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六話

一刀SIDE


里帰りから帰ってきたその翌朝、俺はまるで屍のように、ガタガタと動く荷馬車の中で眠っていた。


俺が単独で妙才とケリを付けるということも出来た。もちろんその場合命がけになるだろうが、それでもその方が華琳にとっては辛い思いをせずに済んで、以後の軍の立て直しにも効いただろう。


だが俺がそうしなかったのは、死ぬのが怖かったからではない。この状況が華琳自信が撒いた種であるからだった。信賞必罰という言葉は即座で行ってこそ意味があるもの。華琳が虎牢関で妙才を罰せなかったのは彼女を殺したくなかったからだ。


虎牢関であの事件が起こってしまった以上、妙才と俺両方を懐に収めることは困難になっていた。にも関わらず俺を取り戻すことを視野に入れていたはずの華琳は妙才への処罰を先送りにした。これは明らかな矛盾だった。俺を取るなら妙才を殺すか追放すべきで、妙才を取るのなら俺の前に現れるべきではなかった。


結局曹操軍の今のギクシャクした状況は華琳の優柔不断さが招き入れたものだった。だが華琳を責めるつもりはない。そんな義理もなければ、その行為への責任を取るのもまた彼女だったから。こんな犠牲を払ってでもそうしたかったというのならそうすれば良い。そう思って俺はこの件において一切口を挟まないことに決めたのだ。もちろん華琳の心を和らげるために向こうの世界で色んなことをしたりしたが、それはあくまでも間接的な助け。結局決めるのは華琳だった。


「…んん……一刀様」

「……んぅ…兄様…」

「……」


さて。

俺はこの状況をどうすればいいのだろうか。


寝てる間に荷馬車で寝床ごと送られていたが、目は開けずも取り敢えず覚醒してみたら何故か凪と流琉が俺の両側で寝ている。事情上目を開けることは出来ないが、両側で俺にくっつり抱きついている。もしかして、俺が本当に寝ている間でもこんな風にしてきたのだろうか。


「兄様…行っちゃ…嫌です」

「一刀様…一生…死んでもお仕えします」

「はぁ…」


俺が気を失ってる間こいつらの性格がねじ曲がっていないだろうかすごく不安だ。主に凪。


…おい、ちょっと待て。どこを触って…何故手がそっちに行く!


「なーぎちゃーん!!」

「ひやああああ!!」


向こうから聞こえる文則の声に凪は女の子のような声をあげた。その際俺のふとももに行っていた手をさっと離そうとしたのが、勢い余って手の甲で俺の頬を引っ叩いてしまった。思わない衝撃で声が出しかけた。


「あぁ、一刀様!申し訳ありません」


眠っていると思ってるはずだが何故か俺に謝ってくる。というか凪、今ので慌てたってことはさっきの手の動きは寝たふりじゃなくてわざとやってたな。目を閉じていて良く判らなかったが、後で覚えておけ。


「凪、いくらなんでもそりゃ寝てる人にやることじゃないでー」

「う、うるさい!私は何もやましいことは…というか、何故二人ともここに来ているんだ」

「いや、そろそろ陳留に着く頃だから城門に入る時ぐらいは一緒入ろうって沙和がな」

「そうなの。凪ちゃんってば洛陽の時からずっと隊長の隣で蝿のようにくっついていた沙和たちのこと全然かまってくれないの」


蝿という例え方はやや酷いかもしれないと思ったが頬の痛みが残ってるうちはあながち間違いでもないと思うことにした。


「お前らが私の食べ物に薬盛って寝かせようとするからいけないんだろう」

「だって凪そうでもせんと一睡もせんかったやろう。これも親友としての思いやりと思ってーな」

「そんな病んだ思いやりは要らない!」


お前も俺が寝てる間随分と病んでるようだがな。生きた屍のような人間の看病を何十日も続けていたらそうなることもやむを得ないというものだが。


……いや、待て。それだとまるで俺のせいみたいになるな。


「陳留に戻ると宴会とかあるそうやで。隊長の心配も判るけど、今の凪の姿みてみぃな。そんな疲れきった顔隊長目え覚ました時に見せつけても隊長喜ばへんで」

「っ…」

「宴会で美味しいものいっぱい食べて、顔も晴らして隊長が目覚めた時元気な顔見せないと」


凪がどんなカッコしているのかは判らないけど、少なくとも二人の必死な説得を聞く限り、あまりの健康そうなカッコではないだろうと判った。俺としても俺のこと気にして宴会を楽しんでくれた方がいいのだが…。


