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五話

秋蘭SIDE


あの日、


『貴様ぁ、北郷一刀!!』


私は何を見ていた。


あの日も、


『秋蘭、あなたもしかして西に部隊動かしたの?』

『?いや、そんなことはしていないが…』


あの日も、


『一刀の居場所が判ったわ』

『へ?』

『本当ですか、華琳さま!』


私は一体何を考えていたのか。


『一刀が死んだわ』


判らなかった。


洛陽の門前、虎牢関にて華琳さまの元を離れる際に華琳さまが最後に残したあの冷たい顔と言葉が陳留に帰るまで毎晩夢に出てきた。


『よかったわね』

『今直ぐ私の前から消えなさい』


私は一体何がために、北郷一刀を殺そうと思ったのか。


姉者を射っていた。殺そうとしたのだと思っていた。だが虎牢関で北郷を持って去った張遼も、姉者も、凪も、華琳さままでも私を叱咤した。


私が北郷を射ていたのは北郷が姉者を射ったからではなかった。


遡り、


北郷が生きていると知った。何故か生きていた。


華琳さまは皆にその言葉を告げ、凪と流琉は北郷に手紙を書いた。華琳さまも北郷に北郷が願ったお金とご自分の手紙を合わせて使者を送り出した。その使者を手配したのは私だった。私は華琳さまの文字で北郷を縁を切るという内容の手紙を書いてそれを他の手紙たちをすり替えて使者を送った。お金には手を出さなかった。私がそんなことをした理由は金ではなかったから。後で連合軍の時にそのすり替えた手紙が帰ってきた時、私はそれをこっそり処理した。


北郷に戻ってきて欲しくなかった。どこに居ようが二度と会いたくないと思った。華琳さまに合わせたくないと思った。


あいつは華琳さまの側に居るべき奴ではなかった。


遡り、


北郷が軽蔑の色を込めた目つきで華琳さまを睨んでその場を去った。華琳さまは焦ってらっしゃった。そして怒っていらっしゃった。文句を言いつけるつもりで北郷の天幕へ行くと北郷は地面に倒れていた。


ふと思った。華琳さまは北郷のせいでひどく傷ついていた。これ以上華琳さまの側に居させては華琳さまの覇道は北郷の思惑に操られてしむだろう。私は先に北郷の更に後ろに回って様子を見るよう伝えていた小隊に北郷をここから遠く離れた所で処理せよと言った。黄河に流すと言ったので了承した。北郷は現れた時にどこから来たか判らなかったように、どこへ去ったか判らないように消えていった。華琳さまは北郷がご自分に呆れて消えたのだろうと思っていらっしゃった。私がそうしなかったとしても本当に北郷は消えていたのかもしれない。


最初から北郷にとって華琳さまの覇道などどうでも良いことだった。


あいつはココに居るべき者ではなかった。


遡り、


北郷を殺そうとする連中が居た。自分たちの利のために軍の重臣の中でも暗殺に関わった者も居た。私はそれに気づきながらも手を加えなかった。北郷のせいで華琳さまの軍には歪みが出てき始めていた。軍が分裂すると華琳さまの覇道が大きく揺れることになる。北郷は華琳さまの理想を揺らす諸悪の根源だった。


だけど北郷は姉者に助けられた。何故だっただろう。姉者も北郷のことを嫌っていたはずなのに。


北郷は他の者たちを相容れない人物だった。華琳さまの側に居るべき者ではなかった。


なのに


『貴様ごときが私の覇道をすべて知っていたつもりでそんな口を言うのか!』


『秋蘭、アンタいつから華琳さまの覇道に何が得になって何が損になるか見分けられるほど偉くなったつもりなの?』


っ…!


『よかったわね』


あの時の華琳さまの顔はとても冷たかった。まるで他人、いやそれ以下の人を見るような目。まるで自分の目に映ることさえも汚らわしいと思っているようなそんな視線だった。


私はどこで間違っていたのか。


間違っていたのか。


『君のその盲目的な考え方は、いつか孟徳の覇道を防ぐことになりかねない』


!!


何故だ!


何故北郷のあの言葉が頭から離れない!


私は悪くなかった!


私はただ…華琳さまのためにやったのだ。


なのに…!


