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十二話

愛理SIDE


塾に居る時、私は悲観主義者でした。小さい頃内部告発をしたことが逆に牢屋に入れられたことが原因になっているだと思いますけど、基本的に後先考えずに善意だけを持って行動するは損でしかないと思っていました。


そんな私の考えに朱里ちゃんと雛里ちゃんは一部同意するも、それでも人々を幸せにするには報われることの考えない善意が必要だと、日輪が報いを求まず天下万民に等しく光を与えるように、天下を平和にする英雄はそんな人であるべきだと言いました。そんな英雄がこの世に居るはずがないと、私はそんな二人の考えが夢物語だと思う一方、本当にそんな人が居て、この二人がそんな人に仕えるのだったら、この二人は本当に善人が報われるような天下を築き上げられるかもしれないと思っていました。


だけど今日見た光景は、幼い頃私が出会った理不尽な場面と何の変わりもないものでした。結局、世の人々は何も変わっていませんでした。


「一刀様…あう?」


別館の一刀様の部屋に入ると、一刀様はまだ帰ってきていませんでした。さっき劉備さまと話があるからさっきに帰ってろって言われてちょっと散歩してたんですけど、劉備さまが街に居るからもう帰ってきたのかと思いきやまだ帰ってきていないみたいです。


…もしかして、私を置いておいて一人で焼き桃食べに行ったんじゃ…。


いや、他のことは厳しいですけど、お菓子のことに限って一刀様が私を置いていくとは思いません。それだけは一刀様が私を雇った時約束したんですから。


待てば帰って来られますよ、きっと。はい。


※ ※ ※


そして一刀様が別館に帰ってこられたのは日が暮れた後でした。


「……(じー)」

「…なんだ?」


私は無言で一刀様を睨みました。


「今までどこに行ってたのですか」


いつ帰ってくるか判らないからずっと待っていたのに…おかげでお昼もあの騒ぎで抜いて夕食もまだでお腹ペコペコです。


「ちょっとな…ああ、それと、昼に言ってた焼き桃だが、店がなくなっていた」

「えええー!」


帰ってきたら一緒に食べに行くだろうと思ってずっと待ってたのにー!


「……まあ、別に作るのが難しいものではないからな。桃と炉さえあれば良い」

「…うぅぅー!」

「俺らはここに仕事に来た。本来の目的を忘れるな」

「……期待させておいたくせに」

「…期待を裏切る事に慣れていてな。お前も慣れて置くと良い」


とても慣れたくない酷い仕打ちです。この恨みを後世まで持ち込みにしておいても良いですか?


「孔明が三日後に帰ってくるらしい。それまでは自由行動だ」

「…別に出掛ける気もありません。焼き桃がなければ」


靴下もさっき街に出て新しいのを新しいのを買いましたし。


「そうか。なら俺は特に何も指図しないから休暇と思ってゆっくりしてると良い。何か買った時は領収書は残すように。経費で落とせるからな」


一刀様はそう伝えて部屋を出ようとしました。


「…ここが俺の部屋だよな?」

「知りませんよ、そんなこと。どうせ何の差もありませんし。言っておきますけど、私はここから一歩も動くつもりなんてありませんから」

「…隙にしろ」

「一刀様」


私はもう一度部屋を出ようとする一刀様を止めました。


「ん?」

「どうして、劉備さまをあれだけ評価するのですか?私からすると、あんな人に朱里ちゃんと雛里ちゃんが付いていることすら勿体無いぐらいです」

「…お前の親友たちの目が節穴だったと言いたいのか?」

「それは…でもあんな人が…」

「それとも、俺の目が節穴だと言いたいのか?」

「……」


私が何も言わず一刀様を見ていると一刀様はため息をついて部屋を出て行きました。


<pf>


それから、私はほぼ別館で何もせず過ごしました。退屈ではありませんでした。ここ三ヶ月を今までにないほど忙しく過ごしてきたせいか、何もしなくて良いと思った初日は目が覚めると既に夕暮れでした。


