十六話
何故早く話を薦めないのか。こんなに無駄に長くする必要があったのか。
自分に問い詰めたくなる。
2014/04/16 深刻なミスが発見されました。司馬懿について入ってはならない描写が入っていたので削除しました。既に読まれた方々には申し訳ありません。
稟SIDE
中原から大きく離れた西涼は漢でも僻地に当たります。異民族たちとの争いも多い一方、彼らとの貿易、一部は西涼に住み着く時もあります。これは国境界に位置する地域では等しく見られる特性ですが、西涼は他の地域よりも争いが激しい所に当たります。頻繁に攻め入る五胡と毎日のように戦う西涼の男たちは皆して優秀な戦士であり、彼らの騎馬術は中原でも勝る軍がありません。
今中原のどの軍と戦っても私は華琳さまの軍が負けるとは思いません。西涼の連盟が強いといえど所詮部族が集まった連盟。盟主の馬騰は病状にあり、娘の馬超は母に至るような奥深さが足りぬというのなら西涼の騎馬隊などおそるるに足らず。ただ勝つだけではなく、どれだけ被害がなく、迅速に西涼を手にするか、それが大切だ。
そう思っていました。
「夏侯元譲か…小童がずいぶんと健気になったものよのぉ…」
「…そういう馬寿成殿こそ、噂と違って元気そうに見える」
目の前に見える重厚な美しさを持つと同時に、戦場で鍛えられた体を持つ女性は、西涼の盟主、馬騰。
馬騰は健在だった。
病弱という噂がいったいどこから始まったのかと叫びたくなるぐらい平然として盟主の座に座っている馬騰の姿、そしてその威圧感に私は言葉を失っていました。春蘭さまは以前出会ったことがあるせいか、それとも自分も武人としての埃があるからか平然とその前で返事をしていました。
「して、曹操、あの娘は未だに息をしているのか。燃える洛陽に飛び込んだと聞いておるが…そのまま骨一本この世に残さず焼け死んでくれればよかったものを…」
「…!」
馬騰の暴言に春蘭さまは顔を顰めましたが普段のように人の門前で叫んだりはしませんでした。ここは他軍の地、それに両側には武装を揃えた西涼各部族の者たちが集まっています。この場で無礼を働いては、戦が始まる前に馬騰は我々の首を長安の門前に吊るすでしょう。
「…馬寿成殿、我々が使者として来たのは…」
「判っておる。どうせ長安を返せなどと巫山戯た要求をしにきたのであろう」
私が勇気を絞り出してこちらの用件を言おうとしましたが馬騰は私の声を遮りそう言いました。そして私たちが来た理由はまさにそれでした。
「小娘が小賢しい名分争いをしおって…そんなに儂が怖いのか」
「馬寿成殿、先ほどから我らが主への暴言、度が過ぎます」
「…ふん、何も分からぬ雛めが。裂けた口だからとぬかしおる」
「なっ!」
「雛、名はなんという?」
「…郭奉孝と申します」
「貴様は貴様の隣に居るイノシシが何故儂の前でいつものように刃を向けないか判るか?」
「…?」
「馬寿成殿、その話は…!」
その時、黙っていた春蘭さまが馬騰の話を遮りました。
「…あの事は華琳さまの意思ではなかった」
「その一言で儂があの小童を許すとでも思うのかね、夏侯元譲…」
「……」
「聞けば貴様の妹もあの小童に捨てられたという。貴様も兎を捕らえた後の犬になる日も間もないかもしれんぞ」
「…馬寿成殿、それ以上は例えあの時のことを思っても黙ってはいない」
「本当に我慢しているのが誰だと思っておるのかの…」
「……」
「この場で貴様の首を刎ねてあの小童に返してやりたいのをやっと我慢しておるのじゃ」
春蘭さまと馬騰の間では今ここで我軍と西涼軍との戦争が始まってもおかしくないほどの険しい空気が流れていました。
「ふん、まあ、良い。そんなに欲しければくれてやるわい」
「…はい?」
私はあまりにも予想外の言葉だったので聞き返してしまいました。
「なりませぬぞ、馬騰さま!」
「長安は西涼とは眼と鼻の先だ!」
