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三十話

乱世において無能は罪なのだろうか。


でも、本当に彼が許せなかったのは…

月SIDE


「だあもう!また行き止まりよ。どれだけ複雑なのよこの逃げ道は!」


詠ちゃんはそう言いながら塞がれている壁を脚で蹴りました。


「へぅ、詠ちゃん、落ち着いて」

「ごめん、月。私が地図を無くしたせいで…」

「ううん、詠ちゃんは悪くない」


今私たちが居る場所は、屋敷の地下に掘られてあった隠れ道のどこかです。

張譲さんの部屋に隠されてあったこの道ですが、追いかけてくる人たちの脚止めをするために蟻の巣みたいに沢山穴を掘っています。

私たちはここに隠し通路があることはわかっていましたけど、どこが正しい道なのか分からなくて今道に迷っています。


そもそもどうして私たちがこんなところに居るのかと言うと、私はずっと部屋の中に居たので良く判りませんが、外から詠ちゃんが来て今直ぐ逃げないといけないと言ってこの隠れ道に潜ったのです。

追ってきている方はこの場所のことを知らないらしくて、私たちは一応安全です。

でも、


「詠ちゃん、誰が私たちを捕まろうとしてると思う?」

「張譲アイツに決まってるでしょ?アイツが月を捕まえてまた自分が政権を握ろうとしているのよ」

「でも、張譲さんの兵なら、この道を知らないはずないと思うんだけど」

「うっ、そ、それは確かに……」


私がそういうと詠ちゃんも口を閉じました。

おかしいですよね。私を捕まえるためにここに来たのなら、私がここに逃げることも知っているべきです。

なのに、ここに居て随分経つにも関わらず、追ってくる気配がありません。


「陛下は大丈夫かな」

「きっと無事よ。まさか連中も皇帝にまでは手は出さないでしょう。……私たちが一緒に居るよりは安全だわ」

「……そうだね」

「と、とにかく、続けて移動しましょう。ここにずっと居てもどうにもならないわ。なんとかして出口を見つけないと」

「うん」


私は休むため座っていた脚を立たせました。


「あ、…ごめん、もうちょっと休んでから行こうか」

「私は大丈夫だよ。行こうね」

「う、うん…」


戦場の皆は大丈夫なのでしょうか。

とにかく、今はここを出ることだけ考えましょう。


<pf>


明命SIDE


「ここからは皇帝陛下が居る場所です」


宮殿の内部に来て、私は北郷さんに言いました。


「私、皇宮での礼儀などは良く知りませんが、宮殿に武器を持って入ることは反逆の企みを持っているとされると聞きます」

「なら、この先武器を持っている連中は全て敵だと見しても構わないということだ」


こんなところまで来ると、私だってちょっとは背筋が凍るのに、北郷さんは相も変わらず曲げ腰で貶すように宮殿を見上げます。

本当に清々しいぐらい感情の変化が見当たりませんけど、


死屍累々の宮殿の階段を見ながらなんともしないのはどうかと思います。

皇帝を守っていた、恐らく禁軍の兵士たちの死体でしょう。袁家よりの者とおもわれる奴らの死体は見当たりません。


「作戦などはあるのですか」

「あるにはあるが…上策、中策、下策のうちに何が良いと思うか」

「上策ってなんですか」

「宮殿まるごと燃やす」


……はい?


「そしたら皇帝も捕まえてる連中も諸共出てくるだろう」

「冗談ですよね!そんなことしたらタダでは済みません!」

「元なら洛陽ごと燃やすんだ。宮殿一つぐらい大したことはな…」

「なくありません!」


この男、もしかして私が来てなければ今の策で皇帝を探すつもりだったのでしょうか。


「中策はなんですか」

「そりゃ部屋ごと探しだすことだな」

「時間がかかりますね」


でも私も皇帝がどこに居るかは知りませんし…


「下策はなんですか?」

「……呂布、皇帝の居場所は分かるか」

「…こっち」


そしたら呂布は自分の武器の方天画戟を持って殿内に向かいました。


「……」

「…なんだ」

「今のが下策ですか?」

「興味が湧かない」

「あなたの興味本位で上中下を分けないでください」


普通最初に聞くでしょ?


