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DAYTRANSER  作者: 流川真一
第四章 GO FORTH
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 その日、トリシューラ近軌道基地はいつもに増して慌しかった。

 十日ほど前にあった、基地の襲撃のショックから、ようやく立ち直ったところだった。業務が通常のものにシフトし始めた矢先だっただけに、基地の職員たちはみんな不審そうな顔をしていた。


「なあ、何があるか聞いてるか?」

「あたしもヒラの職員だっての」


 休憩時間、ブレノが尋ねると、ルーシーが気のない返事をした。

 1G環境に整えられた休憩スペースには、セクションを問わず、多くの職員たちが一息つきにやってきていた。

 ブレノは自販機で購入したインスタントコーヒーを飲みながら、辺りの様子をぼんやりと見る。

 ここ数日、トリシューラ近軌道基地は、かつてないほど慌しかった。宇宙海賊の襲撃を受け、超高度AI【オケアノス】に接触されてしまったというのだから、神経質になるのも無理はない。

 だが、その襲撃をしてきた宇宙海賊たちは、オケアノスに対して破壊活動を働いたというわけではなかった。トリシューラ近軌道基地にしても、致命的な被害は一つもない。まるで最初から、攻撃が目的ではなかったかのようだ。

 オケアノスが格納されているフロアは、完全なスタンドアローンの空間であるため、宇宙海賊たちがオケアノスに対して何をしたのかは、いまだに良く分かっていないと聞く。


「お偉いさんでも来るのかね。IAIAの査察も、中途半端に終わったみたいだし」

「必要十分な調査をしたってことでしょ。確かに、事件の規模に比べれば、調査期間は短いような気もするけどさ。でも、いつまでも周りが騒がしいより、ずっといい」

「そりゃ、俺らはほとんど他人事だから、のんきに構えてられるけどさ……」


 ブレノは改めて辺りを見る。休憩スペースの面々にしても、どこか浮ついたような雰囲気がある。彼らだけではなく、基地全体がそんな雰囲気なのだ。

 と、そこで、窓際の席に座っていた一団が、ざわざわと声を上げているのが聞こえてきた。


「何だ……?」


 ブレノは思わずそちらに目を向ける。休憩スペースの壁は、一面が透過素材でできていて、宇宙や、その先の星星を見通すことができた。

 だが、今窓の外に見えるのは、暗闇でも星々でもなかった。

 巨大な船が、ゆっくりと停泊ドックへと滑り込んでいくところだった。一隻ではない。周りには、大小さまざまな巡洋艦が、周辺を警戒するかのように配置されていた。

 窓の外を横切る巨大な船影に、休憩スペースの面々が息を飲む。


「ちょっと、護衛艦……?」


 ルーシーが怪訝な声を上げる。 

 宇宙船といえど、護衛艦を必要とするほどの大規模なものはめったにない。無論、要人警護といった場合には護衛艦が付くが、今回のこれは、そういう類にも見えない。何しろ中央の船は、運搬船よりもなお巨大なのだ。人間を運ぶにしては、大きさが過剰すぎた。


「おかしくないか? あれだけでかい船なら、設備の拡充とか、そういう手合いだろ。なのに職員に通達がないっていうのはどういうことだ?」

「あたしに聞かないでよ。……秘密にしておきたいことでもあったんじゃない」

「秘密?」

「襲撃されたばっかりだしさ。情報漏れとか、そういうのに神経質になってるのかも」

「内通者を疑ってるってことか?」

「クラックも。情報を残さなきゃクラックも何もないでしょ」

「すげえ原始的な対策だけど、そこまでする必要があるか?」

「あのね。この前の宇宙海賊どもは、この難攻不落のトリシューラに正面切って喧嘩売ってきたんだから。それくらいの対策、しててもおかしくないでしょ」


 ルーシーは言ってから、事情は知らないしただの想像だけどと付け足した。

 ブレノは改めて外を見る。巨大な船影は、既にドックの中へと入ってしまったらしかった。今は周辺の護衛艦が、ゆっくりと基地の周りを巡回している。そもそも、休憩スペースの位置から、基地下部にあるドックに入っていく船が見えるということ自体、船の大きさが尋常ではないことを示している。

 あれだけ巨大な運搬船ということは、やはり基地の防衛設備の拡充なのだろう。だが普段は、事前に職員に通達があり、運搬の補助を行う。今回はそうした働きかけが全くなかったのだ。下手をすれば、ドックに詰めている職員にも、何の連絡もなかったのかもしれない。


「キナ臭いな」

「安全面での配慮なんでしょ。歓迎するべきじゃない?」

「自分の周りで、勝手に訳分かんないまま自体が進んでいくのって、気持ち悪くないか?」

「ふ……」


 ルーシーが冗談を聞いたように笑い声を漏らした。ブレノが憮然として睨むと、ルーシーはごめんごめんと言って続けた。


「そんなの今更でしょ。この自動化しているご時勢でさ」

「むう」

「結局あたしらは、自分の安全も自動化して外に任せてるってことでしょ。勝手に安全を保証してくれるなら、万々歳じゃない」

「ぞっとしない話だな」

「ん?」

「いや……ペットの飼育を連想しただけだ」

「ちょっと勘弁してよ……」


 ルーシーが本気で嫌そうに言った。それは、ブレノのいうことがある程度は的を射ているからだ。

 自分たちの生活する場所に、何が運び込まれてきたのか、彼らは知らない。

 それがIAIAとトリシューラ近軌道基地が合同で立てた、ある宇宙海賊に対する【戦略】の一端であることなど、彼らに想像できるはずもなかった。

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