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火星横断小惑星【インゲボルグ】の周辺に、宇宙船が続々と集まりつつあった。集まった宇宙船の数は百隻に迫る。合計十六の宇宙海賊が、こうして一箇所に集結するなど、例のないことだ。
「そろそろ全員集まったかな」
ヨクトが船の窓から外を見ながら言った。宇宙船には光学迷彩が施されているため、肉眼では何も見えないが、エトナとエトラが事前にタグをつけてくれているおかげで、電脳を介せば輪郭を見ることができた。どの船も、ヨクトたちのものよりも大きい。そちらの業界では名の通った宇宙海賊ばかりだ。
「ちゃんと集まってくれてよかった。話し合いの成果、出てるね……」
隣のナナリーが言った。
前回の会談から五日間、ヨクトたちは他の宇宙海賊たちと、ほぼ休みなしでミーティングを行っていた。新天地に赴いた際の、利益の分配、権利のあり方、法制度、といった基本的な枠組みに、合意を得るためだ。
基本的な仕組みは、エトナとエトラが作った。それを事前に他の宇宙海賊たちに配布することで、合意を取った。もちろん、他の宇宙海賊たちは、超高度AIであるエトナとエトラを極めて強く警戒していた。エトナとエトラもそれを理解していたから、ベースとなる仕組みを作る際には、絶対に誤解されない、明確な文章で示し、他意がないことを示した。
実際、ヨクトたちに他意などあるはずがなかった。利権を求めるのであれば、もっと効率の良い方法がいくらでもある。ヨクトたちがこうして宇宙海賊たちを束ね、小さな社会を作ろうとしているのは、ひとえに自分たちの目的――人間に戻る、という夢のためなのだから。
『準備を促してくるわ』『ヨクトたちも、出撃の準備を始めて』
電脳にエトナとエトラの声が届いた。ナナリーも聞こえたらしく、表情を改めた。
「ヨクト。ダモクレスまで、何日くらいの予定だっけ」
「九十日くらいだって、エトナとエトラは言ってた。もちろん、何もなければだけど」
ヨクトたちの第一目標は、木星横断小惑星【ダモクレス】だ。ダモクレスには、ヨクトたちが秘密裏に用意した物資搬入施設が用意してある。予想以上に宇宙海賊が集まってくれたため、全ての船に十分な補給をすることはできないが、それでも次の目的地である、土星横断小惑星までの燃料は補給できるはずだった。
だが――。
「何もなければ、か。また戦いになるのかな」
「可能性はあると思う。この間トリシューラに襲撃したばかりだし、各惑星の警戒レベルは、確実に上がっているはずだから。常駐している戦力が、星間の警備に回されていてもおかしくない」
「うん。そうだよね。……私たち、地球の人からしたら、テロリストだもんね」
「だからって、むやみに戦いを仕掛けるわけじゃない。基本は逃げの一手。理想的には、先に見つけて、先に逃げる。デイトランサーで周辺を警戒するのも、攻めるためじゃなくて、船の周りを守るためだし」
「うん……」
「それに、宇宙は広いから、いくら星間の警備を増やしても、ニアミスする可能性はかなり低いよ。なるようになれ……なんて乱暴な言い方だけど、そういう風に考えることしかできないと思う。エトナとエトラも、いろんな可能性を考えてくれた。それでも今日出発するのが最善だって判断したんだ。なら俺たちにできるのは、その判断を信じて、成功するように力を尽くすことだけじゃないかな」
「……そうだね。少し弱気になってるのかも。何もかもが変わっちゃうんだよね。ここを抜けて、地球の人たちとは遠い……遠い場所で暮らして。……ねえ、ヨクト」
「うん?」
「どうなるのかな。私たち」
それは、未来への希望と不安が、同じくらい混ざった声音だった。ヨクトにも同じような気持ちはあった。期待と不安。未来が見通せないことが、こんなにも不安になることを、ヨクトは久しぶりに思い出していた。
「……同じでは、いられないと思う。俺たちの判断が、最善だっていう保障もないし。……けど、人間が考えを変えるのを待っていたら、たぶん、俺たちはみんな死ぬだろう。それは確実だ。未来なんてない……。それが嫌だなって思って、そういう人たちが今、ここに集まってる。だから、正しいかどうかは分からないけれど、成長はできるんだと思う。人間の新しい一つの形を、示せるんじゃないかって、俺は思ってる」
ヨクトはつかえながらも、自分の気持ちを正直に言葉にした。それを聞いたナナリーが、嬉しそうに表情をほころばせた。
「私も手伝うよ。最後まで。成功しても、失敗しても、みんなと一緒にいたいのは本当だから。それにね――」
ナナリーは顔を上げて、ヨクトをじっと見つめた。
透き通った、悠久の空を思わせるブルーの瞳が、ヨクトの瞳を捉えて離さない。ヨクトの心臓が跳ねた。
「ナナリー……?」
「……向こうに着いたらね。そのときに、言いたいことがあるの」
「い、今じゃなくて?」
「今は、まだ、終わってないし、始まってもいないから。ヨクトはデルクさんに、人は孤独じゃ生きていけないって、そう言ったよね。向こうに着いたら、私たちは人の体に戻るでしょ? だから、私は――」
ナナリーは湧き出てくる気持ちを抑えるように、胸に手を当てた。その仕草に、ヨクトは訳が分からないまま目を奪われた。ナナリーの瞳が、顔が、唇が、すぐ近くにあった。
ナナリーはそこで、はっと我に返ったように一歩身を引いて、照れたように強張った笑みを浮かべた。
「と、とにかく、今話すことじゃ、ないから。うん。ヨクト、忘れてていいよ」
「あ、ああ……?」
「い、行かなきゃっ。最初の護衛、私たちの担当だしっ」
ナナリーは誤魔化すように早口で言って、床を蹴って通路へと向かった。
ヨクトは思わず後ろを追い、通路に出るが、そこで足が縫い付けられたように止まった。なぜか言葉が出てこなかった。心のどこかで、かけるべき言葉が分かっているのに、それを口に出すのが躊躇われるような、甘くて重たい塊が、胸の奥でつかえているような感覚だった。
ヨクトが立ち尽くしていると、後ろから声が掛けられた。
「よう。いよいよだな。……どした?」
「あ、ジョゼフ。い、いや、別に」
「……ほう?」
ジョゼフは何かを感じ取ったのか、通路の奥と、ヨクトの顔を交互に見比べた。それから、自分では兄貴分だと信じて疑っていない笑みをニカッと浮かべ、ぽんとヨクトの肩を叩いた。
「頑張れ少年」
「し、少年って歳でもないよ。外見はともかく」
「けどな、女子にばっかり頑張らせるのは、男子としてどうかと思うぜ。へたれちゃいかん」
「な、何の話さ」
「さあ、何の話か」
ジョゼフは意地悪く笑い、自分も通路の奥のほうへと向かっていった。
「……ああもう」
ヨクトはわけの分からぬまま、波立った心を抱えてジョゼフの後を追いかけた。
トリシューラ近軌道基地襲撃から十二日後。ヨクトたちの星間飛行が始まろうとしていた。




