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DAYTRANSER  作者: 流川真一
第三章 MEETING
10/23

10

 手続きのほうはエトナとエトラがやってくれていて、ヨクトとナナリーが手伝えることはほとんどなかった。ヨクトとナナリーは、渡された資料に目を通し、相手の経歴や、主義主張の概要を把握することに努めた。

 そうして、ヨクトが仲間たちに無事な姿を見せてから五時間後。エトナとエトラの迅速な段取りによって、宇宙海賊【グリーンアイド】との会談が行われることになった。

 会談はサイバースペースで行われる。その中継地点となるのは、エトナとエトラが開発した専用の小型ドローンだ。厳重に迷彩をかけた機体と、幾つかのリコンを介し、双方の船に共通のサイバースペースを作成するのだ。

 散布するリコンの位置を完全にランダムにすることで、双方の船の位置は特定できないようになっている。それはヨクトたちの安全のためでもあったし、グリーンアイド側の要請でもあった。お互いの目的も信条も分からないうちから、自分の居場所を明らかにしてしまうのは、一種の自殺行為と言ってもいい。宇宙空間には遮るものは何もなく、争いを仲介してくれる人間もいない。まして、宇宙海賊や、それに近い立場のヨクトたちには、争いを禁じる法律すらないのだ。


『準備はできた?』『できてなくても、始めるわよ』


 エトナとエトラに言われ、ヨクトは苦笑しながらシートに体重を預けた。


「俺は大丈夫だけど。ナナリーは?」

「あ、う、大丈夫。準備は。うん」

「そんな硬くならなくても大丈夫だって。さっきも言ったけど、俺が余計なことを言わないように見張っててくれるだけでいいからさ」

「そ、そうは言うけど、でも、船の外の人と会うのは久しぶりで……」

「あー……」


 それは考えていなかったが、言われてみればその通りだ。

 ヨクトたちが宇宙に逃げてきたのは、今からおよそ四十年ほど前になる。それからずっと、ほぼ全ての時間をこのメンバーで過ごしてきたのだ。


「なら、むしろいい機会だろ。どうせ、これから先、他の宇宙海賊の人たちと同じ場所で暮らすことになるんだ。コミュニケーションを思い出すって意味で、損ではないさ」

「うう……」

『少なくとも、安全面には配慮しているわ』『私たちがあなたたちの体と意識をモニターしている』『だから安心してお喋りしてきなさい』『いざとなったら、私たちが耳打ちしてあげるから』

「そうそう。それに、ナナリーは基本、俺の後ろで立ってるだけでいいから。証人みたいなものだから」

「う、うん、頑張る」


 分かってるのか分かっていないのか、ナナリーは硬い声で言った。

 ヨクトは困ったように表情を緩ませ、今度こそシートに体重を預けて天井を仰いだ。その隣で、ナナリーも同じようにした。

 ヨクトとナナリーの首には、通信用の首輪型デバイスが装着されていた。脊椎を通る生体信号を解析し、バーチャルスペースでの運動系に変換するシステムだった。

 シートの左右には、それらの信号を集積し、暗号化するための装置が並べられていた。シートは黒い合成革が張られていて、体重を掛けると背中を抱きとめるかのように自然に沈んだ。


『じゃあ始めるわよ』『しっかり頼んだわね。ヨクト』


 ヨクトが頷くと、視界に赤色の文字列が表示された。電脳の防壁を解除するが問題ないか、という警告文だった。

 ヨクトは警告文に了承を返す。すると、視界が圧搾されるように周辺から暗闇が迫り、一瞬だけ辺りが完全な闇に閉ざされた。次いで、全ての音が消失し、体の感覚が完全になくなった。かと思うと、次の瞬間には、全身が別の場所へ高速で飛ばされる、浮遊感や疾走感に似た感覚に包まれる。ヨクトの生体信号が、別の場所へと飛ばされ、再構成されるために生じる、感覚の齟齬だった。

 時間にすれば僅か二秒ほど。

 暗闇が消え、体の感覚が一斉に戻ってくる。仮想の空間であるにもかかわらず、肉体の重みを感じた。

 ヨクトは目を開いた。

 純白の空間が広がっていた。前後左右、遮るものは何もない。遠近感が狂いそうな、ただ平坦な空間だった。

 その中に、一つだけ、純白の丸テーブルと椅子が置かれていた。サイバースペースらしい、一切の装飾のない、ただ純白の素材でできていた。ぽつんと置かれているそれらを見ていると、まるでこの世界から時間が奪われ、あらゆるものが停止してしまったかのような錯覚に陥る。

