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杖つくりのハイリンヒ  作者: 若月 幸仁
杖つくりに舞い降りた仕事
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2

ハイリンヒは、コーティングの工程を、魔法石に施していた。

 ぶつぶつと呪文を唱え、魔法石の傷口に魔力を染み込ませルことで、辛うじて元の形に戻す。

 もちろん、この魔法石の様な、純度の高い炎の魔力を石に封じ込ませることは出来ない。なので、正真正銘、付け焼刃だ。

 ハイリンヒとしては、こんな失敗作を作るのは非常に不本意だったのだが、ヒルデガルドの喜びように感化され、思わず引き受けてしまったのだ。

 何度も、何度も、魔法石の傷口に魔力を注ぎ、結晶化するのを待つ。そして、魔力が固まり始めた。

 だが、まだまだ、魔力が十分ではない、もっと魔力を込めなくてはならない、汗がだらだらと流れるのを感じながら、ハイリンヒは、ひたすら魔力を注入し続けた。

 これが、普通の鍛冶屋に、魔法石の修理が不可能な原因だ。

 物凄い魔力を必要とし、集中力もそこに付け加えられなければならない。

 じっと、石とにらめっこをしながら、椅子の上で、ぶつぶつと呪文を唱える姿は、何とも滑稽だが、やっている本人はもちろん大真面目だ。

 しかも、少しでも魔力を注入しすぎると、魔法石は割れてしまう。そんな訳で、少しずつ、少しずつ、魔力を加えて、限界を見定め、最適な魔力を注入しなければならない。

 祖父は、壊れた魔法石を見るだけで、その魔法石の必要としている魔力を見極め、一気に魔力を注入して、でかしていた。

 ハイリンヒは、劣等感に近い感情を抱きながらも、とにかく、魔力を注ぎ込み続ける。

 そして、魔法石が輝きだすのを見た。

 すぐに、ハイリンヒはコーティングを始める。

 呪文を変え、何度も傷口をなぞる。やはり、このコーティングの作業で、魔法石から発せられる魔力が落ちるのが、魔法石の修復の際のネックとなる最大の理由だ。

 だが、傷口は小さかったので、ある程度の出力は確保できるだろう。それでも、元の出力には到底及ばないが。

 コーティングが終わり、魔法石は、殆ど傷が目立たなくなっていた。

 ハイリンヒは、呪文を唱え、暖炉に向かって杖を振るってみた。

 見事に燃え上がった。

「よし、これなら、実戦でも使えるだろう」

 そう言って、ハイリンヒは、もう一度杖を振って、火を消すと、杖を棚に置き、剣の修理に掛かった。

 簡単な作業だ。魔力で、傷を平らにし、馴染ませる簡単な呪文を使い、傷を平らにしていく。何度か、傷口を撫で、剣を元の鋭い輝く刃へ変えていく。

 そして、これからが大変だ。

 魔方陣に張られた、弱りかけたコーティングを削ぎ落とし、新たに魔力を注入する。

 このコーティングを剥がす作業が中々に難しい。と、言っても、普通の鍛冶屋になら、だが。

 ハイリンヒは、魔方陣を指でなぞり、簡単にコーティングを剥がすと、元の魔力が完全に抜け切るのを待った。

 そして、輝きを失い、魔方陣が黒ずんだ線に変わったとき、魔力を注入し始めた。

 いつもの工程を繰り返し、コーティングをする。

 そして、完成した。

 赤の魔方陣、炎の特性を持った剣だ。

 ハイリンヒは、剣をもう一度暖炉に向けて振ろうとしたところで、気付いた。

 魔力が限界だ・・・・・。

 そこで、剣を杖と並べて棚に置き、少し気分転換に街へ散歩に出ることにした。

 今の所、依頼された仕事はそれだけではないが、八割方片付いている。三日後と、ヒルデガルドは言ったが、まだ二日猶予がある。使えるかどうかの確認の作業は、したほうがもちろんいいが、あの程度の作業で失敗するとも思えない。

