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五十四話

蓮華SIDE


今まで江東の姿を見ながら私が思ったは大体三つだった。


一つ、人々の心に余裕がない。これは単に経済的に乏しいからという理由で起こった現象ではなかった。ある程度豊かな生活を送っていても、常に未来に不安があり、だから周りを見る余裕がなくなっていた。そしてその不安の根源は常に上方向にある。平民は豪族、豪族は城主、城主は州牧。上がいつどんな無茶なやり方を考えて私から奪おうとするか判らない。今日一割だった税が、上の気まぐれで三割になり、米十石で納品していた馬を上の都合で一石で奪われる。だから常に引っ込み思案になり、下の苦しみが判っていても己の倉庫の穀物は幻に見える。


上に立つ者が信用できないと人はみんな鬼になる。


「まず民を騙してはいけません。成すと言った言は直ぐに、先延ばしにせず行うべきです。お姉様が民に豊かな生活を約束しておいて、直ぐ様そのやっと集まった富を戦争のために奪うと宣言してしまうと、民は姉様のことを袁術以上に恨むことになるでしょう」

「袁術に戦争を申し込むと、宣戦布告の前にまず民に宣言せよとでも言うの」

「そうはならないでしょう。が、少なくとも民たちがそれを予想できるように動く必要はあります。民に幻の希望を見せつけてはならないということです。彼らに必要なのは王であり、詐欺師ではありませんから」


二つ、豪族の私利私欲を追求する行為は既に度を過ぎていた。


一つ目から派生し、豪族たちは生き残るために上に媚び、下を絞った。その結果、江東は荒れ、今日を生きるために明日を捨てなければならなくなった。そんな場所で国が出来た所で一年も持たないだろう。私はそんな豪族たちを説得するために努力したつもりだが、生憎毒沼と判っていても彼らにはその中が安全だと思っているらしかった。と言って彼らと一緒に国を沈ませるわけにはいかない。だから用意させてもらった。


「これは、かつて母様の元に仕えていた魯子敬の助力を得て作った、わが孫家にまだ忠義を果たすと誓った豪族たちと、それを断った者たちをまとめた名符です」


魯子敬の名前が出て来ると、冥琳の眉が少しビクついた。


「子敬は元気にしてた?」

「国を憂っていました。このままでは、例え姉様が帰ってきても江東は滅びると」


……本当は、姉様が『帰ってくることによって』江東が滅びると言っていたけれど。


「この名符はそんな気持ちを以て作ったものです。今我軍に逆らう者たちに迷いのなき裁きを下すように。戦争に狂って悪魔の手を借りてしまっては、今日の勝利のために江東の明日を捨てることになりますから」


一度袁術の戦いに手を貸した豪族たちは功臣となり、後から続くであろう腐敗をさばくことが難しくなってしまう。奴らは今自分たちが持っている力、民から搾り取って得たその財力で姉様を誘惑しようとするだろう。目の前の復讐に目が眩んでそんな奴らの手を借りれば、江東はいつまでもまとまって国にはなれない。


「しかし、それでは袁術と戦う準備が出来ません。資金も労力も無しで、どうやって袁術と戦えというのですか。蓮華さまのお話は人聞きの良いだけの、書生論でしかありません」


冥琳の反論はもっともだった。江東が回復して自分たちを攻められる程力を蓄えるまで袁術に待ってくださいなどと言えるわけでもないのだ。だけど、それはあくまでこちらが攻める側になった時のこと。


「攻撃する側は防衛する側の五倍の兵力で持って討つべし」

「?」

「逆に、守る側は攻撃する側の五分の一だけあれば守れる。更に江東は長江に守られている。水兵の訓練と建業の守りに力を集中すれば江東は中国に対して天涯の要塞になる」

「…蓮華さまのお話はつまり」

「こちらが先手を討つ必要はどこにもないということよ。袁術が中原では無視できない強さを持ってるけどそれは陸上での戦い。水上では私たちが圧倒的に有利よ。地の利を自ら捨てて、こっちから攻める必要なんてないわ」