そして一刀様は先日のように日が暮れた後に帰ってきました。きっとここでもどこかで血の嵐を起こしながら過ごしてるんじゃないかと思います。他所の軍だから自重した方がいいとは思いますけど、初日に君主に暴言吐いた私が言えた口ではありませんよね。


でも、あの時は本当に苛立っていました。こんな人が一国の主で、あの二人が仕える人だってことが認められませんでした。


二人と会うことが嫌だと言っていた私ですが、今は必ず会いたいと思います。会ってどうしてあんな偽善者に仕えているのか問い詰めなければ気が済まない。そう思うぐらい、私にとって劉備さまの印象は酷いものでした。


南皮に来て三日目、さすがに一日中、部屋の中にあるのはどうかと思い、部屋を出て別館の周りを散策しました。そしたら南皮に来た初日に私の脚を見てくれた、侍女服の董卓さんに会いました。


「あ」

「おはようございます」

「お、おはようございます…あの、あの時は」

「桃香さまのご命令で、元直さんのためにお茶菓子を用意いたしました」

「…お菓子?」


一昨日から甘いものは食べてなかったのでお菓子という言葉に耳が立つのは仕方ありませんでした。でも、いくら何でも今更あんな人にお菓子なんかで釣られるほど私も子供じゃ…


「幽州から入ったという良い桃がありましたので、焼き桃と桃の蜂蜜漬けを作ってみました」

「焼き桃…!」


しかも蜂蜜漬けって…どんな贅沢ですか!


ま、まままま街のことは看ないでそんな贅沢な間食なんて用意してる君主なんてさい…


「お気に召さないものでしたら、お下げいたしますが…」

「最高に気に入りました。食べましょう。今食べましょう」

「…ふふっ」


あぁ、私って、ほんとバカ。


※ ※ ※


「お茶もありますよ」

「ありがとうございましゅぅ~♡」


黄色い日差しが気持ちいい東屋で食べるまだ温かい金色の焼き桃とドロドロの蜂蜜が流れる桃、そこにお茶も桃の香りがする黄金色。ここが黄金郷でした。金色の饗宴です。今鏡を見てるときっと私の目が金色に光ってるはずです。


「お気に召されたようで何よりです」

「ふぅ…あ、あの…そんなに畏まらなくて良いです」

「私は侍女ですから、軍の使い者に侍ることは当たり前です」

「だけど、あなたはとうた…」

「月と言います」

「え?」

「月…それが私の名前、他の名はありません」

「……」


董卓、かの魔王と呼ばれた人。

人を見た目で判断してはいけないということは判っていますが、この穏やかな人があの洛陽を燃え尽きるまでに至った反董卓連合軍が始まる原因となった人だとはとても信じられません。


董卓を魔王と決め付け、殺そうとした袁紹は死に、董卓は生き残り名も何も捨てて今劉備軍に居ます。そして袁紹の死んだ南皮を手に入れたのもまた劉備軍。ここまで来ると連合軍の本当の黒幕は劉備さまなのではないかと思うぐらい得してますね。


「お菓子、好きなんですか?」

「はい?あ、はい、大好きです」

「そうですか。それは作った甲斐がありました」

「あの、これはとう…月さんの手作りですか?」

「はい。焼き桃は初めてでちょっとどんな出来だか自信ありませんが」

「凄く美味しいです。口の中で温かいのと甘い香りが混ざって幸せです」

「ふふっ、食べている時にとても幸せそうな顔をしていられたので、判りました」

「あう…」


人に見られると凄くだらしない顔だって判ってるので、私はちょっと恥ずかしくなってしましました。


「とても良いことだと思います。目一杯幸せになれる何かを持っているということは…誰でも出来ることではありませんから」

「…?」

「先日街であったことを、私も見ました。あの時元直さんは、とても固まった顔をしていました。騒ぎの中に入って話を聞いて判決を下す元直さんの顔はどこか昔の一刀さんに似ていて、言葉は冷静で合理的でも、その姿は無感情で無愛想でした」


一刀様に似ていたって…あんな顔を私が…?


