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十四話

雛里SIDE


あの人―後でチョイ君と知る―を見つけたのは鄴の西側、并州の境界をある関門、壺関の近くでした。


「ここから先は并州です。ここより西に逃げ込んだ袁家の残党が居るのなら、黒山賊に吸収されるかそのうち連携して攻めてくることになるでしょう」

「厄介だな。袁家の残党の掃討にも手こずってるのに、黒山賊とは更に厳しい戦いになるだろう」

「黒山賊は黄巾賊があっちこっちで騒ぎを起こし始める頃、同じく勢を増やした連中だ。しかも黄巾賊と違ってこちらはちゃんとした指揮体系を持っている上に練度も高い。黄巾賊相手ならあの袁紹でも簡単に数で押さえ込めたが、あいつらはあの袁紹さえも一時とは言え南皮まで押されたこともあったぐらいだからな」


黒山賊の首魁、張燕は黄巾賊がある程度掃討された後、一度冀州で袁紹との戦いで負けてから并州で静かにしていたそうですが、最近になって河北が混乱になったことを機に再び冀州、幽州などを頻繁に漁っているみたいです。ここに袁家の人たちの悪知恵が混ざったら、南皮を落とした時のようには行かないかもしれません。


河北を制覇することは、思った以上に辛い道のりになりそうです。


「とは言え、ここに居ても我々に出来ることはないな。一旦鄴に帰って奴らの動きがあるまで待つしかない」

「帰らずにここで陣を立てて待つのはダメなのか」

「もう城を出て半月になる。無駄に陣取っていてもいざ戦うとなると力が出ない」

「あの韓馥という男は好かぬのだ。あの豚みたいな体つきの男が私の体をいやらしい視線で舐め回してるのを見ると斬り捨てたくなる」


愛紗さんは身を震わせながら言いました。


韓馥さんは以前反董卓連合軍に一応参戦したいた鄴の城主ですが、その後の行跡が妙な人です。


私たちが白蓮さんと共に南皮を攻める時にも、攻略が終わる頃に軍を連れてきて私たちの側に参戦して袁家の残党掃討を手伝ってくれたんですが、どうも現れた時期が都合が良すぎるというか、明らかに遠くからどちらが優勢か見ていたのではないかと思えるほど素晴らしい乱入時期でした。口では袁家の蛮行が許せないから私たちと心を共にしたと言ってますが、それなら平原で防衛戦をした時に来るべきです。言い訳はなんとでも言えますが、あまり信用はならない人なのは間違いありません。今も鄴を自分の手で守れる程度の力はあるはずなのに兵と彼らの分の兵糧を一部貸すだけで自分は城に篭ってなにもしてないので裏で絶対何か企んでいる可能性が高いです。


「とにかく一度鄴に戻りましょう。そろそろここは問題なさそうですから并州から来る敵は韓馥さんに一任する形でするのが良いかもしれません」

「裏で結託して我々を攻めてくる可能性もあるのではないか」

「一応、監視役として誰か付けて置いたら良いと思います。まだ何もしていないのに攻め落としたりしたら久々に桃香さまの逆鱗に触るかもしれませんからくれぐれもカッとなって切り捨てたりしないでください、愛紗さん」