「貴様は…いつかこうなることまでも予想していたというのか…」


<pf>


「ぐにゃー」

「姉者、しっかり歩いてくれ」


軍が帰ってきて開かれた酒宴の初日の夜、酔いつぶれた姉者は私と一緒に自分の部屋へ向かっていた。


「秋蘭……うんふふ」

「……」


姉者は何がそんなに嬉しいのか真っ赤に染まった頬を私の顔にこすりつけながらよろよろと歩いていた。


久しぶりに出会えた姉者の顔は別れる時のそれと然程変わらなかった。


姉者は賢い人ではないが誰がなんと言おうとも華琳さまへの忠義だけは本物だった。そしてそんな姉者はあの日、私を裏切り者と言った。華琳さまを裏切ったのは北郷ではなく、私だと。


私はあの日姉者が北郷に射たれるのを見て血が昇って奴を射った。でも実際の所、もし姉者がそうならなかったとしてもまた北郷が華琳さまに近づくことを止めようとしただろう。


「よいしょっと」


やっと姉者を自分の寝床に寝かせて私はため息をついた。酒に弱いくせにどれだけ呑んだのか。


それとも、それだけ呑まずには私の前に来ることが出来なかったからか。


ともかくこのままだと起きた時に姉者は頭が割れそうに痛がるだろう。せめて起きて飲むための水ぐらいは用意した方が良いと思った私は一度外に行って水を取ってきて帰ってきた。そしたら姉者の部屋の前に桂花が立っていた。


「桂花」

「秋蘭、華琳さまがお探しになってるわ。今直ぐ華琳さまの部屋に行ってちょうだい」

「今からか?今日はもう遅いが…」

「貴女が行かないと華琳さまはずっと待ち続けられるわ」

「…判った。それじゃ、これを姉者の側においてくれるか」


私は取ってきた水を桂花に任せて華琳さまの所へ向かおうとした。


「秋蘭」


でも桂花が後ろから私を再び呼び、私は振り向いた。


「何だ?」

「……」


桂花はなにか言おうとしていたが、一度ため息をついては、


「なんでもないわ。止めて悪かったわ。さっさと行ってちょうだい」

「……」


ギクシャクしていた。誰もかも、以前のように私を接してくれない。


それだけ北郷の存在がこの軍において大きな存在だったというのか?


私が思っていたよりも


或いは私よりも…?


<pf>


「華琳さま」


そっと華琳さまの部屋の門を開けると、華琳さまが寝間着の姿のまま部屋の卓の前に座って私を待って居られた。


「座って頂戴、秋蘭」


華琳さまは私を見て私にご自分の向こうの席を勧めた。私はそこに座ると華琳さまは卓においてあった湯のみを口に運んでから私を見られた。


華琳さまが私を呼んだのは、恐らく三日間の宴会が終われば下されるであろう、私への処罰の内容を先に私に告げるためだろう。


「洛陽で何があったか、聞いているかしら」

「…表面的な情報は陳留にも入っていました。洛陽が全焼し、もはや都としての機能が出来なくなってしまったと」


だけどそれも時間的に合わない時期に流れてきた話だった。

洛陽から華琳さまたちが帰ってきたのが今日。それが遅れたものであるとしても、一番先に陳留辺りを通って行った袁術と孫策の軍隊が来るよりも前に、陳留には既に洛陽が燃えつきたという噂が流れてきた。誰かが意図的に先にこんな噂を流したとしか思えない。最初は流言と見て根源を探ろうとしたが、後で来た華琳さまから送られた伝令によりそれが本当のことだと知らされた。


「一体、洛陽で何があったのですか」


表面上の事実は聞かされているも、どうやってそこまでに至ったのかは知らされていなくて、噂にでも袁紹が洛陽を燃やしたということになっていたが確信は出来なかった。


「そうね。先ず麗羽が洛陽の燃やしたというのは嘘よ」

「…では、一体誰がそんなことを」

「私よ」

「なっ!」

「そして、麗羽を殺したのも私」


私は耳を疑った。

華琳さまが…洛陽を燃やした?しかも袁紹を殺したなどと…。


「一体何があったのですか」

「詳しい話は私の口からでも言えないわ」

「しかし…」

「部下のやったことはその部下を扱う主君のやったこと」

「…!!」

「そうでしょう?」

「まさか…」


良く良く考えみるとおかしな話ではないか。洛陽を燃やしたという行動がもしバレてしまったらどんな結果が待っているかはたかがしれていること。天下どころか今の状況を保てるかどうかも怪しい。例え朝廷の力が地に落ちたといえ、洛陽はこの大陸の首都であり、民たちの心の求心点でもある。


