八話
今回新しく入るオリキャラ(オリキャラに拒否感がある方も多いとは判ってますが、ほら、もう皇帝さまがいらっしゃるので遅いです)の徐庶元直です。
基本キャラ案は金髪のグゥレイトォさんが描いたご覧の絵から
http://www.tinami.com/view/344820
ここに甘党という設定を加えました。
華琳SIDE
「この三人なの?」
「はい、この三人が、今回の試験で優秀な答えを出した者たちです」
以前行った文官試験の結果が出た。
本来以前の謀反によって粛清された内官たちの充員するためのものだったので問題の難易度自体はそれほど高くないはずだった。ただ軍師候補も取るつもりが出来た後、更にいくつか問題を追加して難易度を上げさせた。
その結果、満点に近い点を取った(そもそも叙述型の科挙に満点などないけれど)3人を、私が直々に審査することになったのだった。
二人は予想通りのあの二人、郭嘉と程昱。
そしてもう一人は…
「徐庶元直ね…聞いたことのない名前ね」
「徐州に住む者で、水鏡先生の私塾で学んでいたものです」
「水鏡というとあの劉備の所の軍師たちを師にあたる人ね」
「はい、それ以外にも多くの人材が水鏡先生の私塾から出ました」
荊州に隠居し数々の後世を育てたことで有名な司馬徽、水鏡はその号である。
「劉備軍の諸葛孔明と鳳士元と一緒に学び、同じ時期に卒業したそうですが、劉備軍の二人が仕える主君を探す旅に出たに比べ、徐庶はそのまま徐州に戻ったそうです」
「彼女らはまだ幼いけれど実力は一刀も随一と認める者たちよ。そんな彼女らと一緒に卒業したのならその元直とやらの実力もそれに劣らぬものなはず。何故今まで在野に居たのかしら」
「唯一の血肉の病んだ老母があったそうで…何年間その看病に励んでいたそうです」
「なるほどね…それで今回ここまで来たということは…」
「お亡くなりになったそうで…」
「そう…」
なにはともあれ、人材が多いことに越したことはないからね。
「この3人はもう呼んでいるわね?」
「はい、もう連絡して仰った通り穏やかに話せるような場所を用意してあります」
「宜しい」
「本当によろしかったのですか?もっと威厳を見せられた方が…」
「魅せようと出す威厳なんてただの虚勢でしかないわ。威圧感を出して圧迫されてる中でどう対応するかを見るのもいいけれど、今回の面接は穏やかにしていくって決めたの。だからと言って全員無条件で受け入れるってわけでもないからね」
いくら人材が不足しているとしても値しない者を軍師にさせるわけには行かない。その官位にふさわしくない者が席に座っているだけ恐ろしいこともないから。
「それじゃあ、行きましょうか」
「はい」
ちなみに一刀は一緒に行かない。私の軍師を選ぶのだから。余計に連れて行って奪われるとかゴメンだわ。
<pf>
稟SIDE
「いよいよですね」
筆記試験なんてものは最初から通り過ぎる関門でしかありませんでした。それも開いてるも同然の。
「ぐぅ……」
「あなたはこんな緊張しっぱなしな状態でも寝られるのですか!」
「おおっ…いやはや、昨日あまり緊張して寝られなかったものでして…」
「あなたと同じ宿で寝た私は緊張して眠れる夜を過ごしながら、あなたがぐっすり寝ているのを夜中しっかりと覚えていますが」
「まあ、それでも風はもう少し圧迫面接のような雰囲気を予想していたのですけどね。これはこれは穏やかな所でついつい寝てしまうのも仕方のないことですよ」
「どんな言い訳ですか。でも…確かにそれは私もちょっと思いました」
部屋の中で、机を置いて一対一で対面しながら曹操さまのその威圧に責められながら質問に答えるそんな場面だろうと想像していました。
