罠
ヒルデガルドと、ハイリンヒは、森を出て、次に、魔法石の採れる山、ザックロング鉱山に向かった。
森を出るときは、不思議なことに、ハープの音色が導いてくれたので、簡単に外に出ることが出来た。
ハイリンヒは、その魔法の仕組みを分析していたが、分からずじまいだった。
馬に揺られ、二人は荒野を駆けていた。
「妙ですよね?」
ハイリンヒが言った。
「妙とは?」
「何で、アッシュは、森の側に置いていた馬に何もしなかったんでしょう?」
「それは、恐らく、王族親衛隊の馬だからだ。ちょっかいを出すと、すぐに私に知らされる。更に、触れたものを捕捉することができ、もちろん、他人に操られないように、訓練を積んでいるしね」
なるほど、とハイリンヒは頷いた。
「まあ、この馬が使いものにならなくなることはほぼ無いよ。なあ? スレイブ?」
ヒルデガルドは、馬の首の辺りを撫でた。
馬は応えなかったが、微かに走る速度が速くなったように感じた。
三日ほど馬を走らせ、その間二人は、夜の間は、別々のテントを張り、寝食の食だけを共にし、時間を過ごしていた。
そして、三日後、ザックロング鉱山にて、
ザックロング鉱山には、大規模な魔法石の採掘場がある。
大地に走る魔力が、集約される場所・・・・。
東方では、龍脈と呼ばれるらしいが、それはさておくとして、二人はその場所にやってきたのである。
働く採掘者がそこら中にいて、雑談をしたり、仕事に精を出したりしている。
鉱山の中は、トンネルのように岩に囲まれ、そこら中に、光る石が顔を出している。
そんな中、ハイリンヒは、一人の採掘者に話しかけた。
「すいません、銀色の石は、どこら辺で採れますか?」
「おお! 少年! 若いのに関心関心! 差し詰め、君は、杖つくりの見習いか?」
髭もじゃの、たくましい体つきの男が、ハイリンヒの背中を叩き、豪快に笑った。
「はあ、まあ、そんなようなものです」
「そうか! そうか! よし! おじさんに付いて来い!」
ハイリンヒは、長身の働く男と比べられ、更に小さく見えた。
ヒルデガルドは、少し微笑ましい感情になり、「ふふ」と笑った。
ハイリンヒは、そんなヒルデガルドを、見て、ジトッとした目になった。
「私も付いていって宜しいですかな?」
そんな中、油まみれの、中年男の声が聞こえた。
「ヴォルフガングさん」
声の主を見て、ハイリンヒは顔をほころばせた。
中年の男は、人の良さそうな笑みを浮かべながら、少し息を弾ませていた。
その後ろには、何人もの付き人がいて、疲れた顔をしていた。
ハイリンヒがちらっとそっちを見ると、ヴォルフガングも、そちらを見て、言う。
「ああ、彼らの事は気にせずに、皆、ここで休んでいて良いぞ! ここからは一人でいく!」
すると、全員、安堵したような表情になった。
「がっはっは! 皆さん! ザックロング鉱山の名物! 男たちの汗と血の仕事でも観賞して、待っていてください!」
髭もじゃの男が言う。
そんな訳で、一行は、男に付いて行くのだった。
男は、大きな声で説明していた。
「銀色の石は! 全ての属性の魔力が集まる場所にあるんですよ! 私は、魔法の仕組みをとかを知ってるわけじゃないですから詳しい事は、分からないですけどね、ここは、全部で五箇所に分けられ、その中で、赤、青、緑、黄、茶、の色の石を手に入れる場所は決まってるんでさあ! その中域に、銀色の石がある!」
暑苦しく、男は熱弁を振るう。
「すいません、忘れてました。貴方のお名前はなんですか?」
「何でも! 魔力と魔力が混ざり合って! 全ての魔力に適応する、石を作り出すんだとか!」