 ハイリンヒは店のドアから外へ出て、ドアに付いた掛札をオープンからクローズへと変え、外の空気を吸い込んだ。

 いい天気だ・・・・。

 ずっとこもりっぱなしだったから気付かなかったが、気候的に温暖なこのフランという王国でも珍しい、清々しい晴天が、この数日続いていたようだった。

 街は活気に溢れ、沢山の人々が行き交っている。

 子供が、りんごをかじっているのが見え、親と一緒に楽しそうに過ごしているのを見て、少し懐かしい気持ちになりながら、自分が空腹を感じているのに気付いた。

 そこで、市場に行き、食料を買い漁ることにする。

 数十分後、十分な食料を買い、自分の店へ戻ることにした。

 そして、自分の店へ向かう。  

 だが、何故か、ドアが開いていた。

 確かに、クローズへ掛札を裏返したはずだ・・・・。

 なのに、誰かが入った跡がある。

 いやな予感を感じながら、ハイリンヒは、急いで、店の中に入った。

 買い物袋をカウンターに置き、そして、辺りを見渡し、客らしき人はいないかと、確認する。

 しかし、誰もいない。

 急いで、仕事場に走り、ドアを開け放つ。

 そこには、黒いローブを着た人間がいた。

「そこで何してるんだ!?」

 ハイリンヒが声を荒げる。

 その瞬間、黒ローブが棚の上にあった、杖と剣を手繰り寄せ、抱えると、ハイリンヒを押しのけ、走り出した。

 ハイリンヒは尻餅を付き、カウンターを横切って走り出す影を見て、何とか立ち上がり、その背を追いかけた。



 ここ数日の運動不足がたたった。

 黒ローブを追いかけ、ひたすら走ると、すぐに息が上がってきた。

 これでは、到底追いつけないと悟ったハイリンヒは、安物の魔法の杖を雑多に並べ、二束三文で売り出している店の前に来ると、それを一本抜き取り、更に、魔力の宿った緑がかった水を入れた小瓶を手に取り、カウンターに向かおうとした客からひったくって、適当に懐から金を投げ出し、蓋を外して、口に含んだ。

 そして、

「どいて、どいて!」

 そう言いながら、杖を振り上げた。

 道行く人には、それが魔法を使う合図だということがすぐに分かる。

 慌てて、黒マントとの間に障害になっていた人々が、身を交わした。

 その瞬間、風が突き抜ける。

 だが、ハイリンヒは顔をしかめた。

 さすがは、二束三文、魔法石の所々に、傷は突いているし、魔力の質感から分かる、芯も殆ど腐りかけている。

 その結果、生み出された風は、そよ風のように心地よいものだった・・・・。

 黒マントの動きは止まらず、路地裏に入り込んでいった。

 必死で、ハイリンヒは走り、路地の裏に逃げる黒マントを見つけると、精一杯の魔力を込めて、魔法を放った。

 烈風が吹きぬける。

 黒マントがこちらを向き、その烈風を、剣で吹き散らした。

 対抗魔法、

 その言葉が脳裏によぎる、ハイリンヒは首を傾げたくなった。

 だが、今はそんな場合ではないと思い直し、何度も杖を振る。

 緑の魔法石が悲鳴を上げていた。

 それでも、構わずに杖を振り続ける。

 黒マントは、何度と無く風の魔法を吹き散らし、時に魔法剣を振り炎を射出していく。

 ハイリンヒは、それを避け、転がりながら、風の魔法を使った。

 緑色の風が、黒マントの身体を捉え、黒マントがニメートル近く後退した。

 剣を取り落とし、慌てて、もう一方の手で、杖を掴み取ろうとしていた。その瞬間、ハイリンヒは好機を掴み取る。

 杖を振り、烈風を放とうとする。

 だが、

 杖がその瞬間、砕け散った・・・・。

 しまった! その言葉を心の中で呟いたのか、それとも、口に出してしまったのかは記憶に無い。

 だが、二束三文の杖を失い、焦ったのは確かだ。

 黒マントが、剣を拾い上げ、ハイリンヒに急襲する。

 そして、拾い上げた剣をハイリンヒの首に突きつけた。

 しばらく、両者は沈黙する・・・・。

 心臓は、あまり高いリズムを刻まなかった。

 何故なら・・・・、

 直後、ハイリンヒは笑い出した。

 黒マントが戸惑ったように剣を少しだけ引っ込める。

「ヒルデガルドさん? 何の冗談ですか? お金に困ってるわけじゃないんでしょう?」

 何故なら、ヒルデガルドの剣を奪ったこの盗人が、誰あろう、彼女自身であることを見破っていたからだ。

 次の瞬間、黒マントは剣を引き、やはり笑った。

「済まなかったな、悪ふざけに付き合わせて」

 女性の声、もちろん、ヒルデガルドの声。

 そう言って、彼女はフードを後ろに下げた。

 赤い髪が、ぱさっと肩に掛かり、端整な顔立ちが見える。

 ヒルデガルドがそこにいた。

 ハイリンヒは、ヒルデガルドを非難すべきかどうか迷った。

 だが、ただの悪ふざけにしては、手が込みすぎている気もするし、まずは、理由を聞くべきだと思い当たり、ヒルデガルドの言葉を待った。

「済まない、君を試そうとしたんだ。どうやら、合格、いや、それ以上だ」

 全く掴めない会話の内容にハイリンヒは、首を傾げた。

「話は、君の仕事場でしよう。壁に耳ありだ」

 そう言って、唇に手を当て、柔らかそうな唇で、シーッと音を立てると、ヒルデガルドは、にっこりと笑う。

 ハイリンヒはもう一度首を傾げた。

 ヒルデガルドはもう一度、そんな様子に笑い、路地から抜けるために歩き出した。

 それに習い、ハイリンヒもおずおずと付いていく。

 だが、粉々になった杖に気付き、破片を拾い上げた。

「まだ、使えるかな?」

 芯は腐り、枝は粉々、魔法石も傷だらけ・・・・。

 ハイリンヒは、見切りをつけるべきかどうか迷ったが、ある考えに思い当たる。

「どうしたんだい?」

 ヒルデガルドが、そんなハイリンヒに不思議そうに聞いてきた。

「いえ、何でもないです」

 そう言って、ハイリンヒは、杖の魔法石だけを手に持ち、歩き出す。


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