05
『ははッ!』
高揚したジョゼフの笑い声が通信に乗って聞こえてくる。ジョゼフが操る深緑の機体が、宇宙の闇を切り裂くように前方へと走った。
『って、先走るなよっ』
周囲には宇宙船用のドローンが展開されている。ヨクトは通信を飛ばしながら、真紅の機体を捻るようにして両手のバトルライフルを照準。トリガー。ドローンの装甲に弾丸が着弾すると同時に、空間に球形の領域が生まれ、ドローンを押し潰した。
宇宙空間でこれほどまでに自在な機動を取れるのは、デイトランサーに搭載されている人類未到産物、重力素子のおかげだ。全身の感覚を機体と一体化させることによって、重力場を運動神経の延長で制御できる。また、飛行という異質な感覚に対しても、ヨクトたちオーバーマンは、電脳に専用のプログラムを導入することで対応できる。今のヨクトたちは、手足を動かすのと全く同じ感覚で、宇宙空間を自由自在に飛行することができた。
そして、ヨクトのバトルライフルの弾丸に仕込まれているのもまた、この重力素子だ。弾頭に配置された重力素子が、基本的には着弾と同時に自動で展開される。弾丸の衝撃と、重力場の空間圧でもって、強力な破壊力を生成することができた。
ヨクトは視線を右上へ向けた。三次元表示のレーダーを確認して、味方の位置と敵機体の位置を確認する。ジョゼフが一番前で、ヨクトが二番目、ナナリー・セリス・ミーティアの三人は、少し離れた後方で隙のない陣形を取りながら飛行していた。周辺の敵はあらかた片付いたようで、拡大状態のレーダーに新しい反応は見当たらなかった。
『っとに……』
ヨクトは愚痴りながら、先行しているジョゼフのフォローに回る。と言っても、ジョゼフも一線を越えてまで危険な飛行をしているわけではない。フォローできるぎりぎりの範囲で、尖兵の役割を買って出てくれているのだ。そうでもなければ、戦闘を統括しているエトナとエトラが黙っているはずがない。
数分前に巡洋艦で構成された防衛ラインを突破してからというもの、予め設置されていたと思しき戦闘ドローンの群れが時折襲ってくるだけで、目立った動きはない。トリシューラ近軌道基地までの距離は残りおよそ二百キロメートルといったところだ。デイトランサーの速度であれば数分で到達できる。だが、難攻不落のトリシューラの防衛ラインが一つで終わるはずがない。必ずどこかで、オケアノスが張り巡らせた障害にぶつかることになる。
『モノリスに動きあり』『第二防衛ライン位置特定。演算結果を反映する』
案の定、エトナとエトラから通信が入る。レーダーを俯瞰状態に戻すと、異様に巨大な反応が幾つもあった。もはや点ではなく壁とでも言うべき大きさで、デイトランサーの機体と比較すればおよそ四百倍――長辺二キロメートル強もの大きさであることが示されている。それらの反応は、基地と宇宙を区別する境界面のように、ぐるりと球形に配置されていた。
ナナリーが呟く。
『ずいぶん大きいけど、これが……』
『トリシューラ近軌道基地の最大の防衛機構』『モノリスコード。七七八門の超弩級複合防衛機構』
エトナとエトラの演算結果がレーダーにオーバーレイされ、モノリスの行動予測がオレンジ色のラインで表示される。ヨクトたちの進行方向にあったモノリスが、微妙に配置を変え、ヨクトたちの迎撃体制に入ったことが示されていた。
『接触まで三十秒ってところ……』
セリスがややうんざりしたように言う。
『これだけの防衛設備。破壊して進むのは現実的ではありませんね』
ミーティアが言った。
『お、なら俺とセリスの出番か?』
『帰りたい』
『タバコ代わりにするには上等すぎるスリルだろ』
『あたし、そういうジャンキー気質はないから』
セリスは適当にあしらいながら速度を上げた。ヨクトの隣をあっという間に横切って、先行するジョゼフの隣に並ぶ。
『悪い。任せる』
ヨクトが言った。
『いーよ。任された』
