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DAYTRANSER  作者: 流川真一
第四章 GO FORTH
19/23

19

 ジョゼフは敵がライフルを構える前に、爆発的に加速した。


「おおッ!」


 砲声と共に、肉薄。数千メートルの距離を一呼吸で詰める。

 突きつけられた無数の銃口に対して、ジョゼフは一切怯まず、手にしたブレードを叩き付けた。

 刀身に循環していた重力場が開放され、刃の体積を一時的に増加させる。空間そのものを捻じ曲げながら、大出力の斬撃が、目の前の純白の機体に吸い込まれた。

 ジジッ! と機体の周辺に膜のようなものが浮かび上がり、ジョゼフのブレードと拮抗した。だがそれも数秒で、ヨクトのブレードは防壁を突破し、敵の機体を袈裟に両断した。

 だが。

 ――やっぱ、硬え!

 ジョゼフの胸中には焦りに似た感情があった。

 自分たちと同じ重力場だ。ブレードが反発【させられた】。拮抗を許した。以前のモノリス以上の強度ということになる。


「っ、ちッ!」


 舌打ちしながら旋回する。周囲で構えられていた銃口が一斉に火を噴き、大口径の弾丸を吐き出した。

 ジョゼフは機体をジグザグに操り、弾丸から逃れる。何発かが機体を掠め、機体の周りに防壁を浮かび上がらせた。角度によっては防壁を抜かれてしまう、危うい手ごたえがあった。

 ジョゼフは再び舌打ちする。防壁の効果が弱い。通常の弾丸なら、拮抗などせずに受け流すはずだ。つまり、敵の弾丸は、こちらの重力場に対し、何らかの干渉を行うのだ。


「つっても、それが何だか分かりゃ苦労はしねえわな!」


 ジョゼフは吼え、手近な機体に特攻を仕掛ける。武装がブレードである以上、接近戦でしか勝ちの目がない。

 だが、戦闘を続けているうちに、敵の反応速度が上がってきた。最初はぎこちなかった機体の制御が、次第に精密になってきていた。ジョゼフの動きに合わせるだけでなく、先読みや、誘導といった方法も交えられるようになった。

 ――こいつらっ。

 ジョゼフの胸中から余裕が消えていく。だがその一方で、確信することもあった。

 この機体を操っているのは、AIだ。

 戦闘を通して、ジョゼフの動きを学習している。機体の動きがぎこちなかったのは、十分に学習させる時間がなかったからか。

 ――時間を掛ければ掛けるほど、不利になるってことかよ!

 ジョゼフはレーダーを確認する。宇宙海賊たちの船団を中心に、ジョゼフ、セリス、ミーティアが、三方向に分散して配置されていた。

 宇宙海賊たちは戦場から抜け出そうと進路を定めているのだが、デイトランサーのコピーが満遍なく配置されているせいで、撤退が滞っていた。

 宇宙海賊たちを誘導しているのは、ミーティアの機体だ。偶然の配置だが――。

 ――悪くねえ。

 ジョゼフは戦闘を行いながら、電脳の一部を通話に回す。


『ミーティア! 干渉できるかっ?』


 断片的なジョゼフの情報から、ミーティアが意図を汲み取る。


『やってみます』


 オーナーの命令を受けて、ミーティアが行動に指向性を得る。

 その直後、時間の流れが遅くなったかのように、複数の機体が動きを鈍らせた。

 ――効いてるぜ!

 敵はAIだ。ならば、電子戦に特化したミーティアの機体が猛威を振るう。

 これまでミーティアは、通常装備で応戦していた。だがここからは、彼女の機体の本来の機能である、電子戦の領域だ。


『セリス、聞いてたな! 鈍ってるやつを潰したら、前に出て道を開くぞ! 防衛は宇宙海賊にも回せ!』

『了解。こっちもそろそろ、ストレス溜まってたから丁度いい』


 セリスは不敵に返してくる。ジョゼフが口元を吊り上げる。


『野蛮なこっ、て!』


 機体を制御。右側に、残像を残すほどの速度でスライドし、動きが鈍っていた敵にブレードを叩き込む。回りの敵がジョゼフを囲い込み、一斉に引き金を引いた。だがその頃には、ジョゼフは鋭く後ろへと下がっている。

 ――無理はしねえ。戦線を維持することを考えろ!

