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ヒルデガルドは店に戻る途中、ハイリンヒを横目に見ながら、質問してみた。
「何故、私だと分かったんだい?」
「対抗魔法の使い方が、とてもスムーズだったので。魔法剣で対抗魔法を打つとなると、自分の剣の特性を理解していないと不可能です。あまりにも、自然に対抗魔法を使っていたので、もしかしてと思ったんです」
「納得だ、私は墓穴を掘っていたわけか・・・・」
しみじみと、ため息をつき、ヒルデガルドは腕を組んだ。
「しかし、君は、魔法戦闘員向きだね?」
「何故です?」
ハイリンヒが喜ぶどころか、少し不快そうに言ったので、ヒルデガルドは慌てて視線を宙に彷徨わせ、やがて、思いついたように言う。
「あんな棒切れで、私とやりあえるんだ。王族親衛隊にスカウトしてもいいくらいだと思ったのだが・・・・。何か、私、気に入らないことを言ったかな?」
「別に」
ハイリンヒは、肩をすくめて、短く言った。
「そ、そうか」
釈然としない表情のヒルデガルドだったが、やがて、ハイリンヒの鍛冶屋が見え、話題を変えるように「ああ、いい店だね?」などと、モダンにデザインされた。趣のある店構えを見て、言った。
「ええ、祖父がデザインした店ですから」
ここへ来て、ハイリンヒの機嫌が急に良くなった。
「その祖父とは、もしかして、稀代の天才杖つくり、オーステンのことかい?」
「はい、そうです。祖父は多芸に秀でていました。僕も沢山のことを習ったし、いつか、祖父を色んな意味で超えるのが、僕の夢です」
誇らしげに、店を見て、胸を張る。
そんな少年の顔を見て、ヒルデガルドは、少し安堵する。
何故か、さっきは不機嫌になっていたようだが、祖父の話を持ち出すと、どうやら、機嫌が直るらしいことを、ヒルデガルドは悟った。
これなら、仕事の依頼を受けてくれるかもしれない。
そう思い、ヒルデガルドは気付かれないようにほくそえんだ。
二人は、店へと入り、ハイリンヒは掛札をそのままに、鍵をかけると、 鍛冶場に向かった。
二人は、ハイリンヒを前に、ヒルデガルドを後ろにして、部屋に入る。
ハイリンヒは、鍛冶場を見渡し、椅子を見止めると、手をかざした。
その瞬間、椅子がハイリンヒの方に向かって飛んでくる。
椅子がぶつかる前に、ハイリンヒは、腕を下に下ろした。
その瞬間、椅子が地面にコトン、という音を立てて着地した。
「どうぞ、座ってください」
そう言いながら、ハイリンヒはもう一つの椅子を引き寄せる。
ハイリンヒの椅子には背もたれが無く、ヒルデガルドの方にはある。些細なことだが、礼儀を示してくれたハイリンヒに少し恐縮し、ヒルデガルドは居心地悪そうに座った。
「それで、王族親衛隊が直々に僕に話したいことというのは何なんですか?」
ハイリンヒは、部屋の隅に置いてあった、大きなポットのようなものを引き寄せた。
ただし、普通のポットよりも、丸々としていて、鮮やかな緑色に染まっている。
「コップが必要ですね・・・・」
ポットの取っ手を掴みながら、ハイリンヒは思い出したように言う。
そして、部屋を見渡し、コップが無いのに気付くと、
「ああ、そうか、この間落として割ってしまったんだった。少し待っていてください?」
そう言って、ポットのような物を椅子に置き、部屋を後にした。
部屋の奥にある、もう一つの扉、恐らく、ハイリンヒの部屋があるその場所に・・・・。
しばらくして、ハイリンヒは戻ってきた。二つの陶器製の容器を持って。
ざらざらとしていそうな表面、奇妙な文字描かれている。
「その器は? 一体?」
興味深そうな顔で、ヒルデガルドが立ち上がり、顔を近づける。
