幕間1 流琉√ 凪√
拠点:流琉 題名「新しい再開の前」
反乱騒動があった直後、私は軍を出ました。
退職金は三年間だけ働いたのにしては結構な額をもらえました。将と言っても給料は大したことがなかったのに比べたら相当な額でした。そしてその退職金のうち一部は村で世話になっていたおばさまに送って残りの金でお店を買いました。以前ラーメン屋だった所でした。麺を打っていたおじいさんが腰が痛くて店を閉じてしまった場所でした。
どんな料理を主なものにするか迷いました。兄様と一緒に居る間お菓子作りが結構上達してましたけど、お菓子は兄様のためだけに特別にとっておきたかったので取り敢えず保留です。だけどそれ以外だとしたら特にこれだと思うものは特にありませんでした。思えば自分がどんな料理が得意なのか良く判りませんでした。季衣はいつも美味しいとしか言ってくれませんし、兄様にもお菓子以外にはあまり披露したことがありませんでした。参考になってくれるような人を考えた果てに私は他の皆さんにバレないようにこっそり華琳さまに相談に行ったのでした。
「陳留にお店を?」
「はい」
突然の私が訪れたことにも驚いた様子な華琳さまでしたけど、私がここに店を開くことにしたって話を聞くと更に驚かれました。軍を出て故郷に帰るだろうと思いきや三日ぶりに帰ってきてこんなことを言ったら私でも驚きます。
「一刀はこの事は…?」
私が頭を横に振ると華琳さまは軽い溜息をつきながらも穏やかな笑みをしてくれました。
「あとで怒られても知らないわよ」
「そうなることは覚悟出来てます。でも今回はそれでも兄様に嫌われたりはしないって確信があります」
「…そうね。寧ろあなたがまだここに居るって判ったら内心喜ぶでしょうね」
華琳さまの言葉に私は自分がやっていることに更に確信がつきました。
「どうして軍を出るという話から考えを変えたの?」
「考えを変えたのではありません。兄様に言ってる時からもうこうしようと決めていました」
「一刀から大まかな話しか聞いてなかったけれど、どうして軍を出るって決めたのかしら」
華琳さまがこんな疑問を抱くのは当然のことでした。実は兄様にもまともな説明はしていません。ただ秋蘭さまを騙したあの夜、事件が終わった後兄様に行って軍を出るつもりだって言いました。そしたら兄様は特に止めることもなく了承してくれました。
「秋蘭さまを騙していた時に秋蘭さまに言われたんです。人を殺した手では美味しいお菓子なんて作れないって。それで気づきました。私は最初から戦場で戦いことなんてどうでも良かったんです…華琳さまにこんなこと言ってはいけないですよね」
「…構わないわ。あなたは最初から一刀が連れてきた娘だったんだもの。あなたは凪みたいに最初から最後まで一刀のためにこの軍に居たわ。だから彼の居ないこの軍にあなたを縛っておこうとした私が悪かったのよ」
「でもその結果こうしてまた兄様に会うことが出来ました。私は今とても幸せです」
そして、この幸せを二度と離したくありません。
だから…
「私は兄様に私が作った料理を美味しく食べてもらえたらそれで良いのです」
「…それだと将には成らずとも、軍の調理場に転職するという考えもあったんじゃないかしら。あなたの実力なら調理長の座ぐらい気軽く渡せたのだけれど」
「身の自由が欲しかったんです。それに、一度出ると言った方が劇的かなぁっと」
「…あなたも少しずる賢くなったわね」
「えへへ…褒め言葉として受け入れます」
「ええ、褒めてるのよ」
華琳さまは私の頬を撫でながら言いました。
「季衣はまだまだ子供だけど、あなたは一刀のせいか、それとも私のせいか判らないけどあの逆境の中で成長したわ。多分、一刀はあなたが自分のせいでこんな風になるのが嫌だったのかもしれないわね」
「辛い時もありましたけど、私は兄様に出会ったことも、この軍で兄様を待っていたことも、そして今この選択も後悔するつもりはありません」
「そう。あなたは強くなったからね。例え戦場ではなくとも、あなたは十分彼の興味を掴むほどの娘だもの。恋は女を強くするのよ」
「…あう」
そう直接言われると流石に照れます。
でも、
「兄様は華琳さまのことをもっと大事にしてるんだと思います」
