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七話

回想の結末

あれ?思ったよりいい話にまとまったぞ?

やっぱ作者って明るい感じが似合うよね、うん。

秋蘭SIDE


「別宮?」

「はい、昨夜急いで居場所を探索していた所、皇帝陛下の居られる別宮の近くで北郷一刀の姿を確認したそうです。そしてあいつは確かに別宮の中に入りました」


文官の言うことは驚くような内容でありながら、尚妥当な選択と言えた。確かにあそこなら場所を知らされても暗殺を敢行するのは難しい。事の成敗と関係なく、与えられる罪は暗殺ではなく、皇帝陛下への反逆だった。単に北郷を暗殺すると言うのなら例え奴が死ぬとしても華琳さまも陳留を完全に掘り上げることは出来ない。北郷一人と軍の半分を天秤にかけて前者を取ることは幾ら華琳さまでも出来ない。それこそ内政を行う基盤を失うほどの大規模な集団がこの暗殺に関わっているのだ。だがそれが皇帝陛下の部屋となるとそれは皇帝陛下への暗殺企図であった。それだと徹底的に調査せざるを得ない名目を得る。


逆に言うと、華琳さまは皇帝陛下の身の安全と引き換えに北郷のための完璧な防壁を造られたのだ。


「この暗殺計画は早くも終了だな。場所が悪すぎる。下手をすればこれに関わった全員はもちろん、その家族たちまで粛清される。成敗と関係なく試みるだけでも陳留に血の湖ができるぞ」

「しかし、この機を逃せばどうせ我々は死んだも同然でしょう」

「……貴様はそれほど腹を肥やしているのか」


私は嘲笑しながら言ったが、文官は笑いも怒りもしなかった。


「もう一度聞くが、貴様らは自分たちがやっていることが本当に『忠義』だと言い張れるのか」

「孟徳さまの覇業のためならこの一身投じることも辞しません」


…酔っている。己の忠義に。


「そしてそれは夏侯淵さまも同じだと思ってこのように話を窺うのです」

「やれる自信はあるのか?」

「急造された計画です。ですが、これ以外の方法はありません。それも出来るのは今しかありません。一度あの男が職務に戻れば、それからは誰も止められないでしょう」


切実だった。


それが何故かは確信出来なかったが、


少なくとも北郷一刀の存在が華琳さまの覇道にとって毒になる。それを私たちは疑わなかったということだった。


<pf>


「「あ」」

「……」


文官が出て行ってしばらく経って、まだ少し気持ちの悪い頭を抱えながら外に出るとそこを通っていた凪と真桜、沙和の警備隊の3人の姿が見えた。


「……」

「あ…ああ、ほら凪、早う行くで」

「そ、そうなの。沙和もう疲れてお腹ペコペコだから早く行かないと真桜の胸に隠した饅頭食べちゃいそうなの」

「いや何のかくしてへん!」

「…あぁ、行こう」


一度私を睨んでいた凪を居心地悪そうな二人がささっと押しながら私の横を通って行った。


そう、あれが正しいな反応だった。なのに今朝の流琉は……あまりにも優しかった。仮に知らないとは言っても、本当に何も感じないものなのだろうか。単にあの娘がまだ子供過ぎだというわけなのだろうか。


「なぁ、一個ぐらいええやろ」

「駄目ですってば。幾ら親密な関係だとしても献上品に手を出すなんてありえないでしょう?」


流琉の様子に違和感を覚えながら散歩がてら歩いていた私の目に向こうから現れるのは流琉、そしてどうやってか皇帝陛下と共にここへ来た張遼が見えた。新しい組み合わせだった。並んで歩きながら張遼は流琉が持っている皿をずっと目にしていて、流琉は皿の中の菓子を取られないようと牽制していた。