「まあ、稟ちゃんは性的に責められる方を想像していたと思いますが」
「だ、誰がそんなことを…!」
「同じ宿で寝た風は稟ちゃんが床に鼻血をぶちまけて今朝一緒に宿の女将さんに怒られてきたのですよ」
「…う、むむ…」
それなのに私たちが居る場所は官庁でもなくどこか別宮に用意された庭でした。鯉が泳いでいる池と整頓された花畑が見える素敵な東屋に案内された時は、あまりの呆気なさについ連れてきてくれた衛兵に怒ってしまいました。
「風はここら辺でお茶が一杯欲しいですね。あとお茶菓子もあれば最高なのです」
「私たちは面接に来たのであってお茶会に招かれたわけでは…」
「すみませーん」
その時でした。向こうから藁で編んだ籠をやってくるお嬢さんが居ました。
「すみません、ここがかり…じゃないや、曹操さまの軍師を選ぶための面接場で合ってますか?」
「へ?」
「はいー」
「そうですか。じゃあ、直ぐに用意しますね」
一体なにを用意するのかと思いきやそのお嬢さんは籠の中からお茶会に使う急須に杯、そして焼きたてなのか美味しそうな匂いをムンムンと出している菓子を出してきました。
「これは一体…」
「今日ここで面接があるので、面接中に食べれるようなお茶菓子を用意して欲しいって頼まれました。あぁ、大丈夫です。ちゃんと前払いされましたから。それじゃあ、私は店が混み始める時間なのでこれで…」
「あぁ、ちょっと待って下さい」
「すみません。お茶は各自でおねがいします。早く飲まないと冷めちゃいますよ」
私が何と言い返す間もなく、そのお嬢さんは籠を置いたまま走って行ってしまいました。
「もう何がなんだか…」
「本当に予想していたのとはまるで違う軍ですね。これはこの先がなかなか面白そうなのですよ」
「あなたは何時の間に自然とお茶を注いで飲んでるんですか。どうせまた寝たふりする気でしょ?知ってますからね!」
「……おぉっ?すみません、なんと言いました?お茶が美味しいので聞いてませんでした。日輪もあんなにぽかぽかですしね。」
「婆ちゃんか!」
「失礼ですね。まだピチピチですよ。ほらほら、そう熱くならず稟ちゃんもお茶飲んで落ち着いてください。あとお願いですから鼻血を吹く時は他所を見てくださいね。せっかくのお菓子に鼻血吹かれると本当いくら親友と云えどいい迷惑ですから」
「あなたそんな言葉はせめて宝譿越しで言ってくれませんか」
そんな話をしているうちに緊張も少し解けて来た頃、待ちに待っていた方の姿が見えてきました。
「ふ、風、来ました!いや、来られましたよ!」
「来られますね…鼻血を吹くなら今のうちに出すもの全部出してください」
「ああ、どうしましょう。せっかく緊張が解けてきた所なのにまた緊張してきました」
そうあたふたしている間に、もう曹操さまは東屋に到着して居られました。
「流琉がもう行ってきたようね。あなたたちが、以前一刀が言っていた娘たちね」
「か、郭嘉奉孝と申します!」
「…程昱中徳と申します」
「郭嘉と程昱…徐庶元直は来ていないようね」
「おかしいですね。確かに連絡が行ったはずですが」
と、華琳さまはここに居ない者の名を荀彧殿と話し合っていました。どうやら私たち以外にも候補に上がっていた者が居たようです。だがここに来ていないということは…棄権でしょうか?そんなはずは…
「普段なら来ていない者はそのまま不合格ものだけれど…まぁ、いいでしょう。取り敢えずあなた達とだけでも話しあいましょうか」
「は、はい!」
「ふふっ、そう緊張することはないわ。わざわざこんな場を面接場に用意したのだからゆっくりしながら自分の考えを言ってくれればそれで結構よ」
やはり、この場の選択は私たちの緊張を和らげるためのものでしたか。なんという気遣い…これは…まさしく愛!
