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二話

前回残党を逃したのが関羽と呂布と言ってましたがミスでした。

正しくは関羽と趙雲でした。

二部1話から大型事故りました。大変申し訳ありません。

凪SIDE


時は遡って…。


陳留。


「かあああああずとおおおおお!!」


曹操軍の朝は鶏の鳴き声よりも早い桂花さまの叫び声から始まりました。


「桂花さま?何事ですか!」


慌てて桂花さまの声した、一刀様の部屋へ行くと部屋の主である一刀様は居らず、桂花さまが鬼のような形状で怒りに肩を震わせていました。床には桂花さまが落としたように見える竹簡たちが散らかってありました。


「あいつ!また消えたわよ!これ残して!」

「…紙切れ?」


桂花さまから渡された紙切れには一刀様の文字でこう書かれていました。


『出かける。探すな。そのうち帰る』


……


なんと簡潔で明瞭な文章なのでしょうか。今誰かがこちらへ来て『今北産業』って言われても答えられる自信があります。


「…直ぐに捜索隊を用意します」

「お願いするわ。私は華琳さまに報告しに行くわ」


桂花さまが散らかった竹簡たちを集めて部屋を出て行って、残された私はため息をつきました。


一刀様が急に居なくなるのは、陳留から帰ってきて一ヶ月に至る今まで五回目です。前回はついにブチ切れた桂花さまが一刀様の部屋の前に不寝番を立たせたぐらいですけど、何故かその兵たちも見当たりません。あとでどういうわけか調べないといけませんね。


・・・


・・



「真桜、沙和、また一刀様が居なくなった」

「またなの!?」

「もう何回目や。ええかげんしつこすぎやろ」

「……お前たちが言うな」


取り敢えず警備隊の真桜と沙和に状況を説明した。


「朝の警備隊の巡察を早めに行って一刀様を探そう。以前目撃された場所と、良く人が通らない場所は注意して探るように言ってくれ」

「はぁ、わかったの」

「凪、ええかげん隊長の足首に鎖とかつけた方が良かんちゃう?」

「…華琳さまに言っては見よう」


多分、華琳さまはまた見逃してやるだろう。

というより、華琳さまなら一刀様がどこに居るのか大体ご存知かも知れない。

前回にいなくなった一刀様を探したのも華琳さまのおかげだった。


「とにかく二人にはもうちょっと苦労してくれ」

「はぁ、朝はやく寒い空気に当たるなんて嫌なのー」

「賭けてみるか?誰が先に隊長見つけるかで」

「あぁ、それがいいの」

「遊びじゃないんだから真面目に…「見つけた人は隊長になんでも言うこと聞いてもらうことにするの」……私は先に行く」

「ちょろいな、おい」

「ブレないの」


後ろで二人がなんとか言っていたけど、私は早く一刀様を探そうという一念だったので何も聞こえなかった。そういうことにしておこう。


<pf>


『るんるん飯店』


陳留で一番早く開ける飯店。


朝はやく仕事を始める警備隊の性質上、家で朝食を食べられずに出てくる者が多かったのですが、この飯店が立った後は警備隊の朝食はこの店で担当してくれてます。


そしてこの飯店を運営しているのは…


「流琉、少し良いか?」

「あ、凪さん、おはおうございます」


元護衛隊隊長の一人、流琉こと典韋でした。


「け、警備隊長!」

「隊長、おはようございます」

「良い。そのまま食べていてくれ。代わりに今日は少し早めに巡察を行うから急いでくれ」

「はっ!」


飯店で朝食を食べていた警備隊の者たちの何人かが私に敬礼をしたが、私は彼らの食事を邪魔するつもりで来たわけではありませんでした。


「凪さんも食べていきますか?」

「いや、私は…」

「…また兄様が居なくなったみたいですね」

「……ああ」


やっぱり、と流琉はさっきの私のようにため息をつきました。


「華琳さまはなんて仰ってました?」

「桂花さまが行かれたけど、まだ何も聞いていない」

「この辺りでは見ていませんね。と言っても、夜明けから料理を作ることに熱心だったからあまり頼りになりませんが」

「そうか。いつも警備隊の人たちが世話になっているな。ありがとう」

「いえ、半分は私が好きでやってることですから」


軍を出て故郷に戻るかと思った流琉だったけど、思いの外陳留の街に店を作っては朝から店を開いて警備隊の人たちのためにいつも料理を用意してくれました。本人曰く、以前から朝はやくから仕事があって、朝食もろくに食べられていない警備隊の人たちを見て可哀想だと思っていたらしいです。


