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DAYTRANSER  作者: 流川真一
弟二章 ASSAULT
7/23

07

 通路を抜け、扉を開くと同時に、先制してミーティアが重力場を展開した。

 一斉に放たれた弾丸が、空中で急激に質量を増加させられて地面に突き刺さる。スタンロッドを構えて走り寄ってきたhIEも、地面に押し潰されるようにして動きを止めた。

 その隙に、ヨクトとナナリーが前に出て、連携して包囲網の一角を突破した。走らせたブレードが、放たれた電磁の輝きが、彼らが持っていた武装を正確に破壊した。


『ミーティアっ!』


 ヨクトが思考音声で叫ぶ。ミーティアは即座に前に出て、先頭に立って走り始めた。

 別の警備員たちと接触する。だがミーティアが展開した重力場に押されて、壁に押し付けられて動けなくなった。

 重力場から逃れたhIEがミーティアに迫るが、その間にヨクトとナナリーが割り込んで応戦した。ヨクトがhIEの手刀を手で払い、ナナリーがレールガンのトリガーを引いた。hIEの両足に風穴が開き、動力を断ち切られて地面へと転がった。

 ヨクトは走りながらマップデータを確認した。

 現在位置の直下は研究区画だった。民間人を示す交点はないが、タグ付けされていない人がいないとも限らない。だが、こちらへは大量の警備員たちが迫ってきている。このまま直進すれば戦闘は避けられない。ヨクトは覚悟を決めた。


『ミーティア。できるだけ静かに床を抜いてくれ。少なくともタグ付けされた民間人はこの下にはいない』

『了解しました』


 ミーティアは膝を突き、掌を床に押し当てた。地鳴りのような轟音と共に床にひび割れが走り、一部が砕け散って階下に落ちた。先ほどより破壊の規模はだいぶ少ないが、それでも、普通の人間が真下にいれば重傷は免れない。

 ミーティアが先行して降り、ヨクトたちがそれに続いた。

 辺りを見渡すが、民間人の姿は一つもなかった。どうやら事前に警備員たちが避難誘導をさせた後らしく、フロアには人の気配が全くなかった。ヨクトは基地に入ってきてから一番の安堵の息をつく。それから自分の行動に苦笑した。


「これも、セリスの言う習慣ってやつかな……」

「ヨクト?」

「いや、行こう」


 首を傾げるナナリーにそう言って、ヨクトたちは先を急いだ。

 床を破壊して降りるという非常識な移動方法に、警備員たちは明らかに翻弄されていた。ミーティアが張り巡らせたシステムへの妨害工作は継続中で、警備員たちは無線での通信ができないままだった。そのせいもあって、ヨクトたちは最初を除けば比較的あっさりとドックへの帰還を果たすことができた。

 ドックの前を警備していたhIEとドローンを停止させ、ドックの扉を開く。――瞬間、凄まじい号風が背後から吹き荒れて、ヨクトたちは思わず体制を崩した。


「やば、そっかハッチに穴……」


 ヨクトたちはハッチを破壊して基地に入ってきたのだ。当然、空けた大穴は放置されたままとなっている。真空を埋めるために大量の風が吹き込んでいた。

 そんな中、ミーティアが重力場を展開して起用に体勢を立て直し、扉横の端末に直結して強引に扉を閉めた。

 気圧差で表層が僅かに歪むが、ミーティアは続けてハッチ開放のためのエアシールを形成する。何層もの扉が連続して閉まり、基地とドックが完全に切り離される。そこでようやく気流の乱れが止んだ。