「ちょっと、あなた大丈夫なの?急に鼻血を…」
「はいー、よく我慢しましたね。ちょっと失礼しますねー。稟ちゃんトントンしましょうねー」
「…(ふがふが)」
まともな面接になるにはまだ時間がかかりそうです。
<pf>
凪SIDE
今日は久しぶりに一刀様と一緒に警邏に出かけています。
「一刀様、今日新しい軍師候補の面接があったそうですが…行かなくてもよろしかったのですか?」
「別に俺の軍師を選ぶわけじゃない。行っても意味ないから行ってないだけだ。それよりもこうしてお前と街を出歩いている方が興味深い」
「へ?」
それって…。
「一刀様…ってあれ?一刀様?」
「何突っ立ってるんだ。警邏中だぞ」
何時の間にかあんな遠くまで行ってしまった一刀様を追いかけながら私は思います。本当に夢見させてくれない方だなって。
「あ、兄様!」
「流琉?店はどうした」
そんな時に店が忙しいはずの流琉が街に出ているのを見かけました。
「ちょっと華琳さまに頼まれて別宮にお茶菓子を配達してきました」
「そういうのは役人を雇ってやればいいものを…」
「今店に来てくれませんか?兄様のために残しておいた分もありますよ?」
「焼きたては華琳に送って俺は余り物を食べろってか?」
「もう…ちゃんと良く出来上がったものを厳選して置いておきましたから」
「…さすがだな」
「一刀様」
今にも流琉の店に行こうとしている一刀様を私は引き止めました。
「まだ警邏中なのですが…」
「っと…そうだったな」
「今焼きたて丁度美味しい頃合いなんですけど」
「警邏の方が大事です。公私ははっきり区別すべきかと」
「そもそも兄様はもう警備隊付属でもないのに連れ回している意味が判らないのですが」
「一刀様が自ら手伝ってくださると言ったのだ。部外者は黙ってくれないか」
一刀様を説得しようとしていたはずが何時の間にか流琉と喧嘩腰になりつつある中、私と流琉が同時に一刀様の意見を乞うために一刀様が居た方を向きましたが。
「兄様!」「一刀様!」
「……さっさと警邏終わらせてまた来るから昼ごろに食べられるように用意して置いてくれ」
一刀様は少し呆れたような顔でそう仰って私たちに背中を見せて町並みに向かって歩き出しました。私も直ぐその後を追いました。
・・・
・・
・
半刻後、特に変わったことも起こらず、警邏を終わらせた私たちは『るんるん飯店』に来ました。丁度昼時間で店はまた忙しくなっていました。
「す、すみません、ご注文何になさいますか?」
「ん?」
店の空いた席に座った私たち二人の前に現れたのは、以前この飯店に見たことのない給仕でした。暗い藍色の服に水色の帯を結んで飾った藍色の帽子を被っている女給仕でsた。背中には杖のようなものを差していて、前かけをして手には注文される者を書くための筆と竹簡が用意されてあります。
「あ、あの、ご注文は…」
「…どこかで見たような…」
「ああ、済まない。麻婆を二つ。後調理場の店長にお願いしたものを用意シて欲しいと伝えてくれ。名前は北郷一刀様でと言えば判る」
「ふえ?!」
一刀様の名前を聞いて給仕は何故かびっくりした。その様子を見た一刀様もまた眉をかすめた。
「お前…こんな所で何をやっている」
「あ、あうあぅ…ご、ご注文頂きましたのでこれでしつれいしましゅ!」
給仕は慌てながらもペコと頭を下げてからあたふたと場を離れた。
「一刀様、あの給仕のことをご存知ですか?」
「服の意匠がどことなく孔明と士元のそれに似ている。聞く所今回華琳の軍師候補の名に俺が連れてきたあの二人以外にも徐庶元直というのがあったそうだが…そいつが孔明と士元と同門なんだ」
