四話
今回はやや短め。
試験とか控えていてなかなか時間の割合が定まらない。
来週は多分投稿できないかも。
華琳SIDE
時は遡り、あの駆け落ちから帰ってきた次の日の朝。
一夜の夢と思うにはまっすぐに伸びて肩に届いている巻き癖のない髪がそれを否定した。夢ではなかった。彼との時間も、交わった約束も現実だった。
これから私が立ち向かわなければならない現実と同じく。
なんとか一人で髪を巻き直しながら考える。私の判断は正しいのかと。でも幾ら問い続けても答えは満足できるものではなかった。この決定を変えるつもりはない。これこそが覇王として私が下すべき結論で間違いないと思う。だけど躊躇いはあった。
「華琳さま、お目覚めになられましたか」
悩みが自ら膨らんで来て、髪も上手く整うことが出来なかった頃、丁度桂花が私の天幕に訪れた。
「お久しぶり、桂花」
「はい、おはようございます、華琳さま」
私は敢えて『久しぶり』と言った。そしてそれに何の疑問も持たず挨拶する桂花はきっと昨夜のことを知っていた。
「一刀はどうしてるのかしら」
「最初のように起きていないようなフリをしています。見た者には口を封じていますし、幸い流琉や凪は起きていなかったので事件のことは知りません。知っているのは春蘭と私、あとは霞ぐらいでしょうか」
霞が知っているのであれば皇帝陛下も今頃ご存知であると見て間違いはない。
一刀がそのまま眠っているフリをしている理由は明らかだった。私が秋蘭の事を片付けるまで一切口を挟まないことと、自分が生きていることが明らかになった場合それによって突発な事件が起きないようにするため。
彼は自分が言った通り、この事について私に一任した。
「桂花、陳留に一刀に関しての噂はどんな風にたっているかしら」
「恐らく洛陽での詳しい話は全く伝わっていないかと。華琳さまが陳留に帰るまでに洛陽でのことを伝えないように命令なさっていたので、多分アイツのことは死んだと思っているはずです。秋蘭も、他の官僚たちも。彼らに伝えたことは我々が皇帝陛下を擁立することになったことと、軍の帰りを祝う宴会の準備をするように伝えたことだけです」
「そう」
それなら…。
「陳留では一刀が生きていることを知らない。それは確かよね?」
「はい、間違いないかと」
「ならば、宴会が終わるまで一刀が目覚めたことを知っている者にはその事を絶対に口に出さないように命じなさい」
「え?しかし華琳さま」
「いいわね?絶対漏れてはいけないわ。一刀が生きていることは必ず内密でなければならない」
桂花は私の顔を見つめた。私は彼女に無理難題を押し付けていた。だけど、私が望むことはまさに私が言った通りだった。
一刀のことは表に出てはならない。
「……はい、判りました」
そして桂花は私が言いたい事を理解したのか頷いた。
<pf>
「そうか」
「はっ」
皇帝陛下に陳留に入ってからの後の計画について伝えた。
陳留は私の本拠地にして、兗州の経済の中心地ではあったけど皇帝陛下のお住まいでは小さかった。かといって洛陽を再建するには多額の金と時間が掛かるのに、今の我々にはそのどっちもない。今は仕方なく陳留にいらっしゃるようにするしかないけど、これもそのうちに解決しなければならない問題であった。
「それが汝が出した答えなら余のことを気にする必要はない。余はもはやこの国が廃ると共に霞んでいる人。これから民と国の安寧を導く者は孟徳や玄徳のような英雄たちだ。その事を先ず第一に考えてくれ」
「はっ、霞と凪には常に陛下の側に居ますよう命じます」
霞は最初に連れてきた時は皇帝陛下の護衛として付いてくるのかと思った。だけどその後私の所に来て、私に仕えたいと言ってきたので真名を交わった。陳留に戻ってくる間、霞は良く春蘭と共に対練をしていた。
「…それにしても、良き顔になった。洛陽で対面した頃とは大違いだ」
「はい?」
そう言ってくる陛下の顔は何故かニヤついている。
「余が傀儡で会ったかも知れぬが、目は節穴ではないぞ。その指にハマったものは以前は見たことのないものではないか」
「…あ」
陛下が仰って居るのは私の左手にハマってある指輪のことだったらしい。
「これは…先日一刀と交わった盟約の証としてもらったものです。それだけです」
「なるほど」
と説明したものの、陛下の顔は収まらない。
「以前文遠から聞いた話だが、彼女は前から天下が平和になったら羅馬に行きたいと思っていたらしい」
「はい?」
何故突然天下の西側にあると言う国の名が…
「それで余も文遠から時々その羅馬について彼女が調べたことを聞かされたりしたのだ」
「はぁ……」
「…とぼけてるわけではないようだな」
「?」
さっきから本当にこの方は何を言っているのか全くわからない。
「まぁ、良いだろう。それでは余はゆっくり宴会を楽しんでいればそれで構わないのだな?」
「え、ええ…」
「なら良かった。実は少し焦っていたのだ」
「何をですか?」
「余も耳があるからな。孟徳は可愛い女の子には見境ないとか」
「……いえ、流石にそこまで見境なくは…」
ない…です…よ?
