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Sacrid Earth

WHO'S FOOL,WHAT'S COOL!? ~闇夜のイタズラ~

作者: 暁月夜

タイトルの日本語訳は、「 誰がアホやねん、何がイカすねん!? 」です。

元ネタ知ってる人いたら驚きます。


短編にも関わらず、登場人物多すぎです。

さらっと書けるようになりたい…。

 ガサッ…ガサガサッ…

 茂みが騒ぐ。子の刻の事である。人々は既に寝静まり、辺りにあるのはただ、静寂のみ。警備兵すら姿は無い。

「ホントだ…なんて簡単に忍び込めるんだ? …この世界じゃ名高いリオストーン帝国の皇帝陛下の居るお城だぞ、ここは…」

 茂みから出てきたのは少年。いや、少年らしき姿形の人物。周囲に明かりが無いため、10代前半くらいの背丈であり、声が少しハスキーであるので、少年と思われる。

 軽やかに幾つもの屋根を飛び越えてゆく。途中、眼下に警備兵数名の姿が見えたが、移動速度が速い為か、気づかれずに済んだ。そして、あっという間に城の中心である中庭に出た。

「これでいっか! うん、丁度いいな」



   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 翌朝。

 城の敷地内にある騎士団専用の宿舎の三階廊下では、騒がしい足音と、少年と青年の声が響いていた。

「俺じゃない――――――ッ!!」

「お前でないのなら誰だと言うのだッ!!」

「知らないィ――――――ッ!」

「待てアレス――――――――――――!!!!」

「やだぁぁっセシル様なんかに捕まるもんかぁぁっ!」

 少年は騎士団魔術組総長のアレス。要は魔術組のトップである。弱冠14歳での総長就任はかなり凄い事なのだが、それは今回は特に触れないでおく。身長150cmほどの、黒髪ショートヘアで小柄な少年である。

 そして追いかける青年は騎士団長のセシルだった。彼は御年25歳、日に当たると金色っぽく見える薄茶色のロングヘア、身長はそれなりの175cm。結構な美形だが、怒りっぽいのが玉にキズで、意外と女性は寄ってこない。

 どうやら、アレスが何かしでかしたらしい。無論、アレスはそれを否定しているが。

 廊下の南端から北端へと走る2人。そこへ―――

「待て」


 つんっ、 ドタずざ――――――!!


「……レ、レイ……痛いよ…」

「最初っから素直にセシル様に捕まっておけばいいんだよ!

 そうしたらオレだって、足を引っ掛けてアレスを転ばせるなんて事しないのに!」

 そうなのだ。レイは目の前を通り過ぎようとしたアレスに足をだし、転ばせたのだ。転んだ拍子に、アレスは数メートル、スライディングしてしまった。痛いのは当然である。

 レイは騎士団剣術組総長である。彼も16歳と若輩ではあるがトップを務めている。実力主義の騎士団だからこそ、の就任である。彼は金髪ロングヘアを後ろで一本の三つ編みにしている。一見美少女と見紛う程の美少年で、当然モテる。本人がフェミニストであるから尚更。

 何はともあれレイは、あのままではセシルがアレスを捕まえるのは困難だと考えたのだろう。そして勢いを止めてやろうと。

「よくやったレイ!

 さあアレス、中庭に行くぞ」

 そう言うと、セシルはアレスの襟を引っ張って行った。




 中庭。

 そこには女官が数人と、騎士団法術組総長であり神官も務めるラウド、皇帝の妃シリアが来ていた。ラウドはセシルの2つ年上の姉で、顔だちもよく似ており、髪の色は同じ薄茶。身長は170cmと女性では高身長。シリアはラウドとは違う系統の薄茶色の肩までの髪で身長は158cmと一般女性程度。ほわっと癒し系の女性である。パッと見24、5ほどにしか見えないが、御年37歳である。