「ってことは…」
「間違いない。アレが徐庶元直だ」
いや、ちょっと待って下さい。
「軍師候補ともなる人何故こんな所で給仕を…というか今頃面接が行われてるはずですが…」
「どういうわけなのかは知らないがここに居るってことは軍師になる機会を放棄したと見ていいだろう。知らなかったならどうでもいいが、見たからには見逃せないな」
そう言って一刀様は席から立ちました。そして他の所で注文を受けていた徐庶の方に歩いて行きました。
「しゅ、しゅうまいと酢豚ですね?かしこまり…あうあ!」
「お前、徐庶元直だな?」
「あぅあぅ…!」
あの、一刀様、その娘、ものすごく怖がってるんですが…。
「軍師面接があったはずだが、連絡を聞いていなかったのか?」
「あの、えと、聞きましたけど」
「なら何故今ここに居る。華琳の性格だと最悪侮辱されたと思って捕まって打首だ」
「あ、あうあぅ…お願いですから曹操さまに言わないでくだしゃい!」
「…やはり意図的に避けたな」
「どうしたんですか?」
そんな時厨房に篭っていた店長、もとい流琉が出てきました。流琉が厨房から出た時には、徐庶が一刀様が殴ろうとしたわけでもないのに竹簡で頭を隠すように覆ってガタガタ震えいました。
「兄様?うちの給仕さんが何か失礼なことでも…?」
「…流琉、こいつは何時雇った?」
「え?…今日の朝です。突然来て雇って欲しいって言われましたけど、私もそろそろ給仕を雇った方が良いと思ってた頃なので迷わずに良しとしたのですけど…その娘がどうかしたんですか?」
「こいつは徐庶元直、今日華琳がする面接に出るはずの一人だ」
「えええ?!」
流琉も知らなかったように驚きました。
「どういうことですか?私にはそんなこと一言も言ってませんでしたよね?」
「あうぅ…首ですか?クビにされちゃうんですか?」
「それどころじゃないですよ。早く華琳さまに会いに行かないと…」
「嫌です。曹操さまの軍師なんて…私は無理ですぅ…」
挙句にはその場に座り込んでしまう徐庶を見て、一刀様も流琉も、私までもどうすれば良いか困ってしまいました。
<pf>
とにかく徐庶元直を落ち着かせると、ひとまず彼女の意見を尊重して華琳さまの前に連れて行くことはせず店が忙しくなくなるまで給仕の仕事を見続けました。
徐庶元直の給仕の仕事のこなしはどこか慌ただしかったものの、少し人見知りに見えるもちゃんと注文をもらってお代をもらって、客が去った卓の皿を片付けるまで、明らかに一人仕事ではないそれをしっかりこなしていました。
逆に言えば、今までこれらをお料理の調理と一緒にこんしていた流琉もすごいというわけですが…
店の客が少なくなってくると、休憩に入るがてら徐庶元直から話を窺うことが出来ました。
「最初は下級官吏の試験だと聞いたから来たんです。故郷の母さまが亡くなられて、これからどうしようと考えたものの、徐州の州牧はちゃんとした人柄ではないですし、朱里ちゃんたちが居る劉備軍は今とても忙しくて友達という理由で使わせてとお願いするのはあまりにも図々しいと思いました。だからと言って曹操さまの所に仕官するのも怖かったのですけど、丁度科挙を見ると言うので、これなら適当な点数をもらって目立たない職場に付いていたらそれなりにいけるかなぁと思っていたのが、ついつい知ってるだけ全部答えを出してしまって…」
「…そもそも何故華琳の軍師になることをそこまで拒むんだ」
「そ、それは……」
徐庶は自分の指をいじりながら返事に迷った。