「…どうしてそう思うのかしら」
華琳さまが少しビクっとするのを見て、私は確信しました。
「兄様と、何かありましたよね?」
「……」
「あの日、兄様が私に手伝って欲しいって言った時、兄様の顔はとても真剣でした。最初は秋蘭さまがした事を聞いて、とても驚いて…辛くなってやめようと思ったんです。でも、兄様の顔はすごく訴えていて…。口では嫌ならやらなくても良いって言ってましたけど判っちゃうんです。私が手伝うって言わないと、兄様はもっと無茶な方法を使ってでも華琳さまを助けようとするだろうって。それで兄様がまた危険な目に会うのが見たくなかったんです」
「だから実の所、秋蘭のことは恨んでるってこと?」
「そういうわけでもないんですけど…最初はちょっとだけそうだったかもしれません。でもわざとらしく秋蘭さまに華琳さまを裏切るように誘惑しようと演技していたら、秋蘭さまは逆に私のことを戒めてくれました。だから判ったんです。秋蘭さまが兄様にあんなことをしたのも、きっと秋蘭さまなりの理由があったのだって。それが例え間違った選択だったとしても、私だって許されたんですから、秋蘭さまのことも許してあげないといけないと思いました」
「…あなたは本当にいい娘ね。ありがとう。秋蘭を助けてくれて」
華琳さまは微笑みながら私を温かい目で見つめました。本当はその目は兄様にしないといけないのに…って思いましたけど口にはしませんでした。
「…と、相談に来てたのに私の疑問だけ聞いていたわね。どんな店にしたら良いかって話だったわね?」
「あ、はい」
「そうね…一刀のことを中心とするにしたら、まず茶菓子屋かしらね」
「でも、それだと他の人たちにもお菓子を振る舞わないといけなくなりますし…店が盛んでて兄様にお菓子が振る舞えなかったりするのはちょっと嫌だなっと思って…」
「そう。でもそれなら別に一刀専用の菜単を置くとして普通の飯店にしたらどうなの?正直な所、あなた程の厨師ならどんな料理を振る舞ってもそれなりに客を呼び寄せるほどはあるわ。将だったこともあるから、軍の将兵たちの中で簡単に噂を広げることもできるし」
「もうちょっと私の色を出したいんです。兄様が毎日私の所に来てご飯食べてくれるような」
「あら、そういうことなら心配することはないわよ?」
「はい?」
「あなたが居るってだけで、彼があなたの店に毎日のように行くことは決まってるもの」
そして華琳さまから私が去った後兄様がすごく疲れきった顔をしていたって話を聞きました。私がここを去ることをすごく残念に思っていたって。
「それは…本当なんですか?」
軍を出るって言った時、あまりにもあっさりしすぎててちょっと不安になってました。もしかしたら兄様は寧ろ私に帰って欲しかったのではないかって。私が居なくなってもなんとも思わないのかなって。
「ええ、本当よ。あなたが店を開いたって知ったら、それから毎日のようにあなたの店でご飯とお菓子を食べに行くでしょう」
「…そうだったらいいんですけど」
「私が保証するわ。誰もでもなく一刀のことだもの。他のことは知らないけど、この世であなたほど彼の胃袋を掴んでいる者もいないわ。男を攻めるならまず胃袋からよ」
男を攻めるなら胃袋…。
「ありがとうございます、華琳さま」
「……まあ、彼が行く時に私を連れて行かないって保証は出来ないけどね」
「…あ」
「ふふっ」
「もう、華琳さま!」
「まあ、その辺はあなたのやり次第よ。頑張りなさいな。開店したら連絡入れなさい」
「あ、はい」
「それじゃあ、そろそろ帰りなさい。もうすぐ一刀が来るだろうと思うから、今陳留に居ることがバレたら台無しよ」
コンコン
「!」
「華琳、俺だ。入るぞ」
「ちょっと待ちなさい」
華琳さまは窓の方に横目をしました。私は直ぐ窓を開けてそこから部屋を出ました。私が窓を外から閉めて間もなくして中に兄様が入る音がしました。
『少し出掛ける用事が出来た』
『突然どこによ』
『この前の連中だが、陳留の外に逃げた連中が居るらしい。群れを作って再度反乱を鑑みる前に各個撃破する』
『そういうのはあなたが行かなくとも…あ、いや、それで良いわ。兵は三百ぐらいあったら足りる?』
『十分だ』
…兄様が出掛ける?