すると、ハイリンヒは誇らしげに、
「ジャパンという国から祖父が持ってきたものです。ユノーミって言うらしいですよ」
「ほお、ジャパン製のものか」
感心した声を出すヒルデガルドにハイリンヒは気をよくしながら、更にポットのようなものの取っ手を掴み。
「こっちは、やっぱり、ジャパン製で、キュースというらしいです」
「へえ、通りで色合いが独特だと思った。素晴らしきかな、ジャパンの技術」
「さあ、一杯どうぞ」
「これは済まない」
そんなわけで和気あいあいな雰囲気で、二人はお茶に興じる。
「沸かしてないのに、暖かいな・・・・」
「温度は、状態保存呪文の魔方陣で保たれています」
そう言って、湯のみを指し示す。
確かに、赤く光る魔方陣が描かれている。
しかし、
「見たことの無い魔方陣だな・・・・」
またも、興味深そうに、顎に手を当てながら、ヒルデガルドはポットのようなものに顔を近づける。
東洋風の文字で書かれた魔方陣だった。
「これは、漢字と言う東洋の文字で、雰囲気を損なわないために勉強したんですが、上手く魔方陣を組めてよかったです」
満足気に、ハイリンヒは言う。
そんな彼を見ながら、ヒルデガルドは、緑色のお茶をすすってみた。
「む、お茶も東洋のものかい?」
「はい、そうです。緑茶ですね」
ハイリンヒもお茶をすすってみた。
「うん、状態保存呪文も効いているみたいですね」
二人は、しばし、お茶を楽しみ、ふと、目が合った。
「それで、話というのは?」
大分逸れた話を元に戻すべく、ハイリンヒはヒルデガルドの目を真っ直ぐ見据え、質問する。
「実は、今のこの国の王は若くして、治世に優れ、外交にも積極的なのだが、お身体が弱いのだ。だが、最近、その原因が分かった。過剰魔力保有暴発症なのだ。聞いたことはあるかな?」
その言葉を聞いて、最早、ハイリンヒは話の趣旨を掴んでいた。
「はい、先天的に魔力が高すぎるために、魔力が身体の中で暴れ周り、身体能力や身体の諸機能を鈍らせ、時には体組織を破壊し、死に至らしめる・・・・。確か、その症状を取り除くためには、それ相応の力を持った、出力装置が必要だとか・・・・。つまり、例えば、強力な力を持った杖、とか・・・・。つまり、僕に」
「そうだ」
ヒルデガルドは頷く、
「杖を作って欲しい」
「無理です」
ハイリンヒは、即答した。
「何故?」
「僕の実力では、それほどの杖は作れません、それに、材料が無い。しかも、もし材料を集めるとしても、現地に行って、自分の目で材料を吟味する必要がある。危険です」
「それだよ!」
パチンッとヒルデガルドが指を鳴らした。
「君の腕を試した! どれだけ、危険な旅になるかも分からない! だから、技術と、ある程度の力を持った職人が必要だったんだ! そして、君は申し分ない結果を出した。杖が砕けなければ。私は負けていた」
「まぐれです」
「違うね」
即答した所、即答し返された。
「君は、間違いなく、戦闘員としても、十分な力を持っている。まぐれで勝てるほど、私はぬるい鍛え方はされていない」
「・・・・・、しかし、僕は・・・・」
しばし、拳を握り締め、唇を噛み締め、俯く。
「祖父の足元にも及ばない、知ってますか? 先代の国王の杖を作ったのは、僕の祖父です」
「ああ、そして、先代の王も、過剰魔力保有暴発症だった」
「僕は、祖父を超えられていない。つまり、それ以上の杖は作れないということです」
「だが・・・、私は・・・・」
「少し、時間を下さい・・・・」
ヒルデガルドを制し、立ち上がると、ハイリンヒは、後ろを向いた。
無言で帰れと言われているのに気付き、ヒルデガルドは頷き、
「では、約束の二日後だ。それまでに決めておいてくれ」
そう言って、その場を後にした。