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それから七日後、予定通り宇宙海賊たちとの会談が行われた。
会談の場所はデルクと同じサイバールームだ。エトナとエトラが無秩序に散布させたリコンを通じて、それぞれの宇宙船が暗号通信で接続し、アバター同士で顔を合わせることとなった。
「――以上が、計画の概要です」
ヨクトは緊張を滲ませながら、円卓に並んだ面々を見渡した。
デルクの時は小さな丸テーブルで事足りたが、今回はそれとは比べ物にならないほど巨大な円卓が用意されている。席に着いているのは二十八人。全員が【理念を持った宇宙海賊】だ。エトナとエトラが事前に調査し、協力体制を築けそうな勢力に、メッセージを送信したのである。
面々の後ろには秘書官がついており、サイバースペース全体としてみれば、五十人以上の大所帯となっていた。ヨクトの後ろにもナナリーがついている。
ナナリーは先日よりも緊張した面持ちで、彫像のようにその場に立っていた。ヨクトの説明に反応する面々を見ながら、視線をぎこちなく移動させていた。
――立ってるだけでいいって言ってるのに。
ヨクトは背後のナナリーの緊張を察し、口元に分からないくらいの苦笑を滲ませた。
ヨクトは彼らに対し、自分たちの計画を説明した。天王星を利用し、地球の法律に馴染めない人々を迎え入れるプラントを作ること。その管轄を、自分たちの超高度AIが行うこと。そして、いずれは太陽系の外に抜け、新しい人類の居場所を作ること、などだ。
ヨクトたちが超高度AIを保有しているということは、事前に配布したプラントの設計図で証明済みだ。人間の技術では成しえないシステムだということは、高度な技術を持つ宇宙海賊たちならすぐに分かる。
宇宙海賊たちは、人間以上の技術――すなわち超高度AIに、常に気を張らざるを得なかった。自分たちを追い立てている存在こそが、まさにその超高度AIと、それに管理される人間社会であったからだ。
ヨクトは円卓の面々を見て、微かに表情を曇らせた。
(一筋縄じゃないかないとは思ってたけど……)
彼らの間には、明確な温度差がある。賛同の気配を示すものから、敵意に似た不満感を漏らす者まで、十人十色だ。
これから先、どのようにして全員の合意を取っていくのか、明確なプランはない。ヨクトもまた、船のメンバーと相談しながら話を進めていく予定だった。
ヨクトは意を決して、先を続けた。
「とりあえず今回は一回目と言うことで、大まかな方向性だけでも合意できればと思います。では、何か質問は――」
「一つ聞きてぇんだが……」
殴りつけるような声が、円卓の奥のほうから響いた。若い男が、剣呑な視線をヨクトに向けていた。
ヨクトは男をグラフィック検索に掛けた。一件のプロフィールが表示される。宇宙海賊【デッドリーボーン】の党首、シェイド・アルケミスだ。
「あんたは地球から弾かれた人間……つまり、違法な人間を集めて新しい国を作るって言ってるが――」
シェイドは円卓をぐるりと睥睨した。
「この中には、別に地球に戻っても歓迎される人間も混じってるんじゃねえのか」
「……どういう意味ですか」
「人間とサイボーグを一括りにするんじゃねえよって話だ。俺たちを弾いた連中は、生の人間だろ。そいつらを一緒に連れて行くつもりか?」
シェイドは吐き捨てるように言った。人間への不信感がありありと込められていた。
「……彼らも、迫害された存在です」
ヨクトは努めて冷静に言った。
「行く場所がないのは同じ。すぐには信頼できなくとも、歩み寄る努力を――」
「温いんだよ」
シェイドは言葉を遮った。
「生の体ってことは、思考も生ってことだ。べたついて、粘着質で、気持ち悪い」
シェイドが身を乗り出した。
「遅れてるんだよ何もかもが。地球から出てきたくせに、まだ地球の価値観に囚われてやがる。技術が進化してんのに、それを扱う精神が全く未熟なままだ。それを甘んじて受け入れてやがる。俺たちが独立するのは何のためだ? 古臭い人間を超えて、進化するためだろうが。そうでもしなきゃ、俺たちはこれから先、永遠に道具の奴隷だ」
シェイドの言葉は乱暴だったが、少なくないメンバーがそれに賛同の声を上げた。およそ半数。既存の人間の価値観に嫌気がさし、より自由に、自らを進化させようとする一派だった。
「失礼だが――」
鋼のような声――デルクが割り込んだ。シェイドとはほぼ反対の席に座っている。
「君の今の言葉は、義体化すれば優秀な人間である、という風に聞こえるが」