『どれくらいかかりそう?』
『確言はできないが…五日ぐらい?』
『判ったわ。片付いたら先に連絡を入れて頂戴』
『…判った』
五日……それまでに準備しましょう。
帰ってきた兄様が私の店を見たらびっくりするでしょうね。
「…ふふっ」
待ったてくださいね、兄様。
流琉は今もまだ兄様のお側に居ます。
・・・
・・
・
<pf>
流琉は知らない話
それから一刀が流琉の飯店の広告の瓦版を見た直後の話、
「……」
「何よ、その顔は。嬉しくないの?」
「…お前は知っていたな?」
「さあ、どうだったかしらね」
「…人をコケにしやがって」
「どこいくの?」
「どこでも」
「流琉の所に行くつもりなのは判ってるわよ。私も行くわ」
「…行くか。少なくも三ヶ月は知らん振りしとけば二度とこんな馬鹿な真似は出来ないだろう」
「三ヶ月はおろか三日も待てないでしょうに良く言うね」
「……」
「あなたが今気が立ってる理由が何か知ってる?糖分不足よ。間違いないわ。陳留でその問題を一番良く解決出来る場所を知っているのだけれど」
「……もう沢山だから故郷に帰りたいと言うから行かせたらこれかよ……」
「そう拗ねてても仕方ないでしょうに。寧ろ喜ぶべきでしょう?あなたのことが心配で残ってあげたのよ」
「……ちっとも嬉しくなんてない」
「またそんなこと言って他の人なら感動で涙を流してもおかしくないでしょうに…まだまだ鈍いわね。そういう所は」
「…ほっとけ」
そして結局何の動揺もしていなかったかのように流琉の所へ行ったというお話。
<pf>
拠点:凪 題名「貴方のために貫いた道」
一刀様が居なくなられた後、一刀様が広げられていた改革の多くが霧散されてしまいました。だけどその中でも陳留の街の改革案はとても大掛かりな仕事で計画もしっかりと文書化されており、一刀様が居なくとも実行に移すことが出来ました。
ですが実行可能だったというだけでその案どおりに行動に移すことはとてもむずかしいものでした。予算の問題や実際にぶち当たった問題などについてはその改革案を受け継いだ私がなんとかしなければなりませんでした。難しい問題には華琳さまや桂花さまの知恵を借りて、人手がかかる問題には沙和や真桜、そして警備隊の皆が力になりました。皆が助けがなかったらここまで来ることも出来なかったでしょう。
そうやって一年間、一刀様が居ない陳留の街を広げることが出来ました。
そして今、帰ってこられた一刀様に今までの陳留の街の経過について報告しています。
「以上が、陳留の街の現状です」
「………」
報告を聞き終えた一刀様の顔はあまり晴れてはいませんでした。少し心配になってきました。
一刀様が最初に思われていた通りにうまく出来たとは思っていません。いくら具体的な案があったとしてもそれを実行する者が違って、しかも実力の差は明らかなものでしたから。
だけど一刀様がいなくなって、一刀様の跡までもが曹操軍から消えていく姿を見て私はこのまま一刀様のことを皆忘れてしまうのではないかと恐れました。その中でもこの街の改革案は一刀様がこの軍でやってきたことの中でも一番重要なものの一つでした。それまでも消えてしまったら、一刀様がこの軍に居たことさえも否定されてしまう気がしました。だからこの街の治安と改革について勝手ながら受け継いだのです。
だけど、一刀様が帰って来られた今、今まで私が一刀様の代わりという立場でやってきた事が一刀様にどんな評価を受けるか、それが不安で仕方がありませんでした。
「私に出来たのはこれが限界でした。一刀様が見るに足りない所も多くあると思います、それでも精一杯頑張りました」
「…そのようだな」
「だけど、今から一刀様と共に至らぬ所を足していけば…」
「街の件は、これからもお前に一任する」
と、一刀様は私の言葉を遮って仰りました。
「はい?」
「聞こえなかったか?街の治安管理及び政策についてもお前に一任する。華琳に言って正式に引き継ぎをさせよう。これからは代理じゃなくてお前が隊長だ」
「で、ですがこれは一刀様の計画を元に作ったもので…私の考えでは…」
