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時は流れ、中学、高校と志穂は進学した。しかし、いつまで経ってもあの眼帯の外れることはなかった。家の中でも、家族で買い物に行っても、帰郷しても。いつも志穂は眼帯を掛けていた。
母が「まだ目は治らないの」と顔を合わせる度に聞いてきたが、志穂はその都度、なんか気分が良いからとかなんとか言ってはぐらかした。実際、学校に居る時は眼帯を外していた。そうすれば、人が見える事も分かっていた。そして、家族の前――――夕美の前でだけは、あの眼帯をつけた。そうすれば、夕美だけはしっかり見える事も分かっていたからだ。
右目はセンサーのような働きをしていた。左目が露わになっていれば、夕美以外の人間が。左目の視界を奪えば、夕美だけが見えた。中学校の頃、リトマス試験紙を授業で習った際、ああこれだと一人で感心したのを記憶している。
そんなわけで、奇怪極まりない状況に身を投じながらも、志穂はまた普遍的な生活を送り始めた。無論、夕美との関係も円滑なものに戻った。
「大丈夫? 忘れ物とかない?」
志穂は夕美の纏うピカピカに光る制服の肩に手を掛け、心配そうに尋ねた。夕美の入学式当日の朝だ。全面鏡に映る夕美は、「もう、私も今日から中学生なんだから。子供じゃないんだよ」と、口を尖らせ言った。
「ハンカチとか、ティッシュとかは?」
「それはさっき確認したよ」
「そうだ。雨が降るかもしれないし、折りたたみ傘持っていった方が良いって」
志穂が身近に置いてあった折りたたみ傘を一本手に取り、既に杞憂の産物で溢れ、ぱんぱんに膨らんだ夕美の鞄へ押し込んだ。
「キャンプに行くみたい!」
夕美が大げさにおどけてみせ、二人は顔を合わせて笑う。朝靄の掛かった早朝、まだほんのりと暗い廊下に愉快な笑い声が響いた。入学式は昼過ぎからだったから、騒々しいわねと目を覚ました母が二人を見て呆れた顔をした。
あの事件以降、志穂は以前より増して夕美を盲愛していた。経典を重んじて従順する教徒みたいに、志穂はできる限り夕美から目を離さないよう努め、常に夕美の事を想い、夕美に触れていたいと願った。この自分の感情は、実の妹に向ける純愛ではない事も、薄々自覚していた。
だけど、それは仕方ない事だと割切っていた。それが自然の摂理であるかのよう、志穂は綽然と構えていた。同級生の異性にも目を眩むことがなかった。たとえ、どれだけ美貌を備え、文武両道、莫大な財産を持った超人な男が相手でも、答えは変わらないだろう。漠然とだが、そんな自信を持っていた。
夕美に敵う者などいないのだ。
志穂は夕美の両肩を抱き、そっと頬を寄せた。あんなに幼く、頼りなかった体が、色づき始めた大人の風味を漂わせている。弾力ある肌からぬっと顔を出す、骨格の感じがした。
「・・・・・・どうしたの」
夕美は少し戸惑っている様子だった。志穂は、何でもないよ、と安心させるように笑ってみせた。
「ちょっと、じっとしてて良い?」
夕美はこくんと頷き、控えめに微笑んだ。このままずっと一緒にいたい。もう二度と、夕美を失いたくなかった。