「能力が上だって話だ。肉体の限界に囚われてる、その甘さが、気持ち悪ぃし馬鹿馬鹿しいって言ってんだよ」
「では、人間はAIを目指せと言うわけかね?」
シェイドは違うと答えかけた。その前に、デルクが言葉を重ねた。
「単純な計算であれば、超高度AIは我々の何倍も素早くこなす。肉体も持たぬから心もない。冷徹で精緻な、システムだ。人間はそこに向かうべきだと、君は――君たちは言うのかね」
「っ、違えよ……!」
シェイドがようやく言葉を取り戻した。
「支配されねえために、進化する必要があるって言ってんだ。自分の作ったもんに支配されるなんざ、冗談にしても笑えねえ」
「その君たちの目指すものと、AI。何が違うのか、教えてくれないか」
今度こそシェイドが言葉を失った。
地球の社会は、高度に機械化した人間をAIとみなした。この場にいる誰もが、その判断に対して不満を感じている。だからこそこうして集まっていた。だが、その彼らですら、人間とAIがどのように違うのか、その境界線がどこなのか、明確に示せないでいる。
デルクは透徹した口調で続けた。
「結局、逃れられぬのだよ。我々は、人間という形から。いかに高度に機械化し、多くの情報を扱えるようになっても。記憶をデータ化し、不死の肉体を得ようとも。人間の魂を宿している限り、人も義体も、オーバーマンも変わりがない。逆に言えば、それを失ったとき、人間は物体に堕ちるのだ」
「はッ」
シェイドが吐き捨てた。
「魂ときたか。老害が好きそうな言葉だ」
シェイドが烈火のようにデルクを睨みつけた。
「テメェの主張が魂なんて曖昧なもんを拠り所にしてるってんなら、馬鹿馬鹿しい。妄信、宗教の類だ。そんなものはどこにも存在しねえ。気持ち悪ぃ。そういう曖昧なもんが、俺たちを地球から弾いた大本じゃねえのかよッ!」
シェイドが円卓を拳で殴りつけた。鈍い音が辺りに響き渡る。
「魂だの神だの、道徳、倫理、何もかも全部お断りだ。そうやって自分たちの可能性を狭めて何が得られる? その場で足踏みしてる間に、技術だけが一人歩きして、いつの間にか人間自身の上に立ってるんじゃねえか。俺たち自身が、その人間の保守的な部分を変えない限り、未来永劫奴隷だって、どうして誰も気付かない? 俺たちはもう、家畜のように管理される、瀬戸際まで来てんだよッ!」
デルクとシェイドの視線が交錯した。
ヨクトは口を挟めず、話の成り行きを眺めていることしかできなかった。
今や、円卓は二つに分かれていた。人間性を保守する、デルクたちの一派。人間性を拡張する、シェイドたちの一派。それは目指す場所は同じようで、根本的な部分が全く違っている。それは、地球の価値観を、自分たちの世界に持ち込むかどうかという話だからだ。
「……俺は認めねえぞ。古い人間を、新しい俺たちの国に呼ぶなんざ御免だ。奴隷は奴隷らしく、地球で縛られてろ」
「暴論だな。それこそまさに、技術の進歩の先に、人間の姿が消えるということではないのか」
「進化だ」
シェイドは言い切った。それから、ヨクトのほうへとぎろりと視線を向けた。
「あんたはどっち側なんだ」
「……」
ヨクトは躊躇した。
この場で、自分たちの目的は人間に戻ること――などと言えば、場がこじれることは間違いがない。
ヨクトたちの考えは、どちらかと言えばデルクに近い。だが、新しい価値観を作るという意味では、シェイドの意見も含んでいる。
『ヨクト、言いなさい』『どのみち、避けては通れなかったことよ』
エトナとエトラの声が電脳に届いた。暗号通信だ。
『……引き返せなくなるぞ。今、場は二つに分かれてる。円卓の半数が敵になる』
『土壇場で裏切られて、身動きが取れなくなるよりはマシではない?』『さっきの人間性の話ではないけれど、人は元々、割り切るのが苦手なのよ』
エトナとエトラは、この場にいる全員を【人】と表現した。それが、ヨクトに不思議な勇気を与えた。
ヨクトはシェイドのほうを見ながら、円卓全体に告げるつもりで言った。
「俺たち自身の目的は、人間に戻ることだ。今は義体だけど、計画が終わったら、生体パーツの義体に換装する。そして、人として生きて、人として死ぬ。地球で得られなかった日常を取り戻す」
「――……」
シェイドの視線が殺気を帯びた。
「つまり、あんたがたも、そこのジジイと同じってわけか」
ヨクトは答えない。そう取られても仕方がないと思っていた。
シェイドが痺れを切らしたように立ち上がった。
「話は終わりだ。そして死ね」
絶対零度の声が円卓に響いた。その意味を解した宇宙海賊の何人かが、能面のような無表情で立ち上がる。
デルクの表情が僅かに強張った。
