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DAYTRANSER  作者: 流川真一
第五章 LIFE
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 ヨクトとナナリーは、オケアノスβと共に、デルクの船へと向かった。船団の中で、もっとも信頼できる集団が、デルクが率いる【グリーンアイド】だったからだ。彼らならば自分たちに代わり、オケアノスβを保管してくれるという確信があった。

 その信頼に反することなく、デルクたちはヨクトたちを受け入れた。もっとも、現在は戦闘中であり、単純に余計な気を回す余裕がなかっただけかもしれない。

 もちろん、すぐさまジョゼフたちの援護に向かいたいという気持ちはあった。だが、オケアノスβを安全な場所に避難させるのが先決だった。オケアノスβを失えば、ヨクトたちのこれまでの働きはすべて無駄になる。時間だけではない。ヨクトたち自身の信念さえ失ってしまうことになる。

 ドックに横付けし、コックピットから飛び出したヨクトは、周囲の警戒を宥めようともせずに叫んだ。


「船長のデルクに面会を求める! 緊急だ!」


 ヨクトはそのまま、明確な承諾も得ないまま奥に進んだ。電脳の性能に物をいわせて船内のローカルネットをクラックし、タグ付けされていたデルクの位置を把握する。オペレーションルームだ。ナナリーが慌てて、少し遅れて続いた。

 グリーンアイドの船員たちは、ヨクトたちに対して敵意に似た警戒心を除かせたが、実際に武力を行使することはなかった。ヨクトたちのことを、デルクがあらかじめ説明していたのかもしれなかった。後期の視線を背中に浴びたが、ヨクトは振り返りもしない。ただ前だけを見つめて、早足で進んでいく。

 船内は慌しかった。狭い廊下を、船の職員たちが慌しく行きかっていた。民間人の姿はなく、軍事組織の一角に迷い込んだかのようだった。

 行きかう人々が、ヨクトとナナリーを見てぎょっと目を剥いた。だが、ヨクトが発散する鋭い焦燥に、誰も声をかけられない。沈黙と好奇を引きずるようにして、ヨクトとナナリーは通路を進んでいった。


「くそっ……」


 ヨクトの口から焦燥の声がこぼれ出る。表情は険しく、苛立ちが滲んでいた。理不尽な状況に対するものでもあり、戦場から離れているせいでもあった。後ろに続くナナリーの顔色も、心なしか青白く見えた。

 ヨクトの頭の中では、まだエトナとエトラの言葉が反響していた。また、今まさに戦っているだろう仲間の姿が瞼の裏に浮かんだ。何もかもを放り出して、仲間の下に駆けつけたい衝動があった。だが本当に仲間のことを思うなら、今自分がするべきことは、未来に確実に可能性を残すことだ。衝動のままに戦場に飛び込んでいくことは無意味だ。

 船内の地図データを見ながら、ただひたすらに前へと進む。生身の人間が多いせいか、船内は全て1G環境に整えられていた。重たい体に不自由さを感じ、苛立ちが募った。半ば駆け足のような速さでオペレーションルームに辿り付き、ノックもなしに扉を開いた。

 その瞬間、ノイズ交じりの音声が響き渡った。

 仲間の、最期の声だった。


 音声が止んだ今、オペレーションルームには、痛いほどの沈黙が下りていた。スピーカーから鳴り響いた声に、その場に居合わせた全員が言葉を失っていた。

 ヨクトとナナリーも、それらの声に呼吸を殺されたように微動だにしない。デルクにぶつけようとしていた言葉が、それに倍する衝撃に上書きされ、形を失っていた。ぽっかりと空いてしまったような心の空洞に、仲間の最期の言葉が、何重にもなって反響していた。


「――戦術AIが算出した敵攻撃範囲を離脱しました。船団、ステルスモードで航行中。敵の追撃はありません」


 オペレーターの声が寒々しく響いた。僅かに反響する声すら、硬質で、冷たかった。

 デルクは頷いただけで、声を発そうとしない。デルクだけではなく、他の船員たちも同じだった。闖入者であるヨクトとナナリーにさえ、誰も注意を向けない。今しがた降り注いだ情念に、誰も彼もが思考を停止させていた。


