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杜若  作者: 椋原紺
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 自室の窓から、下手に神社が見える。赤い鳥居を掲げ、鬱蒼と茂った木々が境内を囲っている。そこそこ大きな神社で地元では有名だ。初詣にはぞろりと参拝客が列を作り、鳥居を出て道端にまで伸びているのを見ることが出来た。

 その神社の隣に、道と道に挟まれた湿地がある。その湿地の中では、剣先みたく尖った葉が一斉に空まで背伸びをしていた。雑草か、田んぼか、畑か。初見えは見分けがつかないだろうが、生まれたときからこの地に住んでいる志穂しほは知っている。あれは、杜若だ。

 五月から六月にかけ、しゅんと首の垂れた青紫の花を咲かすのだ。また、杜若の背は幼稚園に通う子供達と同じくらいの高さだ。だから、鳥居の側に立つと、杜若の花だけが宙に浮いているような、幻想的な景色を見ることが出来る。それも、子供の頃によく神社の周りで遊んでいたから、志穂は知っていた。

「・・・・・・はぁ」

 煙草を吹かし、ぼんやりとまだ花の咲く気配のない杜若の葉を見ていた。それもそうだ。今は秋。まだまだ彼らにとっては冬眠期間なのだ。指に挟んだ煙草の先から煙がひっきりなしに出ていた。うねりにうねって天井へと昇っていき、やがて天井へ届くか届かないかの狭間で、すっと消えていく。志穂は何となくそれら一切を見ていた。

 ――――私はいつ冬眠から目覚めるのだろうか。

 そんな事をふと考えてみると、一片に鬱々しい気分になった。テーブルの上にあった、水槽のような形をした灰皿に煙草をもみ消して捨てた。ノートパソコンの電源を入れ、特にすることもなく、セットアップの画面を見つめた。明るくなったかと思えば、一瞬ぱっと暗くなる。その刹那、肘をついた自分の顔が画面にうっすらと映った。

 彼方此方が飛び跳ね、乱れた長い茶髪。化粧もろくにしていない、女映えしない顔。まな板に横たわる魚のような、虚ろな右目。左目は、眼帯で隠れていた。黒いパッドに黒い紐。こうやって自分の顔を見たときに、ああ私眼帯していたんだと、志穂は気付くことがある。もうすっかり慣れてしまって、眼帯をしている違和感がないのだ。逆に、ガーゼを取り替えるために眼帯を外した時など、とてつもなく心許ない気持ちになる。幼い頃、親とはぐれて迷子になった、取り留めのない不安。もう既に、この眼帯は体の一部となっていた。

 そっと眼帯に触れてみた。パッドの奥に、ごろりと、丸い眼球の感触がした。確かに、ここに目がある。だが、彼が光を見ることはもうない。

 陳腐な起動音が鳴り、ホーム画面へと移り変わる。秩序を取り乱すことなく整列するショートカットのアイコンと、それをあざ笑うかのようにアイコンとアイコンの隙間に入るカーソル。待ち受け画面には、どこかで拾ってきた綺麗な夜景が映っている。志穂の姿は、もうどこにもなかった。

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