セリスはそう言ってクスクス笑った。かなり珍しい反応に、ジョゼフが露骨に困惑した声を出す。
『おま、やっぱ酔ってるだろ』
『何に? 場酔い?』
『ふらついて誤射るのだけは止めてくれよ』
『こっちの台詞。あ、でもいざとなったら煙幕になってもらうかも。爆炎』
『扱い酷いな!』
軽口を叩きながらも飛行速度は弱まらない。数十キロの距離を見る見るうちに詰め、とうとうモノリスの予測攻撃範囲に突入した。しかし肉眼に映る物体は何もない。レーダーには確かに巨大な反応があるにも関わらずだ。
『何もない……?』
ナナリーが困惑した声を上げた。
『いや、違う』
ヨクトの声に起こされたように、突如、目の前の空間が揺らいだ。
無秩序な光の屈折の後に、光学迷彩を施されていたモノリス本体が姿を現した。遠近感が狂いそうなほどの巨大な壁が、見える範囲でも六つ。パズルを連想させる純白の複合装甲で構成されていて、エネルギーの光が鋭角なラインを描いて循環していた。モノリスはそれぞれ等間隔で配置され、それぞれを頂点として、壁のような高エネルギー反応を生成していた。
デイトランサー本体に搭載されている戦術AIでは、その反応の正体が掴めない。だが、超高度AIに到達したエトナとエトラは、あらゆる機構を数秒で解析する。
『……高圧粒子の散布による斥力フィールド。連動展開による座標特定機構。――構造解析完了』『基点表示。ジョゼフ、セリス。お願い』
『はいよ』
『了解』
ジョゼフとセリスが同時に加速した。重力場を特定する光子が流星のように尾を引き、モノリスまでの残り数キロの距離を凄まじい勢いで詰めていく。
だが、二人が攻撃圏に入る前に、モノリスの表層が変化した。多層の装甲が割れ、内側から何十、何百といった巡洋艦サイズのドローンが射出された。その射出口から数百メートルの間隔を空けて、純白の砲身がせり出してくる。仰角が変化し、深い暗闇を湛えた砲口がジョゼフとセリスに向けられた。無数のドローンが海を割るように上下に別れ、ジョゼフとセリスの前に斜線が開ける。
『弾道予測――』『爆雷、避けなさい!』
ジョゼフとセリスは即座に従った。時速数千キロの速度から一切減速せず、直角に機動を変化させる。姿勢制御に用いられた大出力の重力場が、緑と紫の輝きを空間に残す。ヨクトたちも斜線の延長から慌てて機体を逸らした。
直後、空間そのものを漂白するかのような大出力のエネルギーが開放された。
合計で十八。それぞれが計算されて配置された極大の爆炎が、ヨクトたちの残像をなぎ払った。
『っく……』
反射的に声が漏れた。吹き荒れる破壊の嵐が重力場に干渉し、球形の輪郭を浮かび上がらせた。姿勢制御の演算が阻害され、酩酊したようにバランスを崩す。
ヨクトは反射的に視界左端の友軍のステータスを確認するが、撃墜された機体は一つもなかった。だが、これまで繋がっていたエトナとエトラとの通信が切断されていた。
『ち、リコンが抜かれたか』
ジョゼフが舌打ち混じりに言う。レーダーを確認すると、射出されたドローンの何割かはヨクトたちの後方へと抜け、通信の中継となっていたリコンを攻撃していた。既にかなり奥地まで進入されており、デイトランサーの機動力を持ってしても即座に対応できる距離ではなかった。
一旦引いてリコンを張りなおす、あるいはこのまま前進して基地へと潜入する――。二つの選択肢がヨクトの前に浮かぶ。
『……相談してる時間はなさそう』
セリスの言葉に、ヨクトは慌ててレーダーを確認する。先行していたジョゼフとセリスへ、残存していたドローンの一群が迫りつつあった。後方を含む全方位からの襲撃だ。ヨクトたちはドローンが張り巡らせた包囲網に支配されつつあった。
『なら――』
『前に行くしかないだろ! エトナエトラ無しじゃ、二発目の爆雷は避けらんねぇよ!』
ジョゼフは毒づきながら体勢を立て直す。デイトランサー本体よりも遥かに大きいドローンの群れは、迫り来る津波を連想させた。体勢を立て直したジョゼフは、右手に持っていた巨大なブレードを構える。