 そして―――彼女たちが見ている物はというと。

 噴水の中央にある竜を(かたど)った石像。その表面には何処から見ても、子供の落書きとしか思えない絵が描いてあった。

 ぐるぐると渦を巻く太陽。丸、三角、四角などの図形の数々。人間。動物。何かの図式。花、家、木。かなり幼稚な絵ばかりである。

 しかも色とりどりで、かなりカラフル。

 そこへ、アレスを引き連れたセシルとレイが来た。

「セシル様…あのコレ…あまりにも幼稚すぎませんか?」

「だからこそアレスしか考え付かないのだろうが」

 あまりの稚拙な絵に、レイは少し不信感を抱いたが、セシルはそうではなかった。城敷地内にいる子供は騎士団員のみ。騎士団への入団資格は12歳からで、現在は育成組に12歳の少年少女が数名がいるだけで、正団員にはアレス以外15歳未満がいない状態である。育成組の子供たちにはイタズラ好きの子供がおらず、このような事をするのはアレス以外に考えられなかったのだ。

「けれど…わざとにしては、ちょっと不自然ですよ?

 いくらアレスが一番若いとはいえ…これはもしかして、意表をついてサラウーとか…」

「レィィィィィッ! 大好き」

「抱き着くな!」

 思わずアレス足蹴にするレイ。

「きゃうぅぅぅんっ シリア様ぁ……しくしく」

「はいはい」

 嘘泣きですり寄ってきたアレスの頭を、シリアは優しく撫でた。




 その頃。

 レイの先程のセリフに出てきた騎士団武術組総長のサラウー(19)は、宿舎の裏口にて―――……

「あれっ、この間入ったばっかのイルクちゃんじゃん。

 どぉ? 今やってる仕事が一段落ついたらさ、俺と一緒に城下にお茶、飲みにいかない? 俺…いい店…知ってるんだよな…もぉ可愛い可愛いイルクちゃんにだけ、教えたいんだけど…どう?」

 馴れ馴れしくも、イルクの肩に手を掛け、抱き寄せた。すると、

「もぉっ、やぁっだぁサラウー様ったらぁ!」

「うおっ」

「一体何人の女官にその台詞を(おっしゃ)ったんですかぁ?

 ダメですよ、私。故郷に婚約者が居るんです。サラウー様もそりゃ、カッコイイんですけど、彼の方が……って、もぉっやぁっだぁ私ったらっ!

 それでは、私、仕事が残ってますので失礼致します」

 言うだけ言って、惚気(のろけ)るだけ惚気て、サラウーの背中を叩くだけ叩いて、イルクは去って行った。

 要はサラウー、ナンパしてたんだな。

 そして失敗したと。

 ちなみにサラウーの容姿はというと、シリアと似た感じの薄茶色の髪は前髪を上げて後ろに向かうツンツンヘア。185cmの高身長に、武術で鍛えた身体は細マッチョ。




 戻って噴水。

 シリアの言葉。

「セシル、レイの言う事はもっともだと思いますわ。

 いくらアレスが城内で一番年下、と言ってももう14です。この絵は14の男の子が描く絵とは思えませんわ」

「ではいったい誰だと仰るのですか!?」

 急に口調が荒くなるセシル。

 シリアもそれに合わせてか、少し緊張を漂わせ、答える。

「―――――侵入者、という事は考えられません?」

 ――――――――――…………!??

 その場に居た者全員に、緊張が走る。

 まさか、という考えが、脳裏を駆ける。

 この硬直した状態をといたのは、レイだった。

「ちょ、ちょっと待ってくださいシリア様! この城の警備が一体どんな物がご存じでしょう? そこらの子供が入れる所ではありません!!」

 続いてセシル。

「そうです! そこいらの子供なんぞに侵入してもらっては、リオストーン帝国の名が廃ります!!」

「―――ですが、城内からこっそり抜け出す事が可能です。城内の何処かに、抜け出す本人以外知らない抜け道があってもおかしくありません。

 もしかしたら侵入者はたまたま、その道を見つけたのかも知れませんわ」

 チラチラとアレスを見ながら答えるシリア。そう。こっそり抜け出す本人とは他でもない、アレスなのだ。

 そしてそれはアレスだけでなくサラウーもなのだが。

「ですがシリア様。リリスの証言では、アレスとしか思えません。たとえ抜け道があったとしても内部に目撃証言に当てはまる者がいるのなら、外部犯だと考える必要はないのでは?」