「ジョゼフ……」


 立ち尽くしていたヨクトが、掠れた声を漏らした。我知らず、拳が硬く握り締められた。掌を覆っていたボディスーツの素材が、ぎし、と軋んだような音を立てた。

 託されたのだ。

 誰に教えられずとも分かっていた。今、ヨクトたちは、二人しか残っていない。数十年にわたる計画の、全てを、仲間たちの意思や感情、魂や信念といったものすら、背負う立場になったのだ。

 喪失に怯みかけた心と体に活を入れる。そんな時間はない。この場で立ちすくみ、動けないなど、仲間に合わせる顔がない。その一念で、ヨクトは錆付いたような体を無理やり動かし、双眸を上げて一歩を踏み出した。

 その背中を見せられたナナリーが、


「――っ」


 息を呑み、感情が溢れそうな表情を――引き締め、ヨクトの背を追った。ヨクトの隣に並び、オペレーションルームの中央に控えていたデルクへと歩み寄る。

 デルクはそこでようやく二人に目を向けた。同様は一瞬。すぐに鋼のような冷静さを取り戻し、泰然と両手を組んで二人のオーバーマンを見据えた。


「……入船の話は聞いている。こんな状況だが、ようこそ。ヨクト・ハーヴェイ」

「受け入れて頂き、感謝します。デルク・キンバリーさん」


 両者の間に、張り詰めた沈黙が下りた。ヨクトは透徹した、強い雰囲気で、デルクを見上げていた。そんなヨクトを、デルクは測るように見下ろしていた。


「それで、何用か。双方、予断を許さない状況だと思うが」

「あなたに頼みたいことがあって来ました」

「……我々にできることがあるなら」

「俺たちが作ったオケアノスの複製品を、あなたに託す」


 否と言わせない、揺るがぬ意志の強さがあった。デルクは双眸を僅かに細めた。半ば答えが分かっているかのように、問いを発した。


「なぜ自分たちで持たない? 君たちは全滅したわけではない。志を同じくする仲間は、まだ残っているだろう」


 デルクはナナリーを見据えた。ナナリーはじっとその視線を受け止め、見返した。震えはなかった。ただ、純粋な覚悟だけがあった。デルクは視線を外し、ヨクトに戻した。


「私が言うのもなんだが、我々は所詮よそ者。法に反する宇宙海賊の一つでしかない。自らの理念を託す相手として、相応しいとは思えないが」

「全滅したわけではない。だからこそです。俺たちには俺たちにしかできない仕事が残ってる。……いや」


 ヨクトは少し迷うような表情になった。


「もちろん、無理強いするつもりは――」

「それ以上言ったら、ヨクトでも許さないから」


 ナナリーがはっきりと言った。それから、ヨクトを見上げて、仄かな笑みを滲ませた。ヨクトは苦笑を返し、デルクに向き直った。


「まだ航程の半分も来ていません。敵の戦力を、根元から断つ必要がある。通常の兵器では、あの人類未到産物には勝てないでしょう。できるのは、俺たちだけだ」

「……敵の全容は掴んでいるのかね」

「仲間たちが残してくれたデータから。敵の大本はドレッドノート級に準じる巨大な輸送船です。内部機構は不明ですが、あの人類未到産物……デイトランサーの複製品が、そこから発生していることは間違いない。製造か、修復か、輸送か、それは分かりませんが、根元を断ち切らないと敵の勢いが弱まらないことは、確かだ」

「確かに、君の仲間たちがあれほど敵を撃墜したのにもかかわらず、総数はほとんど変わっていないように見受けられた。いや、時間時間で見れば数に変動はあるが、戦況を傾けるほどの変化ではなかった。我々が逃げ切れたのは、彼らが時間稼ぎに徹してくれたからでもある」


 デルクは鋼のような表情に、僅かな憂いを浮かべた。


「君の言う通りだとも。我々の……いや、他の宇宙海賊の、通常の防衛機構では、地球側の攻勢を凌ぐことはできないだろう。ダモクレスまで、どれほど急いでも後一ヵ月半は掛かる。その間、潜伏し続けることは不可能だ。相手は地球の超高度AIで間違いないのだからな。……だからこそ」