そんな都を燃やせるような者は、私が知っている限りただ一人だった。


「北郷が…生きていたのですね」

「……」


そして部下のやったことは主君がやったこと。


つまり華琳さまは再び北郷を自分の傘下へ入れようとして居られる。


「華琳さま、これはあまりにも危険…」

「あなたの意見を聞くつもりはないわ。いえ、そもそも今のあなたが、私にそんな指図が出来ると思っているの?」

「…っ」

「判ってる?この事態にはあなたも一部責任があるのよ?あなたがあの日彼を射っていなければ、彼も洛陽を燃やすという極端的な手を取らずに済んだ。でもあなたがやったおことによって彼は董卓の手中に入り、生きるために止む無く下策を取った。私が助けに行かなかったら、今頃彼もあの地獄のような洛陽の業火の中で灰になっていたでしょうね」

「では北郷は今…」

「ここに居るわ。そして、あなたを呼んだ理由は彼に関する話があったからよ」


北郷が生きている。しかも今この陳留に居るという。でも不思議にもそれを知って沸き上がってくる感情は怒りなどではなく虚脱感だった。私は何故あそこまでして北郷を帰らないようにしようとしたのか、と。


「彼が帰ったことを先に知って宴会中に彼を殺そうとしている者が居るわ。彼は生きているって言っても洛陽からここまで来るまで目も覚まさない重態よ。幾ら彼でも、今回ばかりは自分の体を守れる術がない。だからあなたに彼の護衛を任せるわ」

「……何故私に任されるのですか。私は一度彼を殺そうとしました。凪や流琉に任せた方が良いのではありませんか」

「彼女たちはもう長く彼の側で看病などをしていて体も心もボロボロよ。とても暗殺なに対応できるような状態ではないわ」

「では張遼の方は…」

「彼女はいざとなれば陛下をお守りしなければならないわ」

「……私が北郷を殺そうとする者たちと結託して北郷を殺すかもしれません」

「するつもりなの?」

「……」

「私は今あなたに彼を守るように命令しているの。なのに、あなたは私の命に真っ向から逆らうと、そう言っているのかしら」


華琳さまは険しい視線で私をにらみついて居られた。以前ならそんな冷たい視線さえも喜びであったかもしれない。


だが今は…


「私が北郷をあれほど戻ってこないようにしていた理由がまさにこれです」

「…」

「北郷の存在は内部からの分裂を催します。北郷が居る間我軍には彼を殺そうとする事件が絶たず、そのために多くの人材を失いました。彼は優秀な人間かもしれませんが、多くの人材を求む華琳さまにとって毒のようなもの。咥えてはならない人物です」

「あなたに指図する資格はないと言ったはずだけれど?」

「……」

「あなたに聞きたい言葉はただ私の命に従うか、それともこのままこの場を去って二度と私の前に現れないか、どのどっちかだけよ」


やはり…もう貴女には…私の声は届かないのですか。


「…申し訳ありません、華琳さま」


私は立ち上がった。この夏侯淵妙才、まさか華琳さまの前でこんな非礼をおかすことになってしまうとは…一体どこで間違ってしまったのか。


「…失礼致します」

「あなたが行くなら止めないわ」


先に席を立つ私の後ろから華琳さまの声が聞こえてきた。


「だけど、もしあなたが私の意を反する場所に立つとすれば、その時はあなたも私も、躊躇なく行動することになるはずよ。私は彼を守るためなそのな対価が何であろうとも支払うわ」