 すぐ隣で、ナナリーの姿が像を結んだ。無数のポリゴン片が消失し、金色の髪がふわりと舞った。


「……まだ来てないみたいだね」


 ナナリーが辺りを見渡しながら言った。


「出迎える側だし、ちょうどいいんじゃないか」


 ヨクトはテーブルのほうへと歩き出した。ナナリーが小走りで続いた。

 ヨクトたちがテーブルに触れられる位置に付いたとき、十メートルほど向こうで、透明なポリゴン片が散った。程なくして、壮年の男と、若い女性の姿が現れた。二人はヨクトたちを一瞥すると、そのまま真っ直ぐ歩み寄ってきた。


「初めまして。ヨクト・ハーヴェイ」


 壮年の男が言った。鋼のような低い声だった。


「要請に応えてくれたこと、感謝する」

「いえ。こちらこそ、計画に耳を貸して下さってありがとうございます。デルク・キンバリーさん」


 ヨクトはそう言いながら、改めて男――デルク・キンバリーの姿を見た。

 身長はヨクトよりもやや高い。壮年だが頑強な体つきをしていて、軍服のような暗灰色の制服を着ていた。顔に刻まれた皺は深く、双眸は鋼を宿したように鋭かった。老練の軍人を前にしたような、冷たい威圧感があった。

 ヨクトは着席を促した。デルクはそれに従い、椅子に腰を下ろした。ヨクトが対面に腰掛け、その背後にナナリーが立った。デルクの後ろにも、秘書官のような若い女性が控えていた。ヨクトの視線を察したのか、デルクが言った。


「彼女は私の補佐役だ。老境の身ゆえ、細かいところに思慮が至らなくてね」

「アンジェリカ・クプリヤノフと申します。本日はよろしくお願いいたします」


 清流のような声が流れた。それにつられるように、ナナリーが慌てて名乗った。


「あの、ナナリー・フレッジです。よ、よろしくお願いします」


 ナナリーがばね人形のように頭を下げた。デルクがその様子を、少し興味深げに見ていた。ナナリーが顔を上げると、デルクの鋼のような瞳と目が合った。ナナリーは慌てて体を起こした。


「失礼」


 デルクは目礼して、仕切りなおすように両手をテーブルの上で組んだ。


「さて、合同会談に先んじて、こうして席を設けてもらったのには理由がある。……と言うのも、我々は生身の人間を多く抱えていてね。他の船より大きいリスクを抱えている。だから判断をする前に、どうしても、直接会って話がしたかった」


 ヨクトは頷いた。エトナとエトラから渡されたプロファイルを見て、グリーンアイドの内情をある程度は把握していた。

 グリーンアイドは、地球の法律で有罪とみなされた技術者、科学者、その家族といった民間人を多く抱えていた。多くの居住用の巡洋艦を持っているのもそのためだ。

 宇宙海賊は、義体化をしていることが多い。だから、多少無茶な航行にも耐えられる。しかし、民間人を多く抱えているグリーンアイドにはそれができない。だからこそ、ヨクトたちに協力できるかどうか、正確な情報を得る必要があった。

 デルクが口を開いた。


「質問したいことは、具体的なプランだ。君たちが超高度AIを保有しているというのは、提供された情報で把握した。信じがたいことだが……」


 デルクはそこで一旦言葉を切って、瞳に冷徹な炎を宿して続けた。


「その君たちが、我々に協力を申し出ている。驚くべきことであり、同時に、またとない機会でもある。我々もこの機に、地球からの束縛を断ち切りたいと願っている」

「ええ。分かります」

「では、まず手にしている超高度AIを利用して、何を成そうとしているのかを聞こう。地球から独立し、別の惑星に生活圏を形成する、というのは声明で把握したが、具体的なプランが見えない。どこの天体を利用し、どのようなプランで計画を進めているのか……はっきりとは言えぬだろうが、こちらには生身の人間が多い。それを踏まえて、検討できる程度の情報がほしい」