「あ、秋蘭さま、二日酔いはもう大丈夫なのですか」


張遼を見ていた流琉はふと外に出ている私を見て嬉しそうにまたこっちに歩いてきた。


「一つどうですか?焼きたてなんです」

「ちょっ!ウチには献上品だから駄目とか言っておいて何なん?」

「一つぐらいなくなっても別にバレませんし。そもそも作ったのは私だから私の勝手です」

「酷っ!何やこの扱いの差!」


横で文句を言う張遼をものともせずに流琉は私に皿を伸ばした。お茶以外に何も口にしていなかった私は敢えて遠慮せず菓子を口の中に運んだ。


「どうですか?」

「…うむ、店で売っているもの以上の美味しさだ。さすがだな」

「本当ですか?良かったです。それぐらいなら心配せずとも良さそうですね」

「…どういうことだ?」


流琉の話におかしな所を見つけた私は聞いた。


「実は、お店を開こうと思ってるんです」

「店というと…菓子屋か?それよりもまさか軍を出るつもりなのか」

「いえ、飯店ですけど、菓子の類も扱うような店にしたいかなぁと思いまして…それと、はい、実はそうなんです。実は連合軍の時で決めました。帰ってきたら軍から出て、陳留に料理店を開こうって」

「…そうか」


軍を出るとさっぱりした笑顔で言い放つ流琉を見て私は戸惑った。


「丁度良かったです。良かったら私たちと一緒に来てください」

「一緒にって…さっきの会話からすると、皇帝陛下の所に行くのではないのか?」

「はい、そうなんですけど、陛下が出来るならお話が出来る相手を連れてきて欲しいって仰られて…他の皆さんは皆忙しそうですし…駄目だったら仕方ありませんけど」

「い、いや、特に問題はない。私でよければ付き合おう」

「そうですか?ありがとうございます」

「ほんじゃま…行くか」


そして私は流琉と張遼と一緒に皇帝陛下の居られる別宮へ向かった。


<pf>


「陛下、大変おまたせしました」

「おお、来たか。待っていた、典韋よ」


到着した場所は別宮の庭に用意されてある東屋だった。以前ここで華琳さまと姉者と良くお茶会をしていた。


「そちらは…?」

「夏侯妙才、陛下のお目に掛かります」


私は礼をしながら言った。


「夏侯…元譲の妹というのが汝か」

「はっ」

「なるほど…良い人選よ」

「はい?」


私が疑問を抱きつつ下げた頭を上げると、


「立って話すものでもない。取り敢えず座り給え」


私などが皇帝陛下と同じ席に座るなど本来ありえないことなのだがそんな話を言ってられないぐらい空気が重くなるのを感じた。時は昼時間。肌に触れる空気が冷たいと感じたのはきっと別の理由だった。


「妙才、何故汝がここへ呼ばれたのか判っているか?」

「はい?」

「汝が北郷一刀を殺そうとしていることは既に判っている」


一瞬背筋が凍った。知っていること自体に驚いたわけではない。こんな直接に、それも華琳さまでもなく皇帝陛下の方から責められるとは思いもしなかったのだ。


「ああ、別に汝らを責めるつもりはない。寧ろ余は汝らを助けようとも思っている」

「どういう…ことですか」

「敢えて伏せぬまま全てを話そう。余はあの男、北郷一刀を憎む。だが曹孟徳は余の安全など顧みずにあの無礼な男を生かすために余が居る別宮に余と一緒にあの男を放り込んだ。しかもいつ暗殺されてもおかしくない男というではないか。そんな男を余の側に置いたら余の命も風前の灯火。だが孟徳はそんなことはどうでも良いと余を脅迫したのだ。洛陽を燃やした逆賊を隠すだけでも怒りが収まらぬというのに、その男と同じ場所に居ろなどと、これはかつての先祖たちも味わったことのない侮辱だ」


皇帝陛下は石で出来た東屋の卓を叩きながら仰った。


黄巾党以来の皇帝への評判は如何なものだったか。朝廷は既にその力を失い、皇帝など事実上宦官たちの操り人形でしかない。そんな無能でしかないというのが諸侯たちの中で暗々裏で知らされている評判だった。


