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DAYTRANSER  作者: 流川真一
第三章 MEETING
12/23

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 宇宙の闇を五色の光が切り裂く。

 ヨクトたちはデイトランサーに乗り込み、デルクたちの救出に向かった。エトナとエトラのオペレートは、通信のために撒いていたリコンを中継して行うこととなった。皮肉にも、事前に戦闘準備をしていたことになった。


『調整は完璧だよ。エトナ、エトラ』


 ヨクトが通信を入れると、エトナとエトラは少し自慢げに言った。


『この短期間でよく作ったものだと思うわ』『最後の調整には、複製したオケアノスも使用しているから』『前の機体よりも性能は少し上がっているはず』


 ヨクトの機体は前の戦闘で跡形もなく蒸発してしまった。その代わりにエトナとエトラが作り上げたのが、この機体だ。

 真紅の装甲は以前と変わりがないが、細部のフォルムが微妙に異なっている。心なしか以前よりも動作が機敏な気がするのは、オケアノスβとの合同製作であるためらしい。

 メインアームは以前と変わらずバトルライフルだが、装弾数が上がっている。これもオケアノスβの補助による、設計の改善だった。


『で、どうするよ。突っ込む順番とか決めとくか?』

『丁寧に段取り踏んでる場合? 個人の判断で、ってやつじゃない……』

『連携はエトナさんとエトラさんが行ってくれるので問題ないと思います。また、現状判明している敵戦力も、デイトランサーを上回る固体は存在しません』

『てことは、無双ってことか?』

『その子供っぽい思考、何とかして』

『ふふ……』

『……とりあえず、俺とジョゼフ、セリスの三人が前に出る。ナナリーとミーティアは、なるべくリスクを避けて行動する方針で行こう』


 ヨクトが纏める。メンバーが了解の意を示した。

 視界右端のレーダー表示を見る。周辺を飛行する宇宙船の位置と、武装の内容が細かく表示されている。

 サイバースペースにアクセス可能な位置ということは、エトナとエトラが索敵できる範囲ということでもある。エトナとエトラは全ての宇宙海賊の戦力を把握した上で会談に臨んでいた。保身を第一に考えるなら、ヨクトたちが宇宙海賊に迎撃される可能性は限りなく低かったのだ。

 レーダーに表示された宇宙船には、それぞれ青と赤の二色でマーキングがされていた。エトナとエトラは、シェイドに続いて姿を消した宇宙海賊全員を把握し、彼らが所属する宇宙船の位置を特定していた。つまり、擬似的な友軍と敵軍が表示されているのだ。

 既に戦闘は始まっており、散発する戦闘が赤色のエリアで表示されていた。その中でも特に巨大なのが、デルクとシェイドの船を中心とした戦闘エリアだ。

 シェイドは周辺の海賊船と一時的に協力し、連合艦隊を組んでいた。それに対するデルクたちの船は、大半が民間人を乗せた居住用の船だ。武装も限定され、火力も乗組員に配慮したものになる。それに比べて、シェイドたちの船は乗組員がサイボーグということもあり、数も火力も段違いだった。

 現在の戦況は拮抗しているが、それも長くは続かないだろうとすぐに分かった。明確に狙われているデルクたちに、周りの船は協力するわけでもなく、逆に進路を変更して遠ざかっていく。シェイドの考えに共鳴しなかったと言うだけで、デルクたちの味方というわけではないのだ。

 程なくして、デルクの船を示す光点は完全に孤立してしまった。周囲を敵に囲まれてしまった状態では、例え完全武装した軍艦であっても勝機は薄い。

 エトナとエトラが指示を出した。


『ヨクト、ジョゼフ』『デルクの船に付きなさい』『ナナリーはC3からD4まで』『ミーティアはエリアD5周辺の船に電子攻撃』『ひとまず戦意を削ぐところから』『派手にやりなさい』