「そうしてる間に袁術の地を曹操や劉備に横取りされてしまったらどうするんですか。江北に出る道を失って江東にだけ閉じ込められてしまってはそれこそじり貧で終わるでしょう」

「そうかもね。だけど急ぐ必要もないわ。少なくとも劉備は当分河北を制覇するのにも手一杯のはず。曹操は掴めない英雄ではあるけれど、曹操には袁術以外にも選ぶ選択肢が多いわ。河北を劉備から横取りするという手もあるし、徐州だって袁術の悪政に荒れた豫州よりは美味しい土地よ。少なくともここ一年で、曹操や劉備が袁術に攻めることはない。逆に袁術も力があれば真っ先に私たちを討とうとするはず。袁術が幾ら馬鹿だとしても、いや、馬鹿だからこそあの二人に攻め入ることはない」


何故ならその間、袁術の視線は常に江東に向かっているはずだから。いつも周りを自分より下だと思う袁術が、私たちが逆らう様子を見ると曹操や劉備なんか気にしてるはずがない。そして堪忍袋の緒が切れて長江を渡ろうとしてくれれば好都合。そこから迎撃して、あわよくばそのまま反撃することもできる。


「そんなものすべて蓮華様に都合の良いように状況を解釈したことに過ぎません」

「私に都合の良い?それは違う。確かに都合の良いように言ってるのかもしれないけど、これはあくまで江東の民を守るために最適な案を出しているだけよ。そしてもしこの予測が外れるとしても、私はあくまで江東の民を優先にして判断するつもりよ。それ他に私はもっと大事なことを知らないから」

「……っ!私だって…!」

「はい、そこまで」


冥琳が熱くなる前に姉様からの制止がかかった。


「蓮華、あなたの話は良く聞いたわ。どうやら私たちが考えてきた孫呉の未来図を改める必要がありそうね」

「雪蓮!」

「貴重な意見をありがとう、蓮華。今日はもう疲れたはずだから帰って休んで頂戴。その名符は一応預かって置きましょう」

「はい、そしてもう一つだけお申しすることがあります」


姉様に魯子敬が作った名符を渡した後、私は帰る前に最後に私が思ったことを話そうと思った。


三つ目、


「言って頂戴」

「江東はもう、お姉様が孫家の当主だからと言ってまんまと受け入れてくれる程優しい所ではなくなりました」


姉様の名を聞いて恐れはするだろう。でもそれは王としての孫策ではない。増してや孫堅の娘だからと言って、姉様や私を王として良しと思うには、我々はあまりにも長い間江東を見捨ててきた。それが本意であっても他意であっても、そんなの民の立場としては関係のない話だった。


「孫呉の王にならんとするのならば、結局は己の器を見せなくてはなりません。母様や、他の誰の手を借りてではなく、孫伯符という王者の力を以て江東を制するべきかと」

「…肝に銘じておきましょう」

「では」


私は席を立ち、姉様と冥琳の姿を後にした。最後に目を冥琳と目を合わせた時、冥琳は悔しそうにこちらを睨んでいた。これで完全に冥琳に目を付けられてしまっただろう。


でも、それでもそれが少しでも江東のためになるのなら私はどんな危険でも受け入れるつもりだ。私が見てきたもの。江東の地、人。それらを守りたいという気持ちは、ここに居る誰も同じく持っているはずだから。


<pf>


祭SIDE


反董卓連合軍が結成された時、本来なら儂も策殿と共に戦場に向かうはずじゃった。


が、出征の数日前、突然策殿は計画を変えて、留守を任せるはずだった蓮華様を遠征に連れて行くと宣言し、儂と穏に留守を任せた。決定自体に不満はなかったのじゃが、それでもやっぱり理由は知りたかったので夕方酒を共にするがてら尋ねてみると、


