18
『逝っちまったか』
ジョゼフは、ぽつり、と雫がこぼれるように呟いた。
戦闘は続いている。ジョゼフは機体を縦横無尽に操りながら、迫り来るドローンの数々を撃墜していく。
ドローンが牽制だということは分かっていた。配置を完了させるまでの時間稼ぎだ。レーダーに表示される敵の反応は、もはや津波のようだ。赤い光点の波の向こうに、自分たちの青色の光点が、灯台の光のように頼りなく灯っていた。
『意外。もっと悲しむかと思ってた』
セリスが通信を飛ばしてくる。ジョゼフは苦笑した。
『心外だな。俺、結構ドライだぜ?』
『私の印象は真逆。ナイーブで、ちょっとしたことで結構へこむ』
『お前に言われちゃな。見た目と内面が違うのは、お前のほうだろ』
『私が?』
『動きが乱れてるぜ。動揺が期待に出てるんだよ。何せ俺らとこいつらは一心同体だからな。見りゃ分かるのさ』
『嫌な兵器ね』
セリスは溜息交じりに答えた。
セリスも、ジョゼフもまた、少なからず衝撃を受けていた。十年来の仲間の死――それが唐突に、理不尽に襲い掛かってきて、心を乱さない人間などいない。
だが、二人は、エトナとエトラから命令を受けていた。それは、エトナとエトラが残した願いであり、遺言でもあった。
――みんなを守ってあげて。お願い。
ジョゼフの頭の中に、双子の最期の言葉が蘇る。電子情報ではなく、肉声での伝達だった。つい数分前に聞いた言葉は、まだ血が滲むように暖かい。
『……あんなふうに頼まれたんじゃ、無下にもできねえ。突破するぞ』
『そうね。せっかく、ここまできたのだし。囲まれたからって諦めるのは、違う』
『珍しく気が合うな。最初からこれくらい呼吸があってりゃな』
『たぶん、また酔ってるだけね』
『そりゃ素敵な酔い方だ』
二人は軽口を叩きながら、周辺のドローンを撃墜していく。
二人の周辺だけ、真空のように、敵影が消えていた。レーダーで見れば、二人の機影を中心に数キロの範囲が、完全に空になっていた。
だがそれでも、敵の総数は全く減っていないかのように思える。今自分たちが撃墜したドローンなど、全体の数パーセントでしかないだろう。地球側は完全に、この場でオーバーマンの漏出を食い止める構えだった。
しかし、解せないこともあった。
『ミーティア。さっきの砲撃……船を抜いた砲撃の正体、掴めたか?』
『すみません。当機の能力では判別できません。せめてエトナさんとエトラさんがいてくれれば、もう少し詳細なデータを割り出せるのですが』
『位置は動いていないのか?』
『砲撃をした存在に関しては、動いていないと思われます。ただ――』
『どうした?』
『その存在が、あまりにも小さいのです。大出力の兵器、例えば以前のモノリスのような機構ならば、もっと大きい動的反応があるはずなのです。今回はそれがない。ちょうど、私たちの機体と同じくらいの大きさです。確証はありませんが』
『俺たちと同じ……?』
『迷彩がかけられているため、正確な大きさは不明ですが――』
と、ミーティアが言いかけたところで、まるで息を呑むように言葉をつぐんだ。機械であるはずの彼女が、驚愕に打たれているかのようだった。
『迷彩解除――来ます!』
砲声のような警告に、ジョゼフとセリスが武器を構えなおす。
その目前で、空間が揺らいだ。
光学迷彩と電波迷彩が解除され、敵の姿があらわになる。
『な――』
それを見て、ジョゼフは絶句した。
デイトランサーと同じような……などという曖昧な表現ではない。そのものだ。デイトランサーそのものの機体が、今目の前に大挙して押し寄せてきていた。機体の数はジョゼフの前にいるものだけでざっと二十。周辺に配置された機体を数えれば、百に届くだろう。
水で編まれた剣を連想させる、流麗なシルエット。腕があり、脚がある、人型の兵器。唯一、カラーリングだけが違う。漂白されたような毒々しい純白だった。
舞い散る光子は、重力場の座標を特定させるためのものだ。機構そのものが、複製されていた。
『……は。そういうことかよ。そりゃ船の防壁も抜けるわけだ。何たって同じ技術なんだからな』
『ジョゼフ』
『分かってる。敵がはっきりして何よりだ。それにな――』
ジョゼフはブレードを構える。
『姿だけ真似ても、中身が同じってわけじゃねえ。機体の性能も、操縦者もだ。有象無象の複製品が、本当に俺らとやりあえるのかどうか、試してやるさ』
『……あんたって、馬鹿だよね』
『なにい』
『でも気持ちのいい馬鹿。最後に乗ってあげる。その世迷言に』
『へっ……』
ジョゼフが鼻で笑うと、ミーティアも続いた。
『私も微力ながらお手伝いします』
『頼りにしてるぜ。……っと、はは』
『どうかされましたか?』
『いや、なんかさ、同じだなって思って』
『はい?』
『死んだら終わりだろ? なのに、ミーティアも戦うって言うんだからさ』
『皆さんの仲間ですから当然です』
『そうだな。俺らもお前も、エトナとエトラも、たぶん人間も、本質的にはなにも変わりゃしないんだな』
ジョゼフの言葉に、ミーティアは答えなかった。ただ、微笑む気配だけが通信に乗って伝わってきた。
ジョゼフの目の前で、複製されたデイトランサーが攻撃の態勢を取る。武装は標準的なライフルが二挺。ジョゼフの口元がつり上がる。
『行きますか』
『ええ』
『はい』
三人は自ら、決死圏へと飛び込んだ。