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DAYTRANSER  作者: 流川真一
第一章 RISE
2/23

02

 ヨクトは通路を移動しながら何気なく振り返る。

 ナナリーが危なげなく天井や壁に触れ、ヨクトの後ろについてきている。姿勢の制御に特に気を配っている様子はない。ごく自然な動作だった。

 数年前の光景を思い出して、ヨクトが口の端に笑みを滲ませた。

 ナナリーがきょとんと尋ねた。


「どうかした……?」

「いや……」


 ヨクトは笑みにからかうような色を浮かべた。


「すっかり普通に動けるようになったなって。去年までナナリー、無重力で動くの苦手だったじゃない」

「い、今更そんなの……さすがに慣れるよ」


 ナナリーは苦笑交じりに答えて、瞳を遠くに向けた。ここではない別の場所を見つめていた。

 ヨクトたちが宇宙に逃げてきたのは今から四十年ほど前になる。宇宙への物資の搬入の隙を突き、船や資材を強奪した。生きるために必死だったとはいえ、重罪であることに違いはない。――だが、地球に留まっていれば、今頃は廃棄処分されていただろう。ヨクトもナナリーも、その仲間たちも、オーバーマンだからだ。

 オーバーマンとは、脳を機械化し、記憶を外部装置に記録した人間のことだ。体が滅びても、義体を変え、記憶を定着させることで、事実上の不死を実現していた。

 しかし、現在ではオーバーマンは規制の対象となっている。高度に機械化した人間が、社会にとって極めて危険な存在であるとの判断からだ。


「いつまでも頼りっきりじゃ嫌だよ。私もみんなを手伝えるようになって、少しは成長したかなって感じてる」

「うん。……で、その成果が、今回の作戦で見れるわけだな」

「あ、足を引っ張らないように頑張る……」


 ナナリーが緊張を滲ませた。

 そんな会話をしているうちに、目的のブリーフィングルームの扉が見えてくる。

 ヨクトはごく自然に天井に指を伸ばし、体の動きを止めた。扉の横のパネルに触れると、扉が音もなくスライドした。

 ブリーフィングルームはやや手狭だった、

 横幅は十メートルほど。部屋の中央には座標を固定された球状のホログラム投影機が浮かんでいた。殺風景な白い空間には機材といったものはなく、中央のホログラム投影機を除けば、ただの直方体の空間だった。今は壁の一部が透過状態になり、無限に続く宇宙の暗闇を映していた。


「……お、来たか」


 頭上から声がして、ヨクトは上を向いた。

 一人の青年が、気楽そうに両手を頭の後ろに組んで浮かんでいた。仲間の一人である、ジョゼフ・アクターだ。

 ヨクトは床を蹴って、ジョゼフの方へと近づく。


「決行日、決まったのか?」

「十八時間後。地球標準時間で午後三時だな」

「ずいぶん急だな。理由は?」

「箱庭の演算の結果なんだろ。エトナエトラに聞いてくれ」

『ちょっと。人を』『鳥みたいに呼ばないで』


 と、少女の声が聞こえたかと思うと、視界に双子の少女のアバターが表示された。

 長い金髪をツインテールにした少女で、二人ともそっくりな外見をしていた。ホログラムであるため向こう側の風景が透けて見えた。二人ともが全く同じように両手を腰にあて、ジョゼフを不満げに見上げている。


「鳥っぽいか?」

『なんかケバい』『馬鹿っぽい』

「間違ってないからいいだろ。――ヅっぅ!?」


 ジョゼフが突然頭を抱えた。双子――エトナ・ヘメロスとエトラ・ヘメロスが不敵に笑う。


『この船にいる限り支配者はあたしたち』『王様。じゃなくて王女様』『最大権力者』『『だから敬いなさい馬鹿ジョゼフ』』

「へ、へいへい……」


 ジョゼフは苦笑いでそれ以上抵抗しようとしなかった。

 エトナとエトラは、ヨクトたちの宇宙船の管制を担っている。船の管制というとAIを連想するが、エトナとエトラは人工知性ではない――少なくともヨクトたちはそう考えていた。

 エトナとエトラは、元はヨクトたちと同じオーバーマンだった。

 ヨクトたちは宇宙に逃げてきてから、周辺の索敵や、状況分析、情報解析といったことを、高レベルで行う必要があった。その際、その役割を引き受けたのがエトナとエトラだった。