「…誰でもない華琳、曹孟徳の軍師になることを避ける理由があるのか?」
「実は…曹操さまについての噂を聞いたんです。荊州で学んでいた頃の話なのですけど、曹操さまは人材を好む英雄ですが、その一方その才が自分の理想と違ったりあまりにも飛び出ていて逆にご自分の覇道に邪魔になると判断すれば、迷いもなく殺してしまうって…」
「そんなデタラメな噂が一体どこから…!」
私が思わず声をあげると徐庶はまたビクッと震えながら話を続けました。
「あう…!水鏡先生の塾では有名な話だったんです。だから水鏡先生の塾の出では誰も曹操さまの下に重用されようと思う娘が居なかったんです」
「でもお前はそれを知っていてもここに来た。いや、それとも消去法だったのか」
「…河北は今混乱な状態で、一番有望な劉備軍には朱里ちゃんと雛里ちゃんが居て、予州の袁術は戦後にも民を看ず豪華な生活をしていると怨声を受けています。孫呉の孫策は…ちょっと遠いですし、それと孫策さんもちょっと怖かったので…それじゃあ隣り合っている曹操さまの軍で中間管理職ぐらいをしながら静かに暮らしながら様子を見ようと思ってたんです」
「同門の二人のような野望はないのか。彼女らはもう劉備軍を広げている一等功臣だ。なのにお前は中間管理職程度に満足するというのか」
「私は朱里ちゃんたちみたいにすごくありません。それは自分でも判ってるつもりです。それに…私はあの二人みたいにするのは怖くて…」
一刀様はしばらく徐庶を睨んでいましたが、徐庶は華琳さま並に一刀様も怖がってるようでもう生まれたての子羊のように震えていました。
「あの、取り敢えずお茶菓子食べながら落ち着いてくれます?」
「は、はいぃ…」
流琉が中央にあったお皿を徐庶近くに渡してやると、それをまた遠慮することなく手を伸ばす徐庶を見て、私たち三人は私たちだけで話し合い始めました。
「どうしますか?無理やりにでも華琳さまの元に連れて行くと…」
「あんな状態で連れて行ってもまともな面接なんて出来ないんじゃないですか?」
「…それよりも気になるのは華琳に関しての噂だな。どういう訳でそんな噂が立ったのかは知らないが、あんな噂が広まっては華琳のこれからの人材集めに大きな支障が出る」
「でもそういう噂が立つのも仕方ないのでは?何せ覇王さまですし…」
「ただ恐れられているだけなら納得できるが、優秀すぎると斬るというのはとんだデマじゃないか。それが本当だったら俺はもう何度死んでるんだ」
この発言には流石の私たち二人も苦笑い。
「ともあれ、これだけ華琳を拒むとなると、いくらの人材と言ってもまともな利用は不可能だ」
「でも、後で華琳さまがこの事を知ったら本当に大変になりますよ?華琳さまもここの常連ですし」
「少なくも華琳の目を避けたければ徐州に帰らせるのが妥当だろう。そもそも何で軍師候補に選ばれてそれを避けようと思ったのにここに来たんだ?早速逃げるべきだろうが」
「それも確かにそうですね。流琉、あの娘は一体どうやって雇ったんだ?」
「さっきも言いましたけど、普通に朝ここに来てたので、お客かと思ったら突然雇って欲しいって言ったんです」
「…程昱とは別の意味で思考パターンが読めない奴じゃないか、一体何を考え……」
と、眉を潜めながら徐庶の方を向いた一刀様はそっちの方を向いて固まりました。それを見ておかしく思った私と流琉も徐庶の方を向くと…。
「はぅぅ…おいしいでしゅ…♡」
そこには仔リスのように小さなくっきーを両手に握ってもぐもぐ食べている徐庶の姿が居ました。あとなんというか…目がちょっと明後日の方向に行ってます。とてもさっきまで怖さに震えていた娘がしてはいけない幸せそうな顔でした。