「俺が計画案に書いたのは骨格に過ぎなかった。どんな形で街を作れた効率がいいのか、どんなことを考えて街を拡張すべきかそんな基本的なものしか書いていない。それを実際に適用して、実用可能したのはお前だ。俺が居る二年間は土台づくりをしたに過ぎない。誰がやってもそんな順を踏んでやっていく。だけどお前がやったことは違う。これはお前の判断で設計された街だ。これはもう俺が考えた街ではない。俺の街ではない。お前のものだ」
思っても居ない言葉に私は今までの苦労を称されたと思うより、怒られていると感じました。
「私が一刀様の代わりに作った街が気に入らないのですか」
「…お前はお前に出来る最善を尽くした」
「だが、だけど一刀様の目には適わないというのですか。だから私に押し付けるのですか」
「俺はこの全てをほったらかしにして消えた。どんな経緯であったとは言えそれは事実。そんな捨てられた街をここまで育てたのは凪、お前だ」
一刀様は私の頭に手を乗せながら仰りました。
「誇らしく思って良い。今この街の安全とこれからの安寧と栄光はお前の手から始まった。そしてこれからも、お前たちの手で守られる、素晴らしい街がここにある。ご苦労だった」
「……」
「これからもしっかりやってくれ。だがこれからは俺のためにするのではなく、お前に守られている者たちが居て、お前を信じる人たちが居ることも忘れるな」
「…私には一刀様が必要です。あなたのためにここまで来ました」
「俺もお前が必要だ」
「!」
「お前はいつも勘違いをする。俺もお前が必要だ。お前は自分が思ってるよりもっと重要な人物だ。お前が俺を必要としてるから側に居させてるわけではない。俺がお前を必要としているから側に置くのだ。だからもしお前がそうやって自分を貶めて、そうやって自分が未熟だと、足りぬ存在だと言い続けたら…そんなお前を俺が側に置くと思うか?」
「それは…」
「お前に出来るだろうと思うからやらせるんだ。それぐらいはやってくれないと困るからやらせるんだ」
あなた様を再び会う日を待ちに待ちながら造ったこの街。
「お前が努力を積んできたその日々がお前の血となり肉となって…そうやって俺にも帰ってくる。お前が俺を大事にする気持ちが本当ならその道を貫けるほどの力があることを俺に証明しろ。俺が見てなくてもこれぐらいやったなら俺が見ていたらもっとちゃんと出来るだろ?」
「…はい」
そしてそれらが忍耐の時間が光を見る時が来て、今までの努力が無駄ではなかったと貴方の前に誇らしく言えるように、これからもあなた様に見せるに恥じぬ姿を見せられるようにこれからも尽くしていきます。
それが私が貴方に捧げる忠義です。
「さて、書状だけではなんとでも綺麗事が言える。実際はどうなってるか見て回るとしよう」
「今からですか?」
「何だ?別用でもあるのか?」
「いえ!そんなことはありません!寧ろあっても後回しにします!」
「…あったらしっかりやれってさっき言ったばかりだろうが」
「あ……」
うぅ…
「さっさと行くぞ」
「はい!」
そうやって私は一刀様と一年ぶりの警邏に向かいました。
<pf>
凪は知らない話
「結局、二人とも手放しちゃったわね」
「…手放したわけではない。変化があっただけだ。二人とも俺が居ぬ間にあおそこまで成長したんだ。当然の因果だ」
「凪は一年間本当に頑張ったわ。流琉と違って行動力もあったし、自分が決めた道に迷いもなかった。だからあなたにももっと早く認められたのでしょうね」
「運も働いたかもしれないが…凪は元々そういう目的で連れてきたのだ。流琉は…謂わば俺が欲張っていたせいで犠牲にされたわけだが」
「寂しい?」
「両方その気になれば行ける所にいるし、むしろない言い訳も作って訪れて来て逆に困ってるんだが…」
「あまり依存させるのも考えものね……」
「はっ…今に荀彧にお前の軍師やめろって言ったらきっと泣き崩れて脚掴んで許しを乞うだろうな」
「……それも面白そうね、今後閨でやってみようかしら」
「君主として最低だからやめろ」
「冗談よ。それよりもどうなの?私としてはあなたの監視役がつかないと色々気になるのよね」
「まあ、そのうち良いのが見つかったらな」
「……見つかったらあの二人がきっと妬むでしょうね」
「なんか言ったか?」
「別に」
・・・
・・
・