瞼へkiss
純粋にすごいなぁと思う。
彼の手から作り出される全てのものが。
アルバイト先の喫茶店で知り合ったのはデザイナーさんだった。
初めましては、珈琲を運んだ時で彼の持っていたスケッチブックの中身がチラっと見えた時。
綺麗な服のデザインだった。
それを見てしまい、つい「綺麗…」と呟いてしまったのが始まり。
私の存在に気づいて目を丸くした彼は、何とも表現しにくい困ったような嬉しいような照れたような顔をした。
彼はとあるブランドのデザイナーさんで、とても有名な人らしい。
私個人としては服に詳しくないのだが、友人に聞いたところそのブランドはとても人気があるとのこと。
そんなにすごい人なのか、と驚いたが私が彼に対する態度などに変化はない。
タメ語と敬語が織り交ざった口調で、デザインを覗き込んではアレコレ聞いてみる。
彼はそんな私の好奇心に呆れているのか驚いているのか、たまに笑いながら話をしてくれた。
私は彼の手から作り出される全てのものが好きだ。
デザインは勿論のこと、サンプルだと言って私にくれたビーズのブレスも彼のお手製。
更に言えば、お店に来て手持ち無沙汰になった時に作り出す、ナプキンで出来上がったジャバラ鶴もお気に入りである。
私は生まれてから一度も鶴なんぞ折ったことがない。
と言うか手先が不器用なので折り紙ができない。
そんな私に彼はちょっと意地悪な、子供っぽい笑みを見せて「教えてやろうか?」と言った。
男の人なのに白くて細長い手。
それでも男の人らしく骨ばって大きな手。
そこから作り出される沢山のモノ。
美しい世界。
「………教えて下さい」
むぅ、と頬をふくらませて教えをこう私を見て、彼は至極満足そうに笑った。
もう、それはそれは楽しそうに。
お客さんが少ないからってあんまり遊ぶなよー、なんてマスターのゆるい声がして私達が頷く。
カウンター席に座る彼の隣に腰を落ち着け、ナプキンを一枚抜き出す。
彼の指先はもうナプキンに折り目をつけている。
「ホラ、ちゃんと折り目合わせて」
トントン、とテーブルを指先で叩く。
こ、細かい…なんて思いながらも言う通りにしっかり折り目を合わせる。
彼の顔を盗み見れば伏せられた瞳に、長いまつげがかかり憂いげだ。
何と言うか色っぽい。
大人の色気みたいな。
高校二年生という進路を決めなくてはいけない時期に、何をするでもなくバイトと学校だけよ日々を過ごす私。
彼みたいな特別なものなんてもってない。
誰かを魅了するものは世界は作り出せない。
彼の瞳に映り出す世界はどんなものなのだろうか。
沢山のモノを作り出す手は神経が繋がり脳からの伝達で、そのものを作り上げている。
だったらインスピレーションを感じるのは、きっと、その瞳から見える世界なのだろう。
羨ましい、なぁ。
一途になれるものがあるのが。
何かをできる力があるのが。
それで輝けるのが。
彼が私の視線を感じて目を合わせる数秒前。
動き出すのは私の方が早くて、彼の瞼にキスを落としたのだった。
そんな素敵な世界を映す瞳が羨ましい。
そしてそんな瞳に見つめられる世界が憎らしい。