「だがお前も聞くまで気づかなかっただろ。呂布に聞くという案はな」

「うっ」

「策なんてどうせそういうものだ。一番楽なものが一番考え出しにくい。なんの面白みもないくせにな」


北郷さんはそう言って先に行った呂布の後を追いました。

私も呆れながらも周りの部下たちをその場に待機させておいて後に付きました。


・・・


・・



「…動かないで」


呂布がついてくる私たちを止めました。


「誰か居る」

「何人だ」

「…多い。ここじゃ無理」

「……」


私が角からそっと覗くと、広場に何十人の兵たちが道を塞いでいます。

見えるの以外にも潜んでるでしょう。

奥にいる御座には…


「あれが献帝か」

「献帝?」

「……あぁ、あれは死んだ後か」


すごく不穏な言葉を言いながら北郷さんは中を覗きました。


「これだけの兵をつれて宮殿を乗っ取るなんて」

「さあ、これで逆賊はどっちだ…皇帝の近くには誰も居ないな。最悪でも皇帝を殺すということはなさそうだ」


勘違いかもしれませんが、北郷さんは嬉しそうな顔をしていました。


「呂布、出来るか」

「多すぎる」

「……」


呂布は暫く北郷さんを見つめました。


「大丈夫?」

「…大丈夫に見えるか。糖分不足で最悪だ。この騒ぎが終わったら宮殿のはちみつは全部俺がもらう」

「その話じゃない」

「……」

「…体、まだ痛いの?」


…え?


「…痛けりゃなんだ。お前が代わりに痛むのか」

「……っ」

「俺を嫌うの?勝手にしろ、興味ない。好む?興味ない。でも、俺を同情する…?」

「…一刀」

「お前らもそう思うか、雑魚ども!」

「「!」」


突然北郷さんがそう叫びだして私も呂布もびっくりしました。


「何者だ!」


もちろん、中の連中にバレてしまいました。


北郷さんは私たちが反応出来ないうちに中の兵たちに姿を現しました。


「俺は北郷一刀だ。見ての通り今負傷中だ。武器もない。それで、何だ?人間は武器を失って体が不具になったら惨めになるのか。そこに手脚を縛られもせず、首に刃を当てられても居ないのに何もできぬまま周りが血で血を争う様を見ているだけの能なし!どうなんだ!」