「ちなみにこれは北郷一刀から聞いた話だが、孟徳は良く閨に侍女などを連れ込み(検閲)で(検閲削除)して(禁則事項)な(です☆)までもする、まさに『英雄、色好む』という言葉の鑑のような人だとか言っていたからな」
ここに来て陛下に、しかも一刀から聞いたというそんな話を耳にするとは重いもしなかった私は固まってしまった。
というかなんでそこまで詳しいのよ!そこまでやってないわよ!
<pf>
軍は進み始めて、太陽が真ん中にまで上り、城が見え始めた到着まで数里残した頃、『曹』の旗が靡く部隊が私たちを迎えるために城から来ていた。
「華琳さま、お待ちしていました」
迎えに来た部隊を率いるは秋蘭。
馬から降りた彼女は私の前に跪きながら言った。
「ええ、帰ってきたわよ、秋蘭」
「はい、ご無事で何よりです」
会話が、いつものようではない。それもそのはず。虎牢関でのお別れは、互いに決してさっぱりしたものではなかった。寧ろ私はあの場の苛立ちで彼女に酷い言い草をしてしまった。言う必要のなかった言葉で彼女を傷つけた。
秋蘭はどんな思いで陳留で私を待っていたのかしら。
「…姉者」
秋蘭は私の後ろの春蘭を見たが、春蘭は何も言わなかった。秋蘭と目を合わせるのが辛かったのか見向きもしようとしなかった。それを自分に失望した姉の怒りの表せかと思ったのか秋蘭は視線を下に向けた。
「秋蘭、こちらには皇帝陛下もいらっしゃるの。礼を示して、陳留まで案内しなさい」
桂花がそう秋蘭にいうと、秋蘭は我に戻って皇帝陛下に向けて礼をして、軍を陳留へと案内するため自分の馬に乗った。
「アンタの妹、すっかり落ち込んでんな。大丈夫なんか」
陛下の隣に居た霞が春蘭の隣に来てこっそり尋ねる声が聞こえた。
「…自分が撒いた種だ。私は、華琳さまの判決が何であれ快く受ける。私がアイツを許すか否か決めるわけではない」
私が判断を迷ったせいで、一番心を苦しませたのは春蘭だった。謂わば春蘭は、実の妹のことを私に訴えたようなもの。その苦しみがいかなるものか想像がつかない。だけど後々どうなるにしろ、宴会があるだろう三日間、春蘭が秋蘭と今のように一言も交わらずにしている様子は見たくなかった。
「春蘭」
「はっ」
私が春蘭を呼ぶと、彼女はすぐさま私の横に来た。
「秋蘭に関しては、あなたがしたいようにしなさい」
「…はい?」
「私が下す罰は、私が下すもの。あなたたち姉妹の間で解決すべきことがあるのならあなたの自由にすれば良いわ。秋蘭と仲直りしたいならそうすれば言いわ。妹でしょう」
「華琳さま…」
もし春蘭が秋蘭を弁護するとしても、私は秋蘭への処罰を改めるつもりはなかった。だけど彼女が妹の秋蘭を如何に接するかが私が下す罰を、いや、彼女が己に下す判決に影響を及ぼすだろう。
だから私は言う。
「私の目を気にせず、あなたのやりたいようにしなさい。後であなたも秋蘭も、そして私も後悔することがないように。これは命令よ」
「……はい!」
春蘭の顔が少し晴れたような気がした。
そうやって私は自分が望むような結果であるようにまた仕掛けた。
<pf>
「ご苦労だった、我が軍の精兵たちよ!汝らの労苦を称え、今日から三日間宴を開こう。皆遠征で別れていた家族たちを会い、再び無事に会えたことを祝おう。散っていった者たちを弔おう。汝らは勇ましく戦い私たちは勝った!。だがこれが終わりではない。また汝らの力が必要になる時が来るだろう。だけど、今はただこの時間を楽しむと良い!大義であった!」