そんな皇帝がこうして動き出すなんて…


「張遼は、余が一番信任する部下だ。そして典韋は…個人的な恨みで余と心を共にすると言った」

「え?」


流琉が…そんな馬鹿な…。


「流琉、これは一体どういうことだ」

「秋蘭さま…私ですね。兄様に捨てられました」


この瞬間にも、流琉はまだ笑っていた。私は感づいた。あの違和感、流琉を見る度に感じる何かが何だったのかを。その笑顔の裏に隠された本心が何か判った気がした。


「私、あれからもう一度兄様に会えたんです。そしてもう一度お願いしました。私を使って欲しいって。他には何も要らない。兄様だけいれば他にはどうなっても構わないって言いました。……なのに兄様はただ一言で私を切り捨てました『お前みたいな小童はもう私の野望に必要ない』って…もう『用済み』だって言いました」


用済み…野望…?


「判るか、妙才。汝なら判るだろう。あの男は危険だ。あの男こそが魔王と呼ぶに相応しい。あの男は己の野望を叶うために長い間孟徳の下で身を伏せていた。だがもう忍耐の時間は終わる。あの男が動き始めれば孟徳はあっという間に背中を刺されるだろう」

「……」

「余と手を組もう。余と共にあの男、北郷一刀を殺すのだ」


話を…整理する時間が必要だった。私は深呼吸をして流琉を見た。


「お前は、自分が何をしようとしているのか判っているのか、流琉?」

「……」

「北郷を殺すのだ。お前があれだけ慕っていたあの男を…」

「私は確かに兄様を慕っていました。愛してたって言っても良いです。でも、兄様はそんな私のことは最初からどうとも思っていませんでした。それを知った時、悲しみとか絶望よりも、怒りに燃えました。あの場に他の人たちが居なかったらもうとっくに兄様のことをこの手で殺して私も死んでました」

「ぁ……」

「出来るものなら、今でも私の手で殺したいです。でもそれが駄目だとしても、兄様が生きていることが許せません。私の思いをこんなに踏みにじったあの人がまだこの世に生きていることすら許せないんです」


流琉の告白に私は恐怖すら覚えた。狂気に満ちていた。


「北郷を…本当に殺したいのでしたら何故ご自分の手ではやらないのですか。聞く話、己の体を守れる状態ではないと聞きましたが」

「余は皇帝だ。己の手に血を塗ることなどしない。それに、余があの男を殺したところで、孟徳がそれを知って怒り狂えば余も無事には居られない」


皇帝陛下もまた北郷の憎悪感があった。だがそれだけではなく、北郷をかばおうとする華琳さまにまでも危険が及ぶ。あわよくば、華琳さままでも殺してここでご自分の勢力を新たに立てる算段かもしれない。


「…私は確かに北郷を殺すという企みに賛同しています。ですが、それはあくまでも華琳さまのため。個人の復讐のためにやっているわけではありません」

「本当にそんな風に言えるのか?聞くと汝はあの男のせいで主君に捨てられたという。家臣として長く仕えたにも関わらず、どこの馬の骨かもしれぬ怪しい男を警戒するという主君のために当然すべき行為がこんな風に報われてるのだ。こうなった原因である北郷一刀を討つことが、復讐ではないと、本当にそういい切れるか」

「……」


復讐?