「…努力する」


とても心細い返事でしたので、監視役は愛紗さんは絶対ダメだなぁと思いました。


※ ※ ※


鄴に戻る道、先頭に居た私と愛紗さんは道中変な人影を見かけました。


「愛紗さん、あれは…」

「まさか…」


遠くから見えるその人たちは、頭に黄巾を被っている、まるで正体を隠す気のない黄巾賊の残党たちでした。そしてそこには小柄な少年一人が複数の黄巾賊に囲まれていました。


「雛里、お前がここで待っていろ」


愛紗さんが様子を見るために走って行くのを見て私は心配になってその後を追いかけました。


近づいてみると少年は剣を持った三人の黄巾賊と素手で対峙していました。


「ふん!」

「ぐぇっ!」


ですが、剣を持った黄巾賊の一人が近づくと素早い動きで剣を持った片手に投手を入れ剣を落とし、すかさず鳩尾に拳が入りました。


「な、なんだ、こいつ。武闘家なのか」

「はぁ…はぁ…この剣って、本物なんですか?一体どういう…」

「待て、貴様ら!」


その時愛紗さんが立っている三人の前に姿を現しました。


「ああ、なんだてめぇは!」

「あ、アニキ、あの女もなんか強そうなんだな」

「うぐっ…」

「桃香さまの治めるこの地に未だ貴様らのような賊どもが居てはたまらん。ここで成敗してくれる」

「ちっ、やってられるかよ、おい、ずらかるぞ!」

「わ、わかったんだな」


二人の賊のうちデブい方が倒れた方を背負って逃げはじめました。


「待て!」

「…コスプレ?」


愛紗さんの姿を見てまた頭を傾げる少年。愛紗さんが逃げた三人を追いかけようとしましたが、私が止めました。


「愛紗さん、今は回軍中です。こんな所で時間を食ってる暇はありませんん」

「しかし…」

「あんな小規模な賊はそこらの柄の悪いチンピラと変わりありません。そんなことよりこちらの方を保護するのが先です」

「むっ…仕方ない。にしても、私が出るまでもなかったようだが」


確かにさっきの動き、素手で簡単に賊を制圧する様子が武器を持った人に対しての反撃に手馴れてる感じがしました。


「あ、あの…」

「あ、怪我はありませんか?」

「え、あ、はい、大丈夫です。助けてくださってありがとうございます」


少年が着ている黒い服は、色は黒くても光を反射して輝いていました。


「さっき素手で賊を制圧するのを見たが、韓馥の将なのか」

「かんぷく…?」


愛紗さんの問いに少年は頭をかしげました。


「あの、ここでどこなのでしょうか。博物館に居たはずなんですけど…気が付くとこんな荒野に居て…」

「ここは冀州魏郡近くです。はくぶつかんとはなんですか?」

「はい?」

「え?」

「え?」


なんだか話が噛み合っていない気がします。


「と、とにかく電話をしないと……え、圏外?!そんな!」

「雛里、なんか怪しいぞ」

「怪しいと言いますか、この人が何を言っているのか判りません。中国の人ではないかもしれませんね」


何か小さな箱を出しては慌ただしく周りを見回す少年を見て、愛紗さんと私は話しました。


「すみません、ここの近くに役所とか、電話が出来る場所ってありますか?」

「…私たちは鄴に向かってる途中です。良ければこちらから保護して連れて行ってもいいのですが」

「いいのか、雛里」

「仕方ありません。少なくとも黒山賊や五胡の間者などとは思えませんし、困っている様子じゃないですか」

「ありがとうございます。あの、どれぐらいの距離にあるんですか」

「そうですね。ちょっと遠くまで来ていますので鄴にまで三日ぐらいは…」

「」


少年の口がパッと閉じました。


「…あの…?」

「あの…ここって…アメリカですよね」

「「あめりか??」」

「……嘘…」


何か大きな衝撃を受けたように瞳孔は開いた少年はそのまま気を失ってしまいました。


「大丈夫か!」

「あわわ!!」


私たちは倒れたその少年を保護して軍に合流しました。


※ ※ ※


詳しい話が聞けたのは少年が目覚めた夜、荒野に陣を建てた後でした。


「ここは冀州の魏郡近くです。私は劉備軍の軍師、鳳士元、こちらは将の関雲長さんと趙子龍さんです。よろしければ名前とどこの出身か教えていただけますか」

「……名前は…チョイ、崔剛チョイ・ガンと言います。出身地は…多分、言っても判らないと思います」

「漢の方ではないんですね」

「…多分、違うと思います」

「多分とはなんだ。はっきりと生まれた地も言えない者が居るか」

「愛紗さん、この人は今気が弱くなっています。そういう話は今する所ではありません」

「うっ、すまない」


愛紗さんが黙ると、私は元気なく俯いている少年の方を向き直しました。


「私たちがあなたを助けてあげられるかもしれません。だから出来るだけあなたについて詳しく話して欲しいんです。どうしてあんな所に居たのか。どこに行きたいとか。ここに頼れる人はいるとか」

「…ボクも…良く判りません。気がついたらあそこに立っていて、どこなのか把握する前にあの黄色い服を来た強盗たちに会って、その後あなた方と出会ったのです」

「気を失う前にどこに居たか覚えていますか?」

「子供たちの博物館に行ってました。そこで子供たちに静かに見物するようにさせておいてボクだけ中国後漢時代の遺物が置いてある展示館に行って銅鏡を見ていたら…突然銅鏡が光りだして、気がついたらここに居ました」