が、驚くに北郷さんの話す言葉の相手は自分の命を狙うだろう何十人の兵ではなく、その奥に捕まっている皇帝でした。


<pf>


皇帝、劉協SIDE


幼い時、余には母と姉が居た。

でも、権力を巡った争いの中で、余の母と姉は命を失われた。


余だけが残った時、余は思った。

皇族という理由だけで誰かの権力のための道具とされ、また死なければならなかった家族。

余もいつかそうなる運命なのだと。


天下ごく普通の農民の家の娘として産まれていれば、その方が余にとってもっと幸せであっただろうと。

そして十常侍たちが顔も知らぬ父が死んだ後余を帝位にあげた時、余の人生はそこで終わっていた。

ここから生きる先は人としてではなく、奴らのからくりに人形として生きていくしかないと……。


そんな時、董卓が現れた。

忌々しき十常侍たちをすべて殺した董卓は余を守ると言った。

余は董卓を相国とした。


董卓の声は天使の囁きのようで、余を心配してくれるその心は亡くなられた母親を思い出させた。


でも、それでも余の心のどこかには、結局そんな董卓の優しささえも、余のためでなく、余が皇帝であったからそうするのではないかと疑った。

皇帝としての余の利用価値があったからこそ、余を生かしただけなのではないかと。


そして、袁家の袁紹とやらが戦争を起こして余を助けるという名目で軍を率いて洛陽に向かっていることを知った。

董卓を逆賊とし名分を持ったつもりで居るだろうが、結局忠臣のような振る舞いをする袁紹や他の諸侯たちも目的は一緒だった。

余の母と姉と、洛陽の民たちが死んでいった時、彼が一体なにをしたというのだ。


そしてやがてはこの宮殿にまで彼らの兵が訪れた。

董卓は行方を知らない。結局十常侍たちのように命を落としたのだろう。


結局十常侍から董卓へ、董卓から袁紹へと変わるだけだ。

余はいつまでもここで誰かに操られていれば……」


「何者だ!」


その時宮殿の中で余を監視していた者の中の一人が声を発した。

そして、続くその声は…


「俺は北郷一刀だ。見ての通り今負傷中だ。武器もない。それで、何だ?人間は武器を失って体が不具になったら惨めになるのか。そこに手脚を縛られもせず、首に刃を当てられても居ないのに何もできぬまま周りが血で血を争う様を見ているだけの能なし!どうなんだ!」