『この戦いが蓮華を大きく変えさせるわ』


と策殿は答えてくれた。


そして、帰ってきた蓮華さまは確かに変わっていらっしゃった。じゃが儂が思っていた方向とは違っていた。


堅殿の死以後、ずっと袁術にこき使われた策殿とは違って、ずっと軟禁状態に居た蓮華さまは今まで戦場というものを知らずにいた。つまりこの連合軍というものは、黄巾賊という山賊狩りの以来、初めてのまともな戦場であったのじゃ。儂は蓮華さまが変わると策殿が言った時、それが戦を知り、蓮華さまが戦士としての孫家の血に目覚めることだろうと思っていた。


じゃが、久しく出会った蓮華さまの姿は儂が描いていた変わった蓮華さまの予想図とは大きくずれていた。


戦を知ったはずのその姿は以前よりもずっと穏やかになっていた。それが悪いということはなかったが、決して戦場を見た後に得られる表情ではなかったのだ。あれはきっと何か別の出来事があったのじゃ。


そしてその別の出来事は恐らく儂の前に居るこの娘ではないかと、儂は踏んでいた。


「『決勝点までもう直ぐだぴょん。カメ太郎は遅すぎてここからじゃ見えないぴょん。ちょっとお昼寝して待っていてカメ太郎が追いついて来たら、目の前で到着してやるぴょん……ぐー…すぴー』」

「あーあ、うさちゃん寝ちゃった。でも幾ら寝た所で、亀が兎に競走で勝てるはずないもんね。馬鹿みたい」


己をへれなと紹介したその娘は、只今孫家の末娘、小蓮さまのお遊び相手をしていた。


儂が彼女を客人のための屋敷に連れていく途中、庁内をうろうろしていた小蓮さまにばったり合ってしまった。小蓮さまは不思議な外見のへれなを見てひと目に気に入ったらしく、遊んでと我儘を仰った。私は長旅に疲れているはずのーその上脚が不自由な者では活発な小蓮さまのお遊び相手は務まらんと思ったーへれなのために止めようとしたが、小蓮さまが駄々をこね始める前にへれなご本人の方から是非とも遊びましょうと言って始めたのがあの人形劇じゃった。


最初は反応ば微妙だった小蓮さまもいつの間にか見入って劇を見ておった。


舞台の準備からしてすべてを一人でやっているへれなの姿は、さっきまで旅の疲れが溜まっている顔をしている様子が全く見当たらんかった。


「祭」

「権殿?」


後ろからの蓮華さまの声に儂はぱっと気がついた。何時の間に儂も劇をするへれなの姿に見入っていたようじゃ。


「って、案の定へれなはまた始まったわね」

「申し訳ない。儂が止めようとしたのじゃが…」

「いいの。祭が悪いわけじゃないわ。それに、へれなも楽しそうだし」


儂は内心驚いた。普段の蓮華さまなら小蓮さまがご自分の逆に迷惑をかけていると思って小蓮さまと喧嘩を始めると思ったのじゃが、蓮華さまはむしろ微笑ましい顔で小蓮さまとへれなを見ておられた。


「こうして、下手な走りでも必死に頑張ったカメ太郎は、森で一番はやいうさちゃんに勝つことが出来たのでした」

「ふーん、結局カメが勝っちゃうのね。でも、普通なら兎が亀に競走で負けるはずがないもん。童話でしか成り立たない話だよ」

「そんなことはありませんよ。現実の世界でも、勝つはずのないと思った相手に勝つことなんてたくさんあります。それは相手がうさちゃんのように相手を甘く見て油断したからでもありますけど、自分が不利だからって諦めず自分ができることを精一杯頑張ったからこそその努力が報われるのです」

「それでも勝てるって保障はないでしょう?」

「そうですね。でも、頑張って駄目だったのと、頑張らずに諦めたのではわけが違いますから。私は尚香さまがどうせ出来ないから諦める人よりは、駄目だったけど精一杯頑張ってみたからそれで良かったと思う人になって欲しいと思います」


