幕間1 華琳√
拠点:華琳 題名「その気持ちがもどかしくはない」
華琳SIDE
パチーッ!
とする音と共に、気づいた時には一刀の頭は頭は私が打った頬の反対側に回っていた。
他の娘たちの視線が皆私たちの方に集中した。
自分が何をしたのか気づいた後、なぜそんなことをしたのか冷静に考えられる間もなく私は逃げるようにその場を去った。怖くて視線を戻さない彼を見直すこともできずにその場から逃げた。
・・・
・・
・
部屋から戻った私は普段は使いもしない部屋の鍵まで閉めた。少しでも力を入れると簡単に壊れてしまうそんな弱い鍵なんて掛けても入ろうとする者に対しては何の意味も成さないものだったのに、それでもかけなければならないぐらい私は慌てていた。そして一人になった後、自分が今日やったことをゆっくり思い返してみた。
朝、普段より少し遅く目が覚めた。少し遅く朝食を取って、もはや日常になっている薬の服用を済ませた後仕事に入った。
昼頃に腹が曖昧に空いてきてどうしようかと思ってる頃突然今回新しく雇ったはずの文官一人が来て辞職書を出してきた。直接私のところに出してくるような官位でもなかったので確認してみると上官に出しても我慢しろとばかり言って受理してくれなかったらしい。だからって私に出しに来るなんてとんでもない者だと思った。終始を聞くと一刀が関連していたので彼を呼ぶと、辞職書を出してきた文官が彼を見るなりに半発狂しだして彼を二人で制圧しなければならなかった。二人で制圧というよりも私は発狂するのを見るなりに殺そうとしたけど彼がそんな私を止めながらそっちも制圧したものだった。冗談抜きでああいうのって即座斬っても文句言えない状況だった。
あまりにも目で見た光景が酷いものだったのと、あとこういう奴がまだいるという話を聞いて苛立ってきて勢い余って官庁を一時休止させた。
反対する彼の話を聞かずにそのまま一緒に流琉の所に昼食を取りに行った。そこで流琉の料理に文句言いつけながらこんなもの人に食わせるかと慰謝料を要求するイカれた連中が現れた。食卓を足で蹴りながら騒ぎを始めようとしている所をいい加減目障りだったの『絶』を投げつけた。が、流琉の葉々(ヨヨ)が軌道を塞いで来たのでその男の喉を貫くことは叶わなかった。帰ってきた『絶』を再度投げようとするも一刀に止められた。一度目のアレで怖じたのかチンピラどもは逃げるように去っていった。騒ぎが起こった後流琉に怒られたけど私は謝らなかった。
そして帰ってくる際に桂花の面接場で暇つぶしで彼と囲碁を打った。途中からよく頭が回らなかった。なんというか、私の頭に何か膜みたいなのが貼ってあって、それがちゃんとした考えが出てくるのを邪魔してる感覚だった。そして盤上で何をどうすれば判らなくなってきた私は、その怒りを彼に向けたのだった。
……
思い返すと今日一日私がやったことはただの心の制御の出来ない変人のそれと変わらなかった。明らかな過剰反応に心理的な圧迫を隠さず怒りに変えて暴力的な形で出した。
私はどこか変になっていた。
「うっ!」
そう思った瞬間、腹の奥から嘔吐感が上ってきた。耐えられなくなって私はその場に跪いて昼食べたものを吐いた。
「うぶっ…げっ!」
そうやって食べたものをすべて吐いた頃、私は力尽きて倒れてしまった。
倒れる前に微かに扉を開けようとがちゃがちゃという音が聞こえた気がした。
<pf>