違う。

私がやってきたことの全てはあくまでも華琳さまのためだったこと。その結果こうなってしまったとしても、その動意は変わらない。


全ては華琳さまのために。


もしあの男が皇帝陛下が言う通りこれからその本色を表すとしても…。


「我々が北郷を排除しようとするのはあくまでも華琳さまを守るためです。単に復讐に燃えているあなた達の協力を得ればいつか華琳さままでも危険に負われるでしょう。この話は聞かなかったことにします」

「…汝の言ったその言葉を忘れないことだ。夏侯妙才」


陛下は厳重な声でそう言い放った。北郷を倒した後には…陛下のことを牽制しなければいけないかもしれない。


「流琉」

「……」

「復讐のためにこの場に居るのならやめた方が良い。復讐などをした手ではもう二度と美味しい菓子なんて作れないだろうからな」


私は流琉にそう忠告してその場を去った。


例え今は目的が一緒でも結局は違う道をたどるであろう人たちだった。なら最初から同じ道を歩くつもりはやめた方が良い。


<pf>


そして夜…


宴会が続く宮殿、野外に用意された宴会場には一日目よりは人が少ない。


姉者は結局二日酔いで参加できそうになかったらしい。


皇帝陛下は華琳さまの上席に座られて張遼は少し離れた所で護衛…かと思いきや思いっきり盛っていた。


「今頃動いているでしょう」


私の隣に居る文官が耳打ちをした。今まで数々の暗殺企図があったがそれを悉く乗り越えている北郷だった。それを知っている彼らであるからして、今回こそ万全の用意をしていたはずだが…万が一これが失敗すると、私もこれで散るだろう。主君に逆らおうとしたという不名誉を抱いて…。


「秋蘭さま」


その時に流琉が私たちの所に来た。


「宴会、あまり楽しんでいないようですね」

「流琉…何が楽しくで楽しむというのだ」

「もう直ぐ兄様の死に様が見られるというのに、嬉しくないんですか?」

「流琉、お前は本当にどうなって」

「あぁ、典韋殿ではありませんか。此度の件は感謝いたします。典韋殿がいなければ、我々の願望は成らなかったでしょう」

「…どういうことだ」


私は文官に聞くと文官は陰険な笑みを隠しながら言った。


「曹操さまも賢い方ですからね。我々にわざと皇帝陛下の屋敷を北郷一刀の在り処と知るようにしておいて宴会が始まる一刻前に場所を変えたことを典韋殿がお知らせくださいました」

「何だと?」


そんな…何故流琉を…。


「陛下と流琉をこの件に巻き込むことは私が拒否したはずだ。それを何故…」

「私がこの人に直接言って話しました。でないと暗殺が失敗しそうでしたから」

「我々はもう後戻りはできません、夏侯淵さま。例えそれが復讐で怒り狂った皇帝としても手を組むことはやむを得ません」

「それで後に貴様らまでも皇帝の餌食になるとしてもか」

「その時はこちらから先に皇帝陛下を始末すれば良いことです」


こいつらは……本当は北郷を殺すこと以外何も考えてないのではないのか。


そう思った瞬間だった。


暗くなった空から黄色の花火が上がった。陛下の居られた別宮の方角だった。


「おお、花火も用意していたのか」

「いえ、そんな予定はありませんでしたが…」


皇帝陛下が興味津々な顔をなさり、華琳さまの顔が歪む時、その反対側から今度は赤色の花火が上がった。


「やった…やりました!」


赤い花火を見た文官がそう叫びながら立ち上がった。


「ついに…!ついにあの男を我らの手で!」

「…あなた達…!」


その様子を見た華琳さまは顔を怒りに染め上げ座っていた椅子を倒しながら立ち上がられた。


「あの者を捕縛しろ!そして今花火が上がっている場所にも兵を送れ、そこの居る全ての者の首を刎ねよう!」

「無駄です、曹操さま。だってここに居る兵たちは全て我らの手中の者ですから」


文官がおす言って懐から花火を上げる時に使う丸に爆竹を出して近くにある松明で火をつけると紫色の花火がそこから上がった。そうすると周りの兵士たちが一斉に武器を持って宴会場を囲んだ。


