青い水
純度の高い水とは、魔力的に、不純物が入っていないと言うことだ、科学的な観点での不純物は、蒸留することで、手に入れることが出来るが、魔力的な観点から考えると、属性的に、不純物が混じっていないこと、ということになる。
つまり、純粋な、水の魔力だけを持った水が必要なのである。
そんな水は、普通の水ではできない、全ての水には、多かれ少なかれ、多種の魔力が混入しているのだ。
「駄目だ。そんなもの、手に入らない」
眠りから覚めたハイリンヒは俯き、呟いた。
そして、今、どれくらい寝ていたのかを、調べるために、洞窟を出て、空を見る。
時間は、そう経っていないようだ。
しかし、それで、事態が好転するわけでもない。
そんな中、
悲鳴が聞こえる。
甲高いとは行かないまでも、上ずった声・・・・。
女のものではなさそうだ。
この声には、聞き覚えがある。
「ヴォルフガングさん?」
声のした方向に首をめぐらせ、次の瞬間には、走り出していた。
声は、医務室から聞こえてきた。
洞窟に入り、医務室の、扉を開け放つ。
そこには、憤怒の表情を宿した気難しそうな、壮年の男性、アッシュと、地面に倒れ、恐怖で目を見開いているヴォルフガング、目を閉じて、荒い呼吸をしながらベッドに横たわるヒルデガルドがいた。
黒いローブを着たアッシュの手には、ナイフが握られている。
「お前! 何するつもりだ!」
ハイリンヒは憤怒を露にして突き刺すように言った。
ローブの男アッシュは、ハイリンヒを見ると、突然、彼を押しのけ、医務室から飛び出して行った。
ハイリンヒは呆気に取られたが、すぐに頭を振り、それを追いかける。
杖はその手にあった。
洞窟を抜け、その先へ、光が目に入り、顔をしかめながらもアッシュを見据え、数メートル先を行くアッシュに魔法を浴びせる。
炎が荒れ狂った。
対して、黒ローブは杖を取り出し、こちらを向くと、その炎を迎え撃つ。
水で相殺する、対抗魔法。
ジュワ! という音が響き、お互いの魔法が霧散する。
ハイリンヒは、怒涛のごとく、魔法を連射した。
炎、水、雷、風、土、その順番に、魔法を放つ。
ハイリンヒの魔法のレパートリーの多さは、オーステンの指導の賜物だ。そして、この魔法の多彩さを持ってすれば、対抗魔法で防ぎきるのは難しい。だが、その全てが、相殺された。
アッシュが、手を上げ、ハイリンヒがもう一度魔法を使おうとするのを制した。
「待て! 私は、君たちの危害を加えるつもりは無い!」
「じゃあ、何でナイフでヴォルフガングさんを刺し殺そうとしてたんだ?」
「それは・・・・」
ハイリンヒの形相に気圧され、アッシュは、口篭る。
「答えてみろ! この卑怯者!」
「私は・・・・、くっ!」
アッシュはハイリンヒが放った魔法を、対抗魔法で弾きながら、何とか言葉を紡ぎだす。
「君たちは、騙されて、いる・・・・」
言葉の節々で、アッシュは何とか魔法を発動させ、攻撃を捌く。
「お前は、ヒルデガルドさんを! 僕たちを、何度も殺そうとした! あの狼も、木が倒れてきたのも! お前のせいだろう!」
「違う! 話を・・・・」
ハイリンヒの攻撃は、苛烈になっていく。
ついに捌き切れなくなったアッシュは、踵を返して逃げだした。
そのローブから、瓶が零れ落ちる。
ハイリンヒは、アッシュを追い、走り出す。
だが、直後アッシュは、その場から消える。
ローブの下から、結晶のようなもの取り出し、頭上に掲げる。
青い結晶・・・・。
薄く光を放ち、透き通ったそれは、光を放ち、ハイリンヒの目を僅かにくらませた。だが、それで終わりではなく、アッシュの身体が光の粒となって、消えうせる。
転移結晶・・・・。
ハイリンヒはギリッと歯軋りをし、アッシュが落としていった瓶を拾い上げた。
「これは・・・・」
青く光る水・・・・。
今、ハイリンヒが最も欲しているものだった。