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夕美は四年生になっても、相変わらず志穂の側から離れそうになかった。この頃になるとさすがにおぶることはなくなっていたが、代わりに手を繋いだりした。「お姉ちゃんの手、暖かいね」なんて夕美が言えば、それだけで志穂は報われている気がした。
しかし、同学年の娘達と遊ぶ時だけは別だった。妹も混ぜてもらうのは甚だしく思い、志穂もまた恥ずかしかったので、その時は夕美を適当な場所で遊ばせていた。多くの場合、それは小学校だった。
お開きになって夕美を迎えに行くと、彼女はいつも寂しそうにしていた。遠目をきかせると、校舎に背中を預けながら、一人地面に俯いて木の枝で何か模様を描いていた。少し離れた校庭には、夕美と同じくらいの少年少女が、わいわい、がやがや、元気に駆け回っている。かたや傾く陽に照らされ、かたや光の差さない所で。
夕美は元来引っ込み思案な所があり、仲の良い友達の話をあまり聞いたことがなかった。だから、志穂の事を余計に頼っていたのかも知れなかった。
志穂の顔を見た途端、待ってました言わんばかりに駆けだして、「もう帰るの」と、志穂は声を弾ませた。
「うん。退屈だった?」
「全然平気だったよ。私、絵描いてるの楽しいし」
夕美は子供特有の、一点の汚れもない純色な笑顔を振りまいた。しかし、なぜか哀愁の味とペーソスな色が見えた気がして、志穂は自分より一回り小さい夕美の手を握らずにはいられなかった。
「帰ろっか」
「うん!」
あの時も志穂は友達と遊ぶからと、夕美と小学校の近くで別れたのだった。夏が過ぎるのに伴って、だんだんと日の暮れるのが早くなっていた。志穂は家の中で遊んでいたから、辺りがすっかり暗くなっていることに気付かなかった。じゃあそろそろと腰を上げて外へ出てみると、漆黒の絨毯が覆っているようなどんよりとした空があり、西の方だけは名残惜しそうに赤く染まっている。道路脇の電柱はばちばちと明かりを点けて小蠅に集られていた。
嫌な予感が胸をかすめ、志穂は別れの挨拶もそこそこに歩き始めた。知らず知らずのうちにペースが早まり、影に染まった校舎が見える頃合いには、息を切らしながら走っていた。
「夕美!」
気がつけば声が出ていた。夕美、夕美。心の中で何度も呼び続ける。怖くて泣いていないだろうか、寒さに震えてやいないだろうか、何か悪い奴にとっつかまってはいないだろうか――――最悪の事態が頭の中をぐるぐる回り、志穂は半べそをかいていた。
校門前に出た。しかし、既に扉は閉まっている。飛びつき、あっという間に昇って飛び越した。考えもない。ただ、本能のまま、走りに走っていた。「夕美! 夕美!」熱帯夜の砂漠のような校庭に、切り裂けそうな声が響き渡る。しかし、志穂の声がこだまして戻ってくるだけで、返事はなかった。目の前が真っ暗になりそうだ。喘ぎ、何度もつまずきそうになり、喉から内蔵が飛び出そうなほど苦しくても、志穂は足を止めなかった。校庭を縦横無尽に駆け回った。
私のせいだ、私のせいだ、私のせいだ。自責の念に駆られ、最後の方はなんで走ってるのかさえ、分からなくなっていた。