 ジョゼフは自分に言い聞かせる。浮つきそうな心を、意志の力で制御する。

 自分たちの仕事は宇宙海賊たちが逃げるまでの時間稼ぎ。あるいは、逃げるためのルートの確保。言ってしまえば、捨石なのだ。


「ぐっ!?」


 左肩に鈍い衝撃。それと同時に、神経が断裂する不快な感触が頭を満たす。左半身が軽くなり、奇妙な浮遊感が訪れた。

 左腕が飛んでいた。

 遥か遠方からの狙撃――、デイトランサーの索敵範囲外からの攻撃だった。


「なろっ!」


 ジョゼフは電脳を操作。行動制御系を、失った質量を計算して書き換える。その処理が終わるか終わらないかというところで、周囲の敵が一斉にトリガーを引いた。辛うじて回避が間に合うが、障壁を抜かれ、弾丸が機体を掠めて抜けていった。

 ジョゼフは縦横無尽に飛び回りながら、全身の神経を、痛いほどに周囲に張り巡らせた。

 狙撃が一発で終わるはずがない。ジョゼフの直感は当たっていた。

 二発目――デイトランサーのレーダーに反応が閃いた瞬間、機体に急制動を掛けた。


「がっ……!」


 体が千切れるようなGが掛かる。重力場の補助がなければ、機体もばらばらになっているだろう。

 ジョゼフの目の前を、流星のように一発の弾丸が抜けていった。コンマ数秒の駆け引きに、ジョゼフの芯が冷たく冴え渡っていった。

 そこでミーティアが再び敵機に干渉した。動きが鈍った隙を突いて、ブレードを振るい、撃墜する。

 そうしながら、ジョゼフは少しずつ戦線を下げていく。じりじりと焼け付くような緊張の中、慎重に、一機も防衛線の向こう側に逃がさないようにしつつ、宇宙海賊たちの攻撃が届く範囲へと誘導する。

 ――まだか。

 何度となく心の中で呟いて、戦闘を続けていく。

 そして、無限にも等しい数秒間の後。

 背後からエネルギーが迸った。

 ――遅えんだよ!

 毒づきながらも、表情には笑みが浮かんでる。

 宇宙海賊たちの防衛機構が、敵機に向けて放たれていた。

 もちろん、デイトランサーの複製である敵機には、目立ったダメージは与えられない。だが、今回の攻撃の目的は、目くらましと足止めだ。

 宇宙海賊たちは自船の全ての戦力をつぎ込むかのように、圧倒的な弾幕を展開した。宇宙空間に無数の余波が散り、オーロラのように揺らめいた。

 その隙を突いて、ジョゼフとセリスはミーティアの元へと向かった。


『一気に片をつける。セリス、手伝え!』

『分かってる。こんなところで止まってられない』


 ジョゼフが切り込み、セリスが大出力のパルスマシンガンを照射した。

 二人の強襲に、動きが鈍っていた敵機が一度に数十機も撃墜される。そこかしこで花火のように爆炎が上がり、宇宙の闇を紅色に彩った。

 その爆炎の先で、ミーティアは敵に対して電子干渉を行い続けていた。次第に勢力を伸ばしていくクラックの網は、まるで周囲の時間を操り、遅くしているかのようだ。

 ミーティアの援護を受け、ジョゼフとセリスはひたすらに敵を撃墜し続けた。正面には側面に比べて多くの敵が配置されていたが、十全に動けるジョゼフとセリスの敵ではなかった。

 ――いけるっ。

 ジョゼフは確かな手ごたえを感じる。宇宙海賊を逃がすだけではなく、もしかしたら、自分たちだけで片が付くかもしれない。そんな淡い期待が胸を掠めた。

 その瞬間、その機体を打ち砕くかのように、遥か遠方に極端な高エネルギー反応が出現した。――インビジブルを貫いた攻撃と同レベルの、防御不能の一撃が数秒後に迫っていた。