「それに、商売ですからね。凪さんの部下たちだからって負けてあげたりはしていません」

「いや、正直こんなの料理がこれだけの値段で出されてるのに値切ってくれなんて言える人なんて居ないと思うが」

「そうですとも。寧ろこれだけ払って大丈夫なのかと思うぐらいです」

「オレなんてここの料理が食べたくてわざわざ早起き嫁を止めてるぐらいだかんな」


私の言葉に警備隊の者たちもちゃちゃを入れます。


「ああ、駄目ですよ。そんな良い奥さん置いてそんなことしたら奥さんがもう家でご飯作ってくれませんよ」

「そんときゃ毎日三食典韋ちゃんのとこで食っていこうかなぁ」

「「「わははー!」」

「もう…」


元曹操軍の武将である流琉だったけど、本人がそうして欲しいと言ったこともあって、警備隊の者たちも普通の町娘として接していました。毎日警備隊の者たちの朝食を任されてる身でもあったせいか、あっという間に警備隊員たちの中でそこらじゅうの街の娘たちよりも人気者になりました。


「とにかく、もし一刀様を見かけたらこちらに知らせてくれ」

「判りました」

「では」


私は流琉に挨拶をして飯店を出ました。


<pf>


一度桂花に会うために官庁に戻った私は朝から金属がぶつかり合う音がするのを聞いて鍛錬場に向かいました。


「はああぁぁぁっ!」

「てやぁああ!!」


そこには朝から激しい試合をしている春蘭さまと霞さまがいらっしゃいました。


「ええかげん決着つけたるわー!」


しばらく様子を見ている霞さまの偃月刀の動きが加速し始めました。神速という名は戦場を駆ける騎馬を見てのアダ名でもありましたが、更に霞さまの刀の捌きもまた神速と言うに値するものでした。攻撃が続く間戦場であれだけの猛将だった春蘭さまは守勢に追われていました。


「くっ!!」

「どうした、惇ちゃん、受け止めてばかりだとウチに勝てんわ!」

「っ……舐めるな!!」


霞さまの挑発に守ってばかりだった春蘭さまが反撃に入りました。春蘭さまの大剣は一度振る度に空を斬る音が弓を離れた矢から出る音のように恐ろしいぐらい大きく聞こえて、踏み入れる足は地面に深く跡を残していった。


「しねーーー!!」


いえ、だからと言って殺したらいけないと思います。


「そこや!」


春蘭さまの大きい振りに隙が出来たのを見た霞さまはその素早い動きでその隙を着きました。それも霞さまの速度があってこそのものでしたが、次の瞬間、春蘭さまの剣がまた空を斬ってる間、霞さまの偃月刀が春蘭さまの急所間近で止まっていた。


「…勝負ありや」

「………ああ」


勝負が決まり両方とも武器を収めたところで、私はお二人の所に近づきました。春蘭さまの顔には悔しさは残っていたものの勝負を認めず再戦を要求してきたりはしませんでした。


洛陽から帰ってきてから春蘭さまと霞さま毎朝ここで勝負を広げています。その戦績が私が知っている限りは2:1ほどの確率で霞さまが優勢を占めしています。


最初に勝負を申し出たのは霞さまでした。当時春蘭さまは初めて戦った時の虎牢関での一戦を思い返すを別人に思えるほど悲惨に霞さまに負けたと霞さまは仰ってました。


この2:1という比率もつい最近に来て春蘭さまが連勝を上げている所でしたが、今日は霞さまが勝ちました。実際この勝負ごと自体が春蘭さまを持ち直すための霞さまの配慮でもあるのですが…。


