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杖つくりのハイリンヒ  作者: 若月 幸仁
杖つくりに舞い降りた仕事
2/16

  蝋が溶けたような匂いと、炭の匂いが充満するその場所で、ハイリンヒは、真剣な表情で、仕事道具と向き合っていた。

 鍛冶場、というのが正しいだろう、だが、普通の鍛冶場とは違う。ここは、魔力を持った物品を作る場だ。

 一見して、普通の鍛冶場にしか見えない。

 火を起こす、鉄を叩く、という動作は・・・・。

 最後に、呪文を唱えるという工程を除いて、普通のものだ。

 ハイリンヒは、細い手で、剣を打っていた。

 相当暑い作業場なのに、ハイリンヒはかなり涼しい顔で、黙々と作業を続けている。

 そして、剣が撃ち終わった・・・・。

 ハイリンヒは、その剣を光にかざして見た。

 銀色の刃は、光を受けてか輝いている。

 そこに、自分の顔が映った。

 癖のある金髪、それなりに整った、顔、少女のようにパッチリとした青い両眼。

 だが、そんなものは無視して、剣を見る。

 普通の剣としても、申し分ない仕上がりだ。

 だが、本当に難しい作業はここからだ。

 さて、どんなタイプの魔法剣にしようか?

 そんな風に、ハイリンヒは考える。

 これから、魔法を何度も重ねがけして、剣を更に精錬させていく。

 その工程で、少しでもミスがあると、魔法剣としては、使い物にならなくなるのだが・・・・。

「よし、炎の剣にしよう」

 そう呟き、ハイリンヒは、何やらブツブツと囁き、剣の刃をなぞった。

 剣が輝きだす。

 ハイリンヒは、何度もその工程を繰り返す。

 魔力が指を伝い、魔法剣に、複雑な魔方陣を描き始める。

 その間、ずっと、ハイリンヒはブツブツと唱えていた。

 ハイリンヒの指で描かれた魔方陣が輝きを濃くしていく。

 その間、ハイリンヒは、物凄い集中力で、剣と向き合っていた。そして、魔法陣の輝きがひときわ強くなる。

 ハイリンヒは、腕を剣から放し、息をついた。

 だが、これで終わりではない。

 今度は、剣に封じ込めた魔力を逃がさないようにもう一度、コーティングの魔法を掛けなければならない、この魔方陣を寸分たがわず、なぞるのだ。

 この時、別にコーティングの魔法を、剣全体に掛けてもいい、だが、その場合、コーティングの魔法が、使用者が剣の魔力を使うときに障害となり、最大限に魔力を使うことが出来なくなる。

 なので、コーティングの魔法は、必要最低限の場所に掛けなければいけない。普通の鍛冶屋では、そこまでの技術を有してないので、ハイリンヒの死んだ祖父に言わせれば、普通の鍛冶屋が作るものは、大体が、失敗作のガラクタ、であるらしい。

 祖父は、お前はそんなものは決して作るなと硬く言った。

 ハイリンヒは、その祖父の言葉に従い、あくまで最高の集中力と技術を持って、一つ一つの作品を仕上げるのだ。

 ハイリンヒは、赤く輝く魔方陣を、物凄い速さでなぞっていく。

 しかも、寸分違わずに。

 魔力が逃げるのは早い、なので、コーティングは一秒でも早く、正確に、というのが決まりごとだ。

 ハイリンヒは、数秒で、魔方陣をなぞった。

 だが、それでもまだ遅いと思う。かなり厳しい目線で、自分の作った剣を見下ろし、とりあえず、振ってみた。

 ヒュン、ヒュン、という音がする。

 振り心地は申し分ない。

 そして、ハイリンヒは、額に剣をかざし、ぶつぶつと何事かを呟いた。

 その瞬間、剣が燃え上がる。

 ハイリンヒは、炎がくすぶっている暖炉に、剣を振った。

 その瞬間、剣から炎が吐き出され、消えかけていた炎を再び灯す。

 再び何事かを呟くと、もう一度剣を振るった。

 その瞬間、炎が消え、部屋を煌々と照らしていた光が無くなる。

「まあまあ、かな・・・・」

 ハイリンヒは、ため息をつき、鍛冶場から出て、その先にある店に出た。

 ハイリンヒが若干十六歳で開いている店、魔法武具店「オーステン・グランド」

 この時代で最高の武具職人と呼ばれた。祖父の名前をとった店。

 いつかきっと、祖父を超えるという願いを込めてつけた名前。

 だが、この体たらくはどういうことだろう?