「うう……」


 ナナリーが乱れた髪を押さえながらぐったりとしていた。ヨクトはナナリーの背中をぽんと叩いた。


「もう少しだ。頑張れ」

「っ、う、うん、がんばる」


 ナナリーは少し慌てたように体を起こした。その様子を、ミーティアが興味深げに見つめていた。

 ヨクトたちが発着場に駆け寄ると、信号を受け取ったデイトランサーが自律飛行で近づいてきた。ヨクトは機体が無事であることを確認して安心したように肩の力を抜いた。


「撃墜されてたらどうしようかと思ったけど、何とか間に合ったか」


 ヨクトたちが基地に潜入している間、デイトランサーは戦術AI任せの自律飛行で基地外周を飛行していた。敵地である以上、ドックに固定して置いておくわけにもいかない。エトナとエトラが組み上げた戦術AIは、ヨクトたちがいない間、しっかりと機体を守り通していた。


「もし壊れていたらどうしていたのですか?」

「ん……二人乗りするしかないだろうな」

「っ……」


 ナナリーがなぜか息を詰めた。ヨクトは訝しげにナナリーを見る。ナナリーは逃げるように自分の群青色の機体へ乗り込んでいった。


「心拍数が上がっていましたね」


 ミーティアはそれだけ言い残して、自分の純白の機体へと乗り込んだ。ヨクトは首を傾げながらも、すぐ近くに来ていた真紅の機体へと飛び乗った。ハッチに手を触れ、生体認証を済ませてコックピットへと滑り込む。

 機体との同調が終わると、視界がクリアに開けた。視界に投影された各種の情報を確認し、全てのシークエンスが正常に終わったことを確かめる。


『ナナリー、ミーティア、行けるか?』

『だ、大丈夫』

『問題ありません』


 ヨクトは二人の返事を聞いて、重力素子の出力を上げた。機体の周りに光子が舞った。重力場が展開され、機体が爆発的に加速した。

 ドックの風景が後ろへと流れ、すぐに宇宙の闇に包まれる。

 激戦を繰り広げたトリシューラ近軌道基地が、急速に遠ざかっていく。視界の右上に表示されたレーダーの倍率が上がり、周辺宙域の情報が表示された。

 レーダーには防衛ラインがオレンジ色のラインで表示されている。ここに来る前に突破した、モノリスが形成する防衛ラインだ。

 ヨクトたちがトリシューラ近軌道基地にいた時間はおよそ三十分といったところだ。その間、ジョゼフとセリスが敵の動きを引き付けてくれていた。基地の対応が後手に回ったのは、ジョゼフとセリスの動きから目を離せなかったせいでもある。

 出発してからおよそ三分ほどで、ジョゼフとセリスのステータスが表示される。双方、損害軽微。無傷ではないものの、戦闘機動を続行していた。


『帰ったら礼を言わないとな。大きく迂回して船に戻る』

『うん……』


 ナナリーが答えかけて、慌てて続けた。


『ヨクト、モノリスが――』


 言われて、ヨクトはレーダーの座標をモノリス周辺に固定し、倍率を上げた。ジョゼフとセリスの機体から送られてくる情報が同期され、モノリスの現在の状態が、オレンジ色のホログラフィックで表示された。

 進行方向のモノリスが、こちらに砲身を向けていることが分かった。周辺ではジョゼフとセリスが交戦しているにも関わらずだ。明らかにヨクトたちを迎撃するための構えだ。

 モノリスのこれからの動きを戦術AIが予測し、レーダーに投影する。同時に、モノリスの攻撃範囲が赤い円で表示された。冗談のように広範囲の領域が赤く塗り潰される。トリシューラ近軌道基地に近い現在位置では危険はないが、モノリスの包囲網を突破する際、どうしてもその攻撃範囲を通る必要があった。


『く……』


 ヨクトは思考を回転させた。相手が通常兵器なら、ただ迂回するだけで振り切れる。だがモノリスはオケアノスが作り上げた人類未到産物だ。潜入前に放たれた爆雷は相当の威力だった。あれと同じものが発射されたとき、確実に回避しきる自信はなかった。それに、モノリスの主兵装があれだけで終わりという保証もない。