「なっ――」


 思わず肉声で叫びながら、ジョゼフは急旋回した。セリスも回避行動に移る。

 だが――。


『ミーティアっ!』


 ジョゼフが叫ぶが、ミーティアは動かない。演算能力の大半を、周辺の敵へのクラックに回しているからだ。

 干渉範囲の外側の敵に対しては、ただの静止した的でしかない――。


「くっ、そ!」


 絶望的な未来を予見して、ジョゼフは進路を転換し、ミーティアの前に滑り込む。正面に全ての神経を回し、雷速を超える弾丸の軌跡を見切ろうとする。

 初撃――刃が走り、重力場が弾丸を掠める。世界が砕け散るような強烈な閃光が、嵐のように荒れ狂った。――かろうじて弾道を逸らす。

 だがその時には、別方向から二撃目が放たれていた。

 ザザッ、と悲鳴のような、血の滲むようなノイズが走る。


「――っ」


 ジョゼフが息を呑み、振り返る。その遥か先に、心臓に虚空を開けたミーティアの機体があった。機体の維持機構が働き、周囲に鮮血のような力場を形成していた。


『ジョゼフさん、セリスさん』

「っ、ミーティ――」

「ジョゼフ」


 セリスが窘めた。ジョゼフは奥歯を砕けんばかりにかみ締めた。


『――皆さんは私にとって、唯一の家族でした。どうか、後悔のない生き方を』

「……ああ、任せ――」


 ジョゼフが答える前に、目の前で爆炎が広がる。留められていた重力素子が爆発的に拡散し、空間を捻じ曲げんばかりの凄まじいエネルギーの奔流を生み出した。

 ジョゼフとセリスは辛うじて退避していた。撒き散らされたエネルギーの影響で、正面の敵が四散し、道が開いていた。


『――宇宙海賊共ッ! 後ろは俺らに任せて突っ込めッ!』


 ジョゼフは歪むほどの大出力で通信を叩き付けた。

 宇宙海賊たちは攻撃の手を緩め、進行する速度を上げた。入れ替わるようにして、ジョゼフとセリスが後方に移動する。

 だが、ミーティアがいなくなったことによって、デイトランサーの複製品たちは機動力を取り戻していた。遠距離からの砲撃も、いつリチャージが終わるか分からない状況だ。

 敵は未だ多数。それに対して、こちらは二人。一人の欠落が、胸に重くのしかかる。


「っ、ふざけんなよ。ここでお前らを逃がせなかったらなァ――」


 ジョゼフの心境と呼応するかのように、ブレードの輝きが増した。流星を束ねたような鮮烈な輝きを、正面の敵機に対して叩きつける。


「死に切れねえんだよッ! 合わせる顔がねえだろうがッ!」


 ジョゼフの脳に電流を流し込まれたような痛みが走る。過度の演算によって、電脳が悲鳴を上げていた。自分と同等の性能の敵を、一度に五十体以上エミュレーションしているのである。機体の操作に回している領域も合わせれば、いくらオーバーマンといえど、意識のある人間が操ることのできる演算量ではなかった。

 だが、その痛みを、ジョゼフは意志の力で無理やりに押し込めた。灼熱する意思によって、限界を超えるが如くに体を稼動させる。

 近接戦闘に特化したジョゼフの機体は、他のメンバーの期待よりも重力場の瞬間的な出力が高い。その性能を、十割、それ以上に向かわせるように、酷使させた。ただひたすらに、危険と判断された領域の敵を、斬って斬って斬り続けた。

 ――あとどれくらいだっ?

 敵の数は減っていない。恐らく、奥の船からほとんど無尽蔵に沸き続けているのだ。こちらの反応も落ちてきている。長くは持ちそうもない。

 レーダーを確認する余裕すらない。周辺から放たれる弾幕は、じわりじわりとジョゼフの命を削り続けていた。

 そこで偶然、最後列の小型の宇宙船に対して、取りこぼした敵が一機向かってるのが目に入った。


「なろッ!」


 ジョゼフは躊躇しなかった。戦闘中の機体をよそに、今まさに照準しようとしている敵機に対して急速に接近する。

 ――間に合えっ!