後ろから太陽の光を浴びて神々しさが滲み出る、まるで天使のように現れたその男は、悪魔のように我の無能さを叱咤したいた。


左様だ。

余は無能だった。


自分に問いただす。

母が死んだ時、姉が死んだ時、十常侍たちが余を無理矢理皇帝にあげた時、董卓が十常侍たちを殺した時、袁家の兵たちが皇宮を犯した時、


余は一体なにをしていたのか。


何も……


何もしていなかった。


だが、余に何ができたというのだ。

余には何も出来なかった。

己の意志とは関係もなく皇族として生まれという理由で家族を殺され、この座に座らされるまで、一体余に何ができたというのだ。

ただここに座って見ている以外、余に何ができたというのだ。


「貴様に言いたいことがあってきた。能なしの貴様はここで話していても無駄だろうから、ちょっとそこまで行って話してやる。そこで待っていろ」


そして驚くことに、武器も持たぬ体で、怪我した片腕を力無く落としたその男は歩いてきた。


「撃て」


袁家の兵たちが弓を放った。


「…っ!」


だが、放たれた矢たちはまるで自らの意志でその男を打つことを拒むように避けていく。


「撃て!撃てー!」


十人を越える弓兵たちが一斉に構えて矢を放った。


「な、何故だ!何故当てられない!」

「……」


紙一重の差で矢が避けていく。

普通に考えれば彼が避けていると見た方が正しいだろ。

でも彼はただ歩いているようにしか見えなかった。


「っ!奴を殺せ!」


矢が当たらぬと、兵たちは剣を持って男を襲った。

男は反応せずただ余に向かって来る。

袁家の兵たちが男の頸を狙って剣を振るう一歩前までも、男は避けようとしる仕草も見せない。


「がぁっ!」


だけど、次の瞬間驚くことに頸が落ちたのは兵士の方だった。


「りょ、りょりょりょ」

「……お前たち、全部死ね」

「2,3人は活かしてください。証人として活かしておかないと裏を掴めません」


二人の女性が男の左右で兵たちを睨みつけた。

そのうち一人は、確か董卓の近くに居た武将…


「何故呂布がここに居る。虎牢関に居るはずではなかったのか!」

「知るか!」

「俺たちだけでは歯が立たない」


呂布を見た兵士たちは怯んだ。

何故呂布は彼を守っているのか。


「……」

「じっとしていてください!動いたら守りにくいです!」

「……」


だが、二人の守りから離れて男はまた前に進む。

宮殿の中間にまで来た所だった。


「呂布に構うな!傷ついた奴を狙え!」


誰かがそう言って、呂布たちから離れた途端、再び矢の雨が降り注いだ。


「っ!」


だが、それらは呂布が得物で一振りしただけで男に届かず枯れた葉っぱのように散っていった。

呂布に守られている限り、誰も男の体に触れない。


「退け」

「かず…」

「退けつってんだろ!!!!!」


宮殿に響く怒りが篭った声を聞いて呂布は何も言わず余と男の間から退いた。


「既に何千の軍勢が洛陽に到着しています。おとなしく降伏してもらいましょう」

「っ!冗談じゃねえ!こうなれば皇帝でも確保せねば…!」

「!」


余の近くに居た兵たちの隊長級の者が余に手をつけようとした途端、歩いていたいた男は一気に走って余に座に来る階段まで登ってきた。


「なっ!」


兵士長は剣を抜いたが、男の蹴りで剣を落とした。


「糞が…ナメやがって…!」


剣を失った隊長はそのまま拳で男を殴ろうとしたが、男は対応せず半歩ぐらい横に動いた。


「んなっ」


その先には彼が登ってきた階段があって、兵士長はそのまま階段の下へと落ちていった。


「……」


下では呂布と、もう一人の武将が呼んできた彼女の部下らしき者たちが袁家の兵たちを殺戮していた。

でも、男はそんなことはどうでもいいかのように余を見つめた。


こんな状況を余は何度も見たことがあった。


董卓が十常侍たちを殺す時にも董卓は余の居るこの場所についていた。

でも十常侍たちの陰険な笑みでも、董卓のような優しい微笑みでもなく、

男は余をただ見下すような目つきで睨んでいた。


誰も余にそんな顔をしたことがなかった。


「汝も余を利用するために余を助けるのか?」

「そうだ」


男はそう言った。

彼もまた他の者たちと違わなかった。


「何で他の連中が貴様を利用するか判ってるか?」

「…余が無能だからではないか」

「お前が何も考えていないからだ」

「!」

「からくり人形の条件第一、人形は何も考えない。考えてはいけない。余計なことを考えては自分たちの思惑通りに操ることができないから」


余が何も考えていない?


「無能と何も考えていないのは違う。無能であることが必ず暗愚に繋がるというわけではない。だが、貴様は無能である以前に何もしなかった。自分を助けようともしなかったし、自分を助けようとする連中に助けて欲しいと手を伸ばすこともなかった。だから皆自分勝手にお前を操った。皇族の中誰でもなくお前が皇帝に選ばれたのはそんな理由だ」

「何故汝にそんなことが分かる」

「自分に置かれた状況、それでどうであれ構わない、なんだって良いという目で座っている貴様を見てそれに気付けないという方が難しい」


男の表情は怒りから憐れに見ているように変わっていく。


「しかし、余に何ができたというのだ。余の周りには敵ばかり。余を利用しようとする奴らばかりだ」

「董卓に何か言ったか?」

「…!」

「助けてやるという人間を前にして…貴様は何か考えたのか。助けて欲しいと思ったか。それともこいつもまた嘘をついていると思ったか」

「余は……」

「董卓が貴様と洛陽を守るために全てを投じた際に、貴様は何をしていた」


余は…何も…していない。


「余のせいではない!」

「……」

「余は何もしてない。周りが勝手にやっていただけであろう!余は…余は何も悪くない!」

「…そうか。良かったな」


男は余に顔を近づけて耳元にささやいた。


「お前が何もしてないなら俺もお前にはもう興味ないからな」


……え?


「北郷さん!何してるんですか!」

「!」


男の手にはさっき隊長が落とした剣が握られていた。

それを余の首筋に当てながら男は言った。


「今何を考えている」

「…余を殺すのか?」

「……」

「余はこの国の皇帝だぞ」

「もうこの国に皇帝など必要なくなる。増してや貴様のような何も考えていない人間は尚更だ…」


当てられた剣から一筋の血が垂れ落ちた。


「分かっておけ。皇帝。貴様が何もしないうちにも誰かが死んでいる。貴様が何もしないのならその座を誰とでも良いから変われ。この世の誰であろうとも、少なくとも貴様よりはこの世で何かをするだろう。その方が何もしないよりはずっとマシだ」


男はずっと言っていた。

余は何もしなかった、と。

それが罪だとも言っていないし、間違っているとも言っていない。


ただ、余は何もしていなかった。


そんな余に、


こんな状況になってまでも生きようとしない余に、


生きる価値はないと。



「嫌だ…」

「…何?」

「嫌……死にたくない」


余は…死にたくない。








「助けて……」








「陛下!」


この声は…!


「董卓!」

「陛下!」

「恋、そいつ抑えなさい!」

「…分かった」


董卓は再びに余を助けるために来てくれた。

それを見た男は呆気無い顔で剣をそこら辺に投げた。


「おい、呂布…俺はちょっと寝るから後はしっかり掴まえと……け」


そしてそのまま階段へ身を投じるように倒れていった。



・・・


・・



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