そこまで言ったへれなはふとこちらの方を見て微笑んだ。儂の横に居た権殿はそんな彼女を見て頬を赤らめながら頬を掻いた。


……なるほど、そこも血というわけか。


・・・


・・



「へー、お姉ちゃんと一緒に来た人だったんだ」


久しぶりに邂逅した権殿と小蓮さまだったが、小蓮さまの興味は姉よりもへれなの方に行っていた。


「ねえ、私へれなのこと気に入っちゃったから、今後ここで一緒に住むことにするね」

「何馬鹿なこと言っているの。駄目に決まってるでしょう?」


案の定、へれなを気に入った小蓮さまはへれなを近くに置きたいと思ったのかそう言ったが、権殿は一言で断った。


「あの、レンファ、私は大丈夫ですから」

「駄目よ。小蓮は孫呉の姫。建業の孤児たちとは訳が違うわ。我儘言ったってなんでも聞いてあげてもいいってわけじゃないのよ」

「そうですか…ごめんなさい、尚香さま」

「シャオで良いよ。それに、別にお姉さまの許可がなくたって、私が会いたかったら会いに来るから。その時はまた人形劇見せて。それと、私が飼ってる白虎にも乗せてあげる」

「…白虎?」

「へれなはこの国の客人であって、あなたのお遊び相手ではない。あまり迷惑かけるものなら承知しないわよ」

「ふーんだ。本人が良いって言ってるし、お姉さまがなんと言っても聞かないもん」

「あなたはいつもそうやって人に迷惑を…」


お二方のやりとりがいつも通りに戻った感じがするが、少し違った。主に小蓮さまを止める権殿の動きがしつこい。普段なら仕方あるまいと諦める所だが、この子だけはお前に渡さないと意地を張ってるみたいじゃった。


「はい、はい、権殿も小蓮さまももうそれくらいにしてもらおう。彼女も休めずに小蓮さまと遊んでおられたし疲れているはずじゃ。今日は二人とも大人しく帰って頂こう」

「……それもそうね。ごめんなさい、へれな。疲れてるはずなのに醜い所見せて。今日は日も暮れてるからもう休んで頂戴」

「いいえ、私は全然……」

「ま、今日だけが日じゃないからね。じゃーねー、へれな。明日もまた来るから」

「あ、こら、小蓮!」


権殿が止めるのも聞かず、小蓮さまは逃げるように別荘の正門をくぐり、権殿もその後を追って屋敷を出た。


「ああ……」


出ていくお二人を見てへれなはとても残念そうな顔で手を伸ばしたが、既にお二人は別荘を出た後じゃった。


これでやっと二人きりになれたのじゃ。この機を逃すわけにはいかぬな。


「さて、邪魔者も消えたわけじゃし、これでゆっくりと腹をくぐって話ができるのぅ」

「はい?」


やはり最後は自分で話で相手を見定めぬと結論が出ないそうじゃ。此奴が蓮華さまの近くに居ていい者があるかどうか。


そして人を見定めるに置いて、儂はこれより良い方法を知らぬ。


「先ずは呑むか」


<pf>


客人のための別荘ということで、普段は人があまり使わぬところじゃ。つまり冥琳の目から離れていい酒を呑むにはもってこいの場所。当然隠しておいた酒もおる。これなんて元は帝への献上品だったものじゃが…。


「それでですね。チョイさんあんな小柄なのに人前では逞しくて、それが私や子供たちが来ると一気に崩れてもうどっちが子供なのか判らなくなるぐらいになっちゃいまして…」

「そ、そうか……」


酒に弱いのは別に予想通りじゃった。病弱そうじゃったし、あまり酒を口にすることもなかったじゃろう。しかし酔って来て呂律も回らなくなった所で、そろそろ良いだろうと思って自分の話をさせたらいつの間にか夫らしき男の惚気話になっておった。