 エトナとエトラは双子で、極めて性質が似た電脳を搭載していた。そこで二人の電脳を並列させ、処理能力を向上させたのだ。その後、エトナとエトラは独自に学習と改装を進め、今では超高度AIに匹敵する情報演算能力を手にしていた。

 ただし、その代償として、肉体だけでなく義体さえ失っていた。今の彼女たちは二つの演算ユニットであり、船の中枢の一システムだった。

 とはいえ、コミュニケーションの手段を完全に失ったわけではない。ヨクトたちは全員が電脳を搭載しているため、ホログラムとして、彼女たちのアバターを視界に表示させることが可能だった。今回のような作戦会議の際には、こうしてアバターを表示させ、メンバーとコミュニケーションを行っていた。

 また、船の管制を担っているということで、いつでもヨクトたちの電脳にアクセスできる環境にあった。ゆえに、下手なことを口にすると、先ほどのジョゼフのように、電子的な攻撃を甘んじて受けることになる。


『馬鹿ジョゼフに比べて』『ナナリーはいい子』『ジョゼフの百倍かわいい』『みんなナナリーみたいにいい子だったらいいのに』

「あ、うん、ありがとう……?」


 ナナリーは微妙な笑みを浮かべながら、エトナとエトラの前に移動する。そのまま和やかに談笑を始めてしまった。

 ヨクトとジョゼフは取り残されるような格好になる。


「俺が百倍かわいかったら、ナナリーちゃんみたいになれるのか?」

「性別の壁、だと思う」

「女性型に換装もありか」

「いやなしだから。てか勘弁。変な想像……」

「止めろよお前、人の体を勝手に……」

『『気持ち悪いから黙ってて馬鹿二人』』

「「はい……」」


 ヨクトとジョゼフはすごすごと引き下がる。しばらくして、ヨクトが小声で尋ねた。


「ミーティアとセリスは?」

「セリスが来ない。電脳落としてやがる。だからミーティアが呼びにいった。十五分くらい経つな」


 ジョゼフは首をかしげた。


「少し遅いか?」

「寝起き、悪いから」

「それなんだよなあ。ヒス入ってる女には近づかないのが最善だ。千年前からそう言われてる」

「実際言われてそう――」


 言いかけたところで口をつぐんだ。部屋の扉がスライドし、やや髪が跳ねた女性が滑り込んでくる。


「……ごめ、寝過ごした」


 すらりと背が高い女性だ。髪は赤み掛かった黒色。それを、整えるのも面倒といったように後ろで一本に纏めていた。

 女性は眠たげな目で部屋を見渡して、床を蹴って少し離れた場所に浮かび上がる。


「電脳入れてるやつが寝過ごすってどういうことだよ。睡眠いらんだろ」

「習慣だからさ。こういうの。体に染み付いてるものは、何十年経っても変えたくないっていう……」


 女性――セリス・ローレライはポケットからシガーケースを出して一本咥えた。

 咥えたタバコを軽く噛むと、自動的に先端が発熱し、小さな赤い光が点った。

 セリスはたっぷりと煙を吸い込んで、気だるげに吐き出す。


「なあ、一本くれよ」

「高いから駄目」

「それも習慣の一つ?」


 ヨクトが訊いた。


「そ。喫煙の習慣なんてろくでもないけど……電子麻薬なんてけったいなものがある以上、少なからず残ってるってことなんだろうね。需要が」


 セリスが細く煙を吐く。霧状のナノマシンが空気に溶け、無害化される。

 と、そこで再び扉がスライドして、一人の女性が入ってきた。


「ごめんなさい。遅れました」


 女性は律儀に言って一礼した。

 礼儀正しそうな、姿勢の良い女性だ。やや癖のある金髪が無重力にふわりと舞った。エメラルド色の双眸が、集まったメンバーを照合するように動いた。

 ジョゼフが肩をすくめながら言う。


「謝らなくていいって。どうせそこのデカ女が、全感覚遮断とか、そういうわけ判らん状態になってたんだろ」

「そうです」


 女性――ミーティアが即答すると、セリスは決まり悪げに視線を逸らし、煙を細く吐き出した。


「家政婦クラウド、導入希望」

「なんで?」


 ヨクトが訊いた。


「優しく起こしてくれそうだから。有線直結なんて、ほんと、容赦なさすぎ」

「優しく、と定義づけされている行動パターンの全てで、セリスさんの覚醒に失敗しました。非常時の措置です」