ドローンが急速に距離を詰め、主砲の照準を合わせ――。
ジョゼフが前触れなく踏み込んだ。
双方の距離を暴力的に喰らい尽くし、一閃。刀身に込められた重力場が展開され、前方のドローンの一群が纏めて破壊される。爆炎が爆炎を連鎖させ、小さなデイトランサーの機体が桜吹雪を浴びたように色合いを変えた。
ジョゼフの主武装はブレードだ。攻撃範囲は狭いが、自らの重力場をそのまま攻撃に転用できるという点で、破壊力はヨクトたちの中でも随一だった。
その時間、セリスもまた、迫り来るドローンの群れに対して、自らの武装を向けていた。
両手に持っているのは、通常のライフルよりもやや小ぶりな、独特の流線型を描く銃器だ。
それを迫り来るドローン郡に向け、トリガー。実弾は出なかったが、それよりも更に破壊的な現象が前方の空間に振りまかれた。一直線に迫り来るドローン郡が、その空間に触れた瞬間装甲を溶融させ、やがて駆動部を焼ききられて炎上する。
セリスの主武装はパルスマシンガンだ。重力素子を利用して発生させた超高出力の波動を特定空間に凝縮させることで、分解・熱溶融を引き起こす。
ジョゼフが線の攻撃なら、セリスの攻撃は面だ。近接空間制圧という点において、セリスは他の機体の追随を許さない。
『やるときはとことん派手だな!』
ヨクトは呟きながら、ジョゼフとセリスを盾にするように移動する。後方のナナリーとミーティアも同様だ。
先ほどジョゼフが言った通り、エトナとエトラとの通信が切られてしまっている今、モノリスの爆雷を回避する手段がない。ならば二発目を撃たれる前に、このまま基地へと乗り込むしかない。
巨大すぎるモノリスが宇宙空間を覆い隠す中、ジョゼフとセリスは下段のモノリスへと向けて攻撃を仕掛ける。
『道を……』
『開けろ!』
ジョゼフとセリスが、主武装をモノリスの側面近くに叩き込む。モノリスの複合装甲の一部を貫き、内部機構を露出させる。エトナとエトラが残した情報は正確だった。露出した機構へ向けて、ジョゼフがブレードを突き入れた。
モノリスが巨大なスパークを上げる。展開されていた障壁が大きく揺らぎ、一瞬だけ向こう側の宇宙の景色が鮮明になる。デイトランサーの戦術AIが、目の前の空間に張られていた障壁が消失したことを示した。
『後任せたっ!』
『任されたぜ。とっとと行け!』
ジョゼフの声に背中を押され、ヨクトが操る真紅の機体がモノリスの防衛圏を突破する。少し遅れてナナリーとミーティアの機体もモノリスの防衛圏を突破し、三機は連なってトリシューラ近軌道基地へと急速に接近していく。
『基地近辺の警備はそれほどじゃない! 一気に横付けして中に入るぞ!』
『わ、分かった!』
『了解しました』
ナナリーとミーティアがそれぞれ答える。
ヨクトは機体を操り、基地周辺に展開されていたドローンをバトルライフルで打ち抜く。基地本体の主砲が駆動し、ヨクトたちの機体を照準するが、基地に近すぎるということもあって先ほどのような大威力の爆雷は使えない。そして、通常の範疇にある兵器では、人類未到産物であるデイトランサーは止められない。
数十キロの距離を数分と掛からずに詰める。ドローンと主砲が絶え間ない攻撃を加えてくるが、重力場を展開した障壁と、戦術AIによる先読みのおかげで、ただの一度も被弾することはなかった。
重厚な洋裁をそのまま宙に浮かべたような、鈍色の巨大な施設が視界を塞ぐ。ヨクトたちは主砲を掻い潜り、施設下部にある準用線が乗り付けるドックを強襲した。ぴったりと閉じられていたシェルター部分に、ヨクトは連続してトリガーを引く。放たれた弾丸が寸分狂わず同じ場所に着弾し続け、次々と球形の重力場が生まれた。弾丸が十に届こうかというところで、とうとうシェルターに風穴が開いた。
『行くぞっ!』
ヨクトは最後に一声叫び、ナナリーとミーティアと共に、基地内部へと突入した。