 ヨクトは頷いた。ナナリーに目で確認すると、ナナリーは緊張を滲ませながらも頷いた。エトナとエトラからの警告もない。踏み込んだ情報提供をしても構わないということだ。

 ヨクトはテーブルの上を指で軽く叩いた。すると、ヨクトの電脳に記録されていた幾つかの情報が、ホログラフィックとなって浮かび上がった。表示されているのは、太陽系の略式図と、天王星の情報だった。


「俺たちは、天王星に移住しようと考えています」


 デルクが瞳を僅かに鋭くした。ヨクトは続けた。


「天王星は人類の手が及んでいない、ほぼ未開拓の星です。俺たちは天王星を拠点にして、更にその外側……海王星、冥王星、更に太陽系の外側へと勢力を拡大します」

「火星や木星のように、生活プラントを構成するということかね?」

「はい。天王星には五つの大衛星と、二十二の小衛星があります。鋼材の入手は容易です。それを、超高度AIの管制の下、加工し、生活圏を形成させます」

「木星、土星を拠点とした、地球側からの攻撃に対しては?」

「五つの大衛星を利用し、防衛システムを構築します。その管制を、俺たちの船の超高度AIが一時的に代替します。生活圏の構築を、もう一機の超高度AIが行います」

「待て」


 デルクが口を挟んだ。


「まるで超高度AIが一機だけではないかのような口ぶりだが」

「その通りです。俺たちは現在、稼働中の一機と、構築中の一機、合計二機の超高度AIを保有しています」


 デルクが押し黙った。気配は更に研ぎ澄まされ、鋼の刃を突きつけられているようなプレッシャーがあった。


「君たちのプランを、信用するに足る根拠はあるかね」

「……つまり、俺たちが、超高度AIを利用して、あなたたちを誘導していると?」

「当然の想像だし、それ以上に、君たちが超高度AIの傀儡でない証拠もない。人間が人口知性に誘導されうるということは、既に地球で実証済みだ」


 ヨクトは瞑目した。デルクの言うことはもっともだった。だが、ヨクトたちが保有している、現在稼動している超高度AIというのは、彼らの仲間である二人の少女なのだ。電脳を並列化させ、処理を複雑化させることによって、超高度AI並みの処理能力を得ているに過ぎない。ヨクトたちにとって、エトナとエトラは、純粋に人間の意志であり、信用するに足る仲間だった。

 だが、それを口に出して説明するわけにもいかない。そこまでデルクたちを信用できたわけではないのだ。

 ヨクトが誤魔化しの言葉を発そうとする直前に、声が割り込んだ。


『いいわ、ヨクト』『こうなることは予想できていたから』


 声に続いて、ヨクトたちの隣に、二人の少女のアバターが出現した。

 驚くデルクたちを前に、エトナとエトラは優雅に一礼した。


「始めまして、グリーンアイドのボス」「超高度AI、エトナと」「エトラよ」


 デルクは目を見開き、目の前の少女たちを数秒間見つめた。


「……人間、なのかね」

「人間の定義を何にするかにもよるわ」「自分の意思と感情を持っていることと定義するなら」「私たちは人間」「でも同時に超高度AIでもある」「電脳の並列化によって処理能力を上げた、二人のオーバーマンの成れの果て」


 デルクはなおも二人の姿を見つめていたが、やがて僅かに雰囲気を緩めた。


「なるほど」


 デルクはヨクトに視線を戻した。


「これが、信用に足る答え、と言うわけかね」

「……少なくとも、俺や、ナナリーや、俺の仲間たちは、エトナとエトラを仲間だと思ってます。超高度AIとか、そういう話じゃないです」


 デルクはその答えを聞いて、今度こそはっきりと笑みを浮かべた。


「それだけの力を持ちながら、なぜ我々のような宇宙海賊に協力を要請する? 超高度AIに順ずる思考能力を持つ仲間がいるのであれば、もっと安全な方法が幾らでもあるはずだ。わざわざ我々といった不確定要素を混ぜることもない」


