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DAYTRANSER  作者: 流川真一
弟二章 ASSAULT
4/23

04

 トリシューラ近軌道基地、防衛管制室には、いつも通りの弛緩した空気が流れていた。


「俺たちがここにいる意味ってあるんすかね」


 ブレノ・グリーンは呟いて、椅子にぐったりと体重を預けた。

 ブレノたちが勤めている防衛管制室は広大だ。部屋は半円状で、直径はおよそ三十メートルほど。計器の光を帯びた空間は冷たく青く、人間の気配が希薄だった。ぐるりと壁に沿うようにしてコンソールが置かれ、そこに五十人ほどの職員が常駐している。管制室は大きく二階構造になっており、中央の二階部分には、防衛セクションの長であるマクラーゲン・ミュースデッカーが職務に当たっていた。


「そんなの知らないわよ」


 すぐ隣に座っていたルーシー・バートンが小声で返事をする。辺りをちらりと見渡すが、私語をしている彼らを嗜めようという人間は一人もいない。部屋が広すぎるせいで多少の私語なら全く聞こえず、その上職員の士気が低いせいだ。防衛機構は超高度AI【オケアノス】が中心となったAI群によって制御されているため、人間が制御するべき事柄は限りなく少ない。仕事を失った人間は、緩やかな惰性の中に安住している。


「あれか。数世紀前から連綿と続いてきた慣習ってやつか」

「当たらずも遠からずって感じじゃない。よく分からないけど。あたしは貰えるものが貰えればそれで結構」


 二人はトリシューラ近軌道基地の防衛機構の状態をモニタリングする夜勤の途中だった。しかし、やることと言えば微妙に変化を続ける計器の数値を眺めるくらいしかない。彼らだけではなく、セクション内のほぼ全ての人間が似たような状態だった。


「眠ぃ……」

「まだ時差ボケ? てか、どこ出身だっけ?」

「ボストン」

「時差なんてないでしょうが」

「重力酔いなのかなぁ。二ヶ月経つのに頭が冴えない」

「元々冴えてなかっただけなんじゃないの。それ」

「言ってくれるじゃん。俺の座学の成績知らないだろ」

「知らないわよ……。大体、このご時勢、人間の記憶力なんて全然アテにされてないじゃない」

「ファッションだ。無駄なものだから稀少価値があるのさ」

「冴えてる人間の発言とは思えないわ」


 ルーシーが眠そうに返事をする。――と、そのとき、ブレノの前にあった計器のホロディスプレイに一行の赤い文字列が表示された。


「あ? なんだこれ……」


 ブレノが眉間にしわを寄せて英文を見る。直後、全身に電流を流し込まれたかのように体を起こした。ルーシーがぎょっと目を剥くのも構わず、ブレノは噛み付くようにホロディスプレイを凝視した。そのままたっぷり二秒ほど硬直してから、ようやく自分の職務を思い出す。


「だ、第一防衛ライン――」


 言いかけて、慌ててインカムに指を押し当てる。コンタクトレンズ型のAR機器に接続されたセクションが表示される。全セクションへの緊急警報、ブレノの権限で行うことができる最大規模での警報だった。


「第一防衛ライン、Fブロック28地点に敵襲ッ! 損害、巡洋艦ウォリア級三隻、モナク級一隻、駆動部中破にて航行不能ッ! 敵軍不明!」


 ブレノの声を浴びて、広大な管制室内が一瞬だけ完全な静寂に閉ざされた。だが、次の瞬間には、蜂の巣を突いたように困惑と混乱が噴出した。


「嘘でしょ、て言うか警報鳴ってないじゃない! オケアノスは何をしてるのよ!」


 隣のルーシーも例外ではなく、焦りながらキーボードを叩く。損害宙域がクローズアップされ、オケアノス管制のレーダーの索敵結果が表示される。が、どの表示を見ても敵軍の勢力が判然としない。超高度AI管制のレーダーは、コンマ数秒以下のタイムラグで周辺五百キロの宙域の情報を同時に収集する。だがその精度をもってしても、敵の詳細どころか現在位置さえ特定できない。

 ブレノとルーシーの後方、中央二階部分のコンソールから、セクションの長であるマクラーゲンが声を張り上げた。


「何をしているオケアノス、状況を説明しろ!」

『回答を保留します』


 機械的で硬質な声が神々の宣託のように発せられた。しかし、そこに状況に対する答えはなかった。


「保留、だと? どういうことだ」

『敵性存在の詳細不明。既存の技術に該当する項目がありません』

「もう少し具体的に言え。敵は海賊か?」

『周辺宙域のどの敵性存在にも該当しない未知の集団です。当面の対処として、トリシューラ近軌道基地の防衛レベルを8にまで上昇させることを提案します』


 レベル8、レッドアラートだ。トリシューラ近軌道基地が保有する戦力の全てを開放し、防衛に充てろと超高度AIが勧告していた。あらゆる採算を度外視した最終手段でもあった。

 マクラーゲンが何か答える前に、オケアノスが言葉を重ねた。


『巡洋艦四隻の戦闘データ解析から、モノリス内臓のF3爆雷の使用を提案します。人類未到産物使用のため、IAIA条約に基づいた許可が必要です。IAIAへのホットライン形成の許可を申請します』


 IAIA――国際人工知性機構(The International Artificial Intelligence Agency)は、超高度AIの管理・運用を統括する国際組織だ。地球外に配置された超高度AIであっても、IAIAの管理下からは逃れられない。


「……やむを得まい、私が防衛セクション代表として責任を負う。通信封鎖解除急げッ!」


 マクラーゲンの声を受けて、管制室がかつてないほどの慌しさを見せる。百年前に逆行したような風景の中で、叡智の結晶である超高度AIは沈黙を続けた。

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