短い演説が終わると三日間陳留を盛り上がらせるだろう祭りの始まりを知らすドラが鳴った。街も、官庁の皆も音楽と共に賑やかになった。戦に疲れた兵士たちと、彼らを待ちに待った家族たち。
今日は陳留がほぼ一年ぶりに活気に満ち溢れる日になる。
ここに来るまで一刀にぴったりで皆を心配かけさせた流琉や凪までも宴会に参加したのだから場は段々と盛り上がる。
「生命を感じる」
「はい?」
酒宴が続き子の刻(夜12時)を知らせる鐘が鳴る頃、ふと上席に座ってらっしゃる皇帝陛下がそう仰った。いつもなら私が座る席に陛下も参加して居られる。
「余が洛陽で居た頃、そこには『死』しかなかった。民たちは死んでいき、生きている者たちもまた魂は死んでいた。北郷一刀が居なければ彼らを救うことも出来なかっただろう。だが今ここはとても賑やかで活気に満ちあふれて居る。余はこんな気持の良い賑やかさに包まれることは久しぶりだ」
気持ちの良い賑やかさ…ね。
陛下の言う通りその場は賑やかだった。が、私の目には一部その活気に満ちた空気に馴染めない者たちも居た。例えば私と少し離れた所で一人でちびちびと酒を呑んでいる春蘭。そして彼女の視線の先に映るは、陳留に帰らされていた秋蘭だった。秋蘭は何人か彼女の下の部下たちと一緒に酒を呑んでいたが、春蘭の視線に気づいていたのかたまに春蘭の方を見た。だけど、二人の目が合うことはなかった。
「焦れったいわね」
春蘭は秋蘭の所に行きたいけど彼女の罪悪感があるのか私を気にしているのか行こうとしない。さっきもっとはっきり促すべきだったのかもしれない。でも今更両方とも一緒に居る場で私が背中を押すということも出来ない。
「惇ちゃん、呑んでんかー?」
「霞?」
そんな時だった。顔を赤く染めている張文遠、霞が春蘭の隣に座った。
「こんな楽しい酒宴でそんなちびちび呑んでりゃ酔う酒も酔わんわ。ガッといきな、ガッと!」
「うっ!」
と、並んでいた酒の瓶を持って春蘭の口にねじ込んだ。慌てながらも酔っている霞の手は容赦なく春蘭の首を掴んでいたので酒を呑むしかない。
「ぷはっ!貴様何しやがる!」
「ええ飲みっぷりやったでー」
「貴様が呑ませたのだろうが!!」
「なんや?もういっぱい呑むんかい?ええな、飲み比べしような。侍女の姐さん!ここ酒樽ごと持ってきぃ!」
と思っていたら呑みくらべを始める霞と春蘭。春蘭も酔いたかったのか霞の突然の申し出を断ることもなく場に流されていった。
「ぐっ、んぐ……ぷはっ!」
「ん…くぅ!」
3つの樽に持って来られた酒は、瓶で置いてある清酒と違い、かなり弱いものだったけれど、それでも酒は酒。しかも春蘭はそんなに酒が強い方ではない。実際に春蘭が呑んだのは樽一つ以下で他は霞の腹の中に収まっていった。
そんな不均衡な飲み比べが一刻ほど続くと酒の樽3つが全て空になっていた。
「ははっ!やっぱ一人酒よりは一緒に呑んだ方がええなー!」
と言い放ち、霞が最後の自分の杯に残ったものを飲み干すとそのまま後ろへと倒れていった。
既に隣に誰か居たのかも忘れてただ機械的に互いに酒を注いでいた春蘭は空になった自分の杯を横に伸ばしても酒を注いで来る者が居ないことを気づくを隣を見た。するとぶっ倒れたまま寝ている霞の姿が居る。
「おい、れるな。おいー!しあ!」
もう一度言うけど酒はそんなに強くない春蘭であった。しかも酒癖もそんな大人しくない。揺らしても動かない霞をほっといて、春蘭はさっき霞がやったように直ぐに自分の獲物を探すため周りをキョロキョロしていた。そうするとそこに丁度自分の妹が見えるではないか。