「……」

「その門を括った瞬間、あなたとは何の関係でもないわ」


…せめて逆らった罪に首を刎ねられれば、その方がマシだっただろうか。


「これまでに、お仕え出来て光栄でした」


私は振り向かずにそう言ってその門を括った。


・・・


・・



門を閉じて数歩脚を運んで角を曲がった途端体がすらりと崩れてそのまま床に座り込んだ。


やってしまった。華琳さまの目の前で華琳さまの命令を従うことを拒んだ。私は一体どうなってしまったのだ。もう引き返すことが出来なくなってしまった。


自分が今やってしまったことへの罪悪感とそれでも従えないという気持ちがごっちゃになって、腹から熱いものが昇ってきた。


「うっ!!」


近くにあった茂みにまで走って食べたものを吐き出した。腹は少しすっきりしたが、心の中の凝りはずっと残っていた。


なんとか自分の部屋まで辿り着いた私は眠ろうとしたが頭の中に華琳さまのことや、私がしてきたことなどが浮かび上がってきて長い長い夜を過ごすことになった。


<pf>


コンコン


私が眠れたのは黎明が見えてくる頃だった。門をのっくする音がに目を覚ました時はすっかり晴れていたが、頭が痛くて門まで行けそうになかった。


「秋蘭さま、いらっしゃらないんですか」

「…流琉?」


門の前に居るのは流琉だった。何故流琉が…。


「入っても宜しいでしょうか」

「あ、ああ、入ってきてくれ」


私がそういうと門が開いて青色の旗袍チーパオを着た流琉が入ってきた。露出の多い子供の服を着ていた流琉はもうすっかり『綺麗』と言葉が似合う少女になっていた。


それにしても私に似た青色の服なんて…。


「秋蘭さま、大丈夫ですか。昨日無理に呑みすぎたんじゃないですか」

「あ、あぁ…少し呑み過ぎたかもしれないな」

「そうだろうと思って私が二日酔いに聞くお茶を淹れてきました。良かったら飲んでください」


そう言った流琉は持ってきたお盆を卓に置いて急須を杯に傾けた。


「はい、どうぞ」

「……」


解らなかった。


私はもう一度流琉の顔を見た。流琉の顔には私に対しての何の負の感情も見当たらなかった。


私がやったこと、今まで北郷を裏で苦しめたのが私だと知っているなら、北郷をあれほど大事に想う流琉が私にこんな顔をしてくれるはずがない。


もしかして…知らないのか?


そんなはずは…。


「どうしたんですか?私の顔に何かついてるんですか?」

「あ、いや…その……お前は…大丈夫なのか」

「はい?…あ、大丈夫ですよ。私、あまり呑んでませんから」

「いや、その話ではなくだな」

「??」


まさか、流琉は本当に私が何をしたか知らないのか。


もしかして、虎牢関で私が北郷を射ったことすらも、流琉は知らないのではないか。


ありえない話ではなかった。流琉はあの時華琳さまや、北郷との会話の末に精神的に追い詰められていた。外の状況を判ることが出来る状態じゃなかったし、もし華琳さまや他の娘たちが言ってくれていなければ事情を知らない可能性もある。


「……もう元気そうだな。安心した」

「あ…心配をかけてしまって、ごめんなさい。でも、もう大丈夫ですから」

「本当なのか。北郷のことは…」

「……本当に、もう大丈夫ですから」


流琉は少し辛そうな顔をしていたが、どことなく不自然だった。もちろん流琉は北郷が生きていることを知っている。恐らく華琳さまの命で、北郷が死んでいることにしておくようにされたのだ。しかしそうだとすると私がどうして虎牢関で陳留へ帰らされたのかその事情を知らない流琉は、私にまでその事実を隠そうとする華琳さまの方針についてどう思っているのか。


私は流琉がどこまで知っているのか探ろうとした。


「側に居てあげられなくて済まなかった。私がもっとお前の力になってあげるべきだったのだ」


これはある意味本心だった。私が北郷のことで頭いっぱいになっていなければ、もっと流琉のことを気にかけてやっていただろう。でも私は追い詰められている流琉を助けることが出来なかった。結局流琉が立ち直ったのもまた北郷のおかげだっただろう。流琉だけではなく帰ってきた凪だってそうだった。もう北郷が居なくてはこの軍に残る理由すら失う者たちもこの軍には沢山居た。でもそれと同時にあいつがいることで極端的な手を使おうとする者たちもまだまだ居るのだ。


「仕方ないですよ。陳留に突然流言が流されて、誰か帰らなければいけない状況だったのですから。桂花さまは軍師ですから帰るわけにも行きませんし、だったら秋蘭さまぐらいしか陳留を落ち着かせる方がいらっしゃいませんし」