 会話に入り込んだのはラウドだ。リリスというのは、ここにいる数人の女官の1人で、昨夜たまたま不審な人物を見かけたという。

「そ、それはそうですわ。けれど……わたくしは……」

 それっきり、シリアは(うつむ)いて黙り込んでしまった。




 夕方。

 中庭の噴水前。

 そこに居るのは占い師ティアリルとアレスだった。

「少しだけ……『魔獣族』の気を感じますね…」

「………」

 石像を見上げ、ティアリルは言った。

「アレス? どうしました?」

 石像から目を離し、左下へ視線を移し、アレスを見た。

「…俺じゃないのに…みんな俺だって言うんだ。

 リリスが、顔は月の光の逆光で見えなかったって言ってるのに、黒髪の少年だっていうだけで、俺だ…って、みんな、言うんだ……」

 俯き、ティアリルの服の袖の先を握りしめるアレス。

「大丈夫ですアレス。わたくしは信じていますから」

 優しく微笑み、宥めるように言うティアリル。

「違うよティアリル!!」

「え?」

 突然顔を上げ、元気に話し出す。

「俺だったら、もぉっとみんなが驚くような事をする!

 あんな幼稚な絵を描くんじゃなくって、例えば俺の得意の魔術を使って形を変える、とか。それから…そうだな、もぉっと派手に装飾するとか、そんでもってライトアップもして、えぇっとそれからそれから……うん、そう! 石像から銅像に変えるとか、黄金の像とかでもいいよ!!

 ………ってあれ? どしたのティアリル」

「ふふ…っ、貴方らしいわアレス。そうね貴方にはその方が似合うわ…ふふ…」

 ―――――そうだわ…この子には、落ち込む姿なんて似合わないわ…―――

「!?? なに? どうしたの何がおかしいの? ねぇっ」

「い、いいえふふっ…気にしないでください…ふふふ…」

 いつもの慈愛の女神の笑顔で答えようとするが、つい、顔が崩れてしまう。アレスはアレスで彼女の笑いの意味が分からず、『何? 何!?』と繰り返すだけだった。

「もぉいいよっ! だけどね、ティアリルっ俺じゃないんだよコレやったの! 誰だと思うぅ!?

 ……ってもぉっ! いつまで笑ってるんだよぉっっ」

 折角話を変えたのに、一向に笑うのをやめないティアリルに対し、アレスは怒りを覚えそうになっていた。

「ご、御免なさいアレス。

 そ、そうね。この感じからして人間ではなさそうですね。

 けれど…面白い事をする魔物ですわね。子供の落書きなんて…ただ……」

「そうだよ。この辺りには、翼をもつ魔物なんて居ないハズ」

「えぇ。地上では警備兵に見つかります。けれど黒ずくめで来たら、空から闇に紛れて来ても見つかりにくい…けれど魔物で《飛翔》の呪文なんて知っている者は多くない。なら自分の翼を使って飛ぶしかない。けれどそんな類の魔物はこの近辺にはいない……

 どういうことでしょう? やはりシリア様の仰ってた抜け道でしょうかアレス?」

 いつもと変わらぬ笑顔で、アレスを見る。

 どうやら彼女には、何もかもお見通しの様だ。

「…かもしんないけど…あそこは俺とサラウーしか知らないハズだよ? もっとも、サラウーが誰かに喋ってたらそれまでだけど。

 けどサラウーはそんな奴じゃないと思うし…」

「えぇ…そうですわね……」

「うん……」

 ふっ……と何気なく、日が暮れたばかりの空に浮かぶ、真っ白な月を見上げた2人。

「あ―――――――っ、もぉっわっかんないなぁっ!」

「何が?」

「! ふひゃあぁぁぁぁぁっ!!」

「あらエルラ」

 いったいどうやって侵入者は来たのか。それが皆目見当もつかないアレスは、髪が思わずグシャグシャに成る程、両手で頭をかいてしまっていた。そこへ、急にエルラが顔を出したのである。

 急に現れたエルラが、レイに見えたアレスは、思わずおびえてしまったのだ。それほど、エルラとレイはよく似ている。

 エルラはレイの従姉(イトコ)である。父親同士が年子の兄と弟、母親同士が双子の姉妹という、もうほぼ実の姉弟(きょうだい)なのではないかと思えるくらいの血の近さと見た目である。

「ちょっとぉアレスってば、その怯え様…もしかしてアタシをレイだと思ったわねぇ!?