『……了解』


 ヨクトは最後の支持に苦笑しながら返答した。他のメンバーも、それぞれ了解の意を示し、レーダーに示されたエリアへと急行していく。

 ヨクトとジョゼフはそのまま進路を維持した。ジョゼフの緑色の機体がすぐ隣を飛行している。


『強奪の次は人助けってのが、俺ららしいよな』

『俺ららしい? ってどの辺が?』

『矛盾してるのがさ。人間なのか機械なのか、善人なのか悪党なのか。俺らはどっちなのかね』

『……人間でありたいし、善人でありたいと思うよ。少なくとも、自分のことはそう思っていたい』

『は、違いねえな』


 ジョゼフは楽しげに言って加速した。

 レーダーの倍率を上げていく。より詳細な敵艦の位置と、デルクたちの護衛艦の位置が表示される。

 デイトランサーの速力は一般的な宇宙船を遥かに凌駕する。重力場の残光が、流星のように尾を引いた。


『先行くぜっ!』


 ジョゼフの機体が、背中から残光を散らしながらブレードを抜いた。これまでに倍する速度でデルクたちと敵艦との間に割り込んでいく。

 緑の軌跡が暗闇を割いた。

 ブレードの切っ先が、敵艦の砲門だけを的確に切り裂いた。一拍送れて小さな炎が上がる。――だが、それ以上の破壊はしない。可能な限り人は殺さない。この状況にあっても、ヨクトも、ジョゼフも、仲間たちも、それを忘れていない。

 人間として生きるのであれば、命を軽視してはならない。ヨクトたちのプライドでもあった。

 ジョゼフの機体が次々と敵艦を無力化していく。

 ヨクトは反対側の敵艦に相対した。デイトランサーの探査機構から送られてくる情報を、電脳で統括する。

 ヨクトは両手に持ったバトルライフルを踊るように翻した。

 放たれた弾丸は全て、船の下部や角に突き刺さり、制御された重力場を展開した。部分的に装甲が剥がれ落ち、動力を伝達していた回路が一部破壊され、速力が目に見えて落ちる。周囲に展開されていたドローンに対しては、正確無比な狙撃で破壊していく。

 レーダーに表示されていた赤色の交点が、次々と黄色の表示――無力化されたことを示す――に変化していった。

 手近な敵艦を全て撃退したところで、ヨクトはデルクの船に通信を飛ばした。エトナとエトラが、先の会談の際に、通信のコードを逆探していた。


『デルクさん。聞こえますか』


 数泊遅れて、デルクの声が返ってきた。


『……これは驚いた。既に把握済みだったというわけかね』

『探るような真似をして申し訳なく思っています。……けど、説明するのは後にして頂きたい。ここであなたたちを失うのは惜しい』

『ふ……。スペクタクルだな。今周りを飛んでいるのが、君たちの武装というわけか。我々はどうすればいい』

『自衛を最優先に。ルートは俺たちで開きます。こちらのレーダーと同期させたいのですが、構いませんか』

『電賊対策などあってないようなものだな。構わん。つないでくれ』


 船長の了承を得て、ヨクトは自分のレーダーをデルクの船のものと同期させる。エトナとエトラが間接的に両者のレーダーを管理する形になった。

 ヨクトは電脳を介し、レーダーの一部に色をつけ、道を示す。これからジョゼフと共に開こうとしているルートだ。シェイドが中心となっている連合艦隊とは反対側の方向である。


『……確かに受け取った。タイミングは我々で判断して構わないのかね』

『ええ。ですが、巻き込む可能性がありますから――』


 ヨクトはレーダーの一部を赤色で表示させた。


『赤い宙域には入ってこないようにしてください。俺と仲間の機体は、基本的には狭い範囲を攻撃することを想定したものですが、それでも、余波で船を傷つけないとも限らない。何しろあなたたちの船は……』

