吟遊詩人クルト
ハープの音が聞こえた。そして、歌も・・・・。
ヒルデガルドとは別のテントに入ったハイリンヒは、その音で眼を覚ました。
そして、テントから這い出し、辺りを見渡す。
光が射し込み、木漏れ日がまぶしい。
木々は風にざわめき、まるで、話をしているようだ。
そして、大きな木の根元に、ハープで曲を奏でる男がいた。
その近くには、小動物たちが群がり、その音色に聞き入っていた。
ポロン、ポロンと音がする・・・・。
そして、男は歌い始めた。
長い金髪を揺らし、女性と見紛うよう顔に笑みを浮かべながら・・・・。
綺麗な音色だった・・・・・。
思わず、ハイリンヒもその曲に聞き入る。
いつの間にやら、ヒルデガルドも、ハイリンヒの隣で、その曲に聞き入っていた。
しばらくして、曲は終わり、男は、ハイリンヒとヒルデガルドを交互に見た。
「やあ、迷える旅人よ、私は吟遊詩人クルトだ。この森で迷った旅人に道を示す役目をしている。君たちに道を示そう」
そう言って、クルトは動物達を見て、
「今日はこれでおしまいだ。みんなお帰り」
そう言った。
動物達は、一斉に逃げるようにどこかへ去っていく・・・・。
「あの、道を教えてくれるんですか?」
「そうだとも」
クルトは頷いた。
「だが、その前に、君たちに物語を一つ、あまり時間は取らせない。道を教える代金だと思って、時間をくれないかな?」
ハイリンヒとヒルデガルドの二人は、顔を見合わせた。
「しかし、我々には時間が・・・・」
「いや、聞きましょう、ヒルデガルドさん」
「君がそう言うのなら・・・・」
ハイリンヒの言葉に逡巡していたヒルデガルドだったが、渋々、それに従った。
「ありがとう、では、話そうかな」
クルトは、ハープをもう一度ポロンと鳴らし、話始めた。
むかし、むかしのこと、稀代の悪の魔法使いがいました。
魔法使いは物凄い魔力を持ち、誰もかなわないほどの実力をもった人物です。
しかし、それでも、魔法使いは満足しませんでした。
これまた、稀代の天才と謡われた杖つくりの元を訪れ、言いました。
「私に相応しい、強力な杖を作ってほしい」
しかし、もちろん、正義感が強かった杖つくりは、首を振りました。
すると、魔法使いはニヤッと笑って、賢者の石と、非情に強力な力を持ったドラゴン、ルシフェラスの角の一部、そして、この世界の中心に生えているという世界樹の枝を差し出しました。
すると、杖つくりは、それに抗しがたい魅力を感じたのです。
これがあれば、世界を震撼させるほどの力を、この魔法使いに与えることになります。
しかし、それは杖つくりとしての、ある意味では達成点でもありました。
そう、杖つくりの最大の目的とは、絶対無敵の杖を作ることなのですから。
魔法使いは、杖の材料を置き、その場を去り、
「二日後に返事を待つ」
そう言って、去りました。
杖つくりは悩みました。
悩みぬきました。
そして、とうとう二日後、魔法使いに承諾の返事を出したのです。
魔法使いの狙い通りでした。
三日三晩、杖つくりは作業に没頭しました。
最高の技術をもって、最高の集中力を持って、杖を完成させていきました。
そして、完成した杖を、魔法使いに渡したのです。
その瞬間から、更なる悲劇は起きました。
沢山の人々が、炎に包まれ、水に押し流され、稲妻に打たれ、風に飛ばされ、地割れに飲み込まれ、死にました。
もちろん、これは、最強の杖を手にした魔法使いの仕業です。
杖つくりは、自分のやってしまった事を悔い、罪の意識に苛まれ、やがて、子供を残して、自害しました。
魔法使いの暴虐に見かねた、今まで戦争状態にあった炎の国、水の国、雷の国、風の国、大地の国が一時的に手を結び、魔法使いと戦いました。
壮絶な戦いです。
魔法使いは、竜を呼び出し、逆巻く炎を兵士達に吐き出させ、一掃しようとしました。
それを、水の国の王が、水の壁を作って、阻みます。
次に、魔法使いは稲妻を呼び寄せました。
雷雲から雷が降り注ぎ、水の王を捉えようとします。
その時、大地の国の王が、地面を盛り上がらせ、水の王を包み、雷を阻みました。
怒った魔法使いは、風を唸らせ、炎を呼び、地割れを起こし、洪水を引き起こしました。
戦いはいよいよ激しくなり、兵士達を全て撤退させ、五人の王が、魔法使いと対決しました。
炎の王が、火球を飛ばし、水の王が、水流を当て、雷の王が、電撃を浴びせ、風の王が嵐を巻き起こし、大地の王が地面を盛り上がらせ、下から魔法使いを狙います。
壮絶な戦いの末、魔法使いは倒れ、静寂が訪れました。
五人の王は、肩を叩きあい、喜びました。
そして、今までいがみあっていたことを恥じ、互いに頭を下げたのです。
そんな中、炎の王が提案します。
「こんな悲劇が繰り返されぬよう、この杖を五つに砕き、一つ一つをその国が管理することにしよう。これは、我々が平和を掴み取った証だ」
他の王たちは賛成し、杖を砕き、それぞれ自分の国へ持ち帰りました。
魔法使いは悠久の眠りに落ち、王たちは、それから戦争をすることなく、以後、平和な日々が続きましたとさ。