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『まさか軍がこんなに早く出てくるなんてな……』
ヨクトは呟いた。
ヨクトたちは国際近軌道軍が来る前に、戦闘宙域を離脱していた。今は自分たちの船へと戻る途中である。
視界の端に表示されていたレーダーには、宇宙海賊たちを取り締まる国際近軌道軍の宇宙船が表示されている。戦闘に参加していた宇宙海賊のうち、三割ほどが検挙されていた。
『あらかじめ予想してたのかも。私たち、トリシューラを襲ったから……』
『警戒を強化してたってことか? 有り得なくはないけど……』
ヨクトは言葉を濁した。
ヨクトたちをテロリストと予想するのならば、基地周辺の警備を固めるのが妥当だ。だが、今ヨクトたちがいるのは、そうした基地から遠く離れた、何もない宇宙空間の只中なのである。人海戦術でどうにかなるほど、宇宙空間は狭くはない。
『……ある程度、読まれていた、ってことか?』
『え……?』
ナナリーが不安げに聞き返す。ヨクトはそれ以上は何も言わなかった。
そのままヨクトたちは船へ向かって飛行を続けた。レーダーにヨクトたちの船が表示された頃、エトナとエトラから通信が入った。
『お疲れ様』『デルクから通信が入っているけれど、繋げる?』
『頼む』
ヨクトが答えると、回線が切り替わり、デルクに繋がった。
『見事な働きだった。そちらは無事かね』
『被害はありません。ただ……』
『近軌道軍の強襲はこちらとしても予想外だった。君たちが離脱を手伝ってくれていなければ、我々も捕まっていたであろうな』
デルクの声色には、感謝と、僅かに探るような響きがあった。ヨクトは冷静に言った。
『俺たちも宇宙海賊であることに違いはありません。連中を誘導して、あなたたちを一斉検挙しようとする理由がない』
『……ふ。そうだろうな』
デルクは気配を緩め、しかし鋼のような声で言った。
『これから我々は十分に距離を取る。他の宇宙海賊たちも同じであろう。それでも、君たちがまだ我々と交渉したいと言うなら……』
『そのつもりです。連絡は追ってします』
ヨクトは少し間を置いて続けた。
『今回の近軌道軍の襲撃。タイミングが良すぎる。俺たちの動きが読まれていたのかもしれない。完全ではなかったにしても』
『その可能性は高いだろうな』
『むしろ俺たちは頼む側です。他の宇宙海賊に対しても……。俺たちだけじゃ、別の星にコロニーを作ったとしても、何の意味もない』
デルクは考えるように間を置いて口を開いた。
『我々も、地球からの独立は悲願だ。君たちの協力を得られるのならば心強い……その判断は今も変わらない。恐らくは、ほかの宇宙海賊たちにしても同じだ。……我々は、追われ、狩られるだけの立場だ。人類圏に留まる限り未来はない。人間であろうとサイボーグであろうと、オーバーマンであろうと、この稼業に身をやつした時点で、人類から見れば反逆者も同然だ』
『……ええ』
『だが、幸いにも我々は利害が一致している。話し合いの余地は残されていると、私は思う』
『なるべく早く、準備を進めます。時間を掛ければ掛けるほど、人類側に準備の時間を与えることになりますから』
『私のほうでも他の宇宙海賊に働きかけを強めてみよう。今日の会談で提出してもらったデータを分析すれば、君たちに技術があることはすぐに分かる。内心面白く感じていない者たちもいるであろうが……それでも、地球の倫理から抜け出したいと思っていることに違いはないはずだ』
『お願いします。……では、また後日』
ヨクトは通信を切った。ジョゼフが口笛を通信に乗せてきた。
『敵味方をはっきりさせるって意味じゃ、良かったんじゃねえの。時間がないのは元から分かってたことだ。メンタルチェック代わりだと思えば悪くねえ』
『ほとんど俺たちが宇宙海賊たちを突き出したような形だけどね』
ヨクトが皮肉気に言うと、セリスが答えた。
『双方リスクは承知していた。承知していないのなら、ただ馬鹿だっただけ。捕まった連中は引き際を誤った』
『手厳しいな』
ジョゼフが答える。
『ま、その通りだと思うけどさ』
『犠牲なしで計画が進むだなんて最初から思っていなかったはず。そもそも、この計画自体が、人類側に対する反逆なのだから』
ヨクトは無言を返した。
割り切れない思いは確かに存在した。だが――恐らく、非情になる必要があるのだろう。自らの目的、自らの幸せのために、他人のあらゆるものを踏みにじるのだ。
五色の輝きが船へと吸い込まれていく。
ヨクトは、例え幻想であろうと、一つに纏まれることを祈った。