「貴様――」
「いくら距離を取っていようが、暗号通信だろうが、通信圏内にいることは間違いがねえ。位置が限定できりゃ精度も上がる。迷彩なんざ意味がねえ」
シェイドの顔に凶悪な相が浮かんだ。
「汚え血を掃除すりゃ、目が覚めんだろ。あと――」
シェイドの凶相が、ヨクトへと向けられた。その表情に、ぎらつくような欲望の色が張り付いた。
だがシェイドはそれ以上何も言わず、ホログラムを散らしながら消えた。通信を切断したのだ。それと同時に、円卓のおよそ半数ほどの人間が姿を消した。
ヨクトは殺風景になった円卓を見つめた。
話し合いをするつもりでこの場を設けた。だが、そもそも、話し合う余地などなかったのかもしれない。各々が信念を持ち、人類の先を見据えて宇宙海賊に身をやつしているのならば、妥協点を見出せるはずがなかった。
円卓に残った面々は、これからの行動を図りかねたように視線を交わしていた。が、数十秒後、深刻な表情を浮かべ、自分の船と通信を始めた。
デルクも例外ではなかった。鋼のような表情に皺を刻み、瞑目した。それから、ヨクトの方を見て言った。
「残念だが、今日はここまでのようだ。次の機会があれば、また連絡してほしい」
「……分かりました」
ヨクトが答える間にも、宇宙海賊たちはサイバースペースから次々と姿を消していく。自分たちの船に、明確な脅威が迫っていたからだ。
デルクも目礼して姿を消した。
あっという間に、円卓は無人の空間へと戻る。その場に残されたのは、ヨクトとナナリーの二人だけだった。
「ヨクト、もしかして……」
「……襲撃されてるんだろう。宇宙海賊同士の抗争だ」
「そんな……」
ナナリーは何かを言いかけて、唇を噛んだ。
ヨクトも同じ気持ちだった。何も言えないのだ。自分たちにもまた、譲れない目的があった。そして恐らく、この場にいた宇宙海賊の全員が、異なる目的を持って集まっていた。大別すれば二つだが、細かく聞いていけば、全員が違う理由を語ったに違いないのだ。
その彼らを束ねて、一つの国を作る、などという計画が、急に子供じみた理想論に思えた。
話し合いで妥協点を探り、全員で移住する。都合よく考えていたが、話はそう単純ではないのだ。信念を持っていても、彼らが海賊であることに違いはない。無法者が法を受け入れるのは、自らの利益になるときだけだと、ヨクトも知っていたはずなのに、失念していた。
「なに腑抜けた顔をしているの」「そう簡単にいくはずがないって、始める前から分かっていたでしょう」
エトナとエトラのアバターが、すぐ隣に出現した。
「分かってたよ。でも、ここまで一瞬で話がこじれるとは思っていなかった」
ヨクトは白状した。
胸中に渦巻く感情があった。だがそれを一旦棚上げして、質問した。
「エトナ、エトラ。船の迷彩は大丈夫か?」
「問題ないわ」「今のところ探知された様子はない」「こちらは向こうの動きを把握しているから、最悪、迎撃することもできる」「でも、他の船はそうはいかないでしょうね」
ヨクトは表情を険しくした。
ヨクトたちがシェイドたちの動きを把握していられるのは、エトナとエトラという、超高度AIが周囲を警戒しているからだ。
船に張り巡らせた迷彩も、その他の宇宙海賊のものよりも遥かに高度だ。いかに居場所が限定されていようと、そう簡単に発見できるものではない。
「……シェイドの態度からして、俺たちも狙うだろうな」
「でしょうね」「正確には、私たちと、複製したオケアノスを」
エトナとエトラは淡々と言った。
「けれど、逃げるだけなら問題は何もないわ」「今すぐにでも、この宙域から脱出すればいい」「それくらいの迷彩は維持したまま飛行できる」
エトナとエトラは問いかけるようにヨクトを見つめた。
ヨクトは僅かに瞑目し、決意を宿した瞳でエトナとエトラを見た。
「俺はデルクたちを助けるべきだと思う。もう俺たちは引き返せない。超高度AIだけじゃ、俺たちの目的は達成できない」
『それを聞きたかったぜ』
不意にジョゼフから通信が入った。
『当然俺は賛成だ。得がたい連中だしな。ここで逃がせば、また十年くらい待つはめになりそうだ』
『同感。ここに来て計画を遅らせる意味もないし』
セリスの声が続いた。
『恩でも売っておいて、向こうで働いてもらう』
『私は皆さんの判断に従います。私はみなさんの仲間ですから』
ミーティアも続いた。
ヨクトは隣に立つナナリーを見た。ナナリーも強い瞳でヨクトを見つめ返した。
「やろう、ヨクト」
短い言葉に、強い決意が込められていた。
「――ああ」
ヨクトは頷き、サイバースペースからログアウトした。