 そんな思考を遮ったのは、ナナリーの声だった。


『ヨクト。進もう』

『ナナリー……』

『一回だけなら、私が絶対守る。信じて』


 ヨクトは並走するナナリーの群青色の機体を見た。その両腕には滑らかなフォルムの大盾が装備されている。重力場を展開させ、あらゆる攻撃を逸らす万能の盾だ。


『けど、攻撃のタイミングや、種類が分からない。エトナとエトラの補助は受けられないんだ』

『では、私がその役目を請け負います』


 ミーティアが言った。ミーティアの純白の機体は、宇宙機動中の電子戦を想定されて作られた特殊なものだ。その干渉範囲はエトナとエトラと比べてもそれほど違いがあるわけではない。モノリスの行動演算も、かなりの精度でやり遂げるだろう。

 ヨクトはもう一度レーダーを見た。

 モノリスの移動速度はデイトランサーとほとんど違いがない。時間をかければ不利になるのはこちらだ。今はまだ、トリシューラ近軌道基地の指揮系統が混乱しているため、警備用の巡洋船や戦闘ドローンに包囲される気配はない。だが、基地の人間がオケアノスの機能を完全開放しない保証はどこにもない。制約を取り払われた超高度AIならば、通常兵器だけでヨクトたちの行動を完全に止めることも可能だろう。

 盗み出したオケアノスの連結データはミーティアの頭の中にある。無線送信が不可能な以上、直接持ち帰る以外に方法はない。

 そして、今回を逃せば、まず間違いなくトリシューラ近軌道基地に侵入することは不可能になる。デイトランサーの性能が把握されれば、情報面での有利は失われる。地球側と連携されれば、多くの超高度AIの分析結果がヨクトたちの前に立ちふさがる。

 チャンスは今回だけ。その事実が、ヨクトに行動を決意させた。


『……分かった。ミーティアはモノリスの行動演算。ナナリーは防御。モノリス周辺に展開されたドローンは、俺が相手をする。絶対にお前たちには触れさせない』

『うん。任せて。あと、信じてるから、大丈夫』

『私も問題ありません』


 ナナリーとミーティアが答える。ヨクトは笑みを滲ませて、視線を正面へと向けなおす。

 ミーティアが機体の機能を開放した。移動のために割いていた演算領域を開放し、より広範囲・高精度のレーダーへと切り替える。それらが回収した情報が、ヨクトとナナリーの電脳へと直接通信された。

 ミーティアの補助を受けたレーダーには、赤い交点で周辺の戦闘ドローンの位置が表示されている。だが、恐らくドローンは囮だ。本命の一撃――それが何なのかは分からないが、モノリス、引いてはオケアノスは、ヨクトたちを確実に破壊するための機を待っている。

 三人はモノリスの防衛圏に突入した。ほぼ同時に、レーダーに表示されたとおりの戦闘ドローンが数機、ヨクトたちへと向けて進路を変えた。まだ十分に距離はあるが、接近されれば分が悪いのはこちらだ。


「やらせるかよ」


 ヨクトは電脳を開放した。ミーティアの補助の下、多数の情報を同時に処理し、両手に持ったバトルライフルを踊るように翻した。

 弾丸が次々と放たれる。それらはまるで意思を持つかのように、数キロの距離を開けて飛行していたドローンに直撃した。着弾と同時に重力場が展開され、ドローンの動力系を押し潰して鉄屑へと変えた。

 ヨクトの武装がバトルライフルである以上、接近されれば不利になる。だから、近づかれる前に狙撃する。ミーティアの補助があってこそ可能な精度だった。

 それでも、一機では限界がある。宇宙空間は前後左右、全ての方向に開けている。事前に待ち構えようとするならば、いくらでも方法があった。

 次第にヨクトの銃撃が追いつかなくなる。包囲網がじわじわと狭められていき、それと平行して、残弾が凄まじい勢いで減っていく。ヨクトの銃は実弾をベースに設計されている。弾が切れれば、ただの重りでしかない。

 ――まだかっ?