「しゅうら~ん」
「あ、姉者?どうしてここに…って姉者一体どれだけ呑んだ?」
「おまえもろめー」
完全にイッてるわね、アレは。
「ふぃー、イノシシの向きを変えるのも大変やなー」
「霞、あなたわざと春蘭に酒呑ませて先に倒れたフリをしていたのね」
しばらくするとさっきあそこで倒れていた霞がなんともない顔で私の所へ来た。
「あんな弱い酒じゃ幾ら飲んでも酔えんわ。しかし惇ちゃんは思った通りに酒癖わりぃな」
もちろん霞が春蘭を酔わせたのは状況をある程度把握してからの行動であった。彼女の気遣いのおかげで春蘭は私が望んだ通りに妹と絡んでいた。
「あれれ?おかひいなー。ひゅうらんがふたりらぞ?わたしらちはいつのまにさんしまいになったろだー?」
「姉者、呑み過ぎた」
「そうらー!おまえのことはからん(夏蘭)ってなずけよーからんからーん♫」
……
「…ちょびっと呑ませすぎちゃったんかもな」
私は彼女が本音を吐く程度の酔わせ方ならソレでよかったのだけど、アレじゃただの酒絡みじゃないの。
「…ちょっと惇ちゃんの酒量わかんないからやっちゃった」
「……」
「てへ☆」
ほんとはこの娘もただ酒が飲みたいだけに春蘭に絡んだんじゃないかしら。あんな常人にありえない呑み方しておいてこの調子なんて。
「にしても華琳、気づいてんか?」
「何を?」
「とぼけんといてな。さっきから桂花ちゃんのこと見えへんし、それに…なんちゅうか、月を守ってたらなんかこういう空気に慣れとんねん。幾ら賑やかさで誤魔化そうとしても臭うんや」
「…そう、隠す意味はなさそうね。大体想像してる通りだと思うわ」
霞は思ったよりこういうことには頭が回るみたいだった。洛陽でいつも十常侍の陰謀や権謀術数を見てきたせいなのかしら。
「で、どうするん?ウチさすがにいざとなったら華琳よりも陛下のこと気にせなアカンし」
「構わないわ。これはあくまであなたが来る前の私たちの間で片付けるべきことよ。あなたは陛下の身の安全を再優先シて頂戴」
「北郷はどうすん?」
「……彼も了承しているわ」
正直判らない。言ってないし、彼は今ここに居ないから状況を把握しようにも動けない。表面上に彼は死んだことになっているから。なのに私が今からやろうとしていることは一刀を危険な目に合わせるかもしれない。いや、確実にそうなるだろう。
そしてもし私の思惑通りに行かなかった時、彼を守れる自信が……ない。
「彼なら理解してくれる」
「…まあ、ウチも人にこんなん言える立場はあらへんけど、あんま迷わん方がええで。それで傷つくの自分だけやないから」
霞の言葉はまさに私のこの状況に適した叱咤だった。
「んじゃあ、ウチは次に絡む奴でも探すとしますか。宴会を楽しんでない娘はいねーが」
そう言って霞は立ち上がってヨロヨロと酔った脚で歩き出した。そして今度は凪たちの所に狙いを定めて歩いて行くのを見ていた所桂花が帰ってきた。
「華琳さま」
「上手くいったようね」
「はっ、脚の早い連中は今晩のうちに」
「そうね…」
「本当に宜しいのですか?踏み違えば華琳さまにまで危険が襲いかかります」
「それだけの価値があることなのよ」
そう、私だけに降り注ぐ矢であるとすれば…。
「桂花、秋蘭が倒れた春蘭を部屋に運ぶ頃に、秋蘭を私の部屋に行くよう伝えなさい」
「…はい」
「……付き合ってくれる?」
「はっ」
一日目の酒宴が終わりを迎える頃だった。
三日間の酒宴。
この三日間は私が自分が目指していたその理想に如何に足りない存在だったのかを思い知る時間となる。