「もう終わりです、曹操さま。あなたの覇業はここに居る夏侯淵さまが継いでいきます」

「何!?」


何を言っているんだ、こいつは。

私に何をさせようとしているんだ。


「秋蘭!あなた…!」

「違います!私は……貴様、なんのつもりだ。これでは謀反ではないか!」

「曹操さまはあの男に目が眩み自らの覇道を捨ててしまわれました。それならば我々はこの軍のために新しい覇王を迎えようと思ったのです。そう、曹操さまの覇道を誰よりも近くで見られたあなたさまが適任なのです!」

「ふざけるな!私に華琳さまを裏切ってなにをしようというのだ!」

「もう後戻りはできませんよ、夏侯淵さま。言ったはずです。我々にはもうもうこれ以外に生きる道などありません。それに、これをご覧ください!」


そう言いながら彼が出したのはある巻物だった。


「これは皇帝陛下より授かった勅書です!都を燃やし朝廷の威信に泥を塗った北郷一刀を守らんとする曹丞相の代わりに、夏侯淵さまに兗州と司隷を任せ、更には『魏』王に任ずるという勅書です。この陛下の玉璽を見てください」


確かにそこには玉璽までもしっかりと押されていた。


皇帝陛下と裏で手を結んだのはこのためか。


「『良かったですね』」


と、隣の流琉が言い放った瞬間酷い吐き気がした。


違う。


『良かったわね』


違う!


「秋蘭!!!」


華琳さまの怒涛のような覇気が私を襲いかかった。違う。これは私が望んだものではなかった。


「私は…私は夏侯淵妙才。私が生きるは華琳さまのために、死ぬ時もまた華琳さまのためと姉者と共に誓った。それは今でも変わらない。例え主に見捨てられようと、報われる想いだろうと私は華琳さまの家臣だ。そんな私に…そんな私に謀反だと?魏王だと?その名に相応しい者はこの世にただ一人、我が主、華琳さまだけだ!」


私は腰に隠していた匕首を出した。失敗した時自決しようと用意したものだった。私はその匕首で文官が持っていた勅書を切った。


「な、なんてことを…っ!」

「貴様は私に自分たちは華琳さまの覇業のためにやることだと言った。だが貴様らの眼中に華琳さまなど居なかった。華琳さまを守らんという気持ちが一毛たりともあったならこんな真似は出来なかったはずだ。貴様らは私を騙して、主君を殺してまでも自分たちの持っているちっぽけな欲を離さんとしていただけだ!」

「っ…!あなたさまになら我々の気持ちが判ると思いましたのに…!」




「判るぞ。その気持ちよく判る…」




聞き慣れた声。


この鋭い緊張感が走る場面でどう考えても聞こえてはいけない暢気な声。たった一人だけがこんな場面でそんな声を出すことが出来た。


「判りすぎて全部無駄にさせたくなる」

「北郷…生きていたのか」

「そ、そんな馬鹿な…確かに花火が…!」

「あれか?もっと工夫をしていればな。文字で『北郷一刀、死す』とか書いておいたらもっと視覚的効果もあっただろうに…考えの薄い連中だ」


そう言って北郷は懐から爆竹を出して火を上げた。黒い空に白い光で『○』という文字が光る。


「もう少し時間があったなら『馬鹿め!』とか『おめでとう』などもっと工夫した文字も作れたが…なにせ時間も材料もなくてな。そこは悪かった。代わりと言っては何だが他のものを用意した」