 ひっどーいっ! アタシの方が美人でしょぉ!?」

「どこがだよっ! おんなじ顔してるくせにッッ」

 半分涙目で、ティアリルに抱き着くアレス。そんなアレスを見て、エルラは拗ねてしまった。

「んもぉっ何よぉっ! 犯人扱いされて、てーっきり落ち込んでると思ったから、励ましにきたのにっ!

 もぉアタシ部屋にかーえろっと!」

「え……? エルラそれって…」

 両手を腰の後ろに回し、今にも帰ろうとアレスに背を向けたが、呼び止められたので立ち止まり、照れ臭そうに、振り向いた。

「…アタシは…その…アレス、あんたの味方よ。

 みんな、あんたがコレやったと思ってるみたいだけど、アタシはそうは思ってないから」

 頬を少し赤らめて、エルラは髪をかきあげた。

「エルラ…どぉして…?」

「どうして、ではないでしょうアレス。

 きっとエルラは、貴方の事を分かって言ってくれているのでしょう?」

「エルラ……」

 ティアリルの言葉に、押し寄せてくる嬉しさを隠しきれず、アレスはその表情を和らげてゆく。

「ちょ、ちょっと何言ってんのぉ!?」

「「え?」」

 すると、エルラはいきなり焦ってティアリルの言葉を否定し始めた。

「別にアタシ、アレスの事なんかこれっぽっちも分かってないわよぉ!? 分かってる事なんて、アレスは今回の犯人と似たような悪戯をしょっちゅうしてる、って位で!」

「え…えぇっ!?

 ならどぉして俺が犯人じゃないって言えるのぉぉっ!??」

 エルラの言葉に反論するアレス。当然である。

「あ、あのねぇっ!

 アタシはただ、見たのよッ! 昨日の夜、窓から見えたの!

 あんた位の背の黒髪の子が、城の屋根を軽々とポンポン飛んで行くのを! 見ただけなのよ!!

 顔見たの! あんたじゃなかったのよ!!」

「えぇぇぇぇぇ!! 何それぇぇぇっ!!」

「何それ、じゃないわよぉっ!」

 ハタから見ると、まるで口喧嘩を、している様に見える。その2人の間に、ティアリルが割って入った。


「2人とも! 喧嘩は止めて下さい」


「ティアリル……ごめん…」

「すみませんティアリル様。

 (わたくし)、少し大人げなかったですわ」

 普段怒鳴ったりしないティアリルが怒鳴ったので、驚き、そしてそこまで彼女を困らせてしまった事に関し後悔し、しょぼん…となった2人。

「分かって頂ければそれでよろしいのです。

 では、エルラ、犯人を見ていたのなら、なぜ昼間、証言に出て下さらなかったのですか? 貴方が昼間の内に仰って下さってたのならば、今アレスは悩む必要も無かったのですよ?」

「お言葉ですがティアリル様」

 顔を上げ、ティアリルを真っ直ぐ見て答えるエルラ。

「私、昨晩就寝したのは午前4時頃。本日起床したのは正午過ぎ。この石像の話を耳にしたのは3時半過ぎです。

 それからセシル様のお姿を探して城内を歩き回っていて、此処に来たのです。私、起床してからまだ一度も、騎士団員とは会っておりません」

「ま、まあ……それは…失礼しました」

 エルラの言葉に納得したティアリルは、思わず頭を下げてまで謝る。

 しかしアレスは――――…

「失礼しました、じゃないだろうティアリル!」

 思わず声を荒げた。

「えっ?」

 キョトンとするティアリルに、

「うげっ、しまった!」

 ヤバイッという表情のエルラ。

「会う会わないの問題じゃないよエルラの場合! 起きる時間の方が問題だよ! いくら騎士団員じゃないからって………

 あぁっ! そうだよっ、騎士団員じゃないのに、別にここで働いてるって訳でもないのに、かといって王族や貴族でもないのに、ただレイの従姉ってだけでなんでいつまでも此処……ふぎゃっ!」