「………ちょっと待って下さいね」


私は少年を置いておいてお二人の所に行きました。


「愛紗さん、今の話聞きました?」

「…すまん、私は何を言ってるんだから判らなかったんだが」

「私もだな。博物館だの後漢時代の遺物だの言っていたが…どういうこどだ?」

「…私が考えるに、多分、あの人は北郷さんと同じ所から来た人ではないかと思います」

「何?!ではあの少年も天の世界から来たっていうのか」

「何故そう思うのだ、雛里」

「まず、着ている服です。北郷さんは普段あまり綺麗な服装をしていなかったので気づきにくかったんですが、服の素材が私たちのとは違います。光を良く反射してまるで輝いているように見えます。そしてあの少年の服も黒いにもかかわらず昼には太陽の光を反射してました」

「た、確かにそうだった気が…」

「後はさっきあの人が言った話の内容です。はくぶつかんというのが何なのかは判りませんけど、さっきあの人は、後漢時代の遺物を展示している場所に居たって言いました。今私たちの漢は劉邦が建てた漢の後新という国があった後に建てなおされています。つまり劉邦が建てた漢が前漢、今終わりを迎えているこの国が後漢だとするのなら、あの人はこの時代に居たものたちを『遺物』を言える所から来た人ってこと。少なくともこの時代の人ではないということです」

「…あまりにもむちゃくちゃな話な気もするが」

「確かに私の憶測が入っているかもしれません。でも、あのような顔で嘘をついているようにも思えませんし、他に理に適った解釈も考えられません」


それこそただの妖かしの類と言って切り捨てようというよりはマシです。


「もし雛里の考えが正しいとするのなら、それを確認する方法は北郷殿を彼を合わせる他なさそうだな」

「……すみません、今『北郷』って言いました」


その時、少年が私たちの話を聞いて顔を上げました。


「北郷一刀…あの人をご存知ですか?」


※ ※ ※


「社長ぉぉお゛!!」

「……」

「…そうなった訳です」


北郷さんは無言で自分に抱きついて涙と鼻水を垂らしているチョイ君の肩を軽く叩きながら私の説明を聞いていました。


「様子を見ると知り合いなのは間違いないようだな」

「すごいね。一刀さんに会うために天の世界から来るなんて…」

「桃香、どう考えてもそんな穏やかな経緯じゃないことが今の説明で理解できないお前は馬鹿の鑑だ」

「ひどい!?」


北郷さんは泣き喚いているチョイ君を見ながらため息を付きました。チョイ君は北郷さんがこの地にあることを知ってそれからは一応落ち着いた様子を見せてくれたんですが、いざこう北郷さんを再開すると、ここまで来るまで抑えていた恐怖と寂しさなどが耐え切れなくなったみたいです。