「すまん、やっぱり私は一刀様が目覚めない限りは宴会なんて楽しめそうにない」

「凪ちゃん…」

「凪…」


だがそんな二人の言葉も凪には届かなかった。これは本格的にまずいかもしれない。こういう状況なのに寝ている振りを何日も続けたら凪がその間どんな目に合うか判ったものではないな。


「判ったの」

「ウチら待っとるかんな。いつでも気が変わったらウチらの所来てな」


二人が気を落として帰っていくと、凪も深い溜息をついた。


「…ごめん、二人とも…でも……」


…仕方ないな。


そう思った俺は閉じていた目をぱっと覚ました。


「っ!一刀さ…!」


凪が目覚めた俺を見て叫ぼうとする前に、俺は腕を凪の首に絡めてその顔を俺の胸に埋めることで黙らせた。


「っ!」

「静かに…」


凪は物分かりの良い娘だった。幾ら驚いた所で、状況を理解せずとも俺の言葉だけはしっかり聞く。


俺は腕を外したが凪は俺の胸に密着したその姿勢で言葉ひとつ発せず私の次の言葉を待っていた。何十日ぶりかに目を覚ました俺に言いたいことも山ほどあるだろうに何も言わずにそうやって待っているのだ。


目を開けて見た久しぶりに見る凪の姿はさっきの二人が言ったほどではないが確かにやつれていた。親友にしてこんなにまでなった友を心配しなければ親友とも言えないだろう。


「近くに」


そしたら凪がそのまま上体を這い上がらせて俺の口の方に耳を傾けてきたので俺は囁いた。


「俺は大丈夫だから、宴会を楽しんでこい」

「しかし…病み上がりの一刀様を」

「命令だ」

「……」

「あの二人の言う通りに、そのやつれた顔で俺を精一杯看病していたら目を覚ました時に俺が喜ぶとでも思ったか」

「あ…」


それを聞いた凪の目に少し涙が汲んで来るのが見えた。


「…背中は大丈夫か」


呂布に受けた傷。俺と流琉がなんとか治療したが、経過がどうなったかは知らない。


「おかげで、大事にならずに済みました」

「そうか」

「一刀様は…他の方々に知らせなければ」

「まだだ。その時になれば俺が他の人たちにも伝える。それまでお前は黙って宴会を楽しんでいろ。他の連中にバレないようにして…良いか?」

「…判りました」

「行け。次会う時はもっといい顔になって来い」

「はい」


凪は一度私の手を両手で軽く握りしめてから荷馬車から出て行った。


「…はあ」


秘密というのは、こう一人一人にバラしていくうちに秘密じゃなくなるというのに、俺も甘くなったのか。


「兄様は意地悪ですね」

「……」


俺は静かに声がした方に寝返りをうった。そこには流琉がパチパチと目を瞬きながら俺を見ていた。


「おはようございます、兄様」

「…何時から起きていた」

「沙和さんが叫んだ所から起きちゃいました。それよりも、他に言うことはないのですか、兄様?」



流琉の格好は昨夜華琳の所に行く前に見ていた。その服は以前妙才が着ていた水色のチャイナドレスを自分に合うにように一部修繕したようだった。


「服が良く似合ってるな」

「本当ですか?ありがとうございます。これ結構気に入ってるんです。秋蘭さまに良く似てますか?」

「…そうだな」

「もう、どこ見て悩んだんですか」


流琉は胸部を隠しながら言った。いや、別にそこを見たつもりはないが…。


流琉は不機嫌そうな顔をしたが、直ぐに和らげな表情に変えて俺を見つめた。


「目を覚ましてくれてで良かったです、兄様。私…兄様がいつまでも起きなかったらどうしようかと…思って…不安になりそうな時もありました」

「そうか。良く我慢したな」

「華琳さまが言ってくれたんです。私が兄様のことを信じてくれないと、兄様はいつまでも起きられないって。だから私、辛くても信じてずっと兄様の側に居ました。きっと兄様は目覚める、また私の作ったお菓子を美味しく食べてくれるって」


俺は何も言わずに流琉の頭を撫でた。そしたら流琉は赤子が甘えるように俺に胸に抱きついてきた。


「もう痛かったりしないでください、兄様。兄様が痛いと、私が痛いよりも何倍も辛いんですから」

「……」


大切な人の疲れきった姿を見ることほど精神的に来るものもないだろう。それをずっと側で看病しながらその様子を見続けなければならないというと…二人にはとても苦労をさせた。