「あそこを曹操に渡せば後で大群で襲ってくるのは火を見るように明らか…」
「黙れい!」
直ぐに両側に居た部族長たちが反対したものの、
「今この場で儂に異見する奴はこの場で斬り捨ててやるわ!」
馬騰が一喝すると誰もそれ以上何も言わなくなりました。
「元譲、あの曹操に伝えな。長安は渡してやる。だが一旦黄河を通って西涼にやってきた時には…一兵たりとも生きて帰らせぬと」
「…確かに伝えよう」
春蘭さまは静かに答えました。
<pf>
そして十日後、私と春蘭さまは陳留に戻り、華琳さまと皆が居る前報告をしました。
「馬騰が健在だ。それだけでもまず厄介ね」
「使者として謁見した短時間に平然を装うことは馬騰ほどの武人であれば造作もないことだ。それでは本当に健在であったとは言い切れない。寧ろ逆にこちらに健在だと思わせるために無理をしていると思ってもいいぐらいだ」
桂花と一刀殿の意見には私も同意見でした。ですが、頭の中ではそう理性的に考えたくても体は、あの馬騰の威圧感を前にしていた時の震えを覚えています。あれは病者が出せる気迫とはとても思えませんでした。
「春蘭、あなたにはどう見えたのかしら。馬騰が無理をしているのように見えた?」
「正直に私にも判りませんでした。あの姿だけなら今にでも剣を持って馬に乗り荒野を駆け抜けるなど造作もないように見えましたが、実際には威圧感を出すばかりで動きなどはありませんでした」
「そう。春蘭でも判らないのね」
「ただ、馬騰の意思は確かに伝わりました。我々が西涼を攻め入れば馬騰は怯むことなく我々とぶつかるでしょう」
春蘭さまがそう述べると華琳さまは頭を頷かれた。
「そう、馬騰はそういう人柄よ。敵前逃亡などありえない…ましてやその相手が私であるならね」
「華琳さま?以前から気になっていたのですが、華琳さまと馬騰さんの間には以前何かがあったのですか」
桂花の隣に居た風がそっと手を挙げながら言うと華琳さまは少し顔を暗くなさりました。やはり、何か我々に言えない事情があるのでしょうか。
「あの、春蘭さま」
「うん?どうした、季衣?」
「えっとですね。ちょっとおかしいなと思いまして…ボクの聞いた話だと、馬騰さんがうちが長安を返せって言ったら絶対返さないはずだから、それを名分に攻めるって話でしたよね」
「そうだったな」
「でも、実際に馬騰さんは長安を渡すって言ったのですから、ボクたちが西涼に攻める名分って、ないんじゃないですか」
「それはあくまでもそうなった場合にはそれで名分が出来るって話なのだ」
「え?」
「別に長安を返したからと言ってこちらが攻める名分がなくなるわけではない。そもそもこの乱世に名分というのは出来てから攻めるというより攻めた後に作り上げるようなものだからな」
「…それって、ボクたちが悪者っぽくないですか」
「それは…そう言われてみれば……むむ…」
最初はうまく答えると思いきや何故迷い始めているのですか。
「名分は所詮建前でしかありません。それに乱世に善も悪もありません。どの軍がより優れた用兵と策略で相手を上回るか、それが肝心なのです」
「…しかし、長安を安々と返すと言ったのは気になりますね。何か裏があるのでしょうか」
そう言ったのは警備隊長の凪でした。
「絶対と言っていいぐらい、何かあるわね。長安は大都市な上に西涼の真ん前よ。今から攻め入るだろうと思っている相手にタダで返すはずがないわ」
「馬騰の軍勢は騎馬が主。守城には向いていません。どうせ碌に守れも出来ない城なら、いっそ自分たちに慣れた地で戦う方が良いと判断したのかもしれません」
「それもあるかもしれないけど、長安に何もないだろうと思うのは危険よ。華琳さま、まずは長安に居る間者たちの報告を待ってから動いた方が良いと思います」