北郷がそう言った途端、宴会場の周り囲んでいた兵士たちが突然地の底に落ちて行った。よくみると宴会場をくるっと回って穴、というか塹壕が掘られていたらしい。


「い、いつの間にこんなことを…!」

「今日の宴会を準備したのは誰か考えれば判るだろう」

「…荀彧!あの火狐が…!」

「どっちかと言うと猫だがな…まぁ、愚かな敵に適した愚直な罠だ。こういう所が彼女の興味深いところだ」

「桂花さまと真桜さんが一晩でやってくれました」


そう言ったのは流琉だった。今でもニコニコと笑っている姿を見て、私は気づいた。


「…最初からだったのか」

「はい。思わず役に酔ってしまいそうでした」


完全に酔っていたと思うが。


私が話していたお前は多分隣に北郷が居たら私よりも早く殺しにかかっただろう。笑顔で。


「で、ではあの花火は…」


「別宮には荀彧と凪たちが居たな。『ない』という信号だったからな。あと流琉がお前に教えた嘘の隠れ場所には…」

「おい、北郷!」


そう叫びながら赤い花火が上がった方から走ってくるのは誰でもない姉者だった。


「姉者!」

「二日酔いで宴会場に出れないと言って他の場所に回る。陳腐な言い訳だな」

「…貴様良くも姉者にそんな危険な真似を!」

「二日酔いぐらいで雑魚どもに遅れを取るぐらいだったら魏の大剣とは言われ難い。そうだろ、元譲?」

「当たり前だ!華琳さまのご命令であるなら例えどんな状態でも華琳さまに逆らう連中は皆殺しにしてくれる!」


そう言い放った姉者の目にもう何がなんだか解らぬまま脚をガタガタとしている文官の方が映った。


「良く私の妹をこんな三流芝居の餌食にさせようとしたな!」

「ひ、ひぃっ!」

「よしなさい、春蘭。まだ芝居は終わってもいないのよ」


華琳さまが怒気を消して私たちの方に歩いて来ながら仰った。


「華琳さま…これは一体…最初からこうなると判ってて」

「そう。最初からこうなると判っていた。そして事前に止めるべきだったこの暗殺、謀反計画を黙って見ていた。皇帝陛下も一刀も危険に陥らせてまでも…あなたのその言葉を聞くために」

「華琳さま……」


私は…私は一瞬あなたさまを恨んでいたかもしれない。だからこの話に乗ったのかもしれない。なのに華琳さま、あなたさまは私の口からあなたのために生きて、あなたのために死ぬ、その一言を聞くためにこんなことまで…。


「ね、見たでしょう、一刀?あなたが心配してなくてもちゃんと私の思惑通りになったはずよ」

「ふざけるな。流琉と皇帝はこいつらを煽ってなければ中途半端で俺だけ死にかけてただろうが。それであいつの口からあんな言葉出ただろうと思ってるのか」

「あら、当たり前じゃない。秋蘭は春蘭と一緒に一番長い間仕込んでおいた大切な部下だもの。私の命令なら犬同然に従うのが当たり前でしょう?」

「はい、華琳さまの命令ならなんでもします!」

「……元譲、お前のせいで俺は目眩がしてきたぞ」

「え?大変!兄様まだ体丈夫じゃないのに無理して風に当たるからそうなるんですよ!」

「お前もその顔でそんなこと言うと俺まで芝居か本気か見分けつかないから寧ろ黙れ」


結局…私は最初から踊らされていただけなのか。陳留に残っていた連中にも、華琳さまや北郷にも……。


「そ、それでも我々には皇帝陛下の勅書が…!」

「あぁ、確かにアレはやりすぎじゃない?」

「俺はやれって言ってないぞ。おい、どういうつもりだ」

「ああ、あれか。なぁに、あの男がもっと調子に乗ると面白そうだったのでな。なかなか上げてやるのが面白い男だった。落とすのも一興だろうと思ったしな。文遠」

「はっ」


陛下が張遼を呼ぶと張遼は文官の前に行き真っ二つになった勅書をその手からあっさりと奪うと、それを焚き火の中に放り投げた。


「んなっ!」

「…これで証拠は無くなったな。何の問題もない」

「…少しは文書で書く重みを知ったらどうだ」

「玉璽が押されてない勅書もあれば、玉璽が押してあっても偽物の勅書もあるものだ。余はそのつもりで書いてやったわけではないから何の問題もおらぬ」

「…まぁ、理は適ってるな」

「適ってないでしょう」

「む、むちゃくちゃだ……」

「言っておくが、最初から謀反するつもりはなかったとかいう言い訳で罪を軽くしようとは思わないことだ。最初から妙才のように愚直な心があったならそんな誘惑にも乗らなかったはずだ。寧ろ貴様らはチャンスと言わんばかりにその餌を見た途端に飲み込んだ。忠臣の端くれにも置けない佞臣だな」


