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ハイリンヒはため息をつき、背もたれの無い椅子に再びどさっと腰を下ろし、頭を抱えた。
これが、重圧だ。
祖父を尊敬し、絶対視する自分がいる。もう一方で、それを超えたいと渇望する自分がいる。
だが、どうにもならないと、一つ目の感情は言ってくる。
そうだ、どうにもならない、祖父は天才だった・・・・。
だが、自分は・・・・。
ため息をついた・・・・。
頭を抱えたまま、物思いに耽る。
そして、ふと、鍛冶場の隅に立てかけられた杖を見る。
祖父の作ったものだ・・・・。
その場所まで歩いていき、そっと手を伸ばして、取る。
「桜の木、芯に不死鳥の嘴、魔法石は銀色・・・・。色々な魔法に特化した、最高クラスの杖・・・・。最高クラスの・・・・」
そう言えば、祖父は言っていた。
出会いを大切にしなさい、出会いによって、磨かれるものもある。出会い、絆、友、恋人、それこそ、最高の宝なのだから。
ハイリンヒは、その言葉だけは、理解できなかった。
職人とは、孤独に耐え、一人で作品を完成させるものだ。
そこに、他の人間が、助手を除くとしても、他の人間が関わる余地などない。
子供心に、そう思っていた。
もしも、これが祖父の言う出会いであるならば、試してみたい気もする。
本当に、出会いが、杖つくりの技術を高めるのか?
そんなふうに思っていたら、腹が鳴った。
よく考えると、先ほど買った食糧は、まだカウンターに置いたままで、一口も味わっていない。
そんなわけで、カウンターに戻り、食料を取ると、ハイリンヒはりんごをかじった。
料理をする気は起きなかった。
酸味のきいた甘い果実をほおばり、宙を見る。
思えば、他の人間と接触する機会は、あまり無い・・・・。
最初は、近所の人間が、父母を幼くして亡くし、やがて、祖父も亡くしたのに同情し、色んな手助けをしてくれた。
だが、ハイリンヒには、それが余計なお世話だということが、やがて分かる。
ハイリンヒは、一人である程度のことをこなすことが出来る。
家事も、仕事も、一人でやっていける。
隣人が、ハイリンヒの手助けをせず、一人の大人とみなすようになったのは、それからすぐのことだった。
ハイリンヒは、仕事道具の槌に向かって手を伸ばした。
その瞬間、槌が手に吸い込まれるようにやってくる。
その槌には、魔法が施されており、ハイリンヒの意思で自由に操ることが出来る。他の道具の殆どもそのようになっていて、ハイリンヒが魔法を掛けたのだ。
ハイリンヒは、槌を手で弄んでいた。
それが、考え事をするときの彼の癖なのだ。
夜になり、夜が更けて、また夜になり、夜が更け、まるで隼のように、時がたった。
その間、ハイリンヒは、殆ど上の空だった。
そして、ヒルデガルドの来訪を報せる声がした。
ヒルデガルドその人の声で・・・・。