「ん?凪ちゃんじゃん。おはよー」

「おはようございます、霞さま、春蘭さま」

「凪、貴様見ていたのか」

「はっ、お二人の邪魔にならないように遠くで見させて頂いていました」

「そうか…」


春蘭さまは私が自分の負ける様子を見ていたことを知って唇を噛み締めました。


「でだ、ウチらになんか用か?」

「は、実は一刀様が紙一枚残してまた居なくなられました」

「またかいな。アイツも懲りんわなー」

「もしお二人はなにかご存知なことはありませんか?あったら教えて下さい」

「うーん、悪いけどウチはないな。朝からずっと惇ちゃんと一緒に鍛錬してたからな。なぁ、惇ちゃん」

「…ああ、私も知らないな。華琳さまはなにかご存知ではないのか」

「桂花さまが話をするために向かいました。私は他の所を回っています」

「街の方はもう探してるやろうし…もう陳留の城出たんちゃう?」

「そうなったら最悪なわけですが…」


何の手がかりもないのに陳留を出て行かれたとすれば本当に探すとしても当てがありません。


「判りました。私は続いて手がかりを探します。鍛錬の邪魔をしてすみませんでした」

「えーよ、えーよ。今日はこれからウチも惇ちゃんも兵士の訓練あるかんな。ここで仕上げや」

「そうですか。それでは私はこれで…春蘭さま」

「…ああ」


私はお二人で挨拶をしてその場を去った。



<pf>



「結局見つからなかったわね」

「はい、街からも見つかりませんでした」


その日の昼過ぎ頃、私は桂花さまに街での捜索の報告をしていました。予想通り、一刀様は既に城には居なさそうです。


「華琳さまはなんと?」

「知らないと仰ってたけど……」

「…何か?」

「なんかね…知っていらっしゃってるのにわざと言わない気がしたのよね」

「華琳さまが一刀様の向かい先を知っていて私たちに話さないというのですか?」

しかし何故…。


「理由は判らないけど、多分華琳さまがアイツだけに内密で何かを任せたか、それともアイツが消える前に華琳さまに話していたかのどっちかでしょう。どの道華琳さまから何の心配をする様子も見当たらないし、十中八九は何かご存知だろうと思うわ」

「しかし、それなら私たちには一刀様が帰って来られるまで待てというのですか?流石に陳留の外側まで捜索するには警備隊の管轄ではないですし、兵士を動員するにも必要な数が多すぎます」

「そこまではやらないし出来もしないわ。寧ろアイツが今どっかで盗賊群れでも会って野垂れ死ぬ危機だとしても探せないわよ」


桂花さまはイライラした声でそう言いました。そうでなくても桂花さまは連合軍から帰ってこられた以来激務に押されていました。今日も恥をかくことを覚悟して一刀様にそちらの仕事を手伝って欲しいを言いに来たそうですが当の本人はよりによってその日に姿を消したわけです。


「ああ、もう知らないわよ。生きてるなら帰ってくるでしょう。それこそ今度は馬騰軍や孫策軍に行ったりしたとしても私は今そんなことに気遣う余裕ないのよ。この件はこのまま保留よ。警備隊ももう無駄だからアイツ城で探さないで通常任務に戻るように言って」

「判りました。それでは私は…」

「ああ、それと凪、アイツが今日まで仕上げるはずだった報告書があるの。多分あの部屋のどこかにあるだろうと思うから持ってきてくれない?」

「判りました。……あの、桂花さま。お言葉ですが、少し気を抜くための時間を持った方が宜しいのでは」


私はたまに来るだけだったけど、その度に桂花さまの部屋には仕事の書類でいっぱいでした。戦後処理など仕事の量が尋常ではありませんでしたし、このままだと本当にそのうち桂花さまが倒れてしまってもおかしくないと私は思いました。


「私だって休みたいわよ。もうできたら華琳さまにお願いして故郷に帰って一週間は一文字も見ないで寝たいの」

「……」


あの華琳さまにも劣らない勤勉さを誇る桂花さまの口からこんな言葉が出るのだから状況は思うよりも深刻でした。


「でも今この仕事が出来るのはこの軍で私しかいないのよ。アイツが居たら何倍もマシだったのに居なくなった上に探そうとしてあっちこっち聞きまわっていたら余計に仕事増えてきたわ。本当に見てなさいよ。次の分期の予算編成で権力の恐ろしさというのを思い知らせてやるわ…」

「そ、それでは報告書探してまた参ります」


そのままそこに居ると警備隊の予算も削減されそうだったので私は急いで桂花さまの部屋を出ました。



<pf>



それから2日後


まだ一刀様は帰って来られません。

そうでなくても城の仕事は忙しかったせいで私はそれ以上一刀様に関しての手がかりを探すために時間を分けることができませんでした。ただ、それでも突然帰ってきてはご自分の部屋で寝ているかもしれない一刀様の部屋を覗くことは毎朝日課のように欠かさずしていました。