「それ以上言うなぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 エルラの蹴りがアレスの腰にクリティカルヒット!! そのまま吹き飛ばされるかと思いきや、

「てンめェー……レイの従兄(イトコ)ってだけで此処にいちゃー、ワリィのかよ…俺の勝手だろうがぁ!」

 エルラに胸倉を掴まれ、持ち上げられ、宙に浮いている状態になった。

「く、苦しい…」

「あぁ!? 聞こえねーよ! それよりもなぁ、レイの部屋2人部屋なのにレイ1人で使ってる。近々正団員が増えるって話も聞かねぇ。オレが使ってても、何の問題もねぇよなぁ!?」

 先程までの美少女っぷりは何処へやら。エルラは完全に我を忘れ、素になってしまっていた。

 自分を睨み続けるエルラに、普段のレイに怒られてる方がまだマシだ、と思うアレス。

 そして、初めてエルラの素を見たティアリルは、もっと驚くかと思いきや、意外に冷静だった。

「エルラ…言葉遣いには…気を付けましょうね?」

 女性のフリをする以上は、という意味が込められた様な言葉を発した。

「あぁっ! ティアリル様、違うんです、今のは何かの間違い…というか、そう、幻覚…幻覚ですわきっとっ!」

「まぁ。そうですか」

 ―――大丈夫、わたしは何もかもわかっていますわ。でも安心してくださいね、誰にも言わないわ―――という意味が込められている一言をティアリルは返した。

 エルラは余計に焦り、混乱し、違うんです、違うんです、とただ繰り返していた。

 つまり、エルラは本当は男性なのである。

 その柔らかな凹凸のあるボディラインを見れば、女性にしか見えないのだが、それは幻術によるものだった。特に意識しなければ、周囲の人間全員が、彼を女性だと思い込んでしまうほど、強力な術をエルラは使っていた。

 声も女性の声であり、胸元に手を触れれば、女性特有の柔らかさもある。視覚・聴覚・触覚に術の効果があるので、ちょっとやそっとでは男だと気づかれないのだ。彼がなぜこの姿をとっているのかは、また別の話である―――。




 その夜。

 深夜零時過ぎ。北の外れの庭。ハッキリ言って、ほとんど森。


 ガサッガサガサガサパキッ!

「追えッ! あっちだ!」

「先回りしろ! 絶対に逃がすな!

 顔、顔を見ろ、どうせアレスだろうがな!!」

「了解しました団長!」

 木々の間をすり抜ける黒い影。そしてそれを追いかける団員数名と団長セシル。先回りしたと思われる団員が、影の前へ躍り出た―――

 ザザザザザッ ドサッ

「捕まえました―――――ッ……ってあれ?」

 セシルが追いついた。

「どうした!?」

「だっ団…っセシル様ッ!