「お前もしばらく季衣と一緒に居ろ。俺のことは大丈夫だ」

「誰も側にいなくなったらいざという時に兄様が困ってしまいます。でも、兄様がそう言うのでしたら季衣と一緒に居ます。でも時々見に来ますから」

「俺が目覚めたことはお前と凪、そしてごく一部の人間しか知らない。誰にもお前が知ったような振りをするな」

「私が外に出回ってるだけでも兄様が目を覚ましたと言いふらしてるようなものですよ?」

「あの長い戦争の後帰ってきたのだ。緊張の糸を解いて楽しんだ所で誰も咎めないし疑うはずもない」

「判りました」


流琉は素直に俺の話を聞いてくれた。体を起こす流琉の体は昔の小さな子供だった頃は大分違う。もちろんそれが彼女が大人の世界を耐えられる証拠なわけではない。正直に言って、流琉には手を引いてもらって欲しいという考えはまだ残っている。


でも結局決めるのは流琉次第。そしてその結果に責任を取るのも彼女だった。


変わったことはない。


<pf>


そして陳留に辿り着いたその夜、


俺はこっそり俺が居る所へ訪れた荀彧から華琳の計画を聞いた。


「…何をどうするだと?」

「華琳さまのご決断よ」


あぁ…華琳…。


「この計画、華琳が望むような結末にはならないだろう。きっと後悔することになる」

「私たちは従うだけよ。それともまた捻じ曲げるつもり?」

「…いや、今回ばかりは俺も何もしない」


そう約束したのだ。その結果で華琳がどんな結末を見るとしても俺は何もしない。


ただ…


「お前は…何故判っていても黙っているんだ?」

「……」

「荀彧、この話、俺に聞かせる意味は全くないはずだ。にも関わらず俺に言うってことはだ」

「あんたになら変えられるかもしれないって思ったからよ」


やはりか。


「俺は今度こそは何もしない。それで俺が死ぬとしてもだ。俺がここで死ぬとしてもどうせ洛陽で死ぬはずだったのが少し長生きしただけだ。しかもその原因が華琳なら恨むこともない。そんなに変えたければお前がやれ」

「出来るならとっくにやってるわ。でも、今私がそんなことしたらあいつらと同じじゃないの」

「それは俺がやっても一緒だ。一人で綺麗なふりするな」


華琳には自分なりの理想がある。理想とは見る本人意外に誰が知ったフリをしてもそれはフリでしかない。ましてや華琳は覇王だった。誰かに曲げられ続けて良いわけがない。


「主君の意思を曲げたければ部下が命を賭けるしかない。俺はなにかをやる度に命を賭けてやってきた。そして俺にとって今回の事件は、そうするに値しない。その結果で華琳が傷つくのなら、放っておけば良い」

「あんたは本当にそれで言いわけ?このままだと華琳さまはもう二度と立ち直れないかもしれないわ」

「自爆でリタイアするぐらいならその程度の器でしかなかったというだけの話だ」

「……」

「もう一度言うが、華琳が間違ってると思ってるなら何をやろうが命賭けてすることだ。それが家臣のやることだからな」


それが忠臣だろうが奸臣だろうが…。


「私の命一つでなんとかできていれば幾らでも賭けてるわよ。でもそれだけじゃあ足りないの。あんたが動いてくれなければ結局の所華琳さまを癒やす手がないの」

「…それはとても俺に任せて良い役割ではない気がするが」

「いや、あんたにしかできないわ。判ってるでしょう?そもそもどうしてこうなったのか。原因はあんたにもあるのだから」

「……」

「華琳さまは確かに覇王よ。それは今でも変わってないわ。でもあんたが絡むとなると話は別よ。あんたと覇道を天秤にかけると華琳さまは覇道を捨ててあんたを助けた。それが華琳さまの本心よ。でも今回は秋蘭とあんたをかけて両方取ろうとして居られる。当然両方取ることは出来ないし、どっちか片方かを選べと言ったら華琳さまはきっとあんたを取るはず。なのにそれでも欲張って秋蘭まで助けようとしていられるのよ。それでもし秋蘭がまたあんたを殺しにかかったら華琳さまにとっては最悪の結果になるわ。あんたが実際に死んだら言うまでもないけれど」


荀彧と俺が気にしていることは何か。それは華琳の計画の目的が妙才と俺を同時に手に入れることだったからだ。だがどうしてもこの場で全部の実を取ることは出来ない。俺が死んだら妙才をなんとか引き止めれば良いし、俺が生きればいくらやっても妙才は去るしかない。これはどうしようもないのだ。華琳は叶えない夢を見ていた。


「…だから俺にどうしろというのだ?言っておくが俺が動いたら今度は妙才が確実に死ぬ。俺が手を加えないって言っておいて、俺が後で手を出したから妙才が死ぬことになったら俺もまた華琳の信頼を失うことになるだろうが」