想像するだけで鳥肌が立ちます!あの鬼みたいな顔を私がしてるって思うと…!


「でもこうしてみると他と変わらぬかわいい女の子で、なんだかほっとします」

「?どうして私を見てほっとするんですか?」

「へ?いえ…その……今のは忘れてください。さ、お菓子まだまだありますよ?」


なんだか釈然としない所があったんですけど、次の蜂蜜漬けの桃を口に頬張るともうそんなの忘れてました。


<pf>


そうやってなんだかんだ三日が過ぎ、朱里ちゃんが帰ってくる日でした。


「今日は私も一緒に出ます」


二日間寝過ごして朝一刀様が出掛けることも知らなかった私は、この日だけは朝早く身嗜みを終わらせて一刀様が出掛ける時間に合わせて部屋を出ていました。


「…孔明が来るのは昼過ぎになると思うが」

「それでも一緒に出ます。一応使者として出た身ですし、ずっと弛んでいるのはいけないと思います」

「…判っていたのか」

「うっ…」

「まあ、休めって言ったのは俺だ。一日中寝てようがお菓子食ってようが自由だ」

「なんで知ってるんですか!?…はっ!」


そういえば…何故よりによって出てきたお菓子が焼き桃だったのか。もっと早く気づくべきでした。


「お前は本当にお菓子のことになると頭回さなくなるな」

「あうあう…」

「一人で食べて美味しかったか?」

「………この世の味じゃないように思うほど美味でした」

「…なら頼んだ甲斐はあったな」


一刀様は軽く笑って扉の方に歩き始めました。私もその後に付きました。そして別館の扉が開くと、そこには劉備さまが居ました。


「おはよう」

「あう?」

「…やめろって言ったろうが」

「ごめん、でも、私一刀さんに会いに行こうって思わないとこの時間起きれないもん」


客観的に見て、一刀様の寝起きの時間は夜明け前なので早いとはいえます。でも君主なら夜明けに起きるのが普通なんですが。あの言い方だととても普段夜明けに起きてるようには聞こえません。どこまでも義務放棄してます。


「あ、あの…元直ちゃん」

「なんでしょうか」

「……桃、美味しかったよね?」

「お菓子で釣ろうだなんて最低だと思います」

「うぐっ…!」

「……」


一刀様が私を意味ありげに見つめていますけど気にしません。私はあの方嫌いなんです。嫌うって決めたんです。


「うぅ…一刀さん、私嫌われてるかな」

「お前の初印象として俺に見せたのより最悪なものはないだろうから安心しろ」

「うぐっ…慰めになってない……!」


何故か一刀様と劉備さまの仲が良さそうに見えます。初日にあんな事があったのにこの馴れ馴れしい感じは何なんでしょう。私は無意識に一刀様の腕を掴んで横にくっついて劉備さまを睨みました。それを見た一刀様はしばらく私を見ましたが、何も言わず劉備さまとの会話を続けました。


「…連絡は?」

「昼頃に到着するって。あ、元直ちゃんが居るってことは話してないよ。後でびっくりさせてあげようと思って」

「…頼むから国事を真面目にやれ。そういう余興は要らん」

「私が楽しもうってワケじゃないよ。元直ちゃんだって、久しぶりに合うのだからもっと劇的な出会いって必要だと思うよね?」


正直知らさない方が助かることは変わりありませんけど、だからと言って別に感謝する義理もありません。


「…余計なお世話です」

「えへへ…じゃあ私政務見に行くね」


結局何しに来たんでしょうか、この人。


「しっかりやれとは言わん。ちゃんとしろ」

「判ってるよ。でも一刀さんが手伝ってくれたおかげで、重要な仕事は大体終わったから。後は私だけでもなんとかなるかも」

「…はい?」

「…さっさといけ」

「はーい」


劉備さまが去った後、私はとても衝撃的な話を耳にしたので一刀様にこう聞かざるを得ませんでした。


「手伝ってあげたって何をですか?」

「…」

「まさか、他軍の政務を手伝ったってことですか?」

「…まあ、情報収集も兼ねてな」

「何考えてるんですか!?いえ、一刀様も一刀様ですけど、あの人何考えてるんですか!」


他軍の使者に一瞬で国事全部公開、使者じゃなくて間諜ですよ、もう!国家機密素通りですよ、この軍!


