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「糞がッ!」
シェイドが吐き捨てた。視界に表示されたレーダーから、友軍の反応が次々と消えていく。
シェイドがいるのは、宇宙海賊【デッドリーボーン】の母艦の操縦席だった。幹部であるシェイド自らが、ドローンと防衛機構の操作を行っていた。予想を遥かに超える相手の攻撃に、戦術AI任せにはしておけなくなったためだ。
シェイドもまた宇宙に逃れたオーバーマンの一人だった。電脳と戦術AIを並列使用し、刻々と変化する戦況に対応していく。しかし、シェイドの能力をもってしても、戦況は悪化し続けていた。
相手の戦力が強大すぎるせいだ。
――ふざけた動きしやがって……!
相手の主力兵器はたったの五つ。そのうちの二つしか、こちらの宙域には派遣されていない。
対する自分たちの戦力は、他の宇宙海賊のものと合わせ、戦艦三、巡洋艦二十八、ドローンに至っては百に迫る大群だ。
それだけの戦力が、二機の人型兵器によって、一方的に破壊されていく。
人型兵器は、これまでの兵器の常識を完全に超越していた。まるで慣性を無視したかのような鋭角な機動。急制動。それでいて原理が不明な大出力の武装を搭載している。こちらの戦術AIの七割以上を解析に回し、自分の電脳をフル活用して性能の分析を行っているのにも関わらず、相手の兵器のスペックが全く分からないままなのだ。
しかも。
――その上でこっちの被害は航行不能だけだと。舐め腐りやがって。
考えるまでもなく手を抜いている。こちらの被害……恐らく人的被害を最小限にするため、稼動部や底部を狙い、航行不能にすることを第一目的としている節がある。
それだけ高度な判断ができるということは、恐らく有人兵器だろう。だが、あれだけの超高速機動に、人間の体が持つとは思えないし、付いていけたとしても、知覚が追いつかない。それをクリアしているということは、搭乗しているのは自分と同じオーバーマンだ。
しかし、それが分かったとしても何の足しにもならない。
間違いなく、この人型兵器は人類未到産物だ。
「糞ッ!」
シェイドは唾を撒き散らしながら叫ぶ。
相手――ヨクト・ハーヴェイたちが超高度AIを保有していることは、提出されたサンプルデータで確認済みだ。だが、その性能がここまで圧倒的だとは考えていなかったのだ。超高度AIと言えど所詮は道具であり、数の多寡で押しつぶせると考えていた。だが、今となってみれば、それはあまりにも甘い見通しだったといわざるを得ない。
シェイドはサイバースペースを出る前までは、ヨクトたちの船を強襲し、超高度AIを強奪しようとさえ考えていたのだ。だが現実は、まともな戦闘さえ成立しない有様である。
と、不意に視界にコールが表示される。連合艦隊を組んでいる宇宙海賊からだ。シェイドは苛立ちのままにコールに応じる。
『何だッ!』
『シェイド・アルケミス。我々【ダスターテイル】は戦線を離脱する』
女性の声が響いた。
『ま、待ちやがれ! ここで戦力を落とすつもりか! 連中の超高度AIを強奪するって話はどうなった!』
『このままだと全滅しかねないと判断した。悪く思うな』
それだけを言い残して、一方的に通信が切られた。
視界に表示されていたレーダーから、友軍が激減する。宇宙海賊【ダスターテイル】に共鳴して戦闘に参加していた小規模の宇宙海賊たちが、一斉に戦線を離脱したのだ。こちらの戦力は半減したといっても過言ではない。
いや、そもそも、戦闘が成立していないのだから、彼女らが抜けても結果は変わらないかもしれない――。そんな恐慌めいた思考がジョゼフの中を通り抜けた。
「ふざけんな……!」
激情が頭の中で荒れ狂う。
ホロキーボードを操作。残っていたドローンの全てを構成に回し、特攻じみた波状攻撃を仕掛けた。自分たちの船は最後列で援護射撃を行う布陣だ。
「お、おいボス!」
「黙ってろッ!」
乗組員たちが悲鳴を上げるが、シェイドはそれを一括して黙らせる。
シェイドにはオーバーマンとしてのプライドがあった。人間を超えた自分が、自らを拡張し続けてきた自分が、まるで塵のようにあしらわれている。自分の理想と、信じていた未来を根こそぎ否定された気がして、シェイドは黙っていられなかった。
だが、その【ゆらぎ】こそが、超高度AIに劣っている部分でもあった。
遥か遠方で、緑の光点が、流星の様に瞬いた。一度の輝きでドローンの数がいくつも減り、先行させていた巡洋艦が航行不能に陥った。
巡洋艦が消え、不意に視界が開け――。その向こう側から、一発の弾丸が飛来した。