「……」


今頃華琳が妙才に会って話をしている頃だろう。そして華琳の意中を察することが出来ない妙才は華琳にとって最悪の方向へ進む。妙才は華琳との不和で目が眩んでるのだ。華琳の話法では今の妙才には届かない。


「…流琉を呼んできてくれ」

「流琉を?どうするのよ」

「俺が直接手を加えることはしない。お前も無理だというし、元譲も頼りないなら今妙才が壁を作らずに接することが出来るのは流琉だけだ」


流琉は何故俺が董卓の所に行ったのかその詳細を知らなかった。俺も敢えてどういうわけだったのか知らせていない。この不和の原因なる事件を知らない流琉だけが一番中立的な立場妙才に接することが出来る。


「でも…そしたら流琉に教えるつもり?」

「そうなるな」

「流琉はあんたのことを誰よりも心配しているわ。そのことを知って流琉が秋蘭のことを助けるようなすることが出来るとは思えないけど」

「出来なかったらできなかったで良い。別に俺はこれで妙才や華琳を助けようってつもりではない。俺に出来る最小限はやってあげようと思ってるだけだ。仮に流琉が俺の思うように動いてくれた所で華琳の思うような結末になるとも限らないし」

「……」

「勘違いしないように再三言っておくが俺はこの事件で俺が死ぬとしても、妙才が死ぬとしても、そしてそれで華琳が傷つくとしても興味ない。まったく」


ただ最小限のやることはやってやる。自分の尻拭いぐらいは自分でやれって話だ。


「他に案があるならお前がなんとかしろ。凪は本人が了承するなら使っても構わないが全部終わるまで俺の所に寄らせるな」

「…私はただ黙っているだけよ。流琉は呼んでくるわ。夜中でも目があるからもう少し遅れるかもしれないけど」

「構わん。どうせ寝すぎてもう眠れない」

「そうね。一ヶ月ほども寝ていればそれも飽きたでしょう。飽きたついでにもう二度と起き上がれなかったらよかったのに」


普通に行くと思ったらそれか。何故俺はお前と話していれば結局一度は死んだり息止めたり屍にならなきゃいけないんだ。


「全部死ぬことでしょうに」

「判ってるなら言うな。あとお前も勝手に人の心を読むな」

「うっさいわね。読まれるあんたが悪いんでしょうが」


理不尽だ。


<pf>


荀彧が去った後、俺はまるで棺桶のように造られた箱の中に体を横にした。俺はまるで屍を入れるために造られた長い木箱の中に入られてココまで送られてきた。


「棺桶などもう一生はいらない」

「棺桶とは失敬だな。汝は」


その声を聞いて俺は上を向いた。


間もなく棺桶が開かれて皇帝の顔が俺を見下ろしているのが見える。


「これは皇家でも由緒ある宝箱だぞ。中身は空になったが、それでも箱だけでも結構な価値があるのだ」

「何故ここに居る」

「ここは余の部屋だ」


そう。


実はこの場所、今陳留で一番安全な場所。

皇帝が居る場所だった。


……ココって安全なのか。


「また失敬なことを考えているな」

「…命の危険に晒されて当てがいうのが名ばかりの皇帝だったらそうもなる」

「ますます失敬な者だ。…まあ、汝の罪は都と余の宮殿に火をつけようなんていう不敬なことを口にした時点で極刑を逸れないのだがな」

「…それは都だったのか。てっきり燃えるゴミかと思っていたが」

「ああ、確かにアレは良く燃えたな。いっそのこと全焼していたらすっきりしたものを…ついでに汝も灰になっていれば余の気も晴れた」

「酷い言い様だな」

「汝には言われたくない」

「……」

「……」


洛陽で一週間ほど策を仕掛けながら判ったことだが、この皇帝、気の弱かったのは周りの状況があまりにも絶望的だったせいで疑心暗鬼に陥っていたせいなだけで、実際はかなりの調子者だった。頭はあまり冴えてる方ではないが、暢気な性格で精神的に追い詰めない限りは皇帝という地位もあって上から目線で相手をいいくるめることが出来るほどの話術はあった。