流言、そんな風に聞かされたのか。結局本当の事情は知らないようだな。


「それよりもほら、早く飲んでください。冷めると美味しくなくなるんですから」

「あ、あぁ…そうだったな。ありがたく頂こう」


流琉からもらったお茶を飲むと本当に頭が少しすっかりしてくる気がした。


「今夜の酒宴には参加しないでゆっくり休んだ方がいいですよ。何なら私が側で面倒見ますから」

「そこまでしなくても大丈夫だ。気持ちだけありがたく頂こう」


私はお前を放っておいたのに、お前はこんなに私のことを考えてくれているのか。……恥ずかしい限りだ。


「それよりも、姉者のことを頼む。昨日呑み過ぎていたからな、今頃頭が痛くて唸っている頃だろう。このお茶は結構効くようだな。よかったら姉者にも飲ませてやってくれ」

「はい、判りました」


流琉は微笑みながらそう言った。


「夏侯淵さま、いらっしゃいますか」


外からまた別の者の声がしたのはその時だった。


「あ」

「入って来い」

「はっ」


入ってきたものは普段私の下で政務の手伝いをしてくれている文官だった。


「夏侯淵さま、今夜ある酒宴に関して少し相談があるのですが…今宜しいでしょうか」

「……ああ、構わない。流琉、では頼んだぞ」

「あ、はい、判りました」


流琉は一度文官の方をちらっと見てからお茶はそのまま置いて飲んでくださいねとお盆ごと残して行った。


「それで、どういう用件だ」


十分に時間を過ごして、流琉が離れていったと思った時私は声を出した。


「…夏侯淵さま、昨夜酒宴の中でこっそり流れた話をご存知ですか」

「…何の話だ」

「天の御遣い、あの男が帰ってきたという噂です」

「……」


結局、来るべき話が来てしまった。


「北郷が、帰ってきた?奴は死んだはずだ。私がこの目で董卓軍の将に連れて行かれるのを見たし、次の日に奴の首が虎牢関の上に串刺しにされてるのも見たのだ」

「それが、何もあの者が董卓までも誑かして生き延びたとか。一部では洛陽を燃やしたのもまた奴の仕業ではないかと推測してます」

「デタラメだ。北郷が生きているはずがない。洛陽が燃えた話は私も聞いた。戦場で苛立った袁紹が洛陽を燃やしたというではないか。あの者ならやりかねない」

「袁本初が幾らデタラメな人間だとしても名家の子孫です。そんな恐れ多いことができるはずがありません。こんなことを平然を出来るのはあの男だけです。あいつが生きているのです。しかも今この陳留にです。曹操さまが陳留に居る我らにも知らさずにこっそり連れてきたそうです」

「仮にそうだとしてだ。今北郷は一体どこに居るのだ」

「それが…判らないのです。一体どこに隠れているのか陳留を手分けして探していますが姿が見当たらず…」

「手分けして探している?一体誰の命令でそんな真似をしているのだ」

「これは一大事です、夏侯淵さま。もしあの男が帰ってきたら我軍には再び血の嵐の日々が待っているでしょう。あの者の術数に踊らされて死んでいった我軍の有能な人材がどれだけ多かったものか」

「……」

「曹操さまはあの男がこの軍に頼りになると思われるてるようですが、実際我々中間管理職の者たちは、もし再びあの男がかえってくると、この生命を賭けてでも奴を止める所存です」

「…謀反でも起こすというのか」

「そんなことはありません。我々もまた曹操さまの覇道のためにこの生命捧げると誓った者たち。ただあの男は危険すぎます。いつか曹操さままでも食らってこの軍を自分の手中に置こうとするでしょう。これは謀反ではありません。曹操さまを守るという義を持った行為なのです。あの男が居ては曹操さまの覇道は成りません」

「…作り上げの正義話だ。付き合ってられん」

「夏侯淵さま!」


文官は強く訴えるものの私にはもう関係ない話だった。しかももう華琳さまの前でこの件とは関わらないと言った後だ。どの道私はこの陳留を去ることになるだろう。何の恨みがあって北郷を…。


「もう曹操さまの覇道などどうなっても宜しいというのですか!」


その言葉を聞いた途端、私は近くに置いてあった弓に矢を射て文官の脳天を狙っていた。


「もう一度言ってみろ」

「……」

「この生を華琳さまのために捧げた。私はあの方を支えるために生まれたとまで言える。なのに、貴様がごときが私の忠義に文句つけるつもりか」


華琳さまでも北郷でもなく、貴様なんかに…!


「…ならば傍観してはなりません、夏侯淵さま」

「……」

「あなたさまが曹操さまのことを本当に支えたいと思われるのでしたら、心を決めてください。その思いが例え曹操さまご自身に届かないとしても、我々はただ覇王を支える者たちとして尽くすつもりです」

「…貴様らがやっていることは華琳さまに歯向かっているのと一緒だ」

「このままでは曹操さまの覇業は終わってしまいます。主君の過ちを正すのは常に家臣の仕事です。例えそれで命を落とすとしても…」

「……」


彼らの覚悟は…固かった。少なくとも彼らの華琳さまの覇道を慕う気持ちは本物だった。


私は……私にとって華琳さまは姉者と共に私の全てだった。それを失いそうになっている今、私は選ばずに消えてしまうことが出来るのか。



…いや




「…私に何をして欲しい」



忠義の形について再び。


秋蘭と一刀がいつ上のような会話をしたか知りたい方は多分一部3,4話辺りにありますので確認どうぞ。


一刀は以前曹操軍に居る時腐敗した官僚たちを一掃したことがあります。その上逆上して自分を殺そうとする連中を釣って一網打尽にする。別の言葉言うと、今仕掛けようとしているのは腐敗して自分たちの腹を肥えていた連中とは違い、本当に華琳さまのために尽くした者たち。

が、それが大きな間違いであることを知らないのはきっと彼らのせいではない。


一番つらいことは、この物語の終焉が信賞必罰に終わらないこと。


尚、作者の期末テスト週間の準備のために次の投稿は二週間後ほどになる模様。

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