 デルクが顔を上げ、ヨクトたちを見据えた。


「死ぬぞ」

「覚悟の上です」

「何が君たちをそこまで駆り立てる。不死の体を手に入れ、自分たちだけ、地球の束縛を逃れ、太陽系の外に出ることもできるはずだ。なぜ我々のような、可能性のないものに加担する」

「理想のため。失った日々が、忘れられないから」

「……人として、か?」

「体を機械化しても、命まで機械化したつもりはありません。死と、それに触れるときの命の鼓動と、自らの喪失を覚悟して、前に進むことの価値と。……人間が持ちうる、発現しうる、不変の価値まで、自動化させるつもりはない」


 ヨクトは顔を上げて言った。


「俺たちはここに生きている」


 その言葉に、デルクは撃たれたように目を微かに見開いた。デルクだけではなかった。その場にいた船員たちまでもが、ヨクトが放つ拍動に震えるように、息を呑んだ。

 それこそがヨクトたちの信念の核だった。忘れられない、命の形だった。自らを人間だと信じるがゆえに、決して、どう足掻いても逃れえない、命というものに対する、決意であり、姿勢であり、宣言だった。


「……いいだろう」


 デルクが重々しく口を開いた。


「君たちの理想。我々が引き継ごう。必ず新しい人間の文化を創ってみせる」


 デルクはそう言うと、近くにいた船員に矢継ぎ早に命令を飛ばした。ドックにはヨクトたちのデイトランサーが係留されており、オケアノスβが収められた箱も同じ場所にあった。


「君たちも少しは休んだほうがいい。周辺の索敵は我々が引き受ける」

「……ですが」


 ヨクトは懸念を示すように声を上げかけた。それをデルクが制した。


「我々だけではない。他の宇宙海賊たちとも協力する。人間の技術といえど、結集すれば侮れない力になる。敵が超高度AIと言えど、接近を察知するくらいはできる。……逆に言えば、我々のできることはそこまでだ。抗する力を、我々は持っていないのだ。そこから先は、君たちに託すより他にない。情けない話だがな」

「……そんなことありません。貴方には感謝している。デルク・キンバリーさん」

「感謝、か。この稼業についてから、誰かに恨まれこそすれ、感謝される機会というのはめっきり減ってしまった。業の深さを痛感しているよ。自らが生きるために、他者の命を奪っていい道理はない。以前、君たちと始めて対話したとき、私は内心感動していたのだよ。それだけの力を持ちながら、いたずらに他者の尊厳を侵そうとしない、君たちの理念に、共感したのだ」

「俺たちも同じです。貴方が他の宇宙海賊たちの支えとなってくれた。規模で言えば、貴方たちのほうがずっと大きいのに、俺たちの言葉に耳を貸してくれた。そして今、俺たちの理想さえ継いでくれるという。これ以上望むものはありません」

「大仰だな」

「本心です」

「……惜しいな。君たちを失うことが」


 その言葉には、デルクの偽りざる本心が込められていた。だからヨクトも、心からの言葉を返した。


「俺たちの理想は生き続ける。貴方が、継いでくれたから」

「……不思議なものだ。人の体を捨てた君たちのほうが、人間らしく見えるとはな」


 デルクは船員の一人を呼びつけた。


「シャーリー。彼らの案内を。客室を二つ、開放してあげてくれ」

「かしこまりました」

「先ほども言ったが、君たちは休むべきだ。電脳といえど、生体脳をベースとしたものなのだろう。度重なる戦闘で疲労しているはずだ」

「……痛み入ります。ありがたく、使わせてもらいます。あと……」


 ヨクトは電脳を操作し、自分とナナリーの通信コードを転送した。


「敵が見えたら、呼んでください」

「約束しよう」

「行こう。ナナリー」

「……うん」


 先導する船員に続いて、ヨクトとナナリーは部屋を後にした。その背中を、デルクがじっと見据えていた。

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