「して、汝は何もせずにここで寝ているだけというのか。何もしないからと言って余の首筋に剣を向けた人間とは思えん」

「それとこれとは話が違う。今回俺は動かないと約束したのだ」

「汝は約束なんて守らぬ男だと思ったがな」

「約束なんてしない奴なだけだ。でもした約束は守る。俺は嘘はつかない主義だ」

「ならこれからはそれも変えていかねばならぬな」

「何?」


皇帝は腰に両手を置いて自慢気に言った。


「孟徳の手のアレを見たぞ」

「…は?」

「とぼけるな。余はこれでも皇帝だ。天下の向こうの蛮人たちの文化にも詳しいからな。特にこういう話は」

「……」


あまりにも唐突すぎる皇帝の話を理解するまで数秒の時間がかかった。


「…あ、あれか」

「汝も人が悪いな。そんなものを渡しておきながら、どういう意味なのかも知らさないなんて。…いや、それともヘタレというべきかな?」

「言っておくがお前が知っているそういう風習とはまったく関係のないものだ。そもそも文化や風習というのは共有していて初めて意味を持つものであって、相手が知らない文化に意義を与えることは滑稽なだけだ」

「ほう、じゃあ本来その風習が持つ意味合いとは微塵とも関係ないというわけだな?」

「ない」

「なら、余が孟徳にその風習について詳しく説明してあげても汝はそのつもりはなかったから全然構わぬということだな?」

「おい」


この皇帝が黙って聞いていれば調子に乗りやがって…。


「都に居る時は何も出来なかった癖して都を燃やしたからに好き勝手やろうとしてるんじゃないぞ」

「その通り。余はもう皇帝とは名ばかりだ。つまり自由人と然程変わらぬ。実際孟徳は余の安全なんて顧みず余の皇帝という地位に乗じて汝の安全を確保しようとしているのだからな。例え汝を嫌う者どもが汝がここに居ると判るとしても、そう簡単に接近することはできないからな。それは万が一この計画が失敗しても汝だけはなんとしても守りたいという孟徳の心の表わせだ」

「…っ」

「なのに汝はたかが相手を立てるためにした口約束のためにその心を踏みにじるつもりか。死んでも構わぬなど、孟徳が傷ついても構わぬなどと、それがどんな意味合いと言っても、同じ指輪を交わった者同士でやることか」

「…ちっ」


返す言葉が見つからなかった。確かに約束などしていなかったら今頃血の雨が降るだろうが、火の海が広がるだろうが何かはなっていただろう。なのに俺は何もせずにこの中で本当に屍のように眠っている。


「顔を逸らすということは、少なくとも汝という男でもこの行為が良心的来るものはあるというわけだな」

「……」

「なら迷う必要はないではないか。汝が動くことで孟徳を怒らせてしまうかもしれないが、それは謝れば済む話だ。傷ついた心を癒やすより余程簡単だ」

「…俺が動いた所で心が傷つかないということもない」

「でも少なくとも汝が動いた結果であるなら孟徳も納得はするだろう。余の時にもそうだったではないか。誰よりも絶望していた余に汝は手を伸ばしてくれた。その結果洛陽は燃えて、洛陽の民たちはバラバラになり月とも離れてしまったが、それでも余はこうして汝と話し合える。他人を手を出せば消えてしまいそうな水の泡のように思わなくても良い。少なくとも孟徳は汝が知っている中で誰よりも強い女性ではないか。だが、もし汝が黙って見ていればどの道孟徳は長い間後悔で時間を無駄にしてしまうだろう」

「……」


俺は目を閉じてしばらく考えた。前の俺はどうだったか。他人が悩んでるところで、間違った道を辿って傷ついた所で、興味がなければそれは俺とは関係のないことだったではないか。俺の知ったことじゃなかったではないか。でも今この時はわざわざ目を逸らしながら尚迷っている。これは華琳のことだったのだ。心の中では手伝うべきだと思っている。ただそれでは華琳への信頼を自ら踏みにじるのではないか、それが癪だった。


「まあ、それで結果的に孟徳と仲間割れしちゃったとしても余には何の都合悪い話もないからな。寧ろ都合が良い」

「…は?」

「あぁ、余はもう疲れたから寝る。少し呑み過ぎた。明日は二日酔い確定だな。余は寝るから妹との話し合いは静かにやるんだぞ」


突然そう言った皇帝は繋がっている奥の寝室へと消えていった。


あれは自由奔放になりすぎてまた扱いに困るようになってしまった。


「……はぁ」


結局…どう転んでもやるしかないか。


俺は桶から出てきた。そして部屋の扉を開くと冷たい夜風が俺を迎えた。宴会のせいで警備も立っていない。いくらなんでも皇帝が居る別宮なのに警備が一切ないということはどうかと思うが。


「宴会に甘いものは置いてないだろうか」


遠くから見える宴会場の光と騒ぐ様を見ながらふとそんな言葉が出てきた。



一刀(と書いて放火魔と読む)が動くぞ。

陳留はもうおしまいだ。皆にげてーー!!

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