「向こうが何かを考えていると判断するからこそ、相手にこれ以上時間を与えてはなりません。華琳さま、ここは奇襲を仕掛けて長安を確実に我軍の手に治めるべきかと」
「それで敵の罠にハマれば本隊がたどり着く前に殲滅されるわ。そしたら安全に取れたはずの長安の確保さえもままならなくなるじゃない」
「策を使うにしても反董卓連合軍での西涼軍の働きを聞くと策略に明るい者は居ないはずです。そういう連中なら出来ることはたかがしれていること。私なら現場で十分に対応できます」
「連合軍に居もしなかったくせに大した自信じゃない。そもそも今の相手は馬騰よ。連合軍での働きでは馬騰の実力は測れないわ」
「馬騰が歴戦の英雄であることは百も承知。ですが、相手の実力がはっきりとしないと言ってまるで敵わぬ相手のように想像することは寧ろ馬騰の思うツボです」
桂花と私の意見が分かれて、両方とも華琳さまの方を向きました。
しばらく黙っていられた華琳さまは、
「稟、二万の兵を与えるわ。長安を占領しなさい」
「…はっ!ありがとうございます!」
「ただし、一刀を付けるわ」
華琳さまが私の事を信用してくださったという喜びもほんの一瞬、次の言葉に私は顔を顰めました。
「安心しなさい。最終判断はあなたに任せるわ」
「…一刀殿が私の判断に従ってくださるとは思えませんが」
「別にお前のやることの邪魔はしない」
「そう言っておいて、私の采配に不満があれば勝手に動くつもりでは?」
「逆に聞くが、俺が納得できるような采配が出来るのか?」
「……」
「……」
この方は何があっても絶対私の事を邪魔しそうです。
「はぁ…一刀、余程じゃなければ彼女の言うことに従って頂戴。だけど稟も、あまり彼が何かをすることを抑えようとする必要はないわ。過程がどうであれ、あなたの役に立つはずよ」
「…判りました」
別に一刀殿が華琳さまに害をなすような行動に出るとは思っていません。しかし、それだけでは足りないのです。
私は自分の才を華琳さまの前に披露したい。それが一刀殿の働きに薄れてしまっては、私が先鋒を買ってでる意味がありません。
「では、稟。将は誰を付けようかしら」
「春蘭さまは華琳さまのお守りがありますからダメですね。季衣はこういう仕事には向いていませんし」
思うと、我軍の武将の幅は結構狭いですね。夏侯淵さまが残っていてくだされば春蘭さまと一緒にで向かったのですが。
「そんならウチが行ったるわ。この中で西涼に詳しいのはウチぐらいやし。長安やったら城内の地図もだいたい頭ん中に入ってるしな」
「なるほど、では霞に一緒に来てもらいましょう」
「それなら俺は李典と元直を連れて行こう」
「え!?」
その時声上げたのは凪でした。
「か、一刀様、何故私ではなく真桜を…」
「わりぃな、凪、ウチと隊長はな、今回の攻めのために二人で色々準備してるんや。だから今回は一緒に行動するんやでー。うらやましだろー」
「そういうことだ。それにお前はチョイのことを頼んでいる。今回は西涼攻めに参加せず陳留で桂花と一緒に留守にしてもらうぞ」
「そ、そんな…本隊にも加えてもらえないのですが…」
「ちゅうか、桂花も残るん?」
「皆が西涼の攻略にしている間に、中原で大きな動きがあるかもしれないでしょう?その時に機敏に対応するためよ。もし孫策が独立のために袁術に攻め入ったり、劉備が徐州を狙ったりすると、陳留に残した軍で行動に出るつもりよ。だからその時は凪も私と一緒に出るわ」
「…はい」
しゅんとなっている凪を慰める沙和と真桜から目を離し、私は一刀殿の方を見ました。
「一刀殿、これが私の初陣です。くれぐれも、足を引っ張らないで頂きたいものです」
「その心配はするな。だが、もしお前が功名心にはやって行動を誤れば、俺は華琳のために動く。その時はお前の権限がなんであれ俺を止めることが出来ない」
「ご安心ください。そんなはずはありませんから」