「…とりあえず戻ろう。町中でコレ以上こいつに泣かれても困る」

「あ、うん、そうだね。二人ともとりあえず入ろう。星ちゃんは?」

「星は鄴に残っています」

「そっか。将が皆来るわけにはいかないもんね。早く行こう。雛里ちゃんに会わせたい娘も居るし」

「あわ?」

「おい、いい加減やめろ。我慢してやるのも限度があるぞ」

「しゃちょおおおおお!」

「……」


北郷さんがとても疲れたような顔をしながらチョイ君を引き離しました。


<pf>


一刀SIDE


どういうことだ。何故チョイがここに居る。この世界に来る方法はタイムマシーン以外にないはず。


まさか……いや、そんなものは今考えてもどうしようもない。とにかく今は情報が必要だ。


「桃香、俺は別館の方に行く。こいつを二人きりで話したいことがある」

「え?あぁ、じゃあ、私も」

「お前に『二人きり』の辞典的意味を教えなければいけないのか」

「い、いや、一応拾ってきたのうちの娘たちだし…」

「こんな早くここまで連れてきたのは彼が俺を当てにしているからだ。無論こいつの身元は俺が保証するしこちらから保護する」

「そ、それでも…」

「……」

「ひぃ!判ったよ!わかったからそんな顔しないで!」

「…なんて顔をするんだ、貴様は」


俺の顔がどうしたって言うんだ。


「というわけだ、チョイ。こっちに来い」

「……」


こいつはいつのまにこんな神経薄弱になったんだ。突然知らない所に来たとは言えすぐに保護された上にまだ一週間ぐらいしか経ってないそうじゃないか。


※ ※ ※


別館に入るまでチョイはずっと俺がどこか消えると思ってるのか腕を握って離さなかった。面倒だ。


「茶だ。飲め」


とにかく無理やりにでも座らせてお茶を用意してきた。こうも気の弱い奴じゃないはずだがどれだけショックだったのやら…。


「……ふぅ」

「…俺が居なくなってどれぐらい過ぎた」


やや落ち着いた気配が見られるようになった後、俺はまず簡単なものから質問していった。


「三年ぐらいです。社長が仰った通り、家だけ残して後は孤児院のための投資に回してました」

「三年か。お前はまったく伸びてないな」

「言わないでください!仕方ないじゃないですか!小さい方が有利な仕事だったんですから!」


こうは言っているが、別にコンプレックスとも思っていないらしい。俺が覚えてる限り彼の身長は160cmにちょっと届かない、男としてはだいぶ低いが前の仕事にはこれが頼りになったそうだ。どんな風に頼りになるのかはイマイチ理解できなかったが。


「今は何人ぐらいだ」

「数は増えていません。ただ養子に行ったり、また新しく入ってきたりしています。皆いい子たちですよ」


まあ、ヘレナの前で悪行が出来る子供はそう居ない。入養先もチョイの情報力を使えば怪しいところは排除出来ただろう。


「ヘレナと結婚はしたようだな」


俺は手にはまってある指輪を見て言った。


「へっ!?な、なななんでヘレナさんって解ったんですか?」

「ヘレナがお前のこと好きだったからな」

「社長ってヘレナさんがボクのこと好きだって知ってたんですか!?」

「俺はレベッカに言われて知った。寧ろ何故お前は知らなかったんだ」

「ボクは知りませんでしたよ!だっていつものほほんってしてるじゃないですか!」

「…その様子だとプロポーズも向こうからだな」

「ううぅ……」


ヘレナはとにかく人世話をするのが好きな人間だ。(うまく出来るかとは別問題だが)本人に尋ねた所、チョイが小さいから保護欲が湧いて好きだったそうだ。(ヘレナは176cmほどで背が高い)


「うぅ…ボク子供たちに言われるまで知りませんでした」

「…お前もある意味すごいな」

「ていうか、社長わざとあの時私がカミングアウトしたなんて言いましたね!酷いです!」

「その社長というのやめろ。もう社長じゃないぞ」

「え?じゃ、じゃあ、一刀…さん?」

「……」

「…社長じゃダメですか」

「好きにしろ」


互いにすごい違和感を感じた。


「えっと…何言おうとしたんだっけ…あ、そうだ。社長だってその指輪はなんですか?ソウソウさんと再婚したんですか」

「…してない」

「え?じゃあ、婚約…」

「これはそういう意味でやったわけじゃない。信頼の証だ」

「…それは普通人差し指だと思うのですが」

「本人に言うんじゃないぞ」

「言いません。どこに居るかも知りませんし」

「後で会うから会っても言うなって言ってるんだ」

「……恥ずかしいんですか」

「…!」



※しばらくお待ちください<<社長!やめてください!カームダウン!カームダン!!うわあああああ!!!



「………殺すぞ」

「は、はい……」


…部屋がボロボロじゃないか。


「…陳留に帰ったら直ぐに帰らせてやる。あれ以来使ってないから充電は十分なはずだ」

「あ、あの、それなんですけど…」

「……まさか」


あの訳の分からない銅鏡の光を覆う時にヘレナも一緒に居たのか?


「…子供たちが大人しく自分たちで行ったわけじゃなくてお前らの空気読んであげただけだろうが」

「あの人たちには言えませんでしたけど、どうしましょう、社長。もしヘレナさんもこの世界のどこかで迷子になっていたら…」

「……探す方法がない」


この世界では電話は使えないし、容姿もそんなに目立つほどじゃない。金髪碧眼なんてザラだ。しかもアイツ一人ならどっかで既に餓死なんてしていてもおかしくない。


いや、必ず同じ時間帯に落ちたとも限れない。俺の時もそうだった。不時着の時に俺は降ろされて、機械は俺より数十年前まで戻った。同じく光を浴びたとしても場所が違えば時間帯も違う可能性もある。


「そもそもヘレナは来なかった可能性もあるじゃないか」

「多分、来てると思います。今思い出してきたんですけどあの銅鏡の光を浴びてる間にどこかに連れて行かれる感じがして、そこにヘレナさんも一緒に居ました。最初は手を握ってたんですが、途中で離してしまって…」