「言っておくが、軍事機密などには触れていない。まだまとまってない制度などに手を加えてあげたぐらいだ」

「それも十分酷いです!他軍の者が築けてあげた政策で軍を運営するなんて正気の沙汰じゃありません!戦争になったら国の弱点丸わかりじゃないですか!」

「別にどの軍でも同じくやることやらせただけだ。平原ほどの小さい県一つを治めていた時とはわけが違うからな。誰も経験がないのでちゃんとした制度が整えられない状態だったのだろう。孔明と士元でも、実践でやったこともなければ周りも忙しい。基礎工事を忘れていることは関心しないが、優先順位というのは割と主観的だ。桃香を一人にしておいたことは責めるつもりだがな」

「一刀様はどうしてそんなに呑気なんですか?こんな軍、その気になれば今でも攻められます。稟さまの言う通り西涼なんかより先にこっちを叩くべきです。私が総指揮を取っても十日あればこの南皮を落とせます!」

「残念だったな。お前の上司が悪かった」

「そんな軍が…はい?」


どういうことですか?


「さっきお前は他軍の者が築けた制度で国を運営したら情報が素通りだと言っていたが、それは俺が情報を漏らす場合の話だ」

「……え?」

「俺は以前に華琳と約束したものがあってだな。俺が認めた人間と戦う時は、俺は一切を手を加えない。加えられない。だからもしお前の言う通り今から劉備軍と曹操軍が戦争を始めても俺は指一本動かせない」

「……」

「それに制作の基礎こそ曹操軍と似ているものの、地域を風土に合わせた独創性も確かにある。俺が知っている限り、基本土台は曹操軍と一緒だがこの制度はこの時代では新しい方法で、これより効果的に軍を動かす方法はなかなか見つけられないだろう」

「一刀様は…曹操軍の将じゃないんですか?」

「…何だろうと思っていたんだ?」

「でも、だったらどうして…」

「世に絶対的基準はないぞ、元直。他の軍に居ることが必ず相手に敵愾心を持って排他的になるわけじゃない。特に乱世にそれは危険な発想だ。いつまでも何かを理由で人を恨んだり、嫌ってたり出来ない。それが乱世だ」


一刀様はそう言って劉備さまが行った官庁の方じゃなくて街の方に歩いて行きました。


「どこに行くんですか?」

「散歩だ」

「なんで特に理由もなく朝早く…」

「お前に起きろと言った覚えはない」


確かにそうなので言い返せませんが、このまま私だけ部屋に戻るというのもアレでしたので私は一刀様の後を追いました。


まだ夜明け前の街には人通りも少なく店も開いていません。ただ警邏隊の本部だけが店が開く前から兵士たちが集まり始まっていました。


「よう」

「ほ、北郷さま!」


一刀様を見た兵士たちが一刀様に向かって一斉に敬礼をしました。一体何をどうしたら三日前までは不審者とみなされ追われていた立場から敬礼をもらう状況にまで来れるんでしょうか。曹操軍でも一刀様に敬礼をする兵士なんて見たことありません。


「…悪くはないな」

「はっ、遅刻している者は居ません」

「日が上がる前に今日街でどんな予定があるのか事前に把握して兵たちに知らせて、配置にも気を使え。街の治安が貴様らにかかっている」

「はっ!」


隊長に見える人が勢い良く答えると兵士たちに向けて教育を始めました。教育の内容は本日街にどんな行事や特殊な状況が予定されているかについてでした。例えば今日朱里ちゃんが帰ってくる予定なので大通りの安全を確保しておいたり、特定の地区の治安強化旬間を決めて特別に注意すべき点を知らせたりなど、うちの軍の警備隊がしていることをこちらでもほぼ同じくしていました。