「あの・・・、貴方のお名前は・・・・」
「銀色になる理由は諸説あるんですがね! 無属性を象徴する色になるために、銀になるとか! 属性のことは良く知りませんがね! 赤が、炎だって事ぐらいは知っていますよ! 他はしりませんが! ガッハッハッハ!」
「あの、お名前は・・・・」
「ここで働いている人数ですか! 千人はくだりませんよ! 全く素晴らしいでしょう!」
ハイリンヒは、唖然とした。
こんなに話を聞かない人間と接したのは初めてだった。
「あの! 貴方のお名前はなんですか!」
遂に、苛立った声が出てしまった。
「ああ、私の名前かい? ゴーグだ! よろしく! 少年! そうかそうか! 自己紹介はまだでしたか! この機会に、全員名前を言ってください!」
「あ、僕はハイリンヒです」
「ヒルデガルドだ」
「ヴォルフガングです」
そんな訳で、三人が自己紹介を終えると、ゴーグは、機嫌良さそうに頷き、
「そうですか! そうですか! じゃあ、自己紹介も済みましたし、行きましょう!」
それからも、ゴーグの話は続き、三人は、辟易しながら、歩いていた。のだが、それも、しばらくの間だった。
脂汗にまみれたヴォルフガングが、息を付きながら、へばっていた。
「大丈夫ですか? ヴォルフガングさん」
ハイリンヒは、その背中に手を置き、ヴォルフガングを気遣った。
「いや、申し、訳ない、ハイリンヒ殿、先に、行って、くだ、さい」
息も絶え絶えの中年の男に苦笑いしながら、ハイリンヒは、
「すいません、休憩にしませんか?」
「私は構わないが」
「そうだな! 少年! 立ち止まることも必要だ!」
そう言って、二人は、足を止め、こちらへ向かってきた。
「いえ、わた、しの、ことは、お気になさらずに・・・・」
「でも・・・・」
「いいから、行ってください、しばらく休めば、大丈夫です」
「・・・・、わかりました」
ハイリンヒは頷き、二人に目配せをすると、歩き出した。
「まあ、彼が言うのなら、その通りにしようか」
そう言ってヒルデガルドは歩き出そうとした。
しかし、
「危ない!」
彼女が叫ぶ。
落石・・・・。
急に巨大な石が落ちてきた。
その瞬間、ヒルデガルドが、ゴーグと、ハイリンヒを突き飛ばす。
二人は、石から逃れ、代わりにヒルデガルドが、その下敷きとなった。
「ヒルデガルドさん!」
ハイリンヒは唖然としながらも、冷静さは無くさずに、岩に向かって杖を取り、魔法を使った。
岩を砕き、ヒルデガルドを開放する。
「大丈夫ですか? ヒルデガルドさん!」
ヒルデガルドは、目を開けない。
「あ、あ、治癒魔法を! すぐに、治癒魔法を!」
ヒルデガルドは、血にまみれていた。
ハイリンヒは、魔力の循環の具合で、ヒルデガルドの身体を診た。
魔力の流れが、それを教える。
(内臓は傷付いてない・・・・、でも、骨が何本か折れてる・・・・、何より出血が酷い、すぐに止血しないと!)
ハイリンヒは、杖を使い、ぶつぶつと呪文を唱えた。
白い光がヒルデガルドを包み、出血を抑える。
傷口が塞がり、ヒルデガルドの荒い息が、安らかなものへと変わった。
「大丈夫ですか? ハイリンヒ殿!」
ドスドスと、ヴォルフガングがこちらへ歩いてきた。
「ヴォルフガングさん! 骨折癒着の魔法を使えますか!?」
「残念ながら・・・・」
「そうですか・・・・、なら、どこかまともな治療が出来る場所に戻りましょう」
「よし! 俺に任せろ! 少年! 彼女は俺が運ぶ!」
「お願いします、ゴーグさん」
ハイリンヒは、担ぎ上げられるヒルデガルドに魔法を掛けながら、走り出した。