「……」


誰にも発見されていない場合、ヘレナは必ず死ぬだろう。しかもヘレナはチョイみたいに護身術を嗜んでるどころか一人で歩くこともままならない奴だ。運が良いってレベルでは生き残れない。


「社長……」


…だがだからと言ってこいつに諦めろと言うわけにもいかないじゃないか。


「…俺の手が届くまでは手配する。だが可能性はゼロに近い。気を強く持て。今回みたいな醜態をもう一度俺の前に晒せばその時はお前だけ無理やりにでも返すぞ」

「社長ぉぉへぶし!」


チョイはまた俺に抱きつこうとしたが、俺はそんな奴の腕を掴んで壁に投げつけた。


「やめろっつってんだろ!」

「…ガクッ」


ちっ、厄介事が増えやがった。


おかげで一番大事な問題を済ませる時間がなくなったではないか。いや、今からでも行こう。でなければここまで来たことが全部無駄になる。


「大人しく寝てろ。明日出発するからな」

「……」


俺は返事のないチョイを部屋に置いておいて官庁の方へ向かった。


<pf>


雛里SIDE


「愛理ちゃん!!」


城に行って、厨房に入ると愛理ちゃんが居ました。とりあえず抱きついてみます。


「ひゃあ、雛里ちゃあ、うぐっ!」


丁度口にいっぱい桃のぱいを頬張っていた愛理ちゃんは私が見るなり抱きついたので食べていたぱいが詰まったのか咳をしました。


「けほ、けほ!」

「はわわ、愛理ちゃん、お水だよ」

「けほ、けほ……ごくごく」

「あわわ、ごめんね、愛理ちゃん」

「ふぅ…助かった」


水を飲んで落ち着いた愛理ちゃんはぱいがほっぺについた顔で私を見ました。


「雛里ちゃん、来たんだ」

「うん、来たの知らなかったからびっくりしちゃったよ」

「……あの、雛里ちゃんは…知らないの?」

「うん?…ああ、知ってるよ。朱里ちゃんから聞いたの」

「…どうして怒ったりしないの?」

「怒って欲しいの?」

「ううん、そうじゃないけど」

「私は愛理ちゃんがこうして乱世に出てきてくれただけで嬉しいよ。所属してる軍が違うのは敵になって戦わなくちゃいけない時の問題だし、今は愛理ちゃんがお母様が亡くなったことにも関わらず元気そうに見えてほっとしてるよ」

「……」


朱里ちゃんを見ると、朱里ちゃんもほぼ同じ感想を言った様子。愛理ちゃんは恐らく怒られるか、相手にもされないだろうと予想していたかもしれませんけど、私たちにとって愛理ちゃんはいつまでも親友です。


「…あう、ぱい落としちゃった」


下を見るとふぉーくから落ちたぱいが地面に落ちていました。私がいきなり抱きついたせいで落としちゃったみたいです。


「あわ、ごめんね。愛理ちゃん」

「ひいん…」

「まだまだあるから。はい、愛理ちゃん、あーん」

「う、あーん…ふむ…はむ…」


愛理ちゃんは朱里ちゃんがふぉーくに刺して自分に差し出すぱいを大きく口を開けて頬張りました。


「美味しい?」

「はむ…ごくっ、うん、凄くおいひい♡」

「ふふっ、愛理ちゃんは相変わらずだね」

「もう一、二個作ろうか?雛里ちゃんも来たし、愛紗さんと桃香さまも…って、はわわ!お二人ともどうしたんでしゅか!」

「な、なんでもないよ」

「た、大した問題はないからどうか続けて戯れてくれ」

「にゃに言ってるんでしゅか!」


後ろを見ると一緒に来た桃香さまと愛紗さんが顔を真っ赤に染めて鼻を摘んでいました。どうしたのでしょうか。


「ここに全員集まっているのか…何だこの赤いインディアンどもは」

「あ、北郷さん、チョイ君は…」

「とりあえず事情は聞いた。こちらから引き受ける。愛理、楽しんでるようだな」

「はーい♡とてもおいしいでしゅー」

「「ぶーっ!」」

「はわわー!!桃香さま!愛紗さーん!」

「あわわ!」

「うわっ!おい、服に血がついたじゃないか!お前らは何をやっているんだ!」


※しばらく場が収まるまでお待ちください(>>はわわ、早く拭くもの持ってきてください/それより衛生兵だ。これ死ぬぞ!/あわわ、二人ともまだ出てましゅ!)