「あ、凪ちゃん、ここに居たんだ」

「ん?季衣?」


その朝も部屋を開けてやっぱり空っぽの一刀様の部屋を見ながらため息をついていたら季衣が私を呼びました。


「珍しいな。お前がこの時間に起きてるなんて」

「ほんとだよ……ふあぁ」


欠伸をしながら答える季衣。


時はまだ日が昇っていない早い時間だった。徹夜などの例外を除けば普段一番起きる時間が遅い季衣(サボりとか遅刻ではなく、元から季衣はそんな時間に起きてもいいように仕事が組まれていた)だったのでこの時間で季衣が起きていることは珍しいを通り越して前代未聞の事でした。


「私に何か用事でもあるのか?」

「ふああ、あ、そうだ。華琳さまが探してた」

「華琳さまが?」


華琳さまがこんな朝から私を探す用事があっただろうか。

もしかしたら、一刀様に関わった事だろうか。


「判った、教えてくれてありがとう」

「ぅん…じゃあ、ボクは寝に行く」

「寝直すのか?」

「ん」


季衣は本当に眠いのかよろよろと歩いていった。

何故華琳さまは態々寝る時間の季衣に私を呼ばせたのだろうか。


・・・


・・



「…はい?」

「聞こえなかったの?そこに行って一刀を連れて来なさいって言ってるのよ」


呼ばれて行った華琳さまの部屋で私は思いもしなかった話を耳にしました。


なんと華琳さまは一刀様の居場所をご存知でした。


「何故それを2日前に私たちに知らせてくれなかったのですか。最初から言ってくだされば今頃もう…」

「彼があそこに行ったのは行く用事があったから行ったのよ。それを無理やり連れて帰ってこようとした所で、彼が大人しく帰ってくるはずがないでしょう」

「それじゃあ、華琳さまは桂花さまがお聞きした時にも既にご存知だったのですか?」

「あの時は知らなかったわ。彼がどっかに行くって話はしてたし、どんな用事で行くのかも話していたけど、どこへ行ったのかまでは知らなかった」


華琳さまの説明に私は呆気取られました。


「行く時には行かせたけど、帰ってくる時には流石にお迎えが必要でしょう?」

「…お言葉ですが、あまりにも暢気すぎなのでは?」


だってあの一刀様ですよ。一人にしたらそれこそどんなことをするか判らないというのに。


「彼は大丈夫よ」

「しかし…」

「凪」


華琳さまはそう私を呼び直す時、一瞬周りの気温が少し下がるように感じました。


「!」

「私は別に彼の心配なんて全くしていなかったって言ってるわけじゃないの。私は彼に彼の能力相応の信頼を与えているつもりよ。彼があなたに警備隊の全権を与えるほどあなたを信頼していたようにね。だからそれ以上文句言わずに行ってきなさい」

「……はい」

「…あなたがそんなに心配するから彼もあなたに話さないのよ」

「…寧ろこれだけ心配しているのだからどこか行く時には話して欲しいです」

「ねえ、彼が本当に私に自分がどこに行くか直接言っただろうと思う?」

「はい?」


言葉が理解できなくて私は頭を傾げました。


「そんな優しくないわよ、一刀は」


<pf>


「一刀様の居場所を知ったのが桂花さまだって本当ですか?」

「ええ、本当よ…はぁ……」


あいも変わらず書類の山に覆われている桂花さまの部屋に訪れた私は一刀様を探しに行くと報告するがてら華琳さまから聞いた言葉の真偽を桂花さまに訪ねました。


「しかし…どうやって」

「アイツが消える前に最後に訪れてた部署を探ったのよ。そしたら兗州の辺境の官僚たちの配置などについての書類を読んでいったのが彼が消えるすぐ前日のことだったわ。しかもそれは彼がやっていた仕事とは何の関係のないことだったはずだし」