 機体の表面を赤く燃やしながら、ジョゼフは接近していた敵に対してブレードを突き立てた。僅かな抵抗の後に、敵機は貫かれて爆散する。弾丸は放たれていない。

 だが――。


『ジョゼフ、この馬鹿』


 毒づくような声。

 後方に影。ジョゼフが意識する間もなく、破砕音が連続した。


「なっ――」


 ジョゼフが慌てて振り返ると、装甲に致命的な損傷を負ったセリスの機体があった。


『後方不注意。目の前で盾になるとかやめてよね』

『っ、馬鹿野郎、立場が逆になっただけじゃねえかっ』

『馬鹿にしてるの? いいからとっとと、反対側を守りに行って』

『お前なっ』

『いいから』


 不思議な凄みのある声だった。ジョゼフは一度眼を瞑り、反対側へと向かう。

 セリスが加速する。一団になって迫ってくる敵機の中心に加速し、無謀なまでの大出力でパルスマシンガンを前方向に照射した。

 傷ついていた装甲が、重力場の反動に耐えられずに崩壊する。程なくして重力素子を生成していた中枢機構が損傷し――。


『後任せた。馬鹿ジョゼフ』

『……馬鹿はお前だろ。すぐ行くから待ってろよ』


 最後のやり取りも、実に自分たちらしいと、ジョゼフは思った。

 セリスの機体が、中心にひしゃげるようにして形を変え、一瞬の後に大爆発を起こした。虹色の閃光が周囲に振りまかれ、敵の数を大きく減らした。

 喪失が、胸の中心、魂の中枢を削っていくかのようだった。だがその痛みは、きっと命があるからこそ感じる痛みだ。


「……ああ。少し残念さ。そりゃな。俺もお前たちと一緒に、見たかった。俺たちが作る世界を。その先の、自由な世界をさ」


 祝詞のように呟く。

 レーダーを見る。今や敵の戦力の大半は、ジョゼフに向けられていた。ジョゼフが操るデイトランサーのみが、敵に対して痛打を与えうるからだ。彼我の戦力は絶望的だった。

 だが、ミーティアのセリスの力によって、時間は大きく稼げた。宇宙海賊たちは、もうすぐ安全に迷彩を掛けることができる距離に到達する。

 あと数十秒。それだけの時間を。

 最後の時間を、ジョゼフは吸い込んだ。


「――行かせやしねえッ! 掛かってきな模造品共ッ!!」


 裂帛の気合とともに、ブレードを正眼に構える。片腕がないため、どこか歪だ。だがその歪みが、ジョゼフの機体に悪鬼、鬼神のような存在感を与えていた。

 迫り来る敵に対して、踏み込み、斬る。その動作は、もはや物理現象を超越するかの如き速度だった。洗練され、一切の無駄がなく、軽やかに、清流のように、暴力的に、食い千切るように、剣を振るい続けた。

 意思のないAIたちが、僅かに躊躇したように動きを鈍らせた。ジョゼフはそれにさえ気付かず、斬り、斬り続け――。

 そしてとうとう、銃弾の一つがジョゼフの足を捉える。

 神経が断裂する嫌な感触が走り抜ける。一発の後に、立て続けに全身を襲った。貫かれた装甲が剥がれ落ち、機体の内側からスパークが散った。


『――ヨクトッ! ナナリー! 聞こえてるならな、最後に言っておくぜ!』


 ジョゼフは機体の最後のエネルギーを使い、撤退する宇宙海賊たちを覆い隠すような位置に移動した。

 そして、剣先を、迫り来る無数の機体に向けて、叫んだ。


『俺たちの意思は、お前らに預けた! だから、後は、テメェが後悔しないように、好きに生きろッ!』


 叫んでから、肉声で呟く。


「らしくねえかな。けど――」


 自分の鋼の体を意識する。

 体温もなく、鼓動もない。複製された記憶が宿る、偽の肉体。


「ああ、これが死ぬってことか」


 爆発の瞬間、ジョゼフは確かに、自分の命に触れていた。

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