 デルクの試すような視線を、ヨクトは正面から受け止めた。あからさまに鎌を掛けられていた。ヨクトたちの本当の目的を、この場で明らかにしようというのだ。

 ヨクトは視線でエトナとエトラ、ナナリーに訊いた。彼女たちは何も言わなかった。

 ヨクトは一つ呼吸を置いて、口を開いた。


「お察しかもしれませんが、俺たちはオーバーマンです」


 ヨクトの告白を受けても、デルクは当然のように頷くだけだった。瞳が先を促していた。


「俺たちの望みは、人に戻り、人として死ぬことです」

「ほう……?」


 デルクが意外そうな声を上げた。厳しい瞳の奥に、微かな好奇心の火が点った。


「不死の体に興味はないと?」

「ありません。むしろ、邪魔だとさえ感じています。俺たちは全員、望んでこの体になったわけではありませんから」


 ヨクトはそこで言葉を切った。それ以上の事情を話すつもりはなかったが、デルクは追求してこなかった。ヨクトは続けた。


「人として生きるために、どうしても、多様性のある社会を作る必要があった。孤独では……人間とは言えない。だから、俺たちが生きることのできる国を作ろうと決めた。俺たちが得た力は、純粋にそれだけのために使うと決めたんです」

「清廉なことだ。だが、君たちがそう決心した、本当の理由は何かね」


 デルクは試すように言った。


「社会を求めるというのならば……、例えば、木星辺りに乗り込み、占拠することも可能だったはずだ。オーバーマンの戦闘能力と、情報戦能力。超高度AIの補佐による戦況分析と、人心誘導。惑星一つを占拠するには、余りある力だ。大勢の人々を束ね、自分たちの信条を肯定させることもできただろう」

「俺たちが武力に訴えないのは、人間として生きるためです」


 ヨクトは、間を置かずに答えた。


「殺戮や、恐怖政治や、そういうものに興味はないし、やりたくない。彼らは彼らの生きる場所で生き、死んでいく。そこに俺たちが土足で入り込んで、かき回していい道理なんてない」


 デルクはその答えを聞いて、一時瞑目した。それから、ナナリーに目を向けた。


「君たちのリーダーはこう言っているが、乗組員である君の意見はどうなのかね」

「わ、私の、ですか?」


 デルクは頷いた。ナナリーは迷うように視線を揺らしていたが、覚悟を決めたように表情を改め、しっかりとした口調で話し出した。


「私の……私たちの気持ちも、彼と同じです。私たちはオーバーマンで、機械の体で……死ねない、です」


 ナナリーは自分の体を見下ろしながら言った。


「もちろん、死にたいわけじゃありません。でも……自分が死なないということが、だんだん、分かってくるにつれて、全てのことがどうでもよくなっていくような、そんな気がするんです」


 ナナリーは首を振った。


「もちろん、全ての人がそうだとは言いません。自分の考えでオーバーマンになった人は、きっと、長い時間を過ごすことを覚悟して、そこに何か、自分の理想を見出しているのでしょう。でも私は……私たちは、望んでこの体になったわけではありません」


 ナナリーは顔を上げて、デルクを正面から見据えた。


「私たちはきっと、地球で過ごしていたころの、あのなんでもない時間を取り戻したいんです。人として生きて、人として死にたい。そして、人として扱われていない人たちを、助けたい。それだけです」


 デルクはその言葉を聞いて、噛み締めるように瞑目した。


「……人は、命は、終わりがあるからこそ、高みを目指す。たとえ悠久の時を生きる機械の体であろうと、自らの終わりを想像することを止めれば、人は単なる物体に戻る」


 それは、エトナとエトラが言ったことと重なる言葉だった。


「命は甘んじるものではなく、宿るものだ。君たちはどうやら、それを知っている。……アンジェリカ。彼らをどう思うね」


 デルクの後ろで、アンジェリカが頷いた。


「彼らは純粋に人間かと」

「ならば我々が協力する理由もあるというものか」

「船員の民間人を代表して、異論はありません」


 デルクは大きく頷いた。鋼のような双眸から険しさが消え、次いで剛毅な笑みが広がった。


「我々の方針は決まった。……ヨクト・ハーヴェイ。我々グリーンアイドは、君たちの理想を信じる。会談では肯定的な立場を取らせてもらう。無論、詳細なプランは、追って提出してもらうがね」

「――ありがとうございます。デルクさん」


 ヨクトはデルクを握手をして、エトナとエトラ、ナナリーと笑みを交わした。

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