 アレス様じゃありませんこいつ――――ッ」

「な…なにィ――――――――ッ!?」

 ガサッ

「ほーらやっぱり俺じゃない」

 草木をかき分け、セシルやその他団員達の前に姿を現したのは、犯人扱いされていたアレス。彼は、勝ち誇ったような顔をしていた。

 そこへレイも追いついた。

「う、嘘だろ……」

「嘘じゃないよーだっ

 それよりお前、何処の魔物だ?」

「「「「「まっ…魔物ッ!?」」」」」

 アレスが団員に押さえつけられたままの真犯人に向かって放った言葉に、その場に居た全員が一斉に叫んだ。

「そーだよ。こいつ魔物だよぉ? わかんなかったの?」

「「わかるかッ!」」

 セシルとレイが同時に答える。

「え――――なんでぇ!?」

「分かる訳ないだろうがぁッ

 何処から見ても人間の子供だぞ!?」

 アレス、本日2度目の胸倉掴まれ宙に浮く。今日だけで、服が伸びきってしまいそうだ。

「オレの耳を見ても?」

 突然、魔物が言った。地面にうつ伏せの格好で押さえつけられ、右腕は自由にはならないので、左手で自分の耳を見せた。

 セシルもレイも見せられた耳をじっくり見るものの、理解出来(わかっ)ていない。

「セシル様セシル様っ、

 いい加減俺を離して下さいよぉ。ついでに魔物も」

 両手をパタパタさせてアレスはセシルに懇願した。するとセシルはすぐにアレスを降ろしたが…

「あ、…ああ。

 ……ってぇ、お前は離せても魔物は離したら逃げるだろうが!!」

 またもや胸倉を掴まれ、アレスは自由を失った。

「大丈夫ですってばー」

「そんな証拠は何処にも無い!!

 ――――――――ロウディ、絶対に離すなよ!」

「はい!!」

 どうやら魔物を抑えている騎士団員はロウディというらしい。セシルに命じられた彼は、それまでよりも更に力を加えて魔物を抑えた。

「おっおい! 離してくれよ! その黒髪の言ってる通り、オレ逃げねぇから!

 上から覆いかぶされて苦しいんだよこの体勢!」

 聞く耳持たず、セシルは魔物の訴えは無視し、アレスだけを離した。するとアレスは一言、

「ロウディ、離してやれよ」

 言うと、冷たい視線をロウディに送った。ロウディの表情が硬くなる。目を泳がせ、セシルに無言で助けを求めた。

「アレス! お前はどうしてそうやっていつも(わたし)の言う事を聞かないのだ!? ロウディ、離さなくていい!」

 段々と…これまで以上に、口調が荒くなっていくセシル。そろそろキレるだろうか。でも、その前にアレスがキレそうだ。

「……―――――――――……」

 アレスは無言で、真っ直ぐセシルを睨んだ。

 黒いオーラがアレスの周囲を包んでいく様だ。

「……セシル様……俺、実力に訴えますよ……?」

 更に睨む。それと同時に、アレスから熱気が一瞬、セシルへ向かって放たれた。炎を操る魔術を得意とするアレスは、その魔力の高さの所為か、魔族に力を借りる事無く、自身から炎を発する事が出来てしまう。

 アレスが本気を出せば、セシルの法術では太刀打ち出来ない。

 セシルは時々それを忘れてしまう。団長である立場がそうさせるのか、団員の実力を、自分より下だと錯覚してしまう時がある。確かにセシルの法術と剣術の実力は、騎士団トップクラスの実力であるが、総合的に見て団長に向く、というだけで、個人的に相対すれば、各総長には敵わないのが現実だ。


「わ、分かった…ロウディ、離してやれ…」

 ロウディはやっと緊張から解き放たれ、魔物を離す事が出来た。ホッと肩をなでおろしたのは、言うまでもない。

「しかし…魔物、お前は一体どうやってこの城に侵入した?」

 やっと自由の身になった魔物に、早速セシルは質問をした。いや、尋問なのだろうかこれは。

 そこへ、レイが乱入。

「それも有りますがセシル様。

 なぜ人間の姿をしているかが先だと思います」

「あぁ、そうだな…」

 レイの言葉に、セシルは納得するが、

「「だーかーらー! 人間の姿じゃないってぇ!!」」

 アレスと魔物が声を合わせて反論した。

「あんたら…その黒髪以外の奴ら、獣型(ビーストタイプ)系統の『魔物』しか見た事無いだろッ! だったら教えてやるよ、人型(ヒューマンタイプ)の多い『魔獣族』である『魔族』だけじゃなくって、『魔物』の中にもオレみたいな人型はいるんだよ!」

「そうそう。わかった? セシル様、レイ、ロウディ達みんな」

 魔物の言葉にうんうん、と頷きながら、アレスは言った。満足げな顔である。

「そうなのか…アレス、お前は本当に魔獣族の事をよく知っているな…若いのに…何故だ?」

「えっ!?