「何故一刀様はそんなことを…」

「は!目に見えてるでしょう?何でアイツが他の城の太守の名前なんて探ったのか」

「はい?」


私が理解できなくて問い返すと、桂花さまはそんなこともわからないのかと言いたそうな顔で私を見ました。


「つまりね。アイツはこの忙しい陳留の状況、主に私に迫るこの業務量の圧迫を減らすために目ぼしい人材を勧誘しに行ったのよ」

「…どうしてそんなことが…」

「判るわよ。しかも、その理由じゃなかったらアイツは私の手で死んでるわ。アイツを探すために余計に時間使ったせいで仕事の量が増えてきたのよ!」


そのうち桂花さまの頭が爆発するのではないかと思うぐらいのその書類の量を見ながら私は思わず唸り声が出ました。昔の自分だったらこんな量の書類、見ただけで倒れてたと思います。


「いいわね、凪。見つけ次第あいつ捕まえてきなさい。そして抵抗したらぶん殴って気絶させてでも連れて来なさい」

「は、はい…」


流石にそれはどうかと思う気持ちと、人を散々心配させたのが腹立って個人的の分も合わせて殴ってやりたい気持ちが私の中で激しく争っていた。


<pf>



「それで、合間を取って一発だけ殴る所で手をウチました」

「<どことどこの合間をとってんだよ。生と死の堺じゃねえの?>」


そして現在に至ります。


「お兄さん、生きてますか?死んでたら返事おねがいします」

「いや、死んだら返事できないでしょう」


一刀様と一緒に居たこの二人は、桂花さまからもらった書類によるとここの太守の任に居る郭嘉さんと、その補佐の程立さん。


一刀様はこのお二人を陳留に勧誘しようとしたようです。


「まあ、生きていることを祈るとして、そこの姉さん、この状況をどうしてくれるんだい?」

「どうと言いますと?」

「今は敵がこの方の脅迫に恐れをなして後ろに引きあげはしましたが、完全に危険が去ったわけではありません。盗賊の群れがこの曹操さまの地に残っているのは確か。他の所を攻めてくる可能性もありますし、それに時間をとってこちらに何も打つ手がないということを知ったらその時は攻めてくるでしょう。この方の脅迫は時間稼ぎぐらいにしかなりません」

「…あ」


…まさか私、とんでもない早とちりをしてしまったのでは?


「…何も考えていないのですか」

「困りましたね。稟ちゃん救援呼びました?」

「呼ぶには呼びましたが…もしこの男が言ったことが本当なら間に合わないでしょう。いっそ今のうちに街の人たちを避難させた方が…」

「いや、待ってください」


一刀様が救援を出さないと言ったのなら、きっと次の手があったはずです。

それが何なのか……。


「……」


って、私が考えようとしても知るはずもないじゃないですか!


「一刀様、起きてください!目を覚ましてください!」

「<おい姐さんやめろ。もう兄さんのらいふはぜろだー>」

「お二人ともそんな茶番やっているところではありません!」


私が倒れている一刀様の両肩を掴んで激しく揺らして駄目だと思ってほっぺたでもまた引っ叩いてみようと思ってた時、ふと一刀様の上着から紙切れがひらひらと落ちました。


「あれは…?」

「えっと…ふむふむ、なるほど……」


地面に落ちたそれを取って読んだ程立さんは頭を縦に振っていました。


「何か方法が書かれてるんですか」

「さっきお兄さんに会った時に何かおかしいと思ってたんですよ。お兄さんが持っているこの城の約図、方位が南と北と反対になってますね」

「…はい?」

「通りで目をつけていた菓子屋が消えたと勘違いしたわけです。確かにここで二番目の人気なお店は先日一位の所に商売に押されて他の所に移転したんですよね。その居なくなった所が南北が逆さまな地図では丁度一位の店の場所にあるんですね。このなくなった店の飴ちゃんは風が愛用していたものなのに…消える前に買っておいて分も残り僅かです。…そう思ったらまた奥からぐっと上がってくるものが…」