これは間違いなく一刀様の仕業でした。


「ほぼうちの軍と一緒ですよね」

「そりゃおっちの警備隊を設計したのも俺だからな」

「本当になんとも思わないのですか?教わる側もそうですけど、軍の効率的な政策というのは軍が持ってる大きな財産でもあるのですよ?」

「これはどの軍でも行わなければならない基本的なものだと俺は思っている。これが出来ないのなら基本がなってないことであり、そのうち滅ぶ運命である傍証だ。そういう連中は教えてもここまで素早く吸収できない。その分、劉備軍は周りから学ぶという行為に柔軟で物分かりが良い。そういう連中が滅んでしまっては、曹操軍が天下を統一する前に河北の豊かな土地が全部更地になってしまう」

「…私には判りません」

「今すぐ判れとは言わない。そうなるとも期待してないしな」


軍と軍の間の競い合いを考えると、一刀様のやったことは常識を逸していました。自軍の優れた点を自ら捨てるような行為でした。でもより範囲を広げて、軍の境界なんて考えないで絶対的な量の善で考えると、他軍の政策を正すことで天下の人々はより多く、より早く安全で平和な生活を送れるようになります。だけどそれは乱世において利に反しています。もし華琳さまが一刀様がこんなことをしたと判ればきっと一刀様を斬ろうとするでしょう。軍からして、これは反逆に裏切りに近いものでした。


なのに一刀様はそんなことこんな平然とできるんですか?


「一刀様は初日にこの軍の状況を見て失望なんてしてないんですか?」

「ん?」

「私が初日見たこの軍は私が徐州で見た腐敗や怠惰が同じく残っていました。どうしてこんな軍に一刀様は好意を持てるのですか?」

「俺は彼女を評価しているからだ」

「一体何を見てですか」

「生き方」

「……」

「俺は桃香の生き方を見た。そしてそこから彼女が何を成せるのかを見た。だから俺は彼女の真名を呼ぶ。ちょっとしたヘマは見逃せるし、本人のためだと思ったら戒めることも手伝うことも出来る。俺が人を認めるというのはそういう意味だ。そして…」

「…!」


――そして、お前はまだ認めていない。


「……俺が本当に文句を言いたいのは孔明の方だ。後で俺に言い過ぎだとか言うんじゃないぞ」


一刀様はそう話を終わらせて警邏隊隊長に行って話し合い始めました。だけど私は最後に一刀様が最初に何か外の事を言おうとして誤魔化した気がしました。そして本来はなんと言おうとしたのかも、なんとなく想像がつくのでした。


<pf>


一刀様が警邏隊の仕事を監督しながら助言をすると現場に行ってる間、私は特にやることもなくただ警邏隊本部の片隅に座って人たちが行き来するのを見ながら、一刀様が言った言葉、言おうとした言葉を頭の中で繰り返していました。


私が見た劉備さまの姿は凛々しい君主のソレもなければ、信頼できる人のソレでもありませんでした。でも一刀様は私たちにそんな無礼を働いた劉備さまは信頼して、私はそれには及ばないと仰りました。


まず認めなければならないことは私はたかが数ヶ月一刀様と一緒にしたということだけです。私にはまだ一刀様がどんな人なのか肌から感じる機会がありませんでした。私たちはただ仕事上の上司と部下でしかありません。それに比べて劉備さまは一刀様の主君として一年近くともにした仲です。その信頼関係が私より深くて当たり前でしょう。


だけど、私が知っている限り一刀様は理想論者ではありません。限りなく現実的な方です。一刀様と劉備さまの人柄は私が考えられるに正反対です。どうしてそんな人同士で分かり合って、認め合えるのでしょうか。


