにコンタクトを取り、自分たちが作り上げる集団の一員となってほしいと考えていた。

 人として生きるのも、人以上の存在となって生きるのも、自由な社会。互いの尊厳を守り合った、今よりももっと自由な社会。そんな場所を、ヨクトたちは作りたいと思っていた。

 ――とは言ってもな。

 情報面のやりとりはエトナとエトラの領域だ。現状自分にできることはなさそうだと、大人しく任せようとした――が。

 エトナとエトラが宙を見つめて言った。


『宇宙海賊の一つからアポが入ったわ』『グリーンアイド。二十六隻の居住艦を持つ大御所ね』


 ヨクトの視界に情報が投影された。グリーンアイドという宇宙海賊の構成員の簡略情報と、主な武装、過去の活動内容がリストアップされる。


「アポ、ってどういうことだ? 会議に参加してくれって頼んでるのはこっちなのに」

『提供した情報の、不明瞭な部分を質問したいのでしょうね』『あと、単純に、先に顔を見ておきたいということではないかしら』『前時代的だけど共感はできるわ』『向こうは船の代表とサイバースペースでの会談を行いたいと申し出ているわ』『どうする?』

「決まってる。受けるよ」


 ヨクトは首を傾げた。


「そう言えば、この船の代表って誰なんだ?」

『あなたでいいんじゃない?』『少なくともジョゼフよりはマシ』

「か、軽いな。他のメンバーの合意を取ってからの方が――」

『ジョゼフは不安すぎ、セリスは面倒くさがってやろうとしない』『ナナリーはこういうのに向いてない』『私たちはルール違反』『あなたしかできる人がいない、といった方が分かりやすい?』

「……分かった。なるべく変なことを言わないように気をつけるよ。一対一か?」

『いいえ』『向こうは一名の補佐官を付けると言っているわ』『一人なら連れて行ってもいいのではない?』

「一人か。エトナとエトラは……」

『私たちは一心同体だから無理』『て言うか、そんな堅苦しい場所にお邪魔するのなんて嫌』

「そ、そう……。ならナナリーを連れていく。向こうが二人なのに俺一人ってのも、何か構えてるみたいだしな」

『では、私たちはヨクトとナナリーの補佐をするわ』『下手なことを言わないように指導してあげるから安心なさい』


 ヨクトは苦笑した。確かに、超高度AIであるエトナとエトラが付いているならば、下手なことなど言いようがない。最悪、電脳をクラックして言語野を麻痺させれば、ヨクトが余計なことを喋ることもなくなり、言質を取られずに済む……。


「いや、それは流石に……」

『お望みとあらば、あなたが考えていることをやってあげてもいいけれど』『ただし、飛びっきり不快なショック付きでだけれど』

「遠慮します」


 ヨクトは即答した。


「手続きは任せていいのか?」

『ええ』『お互いにとって一番いいような方法を提案させてもらうわ』


 エトナとエトラはそう言って、思い出したように付け足した。


『あと、これがグリーンアイドの代表のプロフィールよ』『一応、目を通しておいて』


 ヨクトの視界に、新しい情報が表示される。展開すると壮年の男の顔写真が表示された。鋼のような厳しい顔だった。プロフィールの先頭にある名前は、デルク・キンバリーとある。


「デルクさん、ね」


 聞き覚えのある名前ではない。宇宙海賊や軍の間で有名であったとしても、ヨクトたちはそういうパワーバランスの外側に存在する集団だ。相手がどんな考えを持ち、どのような理念で行動しているのかは、出会ってみなければ分からない。

 残りの手続きをエトナとエトラに任せ、ヨクトは調整室を後にした。無重力に足を踏み入れ、浮遊感に包まれて、ふと思い出す。


「そう言えば、ナナリーに確認してなかった」


 まあ大丈夫だろうと、ヨクトはみんながいるであろうブリーフィングルームへと向かった。オーバーマンであるとは言え、無事な姿を見せるのが仲間としての礼儀だろう。

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