そう、華琳さまに捧げようと思ったこの知謀、決して踏み違えることはありません。
<pf>
桂花SIDE
「じゃあ、私が残ってあんたが行くってことでいいわね」
「…正直面倒なんだが」
「言い訳にならないわよ。しかも西涼攻めを薦めたあんただから抜けられるわけないじゃない」
アイツが河北から帰ってきた当日の夜、私はアイツと秘密話をしていた。
秘密話と言っても別に謀反だとかそういうことを企んでいるわけではない、決してそれはない。ないが……正直そのぐらい私には後ろめたい事ではあった。
正直、今になって自分がやったことに少々後悔してしまうことが情けなくて仕方がない。知らなければよかったという気持ちが湧き上がるのだ。
「華琳さまには、いつまで黙っている気なの?」
「…そのうちには言うことになるだろ。お前の違って、俺は嘘は下手だ」
一体どの口が言っているのか一瞬手打ちしたくなるぐらいイラッとした。
「大丈夫なはずだ。華琳も自分がかなり無茶をやっていると解っている。だからこちらが何をしてもそこまで深く干渉できないはずだ」
「それも限度というものがあるでしょう。それに、もし西涼に入って私たちの予想が現実になったら……その時は私はもう隠しては居られないわ」
私たちが予想していることとは何か。
何故華琳さまは西涼を攻めようとなさったのか。私たちは華琳さまが隠しているその秘密が何かを知ろうと思った。だから各々の方法で裏を探ることにした。
あいつは自分なりに気になっていた、愛理から聞いた、水鏡先生が華琳さまを嫌う理由が今回の事件と何かつながっていると直感し、何かと言い訳を付けて河北の臥竜鳳雛の所へ行った。
そして私は、西涼の間者たちが偶然見つけた秋蘭の行跡を探り、彼女が漢中に居ることを知り、彼女に華琳さまと馬騰の間に何があったのかを探った。その結果、詳しい話は聞けなかったものの、アイツとほぼ似たような情報を秋蘭から受けることが出来た。まったく違う問題からまったく同じ返答が帰ってきたこと。それは偶然ではなかった。
それに私はこの情報を得るために華琳さまの前で嘘まで吐いた。その結果で得た情報と、あいつが河北が持ってきた情報を合わせた時、私にとってあまりにも残酷な内容になってしまい、そこまでに考えが至った瞬間、吐き気がするぐらいだった。
司馬懿仲達。
司馬家は中原で知れた名門。だがその才の高さのあまりに自分の身を滅ぼすことを恐れ、在野に篭もる者も多かった。司馬懿もその一人だったのだろう。
だが長安と司隷の間のどこかに隠居していた司馬懿を華琳さまが見つけ出し、仕官させようとした。同時期に馬騰も司馬懿の事を手にしようとしていたのだろう。だからこのお二人の間に司馬懿を手にするために競争があったということだった。両方とも綺麗な女好きで(一人が両性愛者だったけれど)諦めの悪い性格だったため、なかなか勝負が決まらなかっただろうと思う。
そして認めたくない事―司馬懿が華琳さまによって殺される―が起きて、結局誰も司馬懿を得ることも出来ず、そして馬騰は華琳さまが司馬懿が自分の手に入らぬと言って殺したと激怒し、以後馬騰は華琳さまのことを目の敵にすることになった。
どういう経緯で華琳さまが司馬懿を殺したことになったかは判らない。でも、少なくとも馬騰と水鏡先生、司馬徽は華琳さまが自分の手に入らぬ人材が他の英雄の手に落ちることを恐れて彼女を殺した、と思っているらしかった。
だが華琳さまのことを解っている私から言わせてもらうと、華琳さまがそんなことをなさるはずはない。華琳さまがそんなせこいことをなさるはずがない。ただ私がもっと不快に思うことは、華琳さまが私以前にもあれほど求めた軍師が居たことだった。あいつのことは例外にするとしても、華琳さまがあまりにもしつこく求愛したあまりに、司馬懿が自ら命を絶ったというのが私に出来る一番納得の行く展開であって、私としてはそんな司馬懿が羨ましかった。私もあんなに華琳さまに求められてみたかった。
