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「やあ、覚悟は決まったかな?」
開口一番、ヒルデガルドは、そう切り出していた。
「ええ、行きますよ。でも、期待はしないで欲しい、とだけ言っておきます」
「まあ、その点は心配要らないよ、君は、もし失敗したとこの処分について考えているんだろう?」
ええ、と答えて、ハイリンヒは、頷く。
「君のほかにも、沢山の杖つくりが、リストアップされているんだ。その全員が作った中で、最もいい杖を、王子が選ぶ手はずになっている」
「そうなんですか・・・・」
「他の杖つくりの様子を見れるし、君にもいい経験になるのではないかな?」
「そうですね、少し楽しみではあります」
「そうだろう? そう言うと思った」
ヒルデガルドはドアを開け、
「さあ、行こう!」
「はい」
ハイリンヒは、頷き、二人は歩き出した。
フランの王宮、その玉座に、王子は座っていた。
傍らに、側近の痩せた長身の男、ワイズマンと、侍女が一人付いている。
豪華なタイルに彩られた、大理石の床、壁、金色の玉座、豪奢だった・・・・。
見慣れた風景であり、これが、王子の日常だ。
毎日毎日、他の国との戦いを避けるべく、外交を繰り返し、あらゆる雑務をこなす。
だが、王子は、それを不満に思ったことは無かった。
それが、使命だからだ。
だが、不満を持っていないのと、他の生き方がしたいと思うのは、必ずしも一致しない。
ましてや、彼は十六歳、そして、過剰魔力保有暴発症という先天的な障害を持ちながらも、日々その症状と戦いながら、それでも雑務をこなすのに疲れないわけが無い。
思わず、ため息が漏れそうになるのを、彼は押さえ込んだ。
端整な顔立ちが、少しだけ引きつった。ブロンドの髪が僅かにゆれ、、赤い瞳はわずかに伏せられた。。
この赤い瞳は、王族である印だ。他の国の王も、それぞれ、自分の魔力に属する色の瞳の色をしている。
例えば、水の国の国王は、濃い水色の瞳、風の国の国王は、緑など・・・・。王族である印は目の色に起因している。
さて、それはさておき、側近のワイズマンは、王子の様子に気付いたようで、にこりと笑うと、
「エシャロット王子、お身体が優れませんか?」
そんなふうに、身体を気遣ってきた。
エシャロット王子は表情に憂鬱な気分が出ていたことに気付かされ、体裁を整えるべく、
「大丈夫だよ、ワイズマン、少し疲れただけさ」
「そうですか、今日のお仕事は後一つなので、しばしご辛抱を」
「そうか、その仕事とは、僕の杖に関することだったね」
「左様です。この国中の杖つくりを集め、最高の杖を作らせるのです。これで、貴方の病状も回復するでしょう」
王子は、物憂げな顔をした。
「本当にそうだろうか? 僕が成長を続けるにつれて、身体の中でどんどん魔力が高まり、荒れ狂うのを感じるんだ。本当に、僕は最高の杖を手にして、症状を回復させることが出来るんだろうか?」
「ご安心ください、先王も同じお悩みをお持ちでしたが、オーステンの杖によって、その病状はあっというまに治りました」
「だが、オーステンを超える杖つくりは、もう現れないだろう。僕は、怖いんだ・・・・。死ぬことがじゃない、父の意思を継げずに死ぬことが怖いんだ」
そんなエシャロット王子にワイズマンは、強く言い放つ。
「そんな事は起こりません、きっと、貴方様ならば、先王の意思を継ぎ、五つの国を纏め上げることが出来ましょう。ですから、今日の杖つくりとの目通り、しっかりとやり遂げていたただきたい」
「そうだね、僕がこんな調子じゃ、杖つくりにも悪い、有難うワイズマン」
エシャロット王子は、礼を述べると、少し気楽になったような顔をする。
そんな中、兵士が入ってきて、杖つくりが来た旨を伝えた。
「噂をすれば、ですな」
ワイズマンが、呟く。大臣や、重役達も、この場に集まってくる。
一斉に、何人もの杖つくりが、王族親衛隊に連れらてやってくる。大体十人ほど・・・・。