 最近、まあまあ、という程度の武器しか作れてない気がする。

 それに、彼の本職は魔法剣の精製ではない、魔法の杖の精製だ。

 ハイリンヒは、カウンターに置いてある椅子にどっかりと座り込み、来客があったことに気付かず、頭を抱えた。

 そんな中、

「済まない、君、この店の店員さんかな? 杖と魔法剣の修理を頼みたいんだが?」

 遠慮がちな女性の声が聞こえた。

「ああ、これは失礼」

 ハイリンヒは、おおよそ、その歳にはそぐわない、物腰と口調で受け答え、笑顔を浮かべた。

 営業用の、無味乾燥な笑顔だった。

 そして、話掛けてきた客の女性をまじまじと見てみた。

 長い、炎のように赤い髪、背は、ハイリンヒよりいくらか高く、少し見上げないとその顔が見えない。

 少し色黒だが、かなり美人な部類に入ると思う・・・・・。

 男勝りな眼差しが、ハイリンヒを見つめ、にこっと、笑いかけた。

 慌てて、ハイリンヒは、目を逸らし、女性の格好を見た。

 炎のエンブレムをしている。

 王族親衛隊か?

 いや、間違いないだろう。武器の修理、炎のエンブレム、鍛え抜かれていそうな身体、ローブの下の鎧、間違いない、王族親衛隊だ・・・・。

「では、見せていただけますか?」

 そう言って、ハイリンヒは、手を差し伸べた。

 女性は、ローブの下から剣と、杖を取り出し、剣をそっとハイリンヒの手に乗せた。

 中々に重い・・・・。

 ハイリンヒは、その重さを感じながら、片手で持ち、杖を差し出すようにと、もう一方の手を差し伸べた。

 女性は一瞬、面食らったような顔をする。

 どうやら、ハイリンヒが、その剣を片手で持つほどの腕力を持っているとは思わなかったのだろう。

 ハイリンヒの仕草に促され、女性は、杖をその手に乗せた。

「店主はどこかな? 今は留守なのかな? なら、日を改めてもいいんだが」

「僕が店主です」

「は?」

 女性が、一瞬、間抜な顔になった。

「え、と、それはつまり・・・・」

「僕が店主です」

 ハイリンヒはイライラしながら、同じことを言った。

「そ、そうか、それは済まなかった」

「いえ、いいですよ」

 ハイリンヒは、剣を鞘から抜き取り、損傷の具合を確かめながら言う。

 かなり傷付いており、魔方陣の魔法もかなり弱まっていた。

 だが、

「こちらは、簡単に直せますけど、問題は・・・・」

 杖のほうは、魔力の源となる先端に配置された赤い魔法石が割れている。

 こんな損傷の度合いは久しぶりに見た。

「なるほど、魔法石のほうは取り替える必要がありますね。樫の木、芯にドラゴンの爪・・・・。魔力の感じからして、まだドラゴンの爪の魔力は衰えていないようなので、芯は変える必要がありませんね、恐らく、修理する前と、全く同じにはならないと思いますよ」

 かなり所々に傷がついた、黒ずみ、先端に宝石のようなものがついた、杖の柄を持ちながら、言う。

「そ、そうか、ならそれでもいいから、とにかく、使えるものにしてくれ」

「分かりました。それでは、今、当店にある魔法石を出しますので、どの魔法石がいいか、選んでください」

 そう言って、カウンターの下から、ハイリンヒは、箱のようなものを引っ張り出し、カウンターに置いた。

「お勧めの魔法石はこれです。ドラゴンの爪と相性がいい」

 そう言って、幾つもの仕切りに区切られた箱の中にある輝く石の一つを取り出した。

 透明ではなく、真珠のような光沢を放った、銀色の石・・・・。

「全ての魔法に対応しています、とてもバランスがいい石ですよ」

「うーん、私は炎の魔法を得意としていてね、赤の魔法石は無いかな?」

「すいません、今は、赤の魔法石の持ち合わせが無いんです」

 淡々と言う、ハイリンヒに、女性は、少し肩を落としたようだった。

「この石を修復することはできないのか?」

 やや、投げやりに、女性が聞く。

「出来ますよ」

「そうか・・・・」

 肩を更に落とす女性、だが、

「何? 今、何と?」

「いや、ですから出来ますと」

「本当か?」

「はい」

 じっと、こちらを見てくる女性の眼を見ながら、ハイリンヒは事も無げに言った。

「相当高度な技術なんだろう? 魔法石の修復というのは?」

「はい、それに、魔力は著しく落ちますし、とても弱くなります。他の魔法石にかえたほうが、ずっと、活躍はしてくれると思いますが?」

「いや、それでいいんだ。その技術を、君が持っていたということが、重要なんだ! 三日後にまた来る! それまでに、でかしておいてくれ!」

 女性は息せき切って出ようとしたが、ハイリンヒに向き直り、ゴホンと咳払いすると、

「私は、ヒルデガルド=フォン=ビンゲンだ。よろしく」

「ハイリンヒです。よろしくお願いします。では、三日後に」

 二人は頭を下げ、ヒルデガルドは、そそくさとその場を去って行った。


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