既にすべてをあの方に捧げた私がこんな嫉妬をしってなるものかとも思うものの、とにかくそんな妬ましい気持ちがあった。
結論から言うと、あまり西涼攻めに関係のある話ではなかった。ただこんなことがあったから、華琳さまは馬騰の前であまり堂々としては居られないのだということが理解できたぐらいだった。そして誤解があったことを解きたいから、馬騰が死ぬという噂が気になって生きてるうちにまた会いたいと思っているのだと。
だがそれよりも私の心に刺さったのは、あの方が私以前にあれほど求めていた人材があったということだった。無論一刀のこともあるけど、彼はある意味自分から流れてきた場合。だけど司馬懿と華琳さまとでのやりくりを聞くと司馬懿が華琳さまにどれだけ求められていたかが簡単に想像できる。その姿を想像すると、死んだ相手でも妬ましくて仕方がなかった。
「あんたはなんともないわけ?」
「……」
「華琳さまがあれだけ求めていた人が居た。私は妬ましいわ」
「死んだ人を妬むことは無意味なことだ」
「解ってるわよ。それは解ってはいるけど…」
「今回のことで俺たちが知ったことはただひとつ、簡単な問題だ」
アイツはいつものようになんともない顔でそう言った。
「今回の西涼攻略で二つ問題になることはある。一つは新しく入った軍師たちが出しゃばって出鼻を挫かれること。そしてもう一つは華琳が情に流されて冷静な判断を失うこと。その二つさえ抑えられれば、この戦、そんなに難しいものではないはずだ」
「…そうね」
だから私たちは二人の中で一人は残ることにしたのだった。徐州や豫州で何か異変が起きた時に機敏に対応するために。主に期待できる変化は二つ。一つは孫策の独立。もし孫策が袁術を追い出すことが出来た場合、私たちは速やかに許昌を奪取するつもりだった。そしてもうひとつは、徐州の陶謙が変な行動にはしること。もし陶謙が早死したり、それとも劉備に身を委ねたりすると、劉備が徐州に手を付ける前にこちらが動けるようにする必要があった。
誰がどこに居てもさほど変わりはなかったのでクジを引くと、私が陳留に残る方に決まった。割りとほっとする。風はともかく稟を相手するのは疲れる仕事だった。
「まあ、あんたの場合、稟の方が余程疲れることになるでしょうけど」
「人をいつも迷惑かけてるように…」
「かけてるわよ。かけてるようじゃなくて」
「……」
ほんと、迷惑しかかけない。
「まあ、別に今回は私が困るわけじゃないからね。好きにやっちゃっていいけど」
「…酷いな、お前」
「あんたにだけは言われたくないわよ」
そうは言うものの、やっぱり気になる。
華琳さまは馬騰が黄巾の乱の以後に立ち上がった諸侯たちではない、旧漢の臣の中で馬騰は唯一自分が戦うにふさわしい英雄だと評されていた。だがその馬騰が華琳さまに明らかな敵意を抱いていて、しかもそれが私的なことから来るものだとすれば…
ひょっとすると馬騰は例え華琳さまが勝てぬ相手と知っても、ただ華琳さまを苦しめるために手段を選ばぬことをやってくるだろうと。もしかしたら洛陽がそうだったように、西涼に何一つ残らぬまでに戦おうとするのではないだろうかと。
不安だった。
「華琳さまの事。頼むわよ」
「…言われずともあいつは俺が守る」
帰ってきてからも何も変わらぬあいつの姿で、こればかりは、頼りに出来る言葉だった。
あいつが私や春蘭、秋蘭と同じぐらいに華琳さまのことを大切にしているってことはもう認めざるを得ない事実であった。
※ ※ ※
そして稟が率いる先鋒部隊の出立日。
「時間になったのに一刀殿が見当たりません!」
「あう、あの…今朝部屋に行くとこんな手紙だけが残って居て…」
「………なあああああ!!!」
「…ああ」
やっぱりね。
あんたが一番不安だわ。