文官に残った牌はなくなった。文官は別宮の連中を片付けて来る桂花と凪たちが来るのを見て、最後の悪あがきだったのか自決のためだったのか懐に隠していた短剣を取り出そうとしたがその前に北郷の蹴りに倒れてしまった。余談だがその際に取り出そうとした短剣が逆に胸に刺さってしまって生かすのに苦労をしたらしい。


<pf>


「秋蘭。不本意ではあったけどあなたに酷いことをたくさん言ってしまったわ。ごめんなさい」

「いえ、華琳さまの厚意に気づかずに取り返しのつかないことをしようとしていた自分が恥ずかしいばかりです」

「そして、虎牢関であなたが去る時に私が言い放った言葉に関しても、謝らなければいけないわ」

「……」


宴会の最後の日、私は華琳さまの部屋で華琳さまにしばらくの間のお別れを告げに来ていた。


「あなたさえ良ければ、ここに残っていても構わなくてよ。一刀とは…もっとうまく出来る試みもあるはずだから」

「今回の事件で私は気づきました。自分の流され安さに。…北郷のことを華琳さまのために排除しようとするのだと自分に言わせていましたが、実は北郷のことを嫉妬していたのかもしれません。だとすると、私がやったその全てのことはその意義すらも醜いただの悪者の芝居だったわけです」

「あなたの忠直さは誰よりも私が一番知っていたわ。今回は一刀という異質な者のせいで目がちょっと眩んだまで。あなたは本当は私を想う気持ちなら誰にも遅れを取らない素敵な部下よ」

「ありがとうございます。…しかし、だとしても…しばらく猶予をもらいたいと思います」


自分がやったこと。何がいけなかったのか。振り向く時間が必要だった。それでこれから華琳さまのために私が何をするべきなのかをはっきりとする礎とするために。


私一人を救うために華琳さまはあまりにも大きな犠牲を払われた。私はその心遣いに応えなければならない。必ず帰ってくる。


「ありがとう、秋蘭。あなたを失わないようにしてくれて」

「…華琳さまのような主君に出会えたことを、一生の誇りとして生きていきます」


だが今は陳留を去る。

どこか遠くへ行くつもりだ。

何時になるかは知らないが…必ず我が主君の元へ帰ってくる。


その時は嫉妬も盲目さもない、清い自分で居られるよう…。


どうか、またこの方の期待を背かないよう…そう祈る。


・・・


・・



「行くのか?」


華琳さまの部屋を出て何歩離れぬ所で北郷が背中を壁にまかせて私を待っていたかのように言った。


「振り返る時間が必要だ」

「振り返る…か。俺は死んでもやらないことだな。前だけ見て進むだけでも忙しい。過去なんて振り返る暇などない」

「…人は皆過去の経験から学ぶ。先祖たちの過ちと教訓が文字に残り後世への教えとなるようにな」

「繰り返される話でしかない。興味ないな」

「貴様はそれらを全て知っているから繰り返しといえるだろう。だが私にとってはこれが初めてだ。そして二度目はないようにしたい。だからそれまでもし華琳さまに何かあれば、帰ってきて早々貴様の心臓から射抜いてやる」