「では、これより、杖つくりの皆様に、王子にご挨拶をしていただきます! 自分の名を言い、王子に一言ご挨拶を!」
ワイズマンが高らかに、杖つくりたちに言った。
「ヴォルフガング=ヨハネス=テーゼ殿! 陛下にご挨拶を!」
太った油まみれの杖つくりが前に進み出た。
「ヴォルフガング=ヨハネス=テーゼです。この度は、陛下のご尊顔を拝し、真に恐悦至極です。是非、陛下のご要望に応えるような杖をお作り致しましょう」
「ご苦労、是非とも頑張ってくれ」
歯の浮くようなお世辞、少なくとも、エシャロットはそう感じた。
だが、そんな素振りは見せるわけにもいかないので、ねぎらいの言葉を掛ける。
どうせ、真の忠誠心から僕に協力しようと思っているのではないだろう。他の者も同じか・・・・。
そう思いながら、他の杖つくりのほうに目をやると、自分と同年代の少年がいるではないか。
少しだけ、エシャロット王子の目が好奇に光った。
「アッシュ=ハザード=レイン殿! 陛下にご挨拶を!」
その間にも、ワイズマンが名前を読み上げていく。
「アッシュ=ハザード=レインです。この度は、このような大役をお任せいただいて恐悦至極にございます。陛下のご期待に沿えるよう、尽力させていただきます」
「ありがとう、頑張ってくれ」
アッシュが頭を下げ、下がると、次々に、紹介が進んで言った。やがて、最後になり、ハイリンヒの番になった。
「ハイリンヒ=オーステン=グランド! 陛下にご挨拶を!」
少しだけ、エシャロット王子が前に身体を乗り出した。
ハイリンヒが前に進み出ると、その場にいた兵士や、大臣、重役などが、一斉にひそひそと何事か喋り始めた。
「ハリンヒ=オーステン=グランドです、ご期待に沿えるように頑張ります」
「そうか、是非、頑張ってほしい」
「お待ちください! 陛下!」
ハイリンヒが前に進み出て、頭を下げ、えシャロットがにこやかに言うと、眼鏡の神経質そうな重役の一人が、口を差し挟んできた。
「何だ? クリスチャン?」
ワイズマンが進み出て、いきなり口を挿んだ重役を咎めようとしたのを手で制し、エシャロットは、抑揚に富んだ声で言った。
「私には、理解できませぬ。このような子供を危険な旅に行かせるなど! ヒルデガルド殿? 貴方は何を血迷って、そのような判断を下したのですか?」
その言葉の矛先は、途中から、ヒルデガルドへと変わった。
ヒルデガルドが前に進み出て、静かに、しかし、決然と言い放つ。
「彼は、相応しい成果と、技術、適正を示しました。それに、彼は稀代の杖つくり、オーステンの孫です」
再び、その場にいた全員がざわざわと何事かを話し始めた。
「詭弁だ! 貴方が、一人で適正を計ったところで、それが、必ずしも正しいとは言えない! それに、オーステンの孫でも、旅先で死ぬ可能性が消える訳ではない!」
そんな中、全ての声を掻き消すように、クリスチャンは大音量の声で言った。
割と細身の体から出たとは思えないほど、迫力に満ちた声だった。
だが、それは、もっと迫力に満ちた言葉に、次の瞬間、主導権をもぎ取られた。
「クリスチャン、もういい、ヒルデガルドの言葉を信じようじゃないか、それに、僕も十三歳で、王座に付いた。彼は、僕と同じくらいの年齢だ。僕は、その若さで、王という危険な役職についた。もし、お前が彼を年齢のせいで不適任だと思うのなら、今すぐ僕に辞表を叩きつけろ、僕も彼も変わらない、同じ危険を冒している。年齢ではない、実力で、その価値を決めるべきだ。ヒルデガルド程の戦士が選んだのだから、間違いは無いだろう?」
「は、それは・・・・」
口篭るクリスチャンを見て、エシャロット王子は、深く頷き、有無を言わさない態度で、
「さあ、この話は打ち切ろう、今後一切、ハイリンヒの旅に出る資格どうこうの話をするのは禁ずる。いいな?」
会場は静まり返った。
エシャロット王子は、もう一度深く頷き、
「さて、解散して、杖つくりの皆は、準備を整えるように」
そんなわけで、解散した。