ズズン、と破壊的な衝撃が走り、船を推進させていた動力が断ち切られる。
「く、そッ!」
照明が明滅し、非常電源に切り替わる。速度が一気に落ち、船の武装の大半が使用不可能になる。
乗組員たちが絶望に呼吸を止めた。シェイドも追撃を予期した。それだけ容赦がなく、理解できない戦闘が続いていたのだ。
しかし、予想に反して、いくら待っても追撃はなかった。
「……反応、消失しました」
オペレーターの一人が言った。
これまで圧倒的な暴威を振りまいていた二機の人型兵器が、唐突に姿を消していた。恐らく目的を――デルクたちの援護を――達成したため、撤退したのだ。
シェイドはもはや怨嗟の言葉すら吐けなかった。
一方的にやりこめられ、かすり傷一つ負わせることができなかった。
その事実に思考が焼き切れるほどの怒りを覚える。だが、これ以上はどうしようもない。自分たちの戦力をほぼ全て投入し、そのことごとくが無力化された。こちらの損害は考えるのも馬鹿らしいほどだ。
「……撤収する」
シェイドは震える声で言った。どす黒い怒気を滲ませる船長に、船員たちは青ざめながら従おうとした。
だが、そこで船員の一人が上ずった声を上げた。
「きっ、近軌道軍ですッ!」
「なにっ!?」
シェイドが泡を食って聞き返した。
近軌道軍――【国際近軌道軍】だ。各惑星に配置された、宇宙の治安維持を担う軍隊である。
だが――。
「早すぎる……なんで分かった?」
シェイドが呟いた。
国際近軌道軍は、惑星周辺や、各コロニーの警備を行う組織だ。宇宙空間は広大すぎるため、巡回して警備することが困難だからだ。
今、シェイドたちが戦闘を繰り広げていたのは、コロニーとも惑星とも遠く離れた空白地帯だ。ゆえに、たとえ戦闘を察知されたとしても、ここに来るまでにはかなりの時間が掛かるはずなのだ。
――最初から俺たちを誘い出す罠だったのか?
疑念が頭を掠めた。それくらい有り得ない早さでの強襲だった。
「五、十……まだ増えます! 周辺宙域に艦隊が展開中!」
「くそッ!」
シェイドが表情を歪める。
国際近軌道軍は、まさにシェイドたちのような宇宙海賊を取り締まるのが仕事だ。シェイドたちは半数以上が法律に反する違法義体であり、捕まれば重罪人として裁かれることになる。
「動力は戻らないのかッ!」
「駄目です。非常電源では……!」
「――船を破棄っ! 物資搬入用の小型船で脱出する!」
「り、了解っ」
「脱出次第この船は爆破する! 取り残されて喚いたところで誰も助けねえからそのつもりで行動しろッ!」
シェイドが発破をかけると、船員たちが慌しく動き始める。
だが、その矢先に、再び鈍い爆破音と共に、照明が消えた。船体が慣性で小刻みに揺れる。数秒後に、足元に発生していた重力が消え、船内が完全に無重力になる。
「っ、何があった!?」
「わ、分かりませんッ!」
船員が悲鳴のような声で答える。
シェイドの胸の中に絶望が滑り込んでくる。国際近軌道軍を発見した直後の爆音だ。最悪のシナリオが頭の中をよぎる。
そして――。
「動くなッ!」
張り詰めた声が背後から聞こえた。
数名の船員が、反射的にホルスターに手を伸ばした。だが指がグリップに触れる前に、背後から立て続けにサプレッサー付きの銃声が響いた。肉を貫く鈍い音が立て続けに聞こえた。辺りに大量の血が撒き散らされ、計器をべったりと塗り潰した。
シェイドはこれ以上ないほどに殺意を表情にみなぎらせ、窓に映った光景を睨みつけた。
完全武装した軍人たちが、シェイドたちに向けてサブマシンガンを照準していた。全ての装備に、国際近軌道軍のロゴが刻まれていた。国際近機動部隊の隠密部隊だった。
「宇宙海賊【デッドリーボーン】。国際法に基づき拘束させてもらう」
事実上の死刑宣告に、シェイドの表情が大きく歪み――次の瞬間には、自暴自棄な凶相が浮かんだ。
「死ね」
シェイドは呟き、上げかけていた手を鋭く計器に戻した。
国際近軌道軍の面々は容赦なくトリガーを引いた。篭った銃声が連続し、シェイドの正中線に突き刺さる。頭部が一瞬で弾け飛び、脊椎が断裂した。白い人工血液が大量に撒き散らされ、雫となって宙を舞った。
だが、シェイドの指先は、その前に計器に致命的な命令を下し終えていた。
鉄屑のようになったシェイドが宙に浮かぶ。弾け飛んだ頭部の一部が壁に激突し、白い人工血液を撒き散らしながら、その顔を軍人たち向けた。半分ほどになった顔面には、壮絶な笑みが張り付いていた。
直後、デッドリーボーンが保有する全ての船が、一斉に爆発した。