あの、要はそれはただの地図で、やっぱりこの状況とは何の関係もないと。


「やっぱり今からでも避難を…」

「だから待ってください。やっぱりここは私が全力で一刀様をたたき起こすのでそれまで…」

「……ふむ、なるほど。そういうことですか」


私と郭嘉さんが半分ご乱心な状態なのに比べて冷静に一刀様の約図をじっくり見ていた程立さんは、


「閃きました」


と言いました。


「なんですか、風」

「陳留からの援軍がなくとも勝てる方法が閃きました。これぞ発想の逆転、いえ、方位の逆転と言えましょうか」

「本当ですか?」


一体どうやって…


「……」

「「……」」

「…ぐぅ」

「「寝るな!!」」

「おお!…叫ぶ人が二人だと脳にも二倍で響くのです」


何でこの人はこんなに暢気んおですか。


「つまりですね。南から援軍を出さないのだったら、北に援軍を出してもらえばいいということです」

「北からって…ここより北は冀州の韓馥の地です。援軍なんて…」

「いえ、いえ。今あそこには韓馥の他にも軍があるじゃないですか」

「…まさか」

「そうなのです。今あそこにはこの袁家の残党たちを打ち損ねた劉備さんの軍があるのです。その劉備軍の方々に援軍を出してもらいましょう。風の予想が正しければ、恐らく今頃向こうもこちらに黄河を渡ってこっちに来れるよう頼もうとしてるはずですし」

「なにを言っているんですか、風。向こうがこちらに援軍を出してくれる義理なんて…」

「いえ、出来るかもしれません」

「は?」


そもそもあの袁紹軍の残党は何故ここまで流れてきたのか。それは劉備軍の軍隊に追われたからです。だとすると、河北の近い所に既に劉備軍の軍隊が居るはず。それなら陳留から援軍を要請して、兵が集まるのを待つよりその方が早いはずです。


それに、


「一刀様の名を出してお願いすると、向こうも嫌とは言わないはずです。元から考えると向こうから始末し損ねた連中がこっちに流れてきて暴れようとしたわけですから」

「そういうことですね。まあ、でもそれだと向こうに借りを作ってしまうことになるのですが…」

「本当にそれで良いのですか?下手したら外交問題になる可能性も…」

「大丈夫です。責任は私が負いましょう。河北に援軍を要請してください」

「わかりましたー」


程立さんが早速兵士に伝令を任せて、伝令は北の門から河北へ向かいました。


<pf>


その後のことは、

簡単に説明すると、程立さんの予想通り黄河近くに部隊を展開していた関羽殿、趙雲殿、そして軍師の鳳統殿ががいました。元々一千五万ほどだった袁紹軍と交戦中であったものの、追っていた袁紹軍の残党を黄河で見失って、急いで河を渡って追撃しようにも華琳さまの領地だったので、許可をもらえるまで待つべきか、取り敢えず渡って追撃して後で許可をもらうべきか揉めてたようです。権限をもらった伝令がその場でこれを了承、黄河を渡った劉備軍が袁紹軍の残党を掃討することして状況は終了しました。


「ありがとうございました。おかげで助かりました、関羽殿」

「いや、元々こちらが処理しそこねた残党が流れ込んだものだ。桃香さまには向こうに迷惑にならないようにしっかり捕縛するように言われていたのだが、一部が隙をついて包囲網を脱出してしまった。追った時には既に黄河を渡ってしまった後だった」

「だからどうすることも出来なくて、取り敢えず領地に入る許可をもらおうとしてた所、丁度楽進さんの伝令が来てくれたんです。丁度伝令が送られてきて間に合いました」


以前反董卓連合軍の時に世話になっていた劉備軍の皆さんはこちらのお礼の言葉に友好的な意を示してくれました。いま劉備軍は破竹の勢いで袁家の残党を掃討していました。他の君主たちが慌てている中、冀州はもちろん他の州の民たちも劉備軍の助けを受けている所では劉備さまへの信望が急速にあがり、河北の覇権を握りつつありました。華琳さまがいつか天下を手に入れようとする覇王であるならば、今はこうして友好的に話しあえていても、その時は互いに刃を向けることになるでしょう。


「ところで、楽進殿がここに居るってことは北郷殿もここに居るのではないのか?一緒ではないのか?せっかくまた会ったのに顔も合わせないのか」

「はい?あ、一刀様は…」


……言えない。

状況を把握せずに感情のまま殴ってしまって未だに気を失っているなんて言えない。


「そ、それは…なんというか…じ、実は偶然この辺に療養中でいらっしゃったというか…」

「なんと。目を覚ましたというからもう体は大丈夫だと思ったが療養中だったのか。愛紗、丁度いい機会だからお見舞いにでも向かおうではないか。桃香さまも一刀様の話を聞かれると最近の疲れが少しは和らぐだろう」

「星、ここは他軍領だぞ。掃討も終わったのに軍を持ったまま居座るというわけにも…」

「何も何日も居座るってことではないだろ。見舞いに行くだけだ。それに…」

「……」

「そこに雛里が子犬のような瞳で懇願するのを見たら、お主とてそんな風には言えんだろう」

「っ……」


あれ?なんだか雲行きが怪しく…


「というわけでだ、楽進殿。少し間を頂けぬか」

「え、いや、その…なんというか…」


たった今助けてもらったばかりなのに、さすがに拒否するというのも…だけど今一刀様に合わせたらまだ顔に跡も残ってるのに、私が確信犯になる…!