 ヨクトたちの機体はモノリスの防衛圏の中間に差し掛かろうとしていた。ここを抜ければ、後は速力にものを言わせて振り切れる。モノリスが防衛機構である以上、規定領域を超えてまで追ってくることはないだろうからだ。

 モノリスが展開する障壁は、事前にジョゼフとセリスが解除してくれている。余計な戦闘をする必要はなく、ただ逃げるだけでいい。

 ゆえに、通過時のモノリスの攻撃を一回、凌げるかどうか。ヨクトたちの命運は、その一点にかかっている。

 そして、その瞬間が訪れる。

 ミーティアから送られてきていたモノリスのステータスに、高エネルギー反応が表示された。ミーティアの解析結果は、前回と同様の超広範囲・高威力の爆雷――。


『ナナリー、任せた!』

『うん!』


 ヨクトは残弾のほぼ全てを周辺のドローンに向けて打ち、すばやく後方へと下がった。反対にナナリーの機体が前に出て、両腕に持った盾を展開した。

 盾の表面が青色に輝き、周囲に重力の壁を展開した。超高速飛行の最中にありながら、ナナリーが展開した重力場は、完全に座標を追随させてきている。防御のためだけに性能を絞った不可侵の盾が、ヨクトたち三人を守った。

 その盾に向けて、巨大な爆炎が襲い掛かった。星の爆発を思わせる純白の輝きが宇宙の闇を払い、周辺数十キロの空間を漂白する。


『っ――』


 ナナリーが短く声を上げる。デイトランサーは全身の感覚を機体と同化させている。痛みはフィルターで排除できても、神経そのものに伝わってくる衝撃までは殺せない。

 だが、ナナリーが広げた重力の盾は、三人を守り切った。永遠に続くかと思われた爆炎が勢いを弱め、緩やかに拡散していく。後に残されたのは、星屑のように輝く光の粒子だけだった。


『やった……』


 ナナリーが安心した声を上げる。三人の機体は、爆風の影響もあって、モノリスの防衛圏を脱出しようとしていた。

 ヨクトも見えてきたゴールに気を緩ませかけるが、ふと奇妙なことに思い至る。

 周辺に散った光の粒子が消えない。爆発の余波だろうと思っていたものが、未だに周囲数十キロ、下手をすれば数百キロの範囲に散布されている。

 まるでデイトランサーの座標特定の光子のようだ――と思い至った瞬間、背筋が粟立つ感覚に襲われた。

 ミーティアから送られてくるモノリスのステータスを慌てて確認する。高エネルギー反応は消えておらず、むしろ先ほどよりも増大している。


『ち――』


 散布された粒子の範囲をオーバーレイ。デイトランサーの機動力でも、脱出するには数秒足りない。

 ヨクトは咄嗟に重力場を展開し、ナナリーとミーティアの機体を弾き飛ばした。完全に直感に従った行動だった。全く前触れのない衝撃に、二人の機体が大きく進路を外す。


『ヨクトっ?』


 ナナリーが体勢を立て直そうとして――。

 瞬間、遥か遠方から一条の破壊の光がヨクトたちに向けて放たれた。

 まるで神話の世界の神殺しの槍を思わせる、超高密度に凝縮されたエネルギーが、周囲に散布された粒子を伝って直接ヨクトたちの下へと届いた。

 あまりの速度に、電脳化しているヨクトでさえ認識して回避することは不可能だった。

 特殊な複合装甲であるデイトランサーが、アルミのようにあっさりと溶融して形を失う。

 ――だが。

 全てが白に消えていく直前、ヨクトはナナリーとミーティアのステータスを確認する。損害軽微。そして、直進を続けていた二人の機体は、粒子の散布領域を脱出している。二撃目はない。

 ヨクトの判断が一瞬だけオケアノスの攻撃を上回ったのだ。最大の目的であるミーティアのデータと、それを守るためのナナリーの機体は、無事だ。

 無限に引き伸ばされた体感時間の中、ヨクトは不敵な笑みを滲ませた。


「残念だったなオケアノス。今回は俺たちの勝ちだ」


 呟いた声も白に溶け、ヨクト・ハーヴェイの意識は義体とともに消失した。

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