「あの…すみません」


その時、見覚えるのある人の姿が見えました。三日前に人の財布を探してあげてひどい目合いそうになっていた女の子です。


「ああ、来たか。待っていたよ」


当時の事件を見て、私から財布を渡された兵士さんが丁度本部で待機していたので、兵士はすぐに奥に入って例の財布だ。


「さあ、もうお前のものだ」

「…実は、お願いがあって来たんです。この財布を、元の主を探して返せないでしょうか」

「何?」


その女の子の話を聞いて財布を持った兵士はもちろんのこと、隅に座ってそれを聞いていた私もびっくりしました。


「考え直せばどうだ?あの男はお前がそんなことをしてあげてもお前に感謝しないぞ」

「それでも構いません。ただ、人のお金を盗んでるみたいで…私はこのお金をもらいたくありません」

「仮にそう思うとしても、こちらからあの男を探すことは出来ない。あの男が自分からここに来るか、それともお前が自分で探せとしか言えない。そして今日中にあの男が来なくて、お前がお金を受け取らないと言うのなら、規則上このお金は国庫に足される」

「……」

「もらっておけ。誰もこれがお前がもらってはいけない金だとは言えない。街の人々があの場での出来事を見てあの男の厚かましさを罵って正しい判決だったと言ったのだ」

「私もその話を後で聞きました。私は謝礼があるだなんて聞いていません。ただ財布が落ちてあって、中にお金が入ってて、財布を探してる人が居たからあげただけです。もしかしたら本当に必要な金でそうしたかもしれないじゃないですか」

「なら謝礼なんてすると言うものではなかった」

「私もあの時、私が困惑してる時に助けてもらったことは感謝しています。でも、だからと言ってこんな風にお金をもらうことは出来ません」

「どうして出来ないと言うんですか?」


私は我慢できず隅から現れて話題に割り込みました。


「あなたは…」

「この兵士さんの言う通りです。そのお金はもうあなたのものです。あの男はその金に関してどんな権利も持ちません」

「あの時はありがとうございました。でも、私はこのお金を自分のものにすることは出来ません」

「何故それが出来ないというんですか?誰もあなたを責める人もないというのに」

「私があります」

「……?」

「私が…私がしたことに責めます。私がこのお金を使ってしまったら、これからは二度と道中で財布を拾っても持ち主に返そうとか警邏隊に任せようと思わず金を盗んで財布を捨ててしまいそうです。私は自分がそんなことをする風になることが嫌です」


良い人。


意図だけは良い、愚かで、後先考えない善人の典型です。


こんな人はいつかまた三日前のようなことに合います。そしてその時は誰も助けてあげる人なんてないでしょう。


「あなたは…」

「その人を探せるという保証はできませんが…」


その時また聞き慣れた声が本部の扉の方から聞こえてきました。


聞き慣れた声でも近頃に聞いていない、とても懐かしい声。


「諸葛孔明さま!」

「…朱里ちゃん?」

「…事件があった場所の周りの店にその人を見かけたらここに来るようにお願いすることは出来ます。それが私たちに出来る最大限です。お探しの人を探せる保証はありません。この街の人ではない可能性もありますし、二度とここに来ない可能性もありますから。でも、それであなたの気が済むなら、できるだけの努力はします。それでも十日内に本来の主が見つからないなら、その時は何も言わずお金を受け取ってください。それでも後ろめたく思えるのなら誰かもっとそのお金が必要そうな人に渡してしまえば良いです」

「判りました。ありがとうございます」

「その人を探せたら私たちがあなたにお知らせできるように住処を書いていってください」

「はい」


女の子は自分の要望に最大限応えると言った朱里ちゃんに礼を言って、自分の住所を残しては本部を出て行きました。


「その財布は金庫に再び保管して、必要な対応を施してください。手間をかけさせますが、お願いします」

「はっ、判りました」

「それじゃあ、急いでるので…」

「あ、朱里ちゃん」


朱里ちゃんは兵士に必要なことをするように言って、私には気づいていないのか、それともわざと無視しているのか判らない様子で本部を出て行きました。私はちょっと呆気取られてその後を追いました。