『民間人が多いからな。……苦労を掛ける』

『いえ、むしろ、俺たちのほうこそ、見通しが甘くてすいませんでした。ここまで即座に戦闘になるとは思っていなかった』

『所詮我々は無法者の集団だ。それを纏めようというのだから、反発や摩擦が起こるのも無理はない。……この場を抜けたとしても、当面は利害の一致でしか我々は結び付けないだろう。君たちが想像する地球の社会、仲間、といったものからは、かけ離れた姿になるだろう』

『……それでも、帰るべき場所が、俺たちはほしい。今すぐには無理でも、その礎を作りたい。じゃないと、俺たちが何でこんな体になったのか、その理由が……意味も理由も、残らないような気がするから』


 ヨクトの独白のような言葉に、デルクは好ましげに笑みの気配を滲ませた。

 ジョゼフが割り込んできた。


『お二方、話がまとまったならそろそろ始めないか。向こうはもう、かなり頭に来てる感じだぜ』


 ジョゼフの言う通り、シェイドたちが構成していた連合艦隊は、船の配置を微妙に変化させていた。ヨクトたちの奇襲から立ち直り、ヨクトたちを迎撃するための布陣を構築しつつあるのだ。

 無論、向こうにはデイトランサーの性能は完全には把握できていないだろう。だが、それが戦闘目的である以上、基本的な戦術というものはある程度は通用する。

 数では向こうが圧倒的に有利なのだ。そして、ヨクトたちの目的は、デルクの船を安全に逃がすことである。

 布陣が整おうと、ヨクトたちだけなら安全に逃げることも、勝利することも可能だろう。だが、デルクたちが被弾する可能性は圧倒的に高くなる。


『デルクさん。後はご自分の判断で』

『了解した。……後は頼んだ』


 デルクは幾つかの言葉を飲み込むようにして、それだけを言った。

 デルクとはまだ出会ってから数日しか経っていない。短い付き合いの相手に、自分たちの後ろを任せるということに、不安や、あるいは後ろめたさを感じているのかもしれない。

 だが、ヨクトたちにとって、これは最初の一歩でもあった。すなわち、宇宙に出てきてから、自分たちが誰かを守る、最初の機会でもあるのだ。

 デルクたちの船の周りに配置されていた護衛艦が、徐々に配置を狭くしていった。迎撃のための戦力を、全て防衛のために回したのだ。


『周りは任せてもいいか? 俺の武器じゃ、広範囲の敵を牽制するとか、できないからな』

『分かった。それに、ジョゼフは突撃のほうが性に合ってるんだろ』

『別の言い方をすればな』


 ジョゼフは不遜な口調で認め、進路をデルクたちの船の先へと向けた。ヨクトが示したルートの先を、突破する構えだった。

 ジョゼフの機体の後方が光を帯びた。より大出力の重力場を展開するために、座標特定の光子の量が飛躍的に増したのだ。

 一拍後、ジョゼフは爆発的に加速した。

 慣性をあざ笑うかのような圧倒的な加速だ。真人間であれば発生したGで全身の骨格が砕けているだろう。だが、ジョゼフは義体化された人間だ。外的な衝撃に対して、普通の人間よりも格段に強い。

 機体を補助する重力場が、まるで流星のように尾を引いた。

 退路を予想して配置されていた敵の船が、いきなり火を噴いた。深緑の残光が尾を引き、遥か遠方へと向かったかと思えば、そのまま弧を描いて反転し、再び戦艦の群れへと襲い掛かる。

 時に緩やかに、時に鋭角に。宇宙の闇を、まるで無秩序に切り裂く刃の煌きのように、ジョゼフは機体を操り、包囲網を強引に突破していった。

 その機動力、攻撃力は、既存の人間の技術など全く及ばない。文字通りかすり傷さえ負わせられないまま、次々と戦艦の数が減っていく。

 ただし、減っているだけで、破壊されているわけではない。全ての戦艦は、動力部の一部にダメージを負い、航行不能に陥っているだけだった。可能な限り人は殺さないという信念を貫いていた。