そして目を覚ました時、私は嘔吐まみれの床の代わりにちゃんと寝床の上で目を覚ましていた。体を起こすと口の中が酸っぱかった。寝床の横に水が用意されていたのでそれを飲むと少し楽になった。
そうしていると門が静かに開いて一刀が入ってきた。
「一刀?あなたが…」
「寝てろ」
彼は私の声を遮って塞がってる両手の代わりに足で門を閉じた。
「初めて見たのが俺だったのは運が良かった。他の連中に知らされて広まってしまったらどうしようもない状況に陥ったかもしれない」
「どれぐらい寝ていたの?」
「二刻ほどだ。安心しろ。お前が不機嫌だと思って他の連中はしばらくはこの辺りには来ない。お前が官庁を休業させたおかげで他に来る人もいないしな」
彼は持ってきた粥を水をおいた卓に一緒に置いて私のいる寝床の近くに椅子を置いて座った。
「…一応作ってきた。一日ぐらい何も食べない方がいいかもとも思ったが、一応体力をつけておかないといろいろまずい」
「私は一体どうなっているの?あなたは知っているの?」
「……」
彼は視線を逸らした。やっぱり何か知っていた。
「あなたは知ってたでしょう?今日の私がおかしかったこと。私は今さっき気づいたわ。自分がやっておいてこういうのが可笑しいってわかってるけど…あの時はまるで何の問題もないかとように思ってたの。まるで自分じゃなかったみたいに」
「……」
「これって何かの病気なのかしら。それとも私はとうとう狂ってしまったの?秋蘭を追い出してしまった私に天から罰でも与えたと言うの?」
いつの間に声も体も震えていた。
怖かった。自分の意思とは違う何かに支配されているような気がして…でもそれをさっきまでしたことは確かに自分でやったことだった。人に対して無神経で無感覚な態度でただ自分の気の向くままに行動する。それは人として間違っていた。人の上に立つものとしてあってはならない下衆な行為だった。私が今日やったことは結局の所昼に見たあのチンピラどもがやったことと何の変わりもない行為だった。
「華琳」
そんな震える私の肩に一刀はそっと手を置いた。
「お前のせいじゃない」
「じゃあ誰のせいだと言うのよ。だって今日私がやったことは…」
「お前の意思ではない…俺のせいだ」
…どういうこと?
私は彼の方を見た。その時やっと彼の顔を見ることが出来た。彼の顔はいつもとは違う意味で本当に暗くなっていて、しかも普段の彼からは考えられない酷く鬱な顔をしていた。
「…お前が自分が可笑しいと気づいたのは今日のことが原因かもしれないが、実は少し前から予兆はあった」
「…どういうこと?」
「今日は少し暴力的な所が突出していた。この前も俺に向かって絶を投げようとした時があったな」
そういえば、以前元直を初めて合う時にそんなことをしていた。あの時徐元直が止めなかったら、本当に彼を刺したかもしれない。もちろん彼なら避けられたでしょうけれど。
…そういえば、今日彼は私からの攻撃を全く避けていなかった。
「その前に、俺が郭嘉と程昱を見てきた直後お前は執務室ではなく自分の部屋にいたな。侍女から聞くと、体調が優れないとか言って部屋で仕事もせずただ座っていた」
「…そう。あなたが来て昼を食べようと誘っていなければ、その日はずっと部屋にいたはずよ」
「…ホルモンの不調によって感情の起伏が激しくなったんだ」
「掘る…?」
「…お前が飲んでいるあの薬、おそらくアレの副作用だ」
「薬の副作用…?」
それじゃ…何?私が急に鬱になったり怒りっぽくなったりしたのは、私がおかしかったわけではなく、あなたの世界から持ってきた薬のせいだったというの?