「朱里ちゃん!」

「愛理ちゃん、元気だった?」


でも、その後を追って本部の建物の曲がり角を通った瞬間、待ち構えていた朱里ちゃんに抱きしめられました。


「しゅ、朱里ちゃん?!」

「もう何年ぶりだね。愛理ちゃんは何も変わってない。…あ、お母さんのことは残念だったね。会いに行けなくてごめんね」

「し、知ってたの?」

「うん、後で知ったことなんだけど、反董卓連合軍に、袁家との戦いで忙しかったから会いに行けなかったの」

「わ、私がここに居たことは…」

「……」


朱里ちゃんは苦笑しながら私を見て私はやっと気付きました。


「…どの軍も間者はいるものね」

「うん、愛理ちゃんが曹操軍に居るって聞いてびっくりしちゃった」

「…それだけ?」

「うん?」

「怒ったりは…してないの?」

「怒ってなんかないよ。それはうちの所に来なかったことは…ちょっと酷いなあとは思ってるけど、それでも愛理ちゃんが選んだことに恨みなんて持てないよ」

「敵同士になっちゃったのに?」

「居る軍は違くても、互いに願うもののために歩いていってるだけだよ。それで直接敵対する時が来るとしても、私は愛理ちゃんを恨むことなんてないよ。友達だもん」

「……」


私がおかしくなったのかな。


朱里ちゃんは元々こんな風に言う娘だったのかな。


自分の理想に反する人の部下になった私をまだ友達を言ってくれる朱里ちゃんは…ただいい娘ぶってるだけ?それとも…私が勝手に全部閉ざしてるだけ?


「…私たちって、まだ友達なの?」

「もちろんだよ。愛理ちゃんは…違うの?」

「……判らない」


曹操軍に入ろうとした時からもう覚悟していました。当初は直接戦に関わるような仕事には入らないつもりで居たからまだマシでしたけど、重役になりそうになっても二人に嫌われることになることはある程度覚悟していました。でも、こんな風にされると…。


「母様がなくなってから、何一つ私が思った風に行ってない気がするよ」

「愛理ちゃん…」


朱里ちゃんが少し悲しそうな顔をするのを見て私は慌てました。


「ち、違うよ。朱里ちゃんたちともう友達じゃないって思ってるとかそういうんじゃなくてね…ただ……もう嫌われるだろうと覚悟を決めていたのにこんな風にされると、私どうすれば良いか判らない」

「…愛理ちゃんは相変わらずだね。でも、私が知っている愛理ちゃんなら私はどうすれば良いか知ってるからね」

「あう?」

「行こう。最近桃の季節だから城に入ると良いのが入ってると思うよ。『ぱい』って食べてみたことないよね?」

「…なにそのちょっと嫌味言ってるような名前?」

「間食の名前だよ」


何故か急に美味しそうに聞こえてきました。


「行こう。早く行くと作る時間あるかも。あの人に会う前に…」

「ほう、それは俺のことか?」

「…!」


一刀様の声が聞こえると同時に朱里ちゃんがビクッとするのがまだ抱きしめられている体から伝わってきました。


「お、お久しぶりですね、北郷さん」

「そうだな。他に言いたいことがなければまず序論に入ろうと思うが…」

「言っておきますけどね。アレでしたら、私も今引っかかってきました」


…あれ?とても信じがたい事実を耳にしてしまった気が…。


「連れてきた私服兵士さんたちがぶちのめしましたので以後は城門に調査官じゃなくて兵士三人を三交代ぐらいで基本的な調査だけしておくつもりです。完全に無くすことは出来ません。一応戦時ですから。という行く前に公文下ろして警告しておいたんです……まさか私にまで賄賂要求するとは思いもしませんでした。ぶっちゃけその時点でいつも適当な外装で出歩く北郷さんがどんな仕打ちされたか大体想像付きました」