「そんなことはないから格好つけずにさっさと帰って来い。お前が思うほど強くないぞ、お前の主君は」


こいつといがみ合う必要ももうないが、だからと言って話し易い相手もでもなかった。何度も殺そうとしていた相手なのだから。


「…行く前に一つだけ問おう。あの日、何故姉者を射った?」

「…必要だった」

「何にだ?」

「……お前の主が悲しむ顔を見ないために射った。そうとだけ知っておけ」

「……」

「じゃあ、俺は華琳の所に用があるのでな」


そう言って北郷は意欲なさげに手を振りながら私を通り過ぎていった。


私はそんな北郷を見るために振り返ったが、そのとき初めてあいつが振ってる左手に初めて見る指輪が嵌ってあることに気づいた。


いや、見たのは初めてではない。どこで……


……


…は。


「早く戻って来ないとな」


そこまで納得したつもりはないぞ、北郷。


<pf>


華琳SIDE


「結局…いってしまったわ」


あれだけの多くの犠牲を払っても、結局彼女を引き止めることは出来なかった。


私は…やっぱり覇王にはなれない。ただの欲張りだったのかしら。


「華琳」


秋蘭が去って間もなくして、一刀が部屋に入ってきた。


「一刀…秋蘭は見たわよね?」

「…ああ」

「…結局、叶わぬ夢だったわ」


あなたがあまりにも大きすぎて、それで他の者を手放さなきゃあなたのことを得ることが出来ないらしいわ。


彼は秋蘭が座っていた椅子に座ってしばらく黙っていてから口を開いた。


「流琉を手放した」

「…へ?」

「故郷に帰りたいというから…じゃあそうしろうと」


そう言って彼は視線を下に動かした。


「ちょっと待ちなさい。どうしてそうなったのよ」


あなたが帰ってきたのだから、流琉も心を決めてここに残れたはずなのに。


「妙才を騙しているうちに思うどころがあったらしい。自分には似合わないって認めたのだ。この場に自分はふさわしくないと……まあ、その割には予想以上にしっかりやってくれて逆に怖かったが」


私の策は彼を皇帝陛下の居られる別宮に置いて、奴らが仕掛けるだろう二日目に他の安全な場所に移し、後は成り行きでなんとかするつもりだった。でも二日目の朝に流琉が部屋に来て、一刀の計画を伝えた。流琉が秋蘭のことを混乱させて、自分と皇帝陛下が更に秋蘭を追い込むことでその反動で自分が本当に志すものがなんだったのか白状させるという策だったらしい。更に極端な芝居のために暗殺を企んでいた者たちの頭の文官を調子に乗らせて謀反させて、挙句には元彼が隠れるはずだった場所も知らせた。もちろんそこには彼の代わりに春蘭を置いたけれど。彼は宴会が始まる頃にはもう宴会場に潜り込んでいた。

宴会場の穴はこれらとは全く別で桂花が用意したものらしい。いざという時に私の安全だけは守るための策だったようで。


この改善された策の要はだれでもなく流琉だった。


虎牢関での出来事を詳しく知らなかった流琉。流琉がどう反応するかによって成敗が変わっていた。


「あまりにもあっさりしていてな。寧ろ皇帝ともろとも割とノリノリだった。詳しくどう話すようにも言っていないし、どう煽ったのか俺は全く知らないがきっと俺に関してろくなことを言っていないのは予想できる」


私はただ一言、私が虎牢関で彼女に言い放ったあの匕首のような言葉を教えただけだった。


もしかしたらそれが原因だったのかしら。主君が部下に放つその嘲笑染みた言葉に流琉は恐怖を感じたのかもしれない。


「…今回の出来事で、困るのは私よりもあなたになるかもしれないわね」

「そうだな…これだからこの策は嫌な予感しかしなかったんだ。あの皇帝の口車にさえ乗らなければ…」

「あら、それはすごいじゃない。後で陛下にどうすればあなたを乗らせられるのか聞かないとね」

「やめとけ。碌なことないぞ」


この後、季衣の手によって送られて来た流琉が陳留で開いた飯店を広告する瓦版を見た時の一刀の顔は良い見せ物だった…と言いつつ、この話はこれで終わらせようと思う。

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