旅立ち
1
ハイリンヒは、王宮の広い部屋の一室で、ヒルデガルドを待っていた。
必要な持ち物は、殆ど全て、王宮が用意してくれた。余分すぎるくらいだ。
食料、衣服、テントや、料理道具まで・・・・。
これなら、一ヶ月ほどの旅は出来るだろう・・・・。
ハイリンヒは、ベッドに腰掛け、宙を見た。
いつか、祖父を越えると誓った。
その目標が、達成できるのだろうか?
そのまま、寝転がる・・・・。そして、ベッドの側に置いた杖を引き寄せる。
家から持ってきた祖父の杖・・・・。
これを超える杖を、王子は求めている。
今まで、自分は、それを超える杖は作れなかった・・・・。
材料の質というハンデもあるにはあったが、最高の素材を手に入れたとしても、それを超えられるだろうか?
そんな事は、散々考えてきた・・・・。
今は、やるか、やらないかだと考えている・・・・。
あそこでくすぶっていても、恐らく永遠に目標は達成できない。
怖かったのだ、旅に出て、材料を手に入れて、それでも、超えられなかったら、どうしよう? そんなふうに、心のそこで考えていた。
「少年、準備は出来たかな?」
物思いに沈むハイリンヒ、ふと、そんな声が聞こえる。
「はい、行きましょう」
ハイリンヒは答えた。
戸口に、ヒルデガルドが立っている。
杖を取り、ハイリンヒは走り出した。
2
王宮の馬小屋、沢山の馬が並び、その中に、赤いたてがみの馬が一頭いた。その前に、ハイリンヒと、ヒルデガルドがいる・・・・。
「僕、乗馬なんて出来ないですよ?」
ハイリンヒは、困り果てた顔で、言っていた・・・・・。
「大丈夫だ、私に掴まっていればいい、おっと、馬の後ろには立つなよ? 蹴られるから」
ヒルデガルドがにこりと柔らかに笑いながら、言った。
思った以上に人を安心させる表情だった・・・・。
ハイリンヒは、頷き、馬に近付いた。
その時、
「ハイリンヒ殿! ハイリンヒ殿!」
そんな声が聞こえた。
声のしたほうを見ると、油まみれの中年の男がいた。
確か、ヴォルフガングと言っただろうか?
親しげな表情と、仕草で、息を弾ませながら、油まみれの中年の男が、ハイリンヒの前に来て、手を擦りながら、にこやかに言う。
「ハイリンヒ殿、ご機嫌麗しゅう」
「はい、えっと、ヴォルフガングさん、よろしくお願いします」
ハイリンヒが、頭を下げると、
「私は、実は、オーステン殿とは知り合いだったのです、そのお孫さんに会えるとは光栄です。よく見ると、目元がそっくりですな」
気持ちのいい笑顔を、顔一杯に広げながら、ヴォルフガングは言った。
「有難うございます」
ハイリンヒは、本当に嬉しそうに頭を下げた。
「仲間内では、強力なライバルが現れた、と、噂しあってたのですよ? 負けるつもりはありませんが、頑張ってください!」
ハイリンヒは頷く。
「それと、あの、アッシュ=ハザードという男には気をつけてください」
ひそひそと、ハイリンヒに近寄りながら、ヴォルフガングが言った。
「あやつには、悪い噂が絶えないのです。良い杖を作るためなら、手段を選ばない、杖を作るため、家族を捨てて、旅に出て、妻の死後も、家に戻らなかったとか・・・・。その後も、一人娘をおいて、放浪の旅をしているとか・・・・。とにかく、あやつは手段を選ばないでしょう、道中、あやつにお気をつけて、まあ、杞憂であればいいのですが・・・・」
無表情に馬に乗り込もうとする、アッシュ=ハザード=レインを横目に見ながら、ヴォルフガングは、「ではまた」、そう言いながら、歩きだした・・・・。
「さあ、行こうか? 少年」
ヒルデガルドが言う。
今度こそ、二人は出発した・・・・。