「……いや、なんかもう可哀想になって来たからその件は不問にしよう」

「はわわ…そんな慰めは要りません…」

「でも他に聞きたいことがあるからまず官庁に入って桃香と一緒に話そう。菓子はその後だ」

「…食べる気なんですね」

「作る気じゃなかったんですか?」

「愛理ちゃんの分です。北郷さんのは雛里ちゃんが帰ってきたら頼んでください」

「俺にあいつが帰ってくるまでここに居ろというのか……というか、呂布に俺が来たって言ってないよな?」

「言ってませんよ、一応…恋さんが居ないと戦線が持ちません」


あーうー、聞いてない、私は何も聞いてないよ。


「ん?愛理ちゃん、どうして耳塞いでるの?」

「…お前の軍の機密が素通りだからじゃないのか?」

「……はわわ!」


朱里ちゃんがバカになってる!


「…とにかく、入るぞ」


後で聞いた話ですけど例の男は見つかって財布は彼に渡されたそうです。彼がその女の子に礼言ったかどうかまでは判りませんけど。


<作者からの言葉>


思った以上に愛理回で書いてる作者がびっくり。最初入れる時は埋まると思って心配したのにもう反対側で心配しなきゃいけない状態。


この一刀が真名を呼ぶ重さについて再考。

無論それが絶対的な免罪符になるわけではありませんが幾つかの過ちは作中に言ってる通り許せるし、手伝える。許せるはともかく手伝うのはきっと一刀が洛陽以来で変わった部分ですけどね。後直接的には言ってませんが実は一刀が愛理に失言を言いかけたのはやや怒っていたからでもあります。きっと本人も後で後悔してたはず。てか脳内では書いてるんですけど話長くなるし作者だって男がツンデレしてるのあまり長く書きたくないからいいや。ただでさえこの作品ツンデレ率高いんです。


善意の話。


善意は報いを考えぬ心と心がけてます。難しいし現代にも昔でも損する性格ですが、それが悪いことかは別の話。損すると言っても、損は得の反対。つまり『利』の概念です。『理』とはまた別の問題です。そして愛理が怒っていたことはその人が良い人であることに怒っているわけではなく、そんな良い人を守れない現状に怒っていたこと。なら女の子を戒めていた愛理ちゃんは自らの判断を誤ってるわけで朱里ちゃんが施した対応こそが愛理が桃香が正しいものと言っていた対応です。


愛理は自分から悲観主義者と言ってましたは、見方が悲観的なのと現実的なのとは同じく見られがちでもわけが違います。一方的な観点になりがちが悲観主義は実際現状に嘆こうとも足しになることってあまりありません。その点、理想論者の桃香の側に朱里や雛里みたいにそれを実現出来る力を持ってる娘たちが居ることはまさに魚が水と交わったと言えるでしょう。


月が見た愛理


何人か愛理が一刀に似てると評する人たちが居ました。それがどんな形であっても、愛理と一刀はどこか似ています。これは一刀が愛理を近くに置いて自分がやってることを一緒に手伝わせてることでその度が増すように見えますが、愛理は決定的に一刀にはないブレーキを持っていて一刀もそれについては既に言及しています。




その他には何があるでしょうか。桃香にシールド張ってあげることってあまりないと思います。だって使者来るの忘れたって結構致命的ですし。一刀だから許してあげたんですよ、本当。


でもそれ除くと別に桃香の人柄が変わったわけでもなく別に覚醒したからと言って天然が治ったわけではないので忘れる時は忘れます。度が過ぎましたけどね。正直作者も書いた後やりすぎたとちょっと後悔しました。だから今回のは桃香じゃなくて作者が悪いです。ちょっとしたイベントのつもりだったのに思った以上に酷い様でした。作者が悪いです。だから桃香は責めないであげて。




あ、一刀が桃香のことを手伝ったってことはですね。


一刀は桃香を戒めてから既に詠と話で執務始めてました。そして月が桃香を外に回します。愛理にあったのはイレギュラーですが、桃香が愛理と話した後落ち込んで官庁に帰ると一刀が自分の仕事手伝ってくれてたので桃香さま大歓喜。


はい、コレ以上は想像におまかせ。


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