「……次からちゃんと起きるから、あの、虫とかいっぱい出てくるパターン、やめて」

「善処します」


 生真面目に答えるミーティアは、hIE(humanoid Interface Elements)の高級機だ。

 hIEは人型のロボットだ。ネット上に存在する膨大な【振る舞いのデータ】の中から、最適な振る舞いを選択することで行動する。根本的には、【Aと入力されればBを返す】という原始的なプログラムと変わらない。今のミーティアは、エトナとエトラが作成した振る舞いのデータを元に行動していた。


「全員、集まったね」


 ナナリーが確認するように言うと、エトナとエトラのアバターが部屋の中央に移動して、面々を見下ろした。


『『それじゃあ、始めるわ』』


 エトナとエトラの声が重なった。

 部屋がゆっくりと暗くなる。同時に壁の透過部分が元に戻った。辺りが薄い闇に包まれると、部屋の中央にあったホログラム投影機が起動し、周辺に情報を表示させた。

 巨大な建造物が大写しになった。

 まるで地球の要塞をそのまま宙に浮かべたかのようだ。巨大な体積のほぼ全てがダークグレーの金属素材で構成されており、照りつける太陽光を浴びて鈍い光沢を纏っていた。

 周辺にはタワー型の防衛設備が幾つも浮び、その更に外側を、多数の防衛艦が巡航していた。建物は巨大だが、それにしても過剰すぎる防衛設備である。


『トリシューラ近軌道基地』『超高度AI【オケアノス】の城』

「相変わらず凄い場所だよなあ」


 ヨクトが何気なく呟いた。


「俺たちのインビジブル、何隻入るんだろ」

「公式データでは、停泊できる船の数は八十八ということです。インビジブルは小型船なので、百は下らないかと」


 ミーティアが律儀に答えてくれる。ナナリーが怖気づいたように言った。


「……本当に、ここを攻めるの?」

「んーにゃ、必要なことだからしゃーなし。でもナナリーちゃん、別に無理強いはしないぜ。誰もしねえよ。実際、正気の沙汰じゃねえからな。普通は」

「いえ、やります。けど……」

「……結局、勝率はどれくらいなの?」


 セリスが煙を吐き出しながら訊く。


『成功率八割強』『一人撃墜率六割強』『『復元を勘定すれば絶対間違いなし』』

「いやお前、八割って最初に言ってるから……」


 ジョゼフが呆れたように言うと、思いのほか真剣な声でエトナとエトラが言った。


『成功率は八割でも』『船は絶対に壊させない』『だからみんなは安心して前だけ見てて』『船は私たちが絶対に守り抜く』


 宇宙船【インビジブル】には、ヨクトたちの記憶が保存されている量子演算ユニットが格納されている。

 オーバーマンであるヨクトたちは、義体が破壊されても、新しい義体に記憶を移し変えることで復元することができる。ヨクトたちは保存した記憶が破壊されない限り、何度でも蘇ることができた。

 エトナとエトラは続けた。まるで祝詞を紡ぐような声色だった。


『私たちのこれは特攻じゃない』『テロでもない』『生きる場所を作るため』『人間に戻るため』『頑張ろうって、みんなで決めた』

「……うん」


 ヨクトが頷くと、隣でジョゼフが掌と拳を鳴らした。


「ま、やってみるしかないわな。実際、これを超えないと俺らの未来はないわけだ」

「私も、みんなでちゃんと、笑って過ごせる場所がほしい。狭い船の中じゃなくて、もっと自由に、普通に生きて、普通に死ねる場所が」

「……あたしは、まあ、煙草吸って寝てられればいいけど……でも、あんたたちがいなくなるのは困るから、ね。これでも長い付き合いだしさ」

「私も微力ながらお手伝いします。皆さんと一緒に過ごす時間が、私にとってはかけがえのないものですから」

「……やろう。俺たちの、迫害された人間が暮らす場所を作るために。そして俺たち自身が、人間に戻るために」


 生身だった頃の習慣のままに、息を吸って。


「トリシューラ近軌道基地を強襲。超高度AI【オケアノス】を、複製する」


 理想の第一歩を、力強く宣言した。

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