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DAYTRANSER  作者: 流川真一
第四章 GO FORTH
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 火星横断小惑星【インゲボルグ】の周辺に、宇宙船が続々と集まりつつあった。集まった宇宙船の数は百隻に迫る。合計十六の宇宙海賊が、こうして一箇所に集結するなど、例のないことだ。


「そろそろ全員集まったかな」


 ヨクトが船の窓から外を見ながら言った。宇宙船には光学迷彩が施されているため、肉眼では何も見えないが、エトナとエトラが事前にタグをつけてくれているおかげで、電脳を介せば輪郭を見ることができた。どの船も、ヨクトたちのものよりも大きい。そちらの業界では名の通った宇宙海賊ばかりだ。


「ちゃんと集まってくれてよかった。話し合いの成果、出てるね……」


 隣のナナリーが言った。

 前回の会談から五日間、ヨクトたちは他の宇宙海賊たちと、ほぼ休みなしでミーティングを行っていた。新天地に赴いた際の、利益の分配、権利のあり方、法制度、といった基本的な枠組みに、合意を得るためだ。

 基本的な仕組みは、エトナとエトラが作った。それを事前に他の宇宙海賊たちに配布することで、合意を取った。もちろん、他の宇宙海賊たちは、超高度AIであるエトナとエトラを極めて強く警戒していた。エトナとエトラもそれを理解していたから、ベースとなる仕組みを作る際には、絶対に誤解されない、明確な文章で示し、他意がないことを示した。

 実際、ヨクトたちに他意などあるはずがなかった。利権を求めるのであれば、もっと効率の良い方法がいくらでもある。ヨクトたちがこうして宇宙海賊たちを束ね、小さな社会を作ろうとしているのは、ひとえに自分たちの目的――人間に戻る、という夢のためなのだから。


『準備を促してくるわ』『ヨクトたちも、出撃の準備を始めて』


 電脳にエトナとエトラの声が届いた。ナナリーも聞こえたらしく、表情を改めた。


「ヨクト。ダモクレスまで、何日くらいの予定だっけ」

「九十日くらいだって、エトナとエトラは言ってた。もちろん、何もなければだけど」


 ヨクトたちの第一目標は、木星横断小惑星【ダモクレス】だ。ダモクレスには、ヨクトたちが秘密裏に用意した物資搬入施設が用意してある。予想以上に宇宙海賊が集まってくれたため、全ての船に十分な補給をすることはできないが、それでも次の目的地である、土星横断小惑星までの燃料は補給できるはずだった。

 だが――。


「何もなければ、か。また戦いになるのかな」

「可能性はあると思う。この間トリシューラに襲撃したばかりだし、各惑星の警戒レベルは、確実に上がっているはずだから。常駐している戦力が、星間の警備に回されていてもおかしくない」

「うん。そうだよね。……私たち、地球の人からしたら、テロリストだもんね」

「だからって、むやみに戦いを仕掛けるわけじゃない。基本は逃げの一手。理想的には、先に見つけて、先に逃げる。デイトランサーで周辺を警戒するのも、攻めるためじゃなくて、船の周りを守るためだし」

「うん……」

「それに、宇宙は広いから、いくら星間の警備を増やしても、ニアミスする可能性はかなり低いよ。なるようになれ……なんて乱暴な言い方だけど、そういう風に考えることしかできないと思う。エトナとエトラも、いろんな可能性を考えてくれた。それでも今日出発するのが最善だって判断したんだ。なら俺たちにできるのは、その判断を信じて、成功するように力を尽くすことだけじゃないかな」

「……そうだね。少し弱気になってるのかも。何もかもが変わっちゃうんだよね。ここを抜けて、地球の人たちとは遠い……遠い場所で暮らして。……ねえ、ヨクト」

「うん?」

「どうなるのかな。私たち」


 それは、未来への希望と不安が、同じくらい混ざった声音だった。ヨクトにも同じような気持ちはあった。期待と不安。未来が見通せないことが、こんなにも不安になることを、ヨクトは久しぶりに思い出していた。


「……同じでは、いられないと思う。俺たちの判断が、最善だっていう保障もないし。……けど、人間が考えを変えるのを待っていたら、たぶん、俺たちはみんな死ぬだろう。それは確実だ。未来なんてない……。それが嫌だなって思って、そういう人たちが今、ここに集まってる。だから、正しいかどうかは分からないけれど、成長はできるんだと思う。人間の新しい一つの形を、示せるんじゃないかって、俺は思ってる」


 ヨクトはつかえながらも、自分の気持ちを正直に言葉にした。それを聞いたナナリーが、嬉しそうに表情をほころばせた。


「私も手伝うよ。最後まで。成功しても、失敗しても、みんなと一緒にいたいのは本当だから。それにね――」


 ナナリーは顔を上げて、ヨクトをじっと見つめた。

 透き通った、悠久の空を思わせるブルーの瞳が、ヨクトの瞳を捉えて離さない。ヨクトの心臓が跳ねた。


「ナナリー……?」

「……向こうに着いたらね。そのときに、言いたいことがあるの」

「い、今じゃなくて?」

「今は、まだ、終わってないし、始まってもいないから。ヨクトはデルクさんに、人は孤独じゃ生きていけないって、そう言ったよね。向こうに着いたら、私たちは人の体に戻るでしょ? だから、私は――」


 ナナリーは湧き出てくる気持ちを抑えるように、胸に手を当てた。その仕草に、ヨクトは訳が分からないまま目を奪われた。ナナリーの瞳が、顔が、唇が、すぐ近くにあった。

 ナナリーはそこで、はっと我に返ったように一歩身を引いて、照れたように強張った笑みを浮かべた。


「と、とにかく、今話すことじゃ、ないから。うん。ヨクト、忘れてていいよ」

「あ、ああ……?」

「い、行かなきゃっ。最初の護衛、私たちの担当だしっ」


 ナナリーは誤魔化すように早口で言って、床を蹴って通路へと向かった。

 ヨクトは思わず後ろを追い、通路に出るが、そこで足が縫い付けられたように止まった。なぜか言葉が出てこなかった。心のどこかで、かけるべき言葉が分かっているのに、それを口に出すのが躊躇われるような、甘くて重たい塊が、胸の奥でつかえているような感覚だった。

 ヨクトが立ち尽くしていると、後ろから声が掛けられた。


「よう。いよいよだな。……どした?」

「あ、ジョゼフ。い、いや、別に」

「……ほう?」


 ジョゼフは何かを感じ取ったのか、通路の奥と、ヨクトの顔を交互に見比べた。それから、自分では兄貴分だと信じて疑っていない笑みをニカッと浮かべ、ぽんとヨクトの肩を叩いた。


「頑張れ少年」

「し、少年って歳でもないよ。外見はともかく」

「けどな、女子にばっかり頑張らせるのは、男子としてどうかと思うぜ。へたれちゃいかん」

「な、何の話さ」

「さあ、何の話か」


 ジョゼフは意地悪く笑い、自分も通路の奥のほうへと向かっていった。


「……ああもう」


 ヨクトはわけの分からぬまま、波立った心を抱えてジョゼフの後を追いかけた。

 トリシューラ近軌道基地襲撃から十二日後。ヨクトたちの星間飛行が始まろうとしていた。

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