 目の前に開けたルートに、デルクたちの船が移動を開始した。デイトランサーの機動力と比べれば酷くゆっくりに見えるが、実際は星間飛行に用いられるごく標準的な宇宙船の航行速度だ。それが遅く見えるのは、デイトランサーがあまりにも速すぎるからだ。

 デルクたちの船を止めるために、後方に配置されていた巡洋艦が一斉に攻撃態勢に移る。包囲の陣形を攻撃のための陣形に変化させつつ、船側面に付いていた砲門が細かく角度を変えてデルクたちの船を照準した。


「させるか――」


 ヨクトは呟き、自らの機体を反転させた。レーダーの情報を電脳で処理し、敵の位置を電子的に正確に把握する。

 トリガー。

 放たれた無数の弾丸は、敵巡洋艦の一部を破壊し、航行不能に陥らせた。

 だがそれでも、全ての船が行動停止に陥ったわけではない。残された数隻の船の砲門がフラッシュを立て続けに吐いた。

 弾丸が放たれる。

 しかしヨクトは、巡洋艦のみならず、放たれた弾丸の位置さえ正確に把握していた。

 エトナとエトラの演算補助。電脳によるレーダーのデータ解析。それらを並列した行うヨクトの知覚は、音速を遥かに超える弾速でさえ、正確に把握してのける。

 着弾までの数秒の時間。その合間を縫うようにして、ヨクトは射出する弾丸を変更し、再びトリガーを引いた。

 宇宙の闇を切り裂いて放たれた弾丸が、敵が放った弾丸の軌道上に正確に割り込み、重力場を展開した。

 ヨクトの弾丸は、重力素子を仕込んだ特殊なものだ。あらかじめ指定された範囲に、高密度の重力場を展開することで、衝撃の底上げを行う。

 それは言い換えれば、極小の天体を発生させることに等しい。

 空間を捻じ曲げる高出力の重力場に、敵が放った砲弾が直撃した。砲弾は直進せず、見えない掌にあらゆる方向から押されたようにでたらめな軌道を描き、爆炎を引きずりながら明後日の方向へと吹き飛んでいく。

 もしヨクトが敵艦の中を見ることができたのなら、予想外の防衛方法に慌てふためく船員たちの様子が見えただろう。

 そもそもヨクトたちが操るデイトランサーからして人類未到産物だ。ヨクトたちがどのような行動に出るのか、敵は全く予測できていないのである。


「……悪いな」


 ヨクトはアンフェアな状況に呟きを漏らし、しかし容赦せずトリガーを引く。

 放たれた弾丸は、先ほどと同じように、敵巡洋艦を行動不能にして無力化した。

 バトルライフルではありえない射程に、その向こう側で最後の包囲網を形成していた敵の動きが明らかに鈍る。ヨクトの射程がどれくらいのものなのか、正確に把握できないでいた。

 そうしているうちに、前方ではジョゼフが敵の防衛線を突破し、デルクたちの船を先導していた。

 ヨクトはジョゼフの手の回らない周辺の敵の牽制に勤める。

 程なくして、デルクたちの船が敵の包囲網を突破した。ジョゼフは追撃を阻止するため、デルクたちの船の後方で、敵の陣形をかき乱し続けた。

 デルクたちの船が敵の攻撃圏内から脱出する。結果的に、ヨクトとジョゼフが敵の包囲網の内外に取り残される形となった。


『まだ動けるやつは大勢残ってるな。で、戦意も失われていない、と』

『……彼らにも、彼らの理想があるんだよな』

『何だ急に』

『俺たちってとんでもなく自分勝手だなって、今更思っただけだ』

『はッ。そりゃそうだろうさ。何せ無法者の集まりなんだからな』

『……デルクが完全に攻撃圏から離脱するまで手伝う』

『言われるまでもねえなっ!』


 ジョゼフが吼えるように答えて、戦闘機動を再開した。

 自分たちは傲慢だ。これまでも、そしてこれからも、自分たちの理想を貫くために、相手の理想を踏みにじるのだ。

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