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志穂は途方に暮れ、プールの壁にもたれて力なく座り込んだ。ざらついた壁の表面が妙に冷たい。涙腺はもうとっくに枯れ果て、一滴の涙も出そうになかった。すんすん、鼻をひくつかせ、正面に見える夜の色に染まった校舎の壁をぼうっと眺めていた。
気のせいか、普段白い肌をしている校舎も黒に見える。いや、そればかりでない。先ほどから何かがおかしかった。まるでサングラスを掛けているように、見える物全てが色褪せ、影を落としていた。校庭から見える校舎の三階に設置された大時計も、校庭の周りを固めるように並ぶ樹木も、土も、雑草も、窓ガラスも、空も。みんな同じ顔をしていた。
「お姉ちゃん?」
志穂はすぐさま顔を上げ、辺りを一望した。確かに夕美の、苺ミルクのような甘ったるい声がしたはずだ。しかし、面白いように全てが真っ暗。見渡す限りの黒、黒、黒。音楽室にある黒いカーテンの中にくるまったような、そんな感覚に似ていた。
「夕美どこ?」
「ここだよ」
心許ない声、何で分からないの、そんな風に聞こえた。次は先ほどよりも近い。志穂は手を動かしてみるが、宙を掴むばかりで何も成果がない。何度も方向を変えて体を回すが、やはり何も見えない。暗中模索の言葉がぴったり当てはまる状況だ。
罰ゲームか、と志穂は思った。私がもっと早くに気付いていれば、こんなことにはならなかった。いや、元より友達と遊んだのが悪いのかも知れない。いつも夕美は嫌がってたじゃないか。私と別れるとき、行ってらっしゃい、待ってるねと元気よく見送ってくれるが、本当は寂しくて堪らなかったはずなんだ。私が遊んでいる間、夕美は何をしている。一人ぼっちで、当てもなく、片隅で体を丸めるしかなかったんじゃないか。
そんなこと分かってる。だけど、友だち付き合いもある。私にだって都合はある。都合? 何の都合なんだ。自分勝手で、厭らしくて、韜晦し、ふさぎ込み。思い返せば、迎えに行った時に、夕美の見せるあのほっとした表情。仮面から滲み出る安堵感。あれが自分の心を痛めていたことも、とうに承知だったはずだ。
「ごめん、ごめんね夕美」
志穂は膝から崩れ落ち、もう涙も出ないのに、泣き崩れた。笑うように喘ぎ、体が痙攣を起こした。やがて、からからに乾いた喉の奥から胃液が迫り上がってきて、嘔吐した。苦しい、辛い、悲しい。この生き地獄から、一刻も早く解放して欲しい。しかし、そうしてもやはり、涙は一滴も出なかった。