「あの、元直ちゃん?」
「お菓子おいしぃでしゅー」
「元直ちゃーん、もしもしー?」
流琉が徐庶の目の前で手を振ってみても、お菓子をもぐもぐと食べては幸せに満ちた笑顔で明後日の方向を見つめるを繰り返す徐庶でした。
「思ったより面白い奴だった」
いけない。一刀様が興味を示し始めました。
一刀様は徐庶の前にあった皿を自分側に引っ張りました。食べていたお菓子を食べ終えた徐庶が次の菓子を取るために皿があった方に手を伸ばすとそこに皿はなく、驚いた徐庶が視野を広げるとそこには自分の(?)皿を持っていった一刀様が見えます。
「ひぃ…おかしぃ…」
「……」
一刀様に対しての恐怖とお菓子を食べたい欲望と戦っている徐庶の手が皿に近づいては後ずさりを繰り返していた所、ふと一刀様が持っていった皿を再び徐庶の方に差し出しました。すると徐庶の顔に直ぐに明かりが差します。でも一刀様がまた皿をご自分の方に引っ込ませるとまた曇る徐庶の顔。一刀様の皿の移動によって徐庶の顔の明暗が変わる様子とても楽しんでいる一刀様にしばし呆れてしまいそうでした。
「…華琳にやるには勿体無い奴だな」
ほら、やっぱり食い付きました。結局徐庶は一刀様が返したお菓子に釣られましたし。やがてお皿のお菓子が全てなくなりました。何気一刀様が目の前にあるお菓子を人に渡すというのはすごいことです。分けてもらうだけでもすごいですのに、結局今回一刀様は流琉のお菓子はひとつも食べてませんでした。
「ふぅ…お菓子美味しかったですぅ」
「お菓子、好きなのか?」
「はいぃ、甘いの大好きですぅ…♡」
「そうか、流琉のお菓子は絶品だからな。多分朝面接場に持っていくためのお菓子を焼く匂いに釣られたんだろう」
「そんな犬じゃありませんし…」
「あうあう…実はその通りなんですけど…雇って欲しいって言ったのも成り行きで…人前で話すの…恥ずかしかったですぅ」
これは重傷の甘党でした。下手すると一刀様よりも重症です。
「俺に付いて来たら一日一回はお八つの時間は保証できるが」
「一刀様、そんな誘拐犯染みた発言をされると私つい現行犯で連行して行きたくなってしまうのですが…」
「お、おかしが毎日…砂糖は高価でそんな毎日のように食べれるようなものでは…」
「俺は出来る。試験満点なら実力はそこまで心配しなくても良さそうだし、後は人前でどれだけ実力を発揮できるかの問題だが…まぁ、俺の所に居るとそういうのはそのうち気にしなくなるからな」
思わず頭を頷く私と流琉でした。
「お菓子毎日…でも、このまま釣られると曹操さまに打ち首に…」
「そうはならないように善処しよう。まぁ、万が一という可能性がなくはないがな。そうならないためにも、こいつを華琳の軍師にするのは勿体無い。こいつは俺がもらっていく」
「えぇー!!」
そう驚いたのは流琉でした。私はともかく、流琉は何やら危機感を感じていたようで……。
「その背中にある杖は剣が潜めてあるようだが、見せてもらっていいか?」
「は、はい…こんな剣ですけど…」
徐庶が背中に持っていた杖を取り出して杖の握るところを撚るとガチャと音を立てて中からとても細い剣が姿を表しました。
「すごい細い剣ですね。こんなので切れるのですか?」
「斬るより刺すことに適した剣だな。大陸で流行ってる形ではない。…そもそもこの時代にあって良いものでもないが、火薬が存在する時点でもうそれはもう諦めた。何なら未来からレーザーガンでも持ってくるか?」
一体何の話をしかも誰に向かって話しているのですか?