<pf>


「なら、また戻るのか」

「はい、チョイ君のために早く帰ってきたのであって、また戻らなければなりません」


場が収まって(愛紗さんと桃香さまは自分たちの部屋で寝かせています)、私は後で北郷さんに呼ばれてきました。


「韓馥は腹黒そうには見えるが当てがなければ裏切りもできない小物だ。こちらが強く出れば頼れる所がない今直ぐにでも降伏するだろう」

「一応今は黒山賊を警戒するだけで手一杯です。既に并州の中に残っていた袁家の残党らまで潜ったみたいで、韓馥さんが彼らと内通しているのかと警戒しています」

「…黒山賊の党首張燕は、直接会ったことはないが侠を大事にする輩だ。腹黒な諸侯などと手を結べる輩じゃない。張燕を相手するには正面からのぶつかり以外にはないだろう」

「恋さんが頼りです。私たちの軍では今まで騎馬隊中心の敵とまともに戦った経験がありませんから」

「……」

「恋さん、落ち込んでましたよ。前に北郷さんが言った言葉伝えたら」

「言ったのか。それからもずっと来てるが」

「一応言われましたから…それと幾ら手紙を書いても返事もしてあげませんでしたよね」

「読んでもいない」

「…そのまま許さないつもりですか?楽進さんの事」

「……」

「事故だったと聞いています」

「たとえそうだったとしても、ああいう奴が俺の近くに居ることは不愉快だ。」


ここで私が理解できたのは、北郷さんがどんな思いで人たちの真名を呼んでいるかでした。


私が知っている限り、北郷さんは人に無関心だったり、最悪軽蔑して無視することはあっても憎悪することはないと思っていました。だけど楽進さんは北郷さんが初めて真名で呼んだ人。それはその人への信頼や愛情がそれだけ深いということでした。そしてその厚い感情が逆にその人たちを傷ついた人たちに向けては負の感情に逆帰りして今の恋さんみたいに口では言いませんが嫌うのです。


恋さんがここに居ないことは寧ろ幸いかもしれません。もし目の前に会ったら、北郷さんもここまで冷静に話していないかもしれません。


「そいつの話は良い。それより聞きたいことがある」

「…聞きたいことですか?」

「孔明にも聞いてみたが、覚えていないと言ってだな」

「朱里ちゃんにも…?」


それに覚えていないって…一体どんなことを聞いたんですか。


「お前ら三人は同門だったな」

「はい」

「元直がうちに来る時、自分や水鏡先生の塾で学んだ人たちが曹操軍には来ない理由があると言った。だがそれが具体的にどうしてなのかまでは覚えていなかった」

「……」

「何故、司馬徽、水鏡先生が華琳を嫌うか、その理由を知っているか」


確かに、あの事なら朱里ちゃんも愛理ちゃんも知らないと思います。あの時のことを思い出すといつも穏やかな水鏡先生も顔を赤くして怒っていましたから…誰もその理由を聞くことさえも出来ませんでした。


私以外には。


「…水鏡先生には、私たち以前にも認めた優秀な弟子が居ました。とても優秀で、先生が一生二度とあんな娘には会えまいと言っていた人です」

「…水鏡先生にお前たちよりも優秀な弟子が居た。そう言っている風に聞こえるが」

「……先生は私たちについて、私たちのどっちかでも手に入れる者が入れば、その者が天下を手にすると世に伝えました。そして、私たちはその言葉の重さを鑑みて、自分たちが仕えるべき主人を熟考しました。ですが、その人に対して、先生はこう評したそうです。



『天下を手に入れようとも、彼女は手に入れられない』と」


「…で、その素晴らしい宝石は今はどうなったのだ」

「……殺されました。曹操さんによって」

「…!!」


私だけが先生からその話を聞くことが出来ました。その話を口にした先生は嗚咽しながら曹操さんを呪いました。たとえ曹操さんが天下を手に入れようとも、自分が一番大切に思うものは手に入れられないだろうと。


「……その華琳に殺された弟子の名を知っているか」

「…司馬仲達、司馬家の八女の二人目にして、この世に混乱と平和を同時もたらすだろうと言った、『魔女』司馬懿仲達です」

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