 あ、あの…うん、えっと…その、そう、色々と…いろんな人に教えて貰って、それを自分の中でちゃんと整理してあるから! だから…えと…」

 セシルの問いに、しどろもどろで答えるアレス。適当に誤魔化したいけど上手くいかない、というのが伝わってくる。だが、セシルは気にしていない様だ。

「そうか。なら魔物、どうやって此処に侵入した?」

「え? ああ、それなら3日位前かな。街で人間の兄ちゃんに道を教えて貰ったんだ。いつでも遊びに来いよって」

「「兄ちゃん!??」」

 思わず顔が引きつるセシルとレイ。魔物は自分の服についた葉っぱや土埃を叩き落としていた。

 その時。

「へー、キルト…お前、魔物だったのかー」

「サラウー! お前、こいつと知り合い……

 ! まさかっ!

 お前が魔物の言ってる人間の兄ちゃん!? って事はまさかあの秘密の通路教えたのかぁぁぁぁっ!??」

 のほほんとした顔でやってきたサラウーを見るなり、アレスはそう叫んだ。

 その言葉に、レイがすぐに反応した。

「秘密の通路!?」

「やべっ…」

「あほアレスッ…」

 焦り始めるアレスとサラウー。

「ふ―――――――ん…そう…秘密の通路、ねぇ…へぇ……そうか…それで!? サラウー、部屋で寝てた筈のお前がどうして此処に来たのかな!?」

「レイ…えーっと…なんか騒がしかったし…」

 サラウーは思わず目を逸らしてしまった。

「へ――――、それで? キルトという子の魔物に教えた秘密の通路とやらで、城内を抜け出してるわけだ?」

「いいさそんな事は。キルトとやら、通路は何処にある?」

 レイ同様、少しずつキレかけているセシルは、サラウー達が口を割る訳無いとわかっているので、キルトに通路の場所を聞いた。

「え? 西の……」

「だ――――――っ、キルト言うなぁっ!! アレス、逃げるぞ」

「おう!」

 キルトを抱えて走り出すサラウー。それに続いてアレスも呪文を唱えながら追いかけた。

「待てッ! お前らァッ! 追え、逃がすな――――」

 セシルが叫んだ途端、3人はアレスの術によって街の方角へ飛んで行った。

「セシル様、ティアリル様に占って頂きましょう。あいつらの逃亡先を」

「そうだな、レイ。そうしよう。闇雲に追うよりも、その方が早い」

 レイの提案に頷くと、セシルは団員に追跡は程々で良いと命じ、城へと戻って行った。




   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 結局。

 次の日、西側の庭を念入りに捜索した団員の手によって、通路が発見され、その場で閉ざされた。城側も、街側も。

 そしてお約束。例によってアレスとサラウーはセシルにみっちり絞られた。キルトと別れた直後に見つかったらしい。

「本当はもっと沢山あるんだろうなぁ抜け道は。覚悟していろよ、2人とも。これからちょーっとずつ、吐いてもらうからな。楽しみだなぁこれから」

 顔、笑ってないぞセシル。

「先に喋っておいた方がいいんじゃないのか?」

「バッカよねー。あんたたち」

 口々に言うレイとエルラ。さすが従姉弟同志。2人同時に馬鹿な2人をけなしてる。

「今度からは、もっと見つかりにくい所に通路を造った方がいいですわね」

 にっこりほほ笑むティアリルに、その場にいた全員がツッコミを入れたのは、言うまでもない。



 ところでキルトは…?

 まだ、人間の街をうろうろしているのだろうか。

 城の人間は、誰も知らない。







 そして耳の事だけども。

 人型の魔獣族の耳は、先っぽが少し尖がってるんだよ。ほんの少し、ね。

タイトルの元ネタは「JANGO」というブラス・ロック・バンドのアルバムタイトルです。

知ってる人いたら多分関西出身の人。

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