「頼めないか、楽進殿?」

「えーっと…」



「長く居座れると迷惑だ。とっとと帰れ」



「北郷さん!」

「っ、一刀様!」


後ろから聞こえる声に振り向くと、そこには私が殴った顔の左の部分を綿で覆っている一刀様が立っていました。


「病の療養だと思っていたのだが、とうとう虫歯でも出来たのか、北郷殿?」

「…まあ、そんな所だ」


趙雲殿の悪戯っぽい言葉を軽く流しながら私の横で止まりました。その綿の位置は私の手が入った位置と一致していたので私は一刀様が何故そんなことをしたのか直ぐに理解できました。


「今回の件についてはあとで正式的に使者を出して礼を言おう。まあ、お前らが元から連中を逃してなければここまで来ることもなかったわけだが」

「相変わらず人の神経を逆撫でる言い方だな」

「あわわ…」

「長らく話し合いたい気持ちは山々だが俺も帰って来いと言われてるのでな。お前たちも早く河北に帰った方がいいだろう。雑談はこれまでだ」

「しばし待たれよ、北郷殿」


一刀様が背を向いた所に趙雲殿が声を掛けた。


「話はそれだけか?桃香さまに伝言とかはないのか?」

「ない」

「……」

「言っておくがお前らもアイツに余計なこと言うんじゃない」


一刀様は再び三人を見ながら言いました。


「近いうちに俺とお前らは敵として戦場に立つ。その時昔の情みたいな話ほざくのだったら承知しないぞ」

「北郷さん…」


鳳統殿が悲しそうな目で一刀様を見ます。


「桃香さまは頑張っていらっしゃってます。桃香さまや私たちが連合軍以前よりここまで成長できたのは北郷さんのおかげです。皆北郷さんに感謝してます。それだけは判っててください」

「……」


一刀様は据わった目で鳳統殿を見ていました。

まるで興味がないかのような目で、三人を見ていました。


「…呂布に伝えろ。もう手紙を送ってくるなと」


それだけ言って一刀様は背を向いて城に向かって、私もその後に付きました。後ろから鳳統殿がまた一刀様を呼ぶ声がしましたが、一刀様は振り向かずただ前に進んでいくのでした。


・・・


・・



城に戻った後、私たちは太守の郭嘉さん、補佐の程立さんに再び会いました。


「十日後には迎えの使者が来る。それまでに準備を済ませておけ」

「ちょっと待ってください。どういうことですか?」

「陳留は今人手不足だ。お前らみたいな奴らにこの辺境を任せていられるほどの余裕がない。…結構良くやってくれたな。及第点だ。黄河に伝令を送ったのは誰の考えだ」

「あぁ、それは風のお考えなのですよ」

「…お前か。程立だったな」

「はい」

「運が良かったな。さしずめ今日いい夢でも見たのだろう」

「…まあ、そんな所ですね」

「それじゃ…待っている。凪、帰るぞ。馬の用意はできてるのか?」

「あ、はい…」


一刀様は二人との話をー一方的にー済ませて背を向きました。

私は先に行かれる一刀様をちらっと見て二人を見ました。


「以後正式に使者を送ります。その時にお二人とも陳留に来てください」

「はぁ…本当に何がなんだか」


郭嘉さんはまだ一刀様のああいう行動に慣れてないようにため息をつきました。これから陳留に居るとこんな仕打ちが増えると思いますけどね。


「結局の所、お兄さんはどこまで読んでいたのでしょうかね」

「さあ、どうでしょうか」


恐らく私が一刀様を気絶して居なくても何らかの方法で二人を試すつもりだったのでしょう。


「それでは…」


私はお二人に礼をして一刀様の後を追いました。


ご感想くださった方々に大いなる感謝を。

今回で本当に大事な場面がどこなのか何人が気づきますかね?

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