「さっき嘔吐したものおそらく副作用の一種だ。医者は副作用のない薬だと言っていたが、お前には合わなかったのだろう。それに抗癌剤はもともと服用時期をしっかり合わせなければいけなかったのに、俺がちゃんと診ていなかった」
一刀は深い溜息をついた。
「…薬を飲むのをやめると数日内でよくなるはずだ。桂花と元譲にはお前の体調が優れないと言い訳するから3日ぐらいゆっくり休め」
「でも、薬を飲まないと頭痛は戻ってくるのよね」
「…そうなる。それはまた別の方法を探そう。もうこれ以上の服用は危険だ」
顔を皺める彼の姿は自分のせいで私がこうなったのだと後悔するかのようにも見えた。私がらしくなく怖がっていたのがまずかったのだろうか。
「このまま耐えて飲むわ」
私は思わずそう言った。
「…何を言っている」
「感情の起伏が激しくなるぐらいなら自分でなんとか抑えればいいはずよ。今までは自分で判らなかったけど、自覚があるなら制御も聞くはず…」
「そういう簡単なものじゃない。そもそも知っているか知っていないかはそれほど重要じゃない。実際行動してる時に自分がおかしいと気づかなかっただろ?自覚があればなんとか出来るとか、そういうものではない」
「なら、あなたが側にいて制御してくれたら良いでしょう?今日もあなたは私の異変に気づいてずっと近くにいた」
「そうやって解決できるものなら幾らでもしてやる。だけど俺も常にお前と一緒に居られるわけではない。それにこれ以上服用を続けてこれ以上の副作用が出ないという保証が無い。他の肉体的な副作用が出てきたら体はもう壊れた後だ」
自分で言った言葉に腹が立ったのか一刀は横にあった私の水を飲んだ。
「…残りの薬は渡せ。俺が処理する」
「……」
彼は気づいているのかしら。実際変になっていた私よりも自分の方が辛そうにしていることを。私が薬を飲むと言ったのは別に他の手を使いたくなかったからではない。ただ今の彼の表情にはいつもの自信溢れる姿は見えず、ただ自責して不安と苦悩だけが残っているそんな表情だったからだった。この事件によって彼は自信を奪われていた。これっぽっちの事でもし彼が私のために何かをすることを恐れてしまっては困る。彼の長点は自分が正しいと思う道を突き進むことに戸惑いがないことだった。それが返って状況を悪化させることがあるとしてもそれは彼を使う私が引き受ければ良い費用であって彼が自分の道を曲げてはならない。
「あなたのせいじゃないわ、一刀」
「……」
「あなたがそう言うのなら薬は渡しましょう。でもこれだけははっきりしておきなさい。あなたが悪かったから私がああなってたわけじゃないわ。あなたは私のためにと意見を示しただけで、それを引き受けたのは私。だから起きたことの責任も私が取れば十分よ」
「……」
「だからそんなこの世の終わりみたいな顔しないで。どうして吐いて倒れた私よりもあなたが苦しそうにしてるの。私が素直に怒れないじゃない」
私に言われて一刀の顔が徐々にいつもの無感情なものに帰ってくるのを見ながら私は一安心できた。
「…粥もそろそろ食べ頃に冷めてきただろう。食べて寝ろ」
「一緒にいてくれないの?」
「忙しい」
「今日官庁は休止よ?あなたも含めて。しかもあなたがさっき周りに人追い払ったって言ったし」
「……隣の部屋に居るから、何かあったら呼べばいい」
「そうするぐらいなら横で診てなさいな」
「ペラペラ喋ってないで食って寝ろ」
彼は逃げるように部屋を去っていった。
一刀は基本的にはあまり人の話を聞く人種ではない。長らくそんな環境で過ごしていたし、大体それが間違ったこともなかったので自分の判断について信じて疑わない。それはたとえ自分に対しての悪評価でも同じ。彼みたいな人が一度自分が悪かったって自責し始めたらそれからは本当に何もしてくれなくなる。
今頃多分隣の部屋の椅子に座ってなにがいけなかったのか、自分が何を間違ったのか考え始めているだろう。そんな考えは長ければ長くなるほどただの自己嫌悪に成り下がりかねないものだった。
ふと彼が丁度よく冷めてると言っていたお粥の器に目が行く。腿に大皿を置いてお粥をかき回すとまだまだ熱気が上がってくる。
…いい事を思いついたわ。
「………きゃーっ!」