「珍しい形ですけど…賊相手に自分の身を守れるほどの実力はあります。これは昔父様が羅馬から来た商人に買ったものだそうです。私は父様の顔を見たことがないので判りませんけど、母様がこれをとても大事に大事に持っていました」
「…君の母親は最近に亡くなられたのだったな」
「はい…在野から出る決心がついたのもそのせいです…でももう大分遅れてしまって乱世はかなり落ち着いてきました。才があっても時期を逃した者が活躍するような場面はありません」
「落ち着いてきた?はっ、乱世はまだ始まったばかりだ。活躍できる場面など腐るほどある。だからこそお前みたいな奴がこの軍には必要だ」
「……」
「この軍を消去法で選んだと言ったな。最初はそれでも構わない。この軍に居る理由は後からでも作れるからな。だがその前にお前が我々に機会を与えてくれないとこっちも何が出来るか見せてやることが出来ない」
徐庶は顔を下げて少し考えるような顔をしました。
「…一刀様の噂は聞いています。ご自分の興味の向くまま行動し、それに立ち塞がる者には皆等しく破滅させると悪名高いです」
「…その噂には偽りはないな」
「私は…自分が何がしたいのか良く判りません。朱里ちゃんと雛里ちゃんは平和な世を作りたいという気持ちで劉備さまの所に行きましたけど、私にはそんなことより母様の方が大事でしたから家に帰りました。でも母様も病に亡くなられて、もう何をすればいいのか判りませんでした。陳留に来たのも、特に目標があって来たわけでもありません」
「時間をかけて考えると良い。だが人間にはその才に相応しい場所が常に用意されている。自分の才を腐らせるような所で身を潜めていてはいつまでも目標なんて見出だせずに終わってしまうだろう」
「…はい」
悩んでいた徐庶の顔から曇りが去って一刀様を見ました。これは多分もう逃げ出せないでしょう。
「…とまぁ、心を決めたなら取り敢えず華琳の所に行こう。顔を見せないと後が本当に怖いからな」
「はぅ…!やっぱり会わなきゃ駄目ですか?怒られて刎ねられたりしませんか?」
「華琳は覇王ではあるけど暴君ではない。寧ろ自分の人だと思ったらどんな犠牲を払ってでも守る。何も初めて会った途端に首を刎ねたりはしない。今から行こう。そういうわけだから、俺たちはもう行くぞ。また後で来るからその時も宜しく頼むぞ、流琉」
「はい…」
流琉は元気なさげに答えました。一刀様に自分が作ったお菓子が全然食べてもらえなかったのも大きいと思いますけど、それよりも一刀様の妹のような立ち回りが取られるのではないかと緊張しているみたいです。でも、こういうのも軍を出た時にある程度予想はしていたでしょう。私も警備隊の任務を完全に一任された後は一刀様をわざわざ会いに行かないと会うことが出来なくなっているので、新しい補佐役が付くのが少し悔しかったりします。
「お伴します」
「仕事があるんじゃないのか」
「真桜たちが居るからもう少しぐらい大丈夫です」
「今頃どこかでサボってるだろうと思うが…」
「…その時はまた別の意味で忙しくなりそうですね」
もし本当にそうだったらどうしようか…いい加減友達でも本当に減俸とかした方が良いかもしれない。
<pf>
そして東屋に到着した私たちの目の前に広がられている光景は緑の芝生を赤く染めて倒れている郭嘉さんの姿でした。
「ひぃぃい!!!」
「本当に殺しました?!」
「華琳…お前……
「ち、違うわよ!話し合っていたら突然鼻血を吹き出して…!」
「これだけの血溜りを創る鼻血があるか。もう致死量ではないか」
「やっぱ首刎ねられて…ぎゅぅ…」
「徐庶?!しっかりしてください!」
「だから本当だって!桂花、あなたもなんか言いなさい!」
「…嘘みたいだけど、これ本当に全部鼻血だから」
「ぐぅ…」
「おい、程昱、お前の親友だろ。なんとかしろ」
『ただいまあまりの混沌とした状況に現実逃避しているぜ。探すなよ。絶対探すなよ?』
「一刀?この娘まだ鼻血流してる。このままだと本当に死ぬわよ?!」
「ちっ、衛生兵、衛生兵呼んでこい!」
混沌でした。