(※酔って舌が回らない描写で書こうとも思いましたが、書きにくいし読みにくいしで良いことないので省かせて頂きました。ヘレナさんは今呂律がうまく回らない状態と思ってくださいーby作者ー)


「その時ダンと扉を開いてチョイさんがこう言うんですよ。『これ以上僕の妻にお話がしたいのでしたら、是非僕と先にオ・ハ・ナ・シを聞かせて頂きたいですね』って。うちの夫って業界では『死神の伝令』と言われるそうで、そこに居たスーツの皆さんもう全員顔が真っ白になりまして……もうあんなの見せられたら恋しちゃうじゃないですか」


こんな惚気話、堅殿に呉氏の惚気話聞かれた時もこれよりはまだ聞ける話じゃったぞ。誰じゃ、酒に砂糖なんざ入れた奴は。


「で告白した日に、突然の出来事でどうすれば良いのか判らないって表情するんですよ。いや、なんで慌ててるんですか。もう毎日三食一緒に食べて子供たちと一緒に寝て、下着の洗濯ものまでもう全部わたし達と一緒にやってる状況なんですよ?新しく来た子の中ではお父さんって呼んでる子まで居るぐらいなのに、」


……いかん。これ以上聞かされると脳がとろけそうじゃ。


「ところでじゃ、へれなよ」

「へ?チョイさんはあげませんよ?チョイさんの事は私が身も心も未来永久予約済みでーす」

「やめんか!口から砂糖が出るわい!それよりも、権殿との関係について話してくれぬか」

「レンファとですか?うん……そうですね。最初は揉めましたけど、その後は良い友達になりましたね」

「揉めたというのは、やはり警戒されていたのか。権殿に」

「いいえ、どっちかと言うとわたしが警戒してレンファがそれを解くのが大変でしたね」

「権殿から?」


これまた儂が知っていた権殿とは違った。あの方は所在の知らぬ人間相手にご自分から率先して手を伸ばす方では断じてない。


「で、そこから建業に行って色々助け合って結果的には十何人の孤児たちの後見人みたいなのを任せちゃう形になりまして…」

「……権殿は子供が苦手なはずじゃが」


原因の半分は小蓮さまなのじゃが。


「本人も言ってましたけど、一月ぐらい経つと、逆に明命やわたしの方が子供たちに好かれてるのにどうすれば好かれるようになるかって相談してくるようになりました」


やはり、あの穏やかな表情はこのへれなの影響を受けたに違いない。堅物だった権殿にあんな風に変わったのは、いい傾向だと思う。


しかしどうじゃろうか。この者、何か良からぬことを考えて蓮華さまに近づいたようには感じないが、たかが一月であそこまで人が変わるというのも不思議な話じゃ。本当は妖術使いだったりはしないのだろうか。


「お主は一体何者なんじゃ。権殿の一体何で、ここまであの方を変えたのじゃ」

「私は、レンファの友達です。時折わたしの居た世界のことも話してあげたりしますけど、そんな事以前に蓮華の友達です」


友達か…。小さい頃は王族で、育ってはずっと軟禁状態だった権殿には魅力的な言葉だったじゃろう。


「そうやって権殿に近づいて一体どうするつもりじゃ」

「どうするって…どういう……」

「判らぬか。権殿は孫呉の姫じゃ。王族なのじゃ。そんなお方にどこぞの馬の骨かもしれぬ者がくっついているのじゃ。周りがどう思うかは目に見えているじゃろ?」


若き姫の寵愛を得て、その権力を背負い己の欲を満たそうとする下衆の類。或いは権殿を王に仕立てあげてその功で国を牛耳ることを企む輩。


「誤解せんでくれ。儂はお主がそんな小汚い考えで権殿に付き添っているとは思わん。じゃが、時間が経てば嫌でもそんな風に見てくる輩が出て来る。疑惑が重なれば本当になる。その時はお主の命も保障は……」