ガタっ!とする音がして、ドタドタと走る音が聞こえてすぐに門が開いた。
「どうした!」
「っっ!何よ、この粥!全然冷えてないじゃないの!何が丁度食べごろよ!火傷するかと思ったわ!」
「……ちゃんと冷やして食え」
当惑した顔で門を開いた彼だったがすぐに表情は消えて呆れたかのような声で門を閉じようとした。
「ちょっと、このまま行く気?」
「俺が残っている必要があるか?」
「あるわよ。いいからつべこべ言わずにこっち来て座りなさい」
「…」
彼が渋々と座ると私はお粥の皿彼に渡した。
「…どうしろと」
「食べさせなさい」
「は?」
「食べさせなさいって言ってるのよ!熱かったら斬るわよ」
「…お前な」
「さっきあまりにも雰囲気悪いから言わなかったけど、あなた、今私に文句言えるような立場なの?」
「……」
「ほら」
彼は苛立っている(ように見える)私の顔を粥の器を交互を見ては、ため息をつきながらレンゲでお粥を掬った。そして軽くて長い吐息レンゲの粥を冷やして行く。
「ほら」
「ん」
彼が持ったレンゲが私の開けた口の中に入ってきた。味は…正直それほど良くはなかったけど、ここでそんなこと言うほど野暮ではないわ。
「あー」
「あー」
そうやって一人で食べればあっという間に食べるだろうお粥をゆっくりと食べさせてもらった後も、なんだかんだ理由をつけて彼をずっと部屋に居させた。
<pf>
…それから三日後、仕事に復帰した私が初めてしたことは桂花によって認められた三人の軍師を迎えることだった。
特に郭嘉、程昱は桂花に並ぶほどの逸材とのこと。ただ、実力的には認めるけど、まだ実績がないことを鑑みて、郭嘉は春蘭の補佐に置いて秋蘭がやっていた軍部の書類上の仕事を任せて、程昱は桂花の補佐に付かせた。位としては春蘭と桂花よりは下で、実権も春蘭と桂花二人に居たので実際に何かをするためには二人の承諾が必要になった。今後実績を見せてくれたら桂花と並べさせるつもりだった。徐元直の場合は一刀に一任したから私が気にすることはなかった。
これで軍部と内政の方を牛耳る春蘭と桂花、そしてその補佐として郭嘉と程昱が付く形で軍の首脳部はなんとか秋蘭がいなくなった穴を塞ぎながら迫ってくる次なる戦に備えるための足がかりを準備出来るようになった。
一刀の場合このどっちにも配属されない、ある意味第三の機関のようなものだった。今は特に何かを任されてるわけではない。本人曰く私の諮問役だけどまだそんな大した進言なんてもらったことないしむしろ彼が何かやらかすとすごく面倒くさい。他には彼が居ることで軍の監理の仕事だけはしっかりと行われている。一度動くたびに血の嵐を呼ぶのが難点ではあるけれども。
「三人とも歓迎するわ」
「はっ」
「やっとですねー。長かったですよ」
「……ぅ」
他の二人に比べ明らかにオドオドしている徐元直の様子は未だに私のことを怖がっているみたいだった。今でもチラチラと一刀が立っている方を見ている。
「元直」
「はぅ!はいぃ…」
「私のことがまだ怖いのかしら」
「ひ…あの……はい」
そこは怖くても素直に言っちゃうのね。また倒れそうだから怒ることも出来ないし、怒るというより傷つくわ。原因を探ろうとしても手詰まりだし、本当にどういうことなのか心辺りもない。
「そうね。私の軍で働く限りは私の前に立つこともあるでしょうに、ずっとそんな調子じゃ困るわよ」
「あぅ…はい…」
これはどうにも長い道のりになりそうだと思って苦笑しながら彼の方を見た。彼は隣に居る桂花と何かを話していた。おそらく元直について話し合っているのでしょうね。
「二人で何をコソコソ言っているの」
思わず鋭い声で言い放ってしまって自分でもびっくりした。単に桂花に朝議を進行させなさいと言うつもりだったのに。
まだ薬の効果が残っているのかしら。
「あ、申し訳ありません、華琳さま」
「…紹介はこれぐらいで良いわ。桂花、朝議を始めて頂戴」
「は、はい」
「……」
彼の目から不機嫌なのか心配しているのかよくわからないものを感じ取った。逆に頭痛が恋しくなるぐらい痛い視線だわ。
その後も彼の視線が会議中ずっと私の方を向いていたので私は会議に集中出来なかった。
華琳さまが最後に鋭く言ったのが本当に薬のせいだと信じてるそこのあなたに、作者は少し憐れな目をしてみる。