「……ぐぅ」

「って寝るんかい!」


人生の先輩として忠告してやろうと思ったらいつの間に酔い潰れておった。いや、呑ませたの儂じゃがな。思わず頭叩いたら「グイッ!」と変な声を出したが起きることはなかった。


まあ、良い。呑ませて聞き出そうとしたのが間違いじゃった。今日は権殿に大きく影響を与えているという事を確認しただけ収穫だったとしておこう。


<pf>


一人で残った酒を飲み干した後、儂は別荘を出てきた。


「祭殿。こんな所で何をしておられるのですか。……また呑んだのですか」


正門を出た所に冥琳に丁度出会ってしまった。なんかもう会った時点で凄く不機嫌そうじゃが。まさか儂を探しに来たのか。今日は此奴が儂を探し回る程の大事な仕事はなかったはずじゃが。


「いや、なんじゃ。初めて来る所に客人が不安そうにしていたからの。ちょっと気を緩めてあげようと…な」

「つまり堂々と酒を呑むために客人を酔い潰した後悠々と戻る所だったと」

「まあまあ、そう怒るな。皺が増えるぞ」

「誰のせいだと……いや、もう良いです。酔い潰したのなら今日はあっても無駄でしょう」


なんじゃ。儂ではなくへれなに用事があったのか。


「祭殿はあの女に会いましたね。どうでしたか」

「そうじゃな。取り敢えず酒友にはなれんの。これぐらいで酔い潰れては」

「そんなことはどうでも良いです。その者の素性についてどう見たかを聞いているのです」

「悪人には見えん。裏を持った人間にしては目が清すぎる。どこかの箱入り娘だと見ても間違いないじゃろ」

「そうですか……。やはりあの時に始末しておくべきだったのか」


…何やら物騒な独り言が聞こえたのじゃが。


「祭殿、あの女の監視をお願いします。何か妙な動きがあったら直ぐに私に伝えてください」

「冥琳、お主何を考えているか知らぬが、余計なことはしない方が良いぞ。見るに権殿は今へれなに大きく影響を受けている」

「だからこそ今その根を絶つべきです。このままでは…」

「……本当に何を考えているんじゃ、『公瑾』」


儂は本格的に心配になり始めて聞いたが、冥琳は答えずへれなの居る別荘を去っていった。


良くないな。このままでは……。しかしどうしたものか。誰も悪いってわけではないのに、このままだとない虎も出てくるじゃろう。一人、一人ずつあのへれなが危険だと、権殿が王座を狙っていると思い始めたら、孫家に再び血の雨が降ることになる。まだ孫呉の地を取り戻しても居ないというのにこの有り様では……。


「祭、まだ居たの?」


儂が冥琳の去った先を見て顔を顰めて居たら、横からまた権殿が現れた。後ろには思春と明命まで一緒に居た。


「あ、いや!その、知らない土地に来たのに、独りだけだと寂しがると思っての」

「そうだったの。ありがとう、祭。あの娘、口では言わないけど一人になると凄く不安がるから。さっきは思わずシャオについて行っちゃったけど一人にさせちゃったって気づいて急いで帰ってきたのだけど、祭が居てくれてよかっ……」

「黄蓋さまが一緒に居たってことは、つまりは呑ませてってことですか」

「……祭?」


思春の奴、余計なことを…。


「後片付けはちゃんとした?」

「え、いや……その…じゃな……」


そういえば、呑むだけ呑んで、へれなは酔い潰れたまま置いて来たのじゃった。


「……祭は以後へれなと二人きりになるのは禁止ね。良いわね?」

「ぐぬ…申し訳ない」

「私にとても大切な友達よ。粗末に扱わないで欲しいわ」


そう言った権殿は別荘の中に入った。後ろに居た思春と明命も私を一度睨んだ後、正門をくぐった。


あっちはあっちで完全にへれなに酔っておるし…